数年後 ― 風は、永遠に
ブライトウィンドは4歳の有馬記念を最後に、惜しまれつつ競走馬を引退した。
有馬優勝からわずか一ヶ月後、栗東の厩舎で盛大な引退式が行われた。
4歳という短い競走生活ながら、日本ダービー、天皇賞・秋、有馬記念2回 宝塚記念 ドバイワールドカップ、ジャパンカップ、有馬記念とGⅠを7勝。凱旋門賞2着という輝かしい成績を残し、「明るい風」の異名で世界にその名を刻んだ。
引退式当日、ブライトウィンドは花で飾られた馬房の前で静かに佇んでいた。
零は勝負服ではなく、シンプルなスーツ姿で馬の首を抱きしめ、声を詰まらせた。
「ブライトウィンド……お前と一緒に走れて、本当に幸せだった。ありがとう」
高嶺鉄平調教師は眼鏡の奥を拭いながら、
「4歳でこれだけの戦績を残した馬は、そうはいない。お前は俺の誇りだ」
神崎隆一馬主も、涙を堪えながらブライトウィンドの額を撫でた。
「これからは、種牡馬として新しい風を吹かせてくれ」
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数年後――2029年、春。
零は28歳になっていた。
ブライトウィンド引退後、彼は現役騎手を続けながら、後進の指導にも携わるようになった。減量の苦しみと落馬の恐怖を乗り越え、今では若手騎手の憧れの存在だ。
一方、春は25歳。
TiNgSはメンバー全員が大人になり、グループ活動を続けながら各自のソロワークも活発に行っていた。春は「文学少女アイドル」のイメージを活かし、作詞・小説執筆にも挑戦。眼鏡と三つ編みは変わらず、ファンの間で「永遠の春ちゃん」と呼ばれ続けている。
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ある穏やかな春の午後、千葉県のとある牧場。
緑の丘の上で、ブライトウィンドの子どもたちがのんびりと草を食んでいた。その中心に、引退後も元気なブライトウィンド本人が悠々と立っている。
零と春は、手を繋いでその丘を歩いていた。
春は白いワンピースにいつもの三つ編み、零はシンプルなシャツ姿。春の左手薬指には、控えめなダイヤのリングが輝いている。
「ブライトウィンドくん、すっかりお父さんだね……」
春が笑いながら言った。
零は春の肩を抱き寄せ、優しく答えた。
「ああ。お前が『明るい風』って名付けた子も、もう走り始めているよ。来年デビューする予定だ」
二人はブライトウィンドの前で立ち止まった。
ブライトウィンドは零の顔をじっと見つめ、まるで昔を思い出すように鼻を鳴らした。春がそっと手を伸ばすと、馬は優しくその手に鼻先を寄せてきた。
「ブライトウィンドくん……4歳で一緒に走ってくれて、ありがとう。春、ずっと忘れないよ」
零はブライトウィンドの首を優しく叩きながら、静かに言った。
「お前がいたから、俺は騎手を続けられた。お前がいたから、春と出会えた。そしてお前がいたから……今、こうして幸せにいられる」
風が丘を優しく吹き抜けた。
春は零の胸に寄りかかり、懐かしそうに目を細めた。
「零くん、覚えてる? 初めて会った時、春が『春ちゃんにお任せあれ!』って言って、手当てしようとしたよね。あの時から、零くんの風に惹かれてた」
零は春の三つ編みを指で優しく巻きながら、微笑んだ。
「俺もだ。お前が三つ編み眼鏡で泥だらけになりながら駆け寄ってきた瞬間、運命を感じたよ。秘密の関係から始まって、事務所の危機、凱旋門の悔しさ、ジャパンカップの喜び……全部、お前と一緒に乗り越えた」
春は零の胸に顔を埋め、幸せそうに囁いた。
「来年、ブライトウィンドくんの子どもがデビューするんだね。2代目の風が走るんだ……春、楽しみだよ」
零は春を抱きしめ、額に軽くキスをした。
「これからも、俺は騎手として、後輩を育てながら走り続ける。お前はステージで、みんなに明るい風を届けてくれ。
そして、時々こうして……三人で(ブライトウィンドも含めて)ここに来よう」
ブライトウィンドが低く嘶いた。まるで「わかった」と答えているようだった。
遠くの空に、白い雲がゆっくりと流れていく。
風は、決して止まらない。
青天国春と風間零、そしてブライトウィンドが生み出した「明るい風」は、
今も、未来の競馬場とステージの間で、優しく吹き続けている。
[完]
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