天皇賞・秋当日。東京競馬場は秋の澄んだ空の下、満員の観客で熱気に包まれていた。芝2000m、古馬の頂点を決める伝統のGⅠ。スタートは1コーナー奥の引き込み線から。最初のコーナーまで短く、外枠は位置取りでロスが出やすい。向こう正面で一息入れ、3・4コーナーを回ってから高低差約2mの坂を上り、残り約300mのほぼ平坦な直線を駆け抜ける。525.9mの日本最長直線が、スピードと持続力の両方を問うタフなコースだ。
ブライトウィンドは単勝オッズで4番人気。ダービー馬として3歳ながら古馬に挑む伏兵扱い。高嶺厩舎の控室では、高嶺鉄平調教師が零の肩を強く叩いた。
「零、俺の過去を無駄にするな。ブライトウィンドの適性は2000m。神崎馬主のプレッシャーは俺が全部引き受ける。お前は馬を信じて、春……いや、大切な人のために乗れ」
佐伯厩務員もヘルメットを手渡しながら言った。
「先生のシップウノハシャの二の舞はさせねえぞ。零、落ち着いてな」
神崎隆一馬主はパドックでブライトウィンドを眺めながら、零に声をかけた。
「風間くん、勝てば厩舎変更の話はなしだ。だが、負ければ……次は別の騎手を考えるかもな。期待してるぞ」
零は静かに頷き、ブライトウィンドの首を撫でた。馬の瞳に、いつもの荒々しさが少しだけ見えたが、手綱を取ると素直に応じてくれた。
スタンドの少し離れた席に、3人の変装した少女たちがいた。
杏夏は大きめの帽子とサングラス、理王は黒いパーカーとマスク、春はウィッグで髪を短くまとめ、眼鏡をはずしたカラコン姿。三つ編みの端が少しだけ覗かないよう、杏夏が念入りにチェックしてくれていた。
杏夏が小声で言った。
「春、あんたの彼氏、勝負服似合ってるじゃん。ブライトウィンドくんも、ダービーより落ち着いて見えるよ。私たち、ちゃんと応援してるからね。」
理王がクールにスマホでオッズを確認しながら。
「4番人気か。妙味あるな。春、もし勝ったら、零に『メンバーからのお祝い』って言ってやれ。」
春は手を胸に当てて、目を輝かせた。
「杏夏ちゃん、理王ちゃん……ありがとう! 春ちゃんにお任せあれ! 零くんとブライトウィンドくん、絶対に輝くよ! 高嶺先生の想いも、神崎さんの期待も、みんなの応援も、一緒に東京の直線で届けたい!」
ゲートイン。18頭立て。
ブライトウィンドは好スタートを決め、零は好位の5番手あたりをキープ。道中は平均ペースで進み、外を回さず内ラチ沿いを上手く利用。向こう正面で少し息を入れ、零は馬の息遣いを確認しながら我慢した。高嶺調教師の過去——疾風の覇者が長距離で壊れた記憶が脳裏をよぎるが、零は振り払った。
3コーナーからペースが上がり、4コーナーで先行馬がバテ始める。直線入口——ここから525.9mの長い勝負。
残り400m付近で零が仕掛けた。
「ブライトウィンド! 今だ——お前の明るい風を、全部出せ!」
馬は外に持ち出され、末脚を爆発させた。零は体重を前に預け、手綱を巧みに操り、坂を力強く登る。残り200mで2番手に並び、緩やかな上りから平坦区間へ。
しかし、ここで異変が起きた。ブライトウィンドの気性が一瞬荒れ、零のバランスがわずかに崩れた。過去のトラウマがフラッシュバック——減量過多で馬が暴走した事故の記憶。零の手に汗がにじむ。
スタンドの春が思わず立ち上がった。
「零くん……!」
杏夏が春の腕を掴んで引き戻した。
「春、落ち着いて! 零くんは大丈夫。あの人、春のために絶対に立て直すよ。」
理王が小さく呟いた。
「騎手は命がけだな……春の彼氏、意外と根性ある。」
零は歯を食いしばり、馬の首を優しく叩いた。
「信じろ、ブライトウィンド! 春が……みんなが見てるぞ!」
馬は零の声に応えるように、再び加速。残り100mで先頭に躍り出ると、2着の古馬強豪を半馬身引き離しての**優勝**!
天皇賞・秋1着——風間零騎乗 ブライトウィンド
タイムは優秀な1:57秒台。零はゴール後に馬の首を強く抱きしめ、ヘルメットの中で声を詰まらせた。ダービーに続くGⅠ勝利。高嶺厩舎のベテランたちがスタンドからガッツポーズを送り、神崎馬主は満足げに頷いていた。
勝利インタビューで零はマイクに向かって言った。
「ブライトウィンドは、俺と高嶺先生の信頼でここまで来ました。気性が荒いところもありますが、今日の東京の長い直線で最高の走りをしてくれました。……支えてくれる大切な人、そして高嶺厩舎のみんな、ありがとう。これからも、馬を大事に走らせます。」
控室に戻った零のスマホには、春からメッセージが殺到。
『零くん!! 天皇賞優勝おめでとう!! ブライトウィンドくん、525m直線でほんとに風みたいだったよ! 春、杏夏ちゃんたちと一緒に泣いちゃった……零くん、かっこよすぎ! 大好き!!』
その後、杏夏から追加のメッセージ。
【杏夏】:優勝おめでとう、風間零さん。春をよろしくね。でも、次も春を泣かせたら許さないから。
零は苦笑しながら春に電話をかけた。
「春……杏夏ちゃん怖いな。でも、ありがとう。お前とメンバーみんなの想いが、ブライトウィンドを後押ししてくれた気がする。」
春は変装を少し解きながら、声を弾ませた。
「零くん、高嶺先生の過去も守れたね! 春ちゃんにお任せあれ! 次もみんなで応援するよ!」
しかし、優勝の喜びも束の間、神崎馬主から零に一言。
「よくやった。だが、次はもっと大きなレースだ。厩舎変更はなしだが……結果を出し続けろよ。」
高嶺調教師は零の背中を叩きながら、静かに微笑んだ。
「あいつの分まで、ブライトウィンドを大事にしろ。」