有馬記念当日。中山競馬場は年末の冷たい風の中、史上最高クラスの観客動員で埋め尽くされていた。**有馬記念(GⅠ・中山・芝2500m)**——「ファン投票で決まる夢のレース」。中山の内回りコースは小回りで、スタートからすぐに急坂(高低差約2.2m)を上り、向こう正面の下り坂を経て、再びゴール前の急坂を越えるタフな2500m。スタミナ、パワー、騎手の巧みな手綱捌きが全てを問われる伝統の一戦だ。
ブライトウィンドは単勝4番人気。ダービー・天皇賞勝利の実績と、ジャパンカップ後の復調が評価されていた。
高嶺厩舎のパドックは、緊張と静かな決意に満ちていた。
高嶺鉄平調教師が零の肩を強く叩いた。
「零……俺のあの時とは違う。お前とブライトウィンドなら、この中山の坂を乗り越えられる。馬の命を第一に、無理はするな」
佐伯厩務員がブライトウィンドの毛並みを整えながら笑った。
「先生の過去を、今日ここで晴らそうぜ。零、頼む」
神崎隆一馬主は少し表情を和らげ、零に頭を下げた。
「風間くん……俺のわがままを許してくれ。有馬記念で、ブライトウィンドの本当の価値を見せてくれ。厩舎は君たちと一緒に続ける」
零はヘルメットを被りながら、静かに頷いた。右足の痛みはまだ残っていたが、心は燃えていた。
「皆さん……ありがとうございます。春と、みんなの想いを背負って、必ず勝ちます」
スタンドの特別エリア。完全変装した杏夏、理王、春の三人が固く手を繋いでいた。
杏夏が春の耳元で囁いた。
「春、ライブの代役は完璧にこなしたよ。今日は私たちも全力で応援するから」
理王が珍しく興奮した声で。
「中山2500m……二度の急坂が鍵だ。零が上手く馬を溜められれば、ブライトウィンドの末脚が炸裂する」
春は三つ編みを隠したウィッグの下で、眼鏡を外した目が涙で潤んでいた。
「零くん……ブライトウィンドくん……春ちゃんにお任せあれ! みんなの想い、絶対に届けるよ!」
ゲートイン。16頭立ての大レース。
ブライトウィンドは好スタートを決め、零は好位の4〜5番手をキープ。道中は平均ペース。最初の急坂を上る時、零は馬の体を優しく立て直し、無理に追わずに脚を温存した。向こう正面の下りで息を入れ、2周目の急坂に備える。
3コーナーからペースが一気に上がった。
零が馬の肩を軽く叩き、外へ持ち出す。
「ここからだ、ブライトウィンド! お前の明るい風を、中山の空に——!」
残り600m。ゴール前の急坂が目の前に迫る。ブライトウィンドの気性が一瞬荒れかけたが、零は過去のトラウマを振り払い、声を限界まで張り上げた。
「信じろ! 春が……みんなが見てるぞ!!」
馬は零の声に応えるように、再び集中。急坂を力強く登りきり、残り300mの直線へ。
ここからが有馬記念の真骨頂——短い直線での激しい叩き合い。
ブライトウィンドの末脚が爆発した。外から一気に伸び、先行する古馬強豪を次々と捉えていく。残り200mで2番手に並び、残り100mで先頭に躍り出る!
「行けぇぇぇ!! ブライトウィンド!!!」
零の叫びが中山の空に響いた。
ブライトウィンドは最後まで脚を伸ばし、2着馬に1馬身半差をつけての**優勝**!
有馬記念1着——風間零騎乗 ブライトウィンド
スタンドが大歓声に包まれた。零はゴール後、馬の首に顔を埋めて声を詰まらせた。右足の痛みなど、すべて吹き飛んだ。
「よくやった……お前は、俺たちの風だ……」
高嶺調教師は控室で拳を握り、涙を流した。
「今度こそ、守れた……」
神崎馬主はガッツポーズをし、零に駆け寄って頭を下げた。
「ありがとう、風間くん。高嶺先生……俺の愚かさを許してくれ。これからも、君たちと一緒にやっていきたい」
スタンドでは、春が杏夏と理王に抱きついて大泣きしていた。
「零くん……ブライトウィンドくん……やったよ……! 春、ほんとに……!」
杏夏が春の背中をさすりながら笑った。
「春、優勝おめでとう。零くん、めっちゃかっこよかったよ」
理王が珍しく笑顔で。
「中山の二つの急坂を越えての優勝……最高のレースだったな。春の彼氏、認めてもいいかも」
レース後の勝利インタビューで、零はマイクに向かって言った。
「ブライトウィンドは、高嶺先生や佐伯さん、神崎さん、そして……大切な人たちみんなの想いがあって、ここまで来ました。中山の急坂はキツかったけど、みんなの声が背中を押してくれました。本当に、ありがとうございます」
その夜、零と春は競馬場近くの静かな場所で短く再会した。
春は変装を解き、三つ編みを零の指に絡めながら笑った。
「零くん、おめでとう……春、ステージにいた時も、心は中山に飛んでたよ。杏夏ちゃんたちも、ずっと一緒に祈ってくれた」
零は春を抱きしめ、優しくキスをした。
「春……お前とみんながいたから、俺もブライトウィンドも強くなれた。有馬記念優勝……これで、少し夢が叶ったな」
高嶺調教師、神崎馬主、杏夏、理王——すべての人々の想いが、ブライトウィンドの「明るい風」を後押しした瞬間だった。