ドバイ凱旋から五日後——TiNgS本社ビル最上階の大会議室。
重厚な扉の向こうで、春の運命が決まろうとしていた。
春は三つ編みを丁寧に結い直し、いつもの眼鏡をかけて、杏夏と理王に挟まれる形で座っていた。顔は少し青ざめているが、目には強い光が宿っている。活動自粛が始まってから初めて、正式に事務所と向き合う日だった。
向かい側には、事務所社長・**藤堂 恵美**(50代)、マネージャー、法律顧問の三人が並んでいる。テーブルの上には、春の「謎の女性ファン」写真、有馬記念とドバイの関連スクリーンショット、Xのトレンド推移表が山積みになっていた。
藤堂社長が冷たい声で切り出した。
「青天国春。ドバイ優勝おめでとう、と言いたいところだが……君の行動はグループ全体に深刻なダメージを与えている。交際疑惑、競馬場への度重なる変装訪問、ライブ直前の欠席。これ以上、イメージを悪化させるわけにはいかない。自粛を3ヶ月以上に延長し、TiNgSとしての活動は当面休止とする。復帰の目処は立っていない」
春の肩が震えた。
しかし、杏夏が即座に立ち上がった。
「社長、それだけは絶対に認められません。春はTiNgSの中心メンバーです。春なしでグループを続けるなんて、ファンも許しません。ドバイ優勝後のSNSの反応を見てください。『春零』は今、ポジティブな話題になっています。交際を公式に認めて、イメージを逆手に取るべきです!」
理王が珍しく感情を込めて続けた。
「春が騎手の彼氏を応援していただけです。命がけで世界一を取った相手ですよ? それを理由に春を潰すなんて、事務所として人として最低です。私と杏夏は、春を切り捨てるならグループ脱退も検討します。三人で独立したっていい」
会議室に重い沈黙が落ちた。
藤堂社長がため息をつき、スクリーンにXのデータを映した。
「君たちの気持ちはわかる。だが、スポンサーからのクレームが殺到している。『アイドルが競馬騎手と交際』というだけで、CM契約が二件飛んだ。世間はまだ『謎の女性ファン』として好意的に見ているが、公式に認めたら……」
そこへ、ドアがノックされた。
入ってきたのは、意外な面々——風間零、高嶺鉄平調教師、神崎隆一馬主の三人だった。
零は勝負服ではないシンプルなスーツ姿。右足を少し引きずりながらも、堂々と頭を下げた。
「突然すみません。TiNgSの皆さん、そして社長……俺は風間零です。春の……彼氏です」
高嶺調教師が静かに続けた。
「高嶺厩舎の調教師です。ブライトウィンドを世界一に導いたのは、春さんの応援があったからです。馬を愛する者として、春さんの夢も守りたい」
神崎馬主も笑顔で言った。
「馬主の神崎です。ブライトウィンドの価値が世界レベルになった今、春さんと零くんの関係を応援します。スポンサーとして、TiNgSとのコラボも検討できますよ?」
藤堂社長の目が驚きで見開かれた。
零は春の横に移動し、春の手をそっと握った(テーブルの下で)。
「春は、俺が命がけで馬に乗る姿を、ずっと応援してくれました。アイドルとしての夢も、俺の夢も、両方大事にしようとしてくれたんです。もし春を自粛させるなら……俺は騎手引退も考えます。世界一を取った今、春を悲しませるレースは乗りたくない」
春の目から涙が溢れた。
「零くん……みんな……春、ありがとう……」
杏夏が社長に向かって深く頭を下げた。
「社長、どうか春の復帰を認めてください。交際は公式に『応援し合う特別な関係』として発表しましょう。ファンはきっと温かく受け止めてくれます。春零の物語は、TiNgSの新しい強みになるはずです」
理王が最後に、静かに、しかし決定的に言った。
「春を失うか、春と一緒に新しい道を歩むか……今、選んでください」
長い沈黙の後、藤堂社長は大きく息を吐いた。
「……わかった。春の自粛を即時解除する。ただし、交際は当面『公式未発表』とし、慎重にイメージ管理をする。TiNgSとしての新曲リリースと、ブライトウィンドとのコラボ企画を検討しよう。零くん、高嶺さん、神崎さん……ご協力、感謝します」
春は零の手を強く握り返し、声を詰まらせた。
「春ちゃんにお任せあれ!……これで、ようやく言えます。みんな、ありがとう……!」
会議室の外では、杏夏と理王が春を抱きしめた。
杏夏:「やったね、春!」
理王:「バカ。ようやく決着だな」
零は春の耳元で囁いた。
「春、これからも一緒に風になろう。俺のレースも、お前のステージも、全部守るよ」
高嶺調教師と神崎馬主は、静かに微笑みながら頷いた。
こうして、春の危機は一つの希望へと変わった。
ブライトウィンドの世界一が、春と零の未来を照らした瞬間だった。