エルフィンと別れた教主は一人宴会場の帰途についた。沈んだ空気の妖精王国の宮殿とは異なり、宴会場はいつも通り賑わっている。教主はこのギャップに変な気持ちにさせられた。
「ピコラのやつも頑張っているな」
そう呟き、教主は宴会場の扉を開けた。
「あ、師匠様!おかえりなさい!」
「ただいま、ピコラ。変わったことはなかったかい?」
「あっ!そういえば、エシュールさんが訪ねてきましたよ?」
「エシュールが?どういった要件だった?」
思わぬ来客に教主が疑問を口にする。教主の疑問に、ピコラがエシュールの要件を答える。
「なんでもここ最近、砂糖の値段が上がってるとか、不審なトラックが妖精王国を出入りしてるとかで、師匠様を含めて製パン協会みんなと会議を開きたいそうです。どうでしょうか?師匠様」
「うーん、そうだなぁ」
砂糖の値段が上がっている。教主には心当たりがあった。エレナを脅した影響か、教主が密造酒用に発注しているからか、いくらでも原因は在りそうだった。
砂糖は密造酒には欠かせない材料である。その権益を製パン協会にとられる訳にはいかない。その気持ちを以って、教主は製パン協会の会議に参加することにした。
☆☆☆☆
会議は踊る、されど進まず。
各妖精王国のパン屋の店主たちは、各々が自分が好きなパン、自慢のパンを語り合い、それぞれが持ち寄ってきたパンを食べていた。
誰も砂糖の価格を気にしていないようであった。砂糖の価格が上がったような気がすると発言する者はいたが、誰も深く気にかけている様子はなかった。
事態を重く見ていたのはリコッタとエシュールの二人だけだった。教主も、宴会場で提供するプレッツェルの供給に支障が出るとだけ発言し、沈黙を保った。
「ともかく、これ以上砂糖の値上げが続いたら、私たちの生活にも影響が出ますし、商品全体を値上げせざるを得ません。羊羹すら作れる数が減るようであれば、妖精王国のインフレにもつながりかねます。皆さんにも、今回の事態について重く見ていただきたいんです」
そう演説するエシュールの声に、誰も耳を貸さなかった。リコッタは静かに俯き、自身の考えと、エシュールの言葉を噛み砕いているようだった。
会場全体は危機感の無さの中で、和やかな雰囲気のまま談笑が続く。その様子を見て、エシュールは深くため息を吐いた。
「はぁぁぁぁぁ……」
「エシュール様。ここにいる皆さんは放っておいて、私たちだけで今後の対策を検討しましょう。志無き者に説法を説くことは詮無き事です」
「それもそうですね……。まぁ、でも良かったです。リコッタさんのような方が一人でもいてくれるだけでも心強いですから」
「私も王国でレストランを経営するものとして、今回の事態は重く見ています。砂糖の供給が滞る事となれば、私の料理にも深刻な影響が出ます。ですので、一刻も早い解決策を論じたく思っているのです」
教主は二人の会話を静かに聞いている。エシュールだけを対処するつもりだった教主は、面倒な障害が一つ増えたと頭を悩ませた。
リコッタ……。どうにかして、彼女を酒造りの障害から外さなければならない。自身の行く手を阻むであろう者は、例え使徒であろうと排除せねばならない。教主は策を練り始めた。
ひとまずは、妖精たちには有効な策は立てられないだろうことを見越して、教主は席を立った。
「教主様?」
「すまない、エシュール。夜間の仕込みの準備をしなければならないんだ。すまないけど、ちょっとここで失礼させてもらうよ」
「あ、はい!分かりました。貴重な時間をありがとうございました。教主様」
☆☆☆☆
とりあえずは目下の目標を立てた教主は宴会場に戻り、宴会場の切り盛りを始めた。
教主の頭の中には、いかにして砂糖の供給を独占するかという事でいっぱいになっていた。もちろん、妖精王国のすべての砂糖を手に入れるのではない。砂糖の供給をすべて教団で管理するのが、教主の目標なのだ。
教主の心に野心が滾る。必ずや自身に必要な素材を確保し、理想の酒を作り出す。その為の足掛かりが必要なのだと、教主は強く感じた。
「教主様、どうされましたか?」
「ん?ああ、すまない。少し考え事をしてたんだ」
「教主様も大変ですね。ここはみんなからの寄付で成り立ってはいますけど……。それもなくなったらここはどうなっちゃうんでしょうか……」
ピコラが当然の疑問を口にする。ピコラは教主の人柄に憧れて彼に弟子入りしたが、今ではピコラと教主は別々の方向を向いている。ピコラはその事実に気付かないままでいる。
「まぁ、しばらくは安心していいよ。まだしばらくウチも余裕あるからね。必要があれば入場制限をするっていう手もあるが……。あまりそういう事はしたくないね」
「そうですね……。みなさんも師匠様のお料理を楽しみにしているでしょうし……」
健気にも教団と使徒たちの心配をするピコラ。その様子を見て、教主も少しばかり心が痛んだ。
いつまで自身の密造酒ビジネスを隠すべきか。早く打ち明けた方が良いか。少しばかり教主は悩んだ。
「まぁ、知らなくても良いだろう……」
そう呟いて、教主は業務に戻った。