ジャパンカップから一週間後——。
高嶺厩舎の馬房前で、ブライトウィンドは静かに草を食んでいた。気性の荒れは残っていたが、獣医の診断は「軽度の筋肉疲労と右前脚の軽い炎症」。落馬は免れ、命に別状はない。
零は松葉杖をつきながら馬の首を撫でていた。右足の捻挫はまだ痛むが、騎乗復帰は可能と診断された。
高嶺鉄平調教師が近づいてきて、重く口を開いた。
「零……神崎さんは本気で主戦交代を考えている。だが、俺は諦めない。ブライトウィンドはお前としか走らない馬だ。同じ過ちは、もう繰り返さない」
そこへ、神崎隆一馬主が現れた。いつもの派手なスーツ姿だが、表情は少し柔らかくなっていた。
「風間くん……ジャパンカップは残念だった。だが、ブライトウィンドはまだ終わっていない。年末の**有馬記念(GⅠ・中山・芝2500m)**で、完全復活を見せろ。俺も、もう無茶はさせない。結果さえ出せば、厩舎はそのまま続ける」
高嶺調教師が驚いた顔で馬主を見た。
「神崎さん……?」
「高嶺先生の過去の話を聞いて、今までのこと......俺も少し考えた。馬を壊して得る勝利など、虚しい。ブライトウィンドには、お前たちと零くんで本気で挑んでもらいたい。有馬記念——ファンの多い伝統のレースだ。そこで勝てば、すべてが報われる」
零の目が、初めて希望の光を取り戻した。
「……わかりました。俺とブライトウィンドで、有馬記念を本気で目指します。春のためにも……いや、俺たち全員のためにも」
佐伯厩務員が笑顔で零の背中を叩いた。
「よし! じゃあ本気モードだ。高嶺先生の過去をバネに、ブライトウィンドを最強の2500m馬に仕上げるぞ!」
——同じ頃、TiNgS寮。
春は杏夏と理王に囲まれ、目を赤く腫らしながらも、スマホの画面を見つめていた。零から届いたメッセージ。
【零】:春、有馬記念を目指すことにした。ジャパンカップは失敗したけど、諦めない。お前がいるから、俺はもう一度立ち上がれる。
杏夏が春の頭を優しく撫でた。
「春……泣いてばかりじゃダメ。零くんが希望を持ったんだから、私たちも本気で支えよう。有馬記念の日、ライブの調整をもう一度頑張るよ。」
理王が珍しく微笑んだ。
「バカ。春の彼氏、意外と根性あるな。有馬記念の中山2500mは、急坂が二度も待ってるタフなレースだ。ブライトウィンドが零と一緒に風になるなら……私も本気で応援する。」
春は三つ編みを握りしめ、立ち上がった。眼鏡の奥の目に、久しぶりの強い光が宿る。
「ありがとう、杏夏ちゃん、理王ちゃん……春ちゃんにお任せあれ! 零くんとブライトウィンドくんが有馬記念で優勝する姿、絶対に見届けたい。TiNgSの夢も、零くんの夢も、両方諦めないよ!」
杏夏がスマホでスケジュールを調整し始めた。
「年末ライブのセットリストを少し変えて、春が抜けやすい形にする。理王と私でカバーするから、春は有馬記念に集中して。」
理王が頷いた。
「変装レベルをさらに上げる。俺が競馬ファン風の衣装を準備する。」
春は二人を抱きしめた。涙はまだ残っていたが、今度は希望の涙だった。
「みんな……春、ほんとに幸せだよ。零くんに伝えるね。『高嶺先生や神崎さん、メンバーみんなの想いも一緒に、有馬のゴールを目指そう』って!」
零は病室のベッドで春からの返信を読んで、静かに微笑んだ。
「春……ありがとう。有馬記念で、絶対に勝つ。お前が見てるステージみたいに、ブライトウィンドと一緒に輝いてみせる」
高嶺調教師は厩舎のスケジュール表を書き直しながら、独り言を呟いた。
「……今度は守ってみせるぞ。ブライトウィンド、お前は零と春の風だ」
有馬記念まで残りわずか。
中山の急坂を二度も越える2500mの戦い。
零の復帰、ブライトウィンドの完全復活、メンバーたちの結束、そして神崎馬主の変化——
すべてが、希望へと繋がり始めていた。