世界樹教団、マフィアになる   作:韓非子

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第12話「とある日常の幕間」

「ふぅん?エシュールのベーカリーを買収する?」

「買収ではない。私の管理下に置くんだ」

「はっ。かつての仲間だというのに……。氷のように冷たいのね、あなた」

 

 深夜の宴会場。僅かな灯りの下、フリックルと教主が語り合っていた。

 

「ただでさえ砂糖の供給に滞りが出てるんだ。酒造の材料を製パン協会なんかに取られる訳にはいかない。まずは頭を押さえる必要がある」

「それで、どうするつもりなの?」

 

 フリックルが教主に問いかける。

 

「そうだな。同じ妖精王国に住まう者同士、あまり波風を立てたくないと思っている。囲い込みをかけるか、静かに圧をかけるか、だな」

「圧をかける?」

 

 フリックルがグラスを回しながら教主に疑問の言葉を投げる。波風を立てたくないと言いながら、プレッシャーを与えるというのだから当然の反応である。

 

「エシュールは今、材料費の高騰と、製品の価格転嫁、減っていく売り上げに苦しめられている。そこで、私が廃棄分を買い上げたり、材料を工面するなどして助けるんだ。そして、助けてやった事を口実にエシュールに恩を返すよう迫る……。どうかな?」

「はっ!随分と悪辣ね。それが人間のやり方なのかしら?」

「まあな。心ある人間であれば、誰でも考え得ることだよ」

 

 酒造の邪魔をされたくない教主は、邪魔者を排除しようと画策している。例え仲間であろうと関係はない。教主は自分の邪魔をされたくないのだ。

 

「廃棄のパンなんて買ってどうするの?それでお酒でも造るつもり?」

「もちろん。ビールにクワス、蒸留を重ねればスピリッツにもなる。エシュールのパン工房は、私にとっては垂涎ものの宝物庫のようなものさ。廃棄物を買って恩を売り、私はそれで酒を造り、市場に撒いて儲ける……。お互いwin-winな関係だろう?」

 

 小麦粉を発酵させてできたパンを更に発酵させ、酒にするという教主。人間の食と快楽に対する欲は恐ろしいものである。それに金銭欲が加わるのだからなおの事だ。フリックルもそれを察したのか、呆れた様子で教主に返した。

 

「呆れた。なんでもお酒に変えちゃうのね、あなた。そのうち、エーリアスに存在する糖分全部がお酒になっちゃうんじゃないかしら」

「私は私の為に作る。そして、それを欲する者がいれば高く売る。売れるのであればまた作る。簡単な話だ。需要がなくなれば作る量を減らす。そうすれば、最初の時のように私の為だけに作る。君と出会った時のようにね」

 

 そう言って、教主はショットグラスにウォッカを注ぎ、一気に飲んだ。

 

 強烈な刺激に顔を顰める教主。その様子を蕩けた顔で見つめるフリックルは、ぼんやりと何かを考えているようだった。

 

「そういえば、造ったお酒をいろんなところで密売しているようだけど、どれくらい儲けているのかしら?お酒もどこかに貯蔵している様子もないようだけど」

「それは秘密さ。だけど、組織の拡張には不自由ないくらいの蓄えはあるつもりだよ。"表向き"の教団の1年分くらいの儲けはあるかな?」

「……随分と儲けているのね。まだあまり流通していないというのに……。まったく、欲望というのは底知れないわね」

 

 そう言って、フリックルはグラスを一口煽った。その様子を見た教主は、フリックルに一つ尋ねた。

 

「君は私が造ったお酒はいくらくらいであれば買うつもりかい?」

「バカ、買うつもりなんてないわよ」

「ほう、どうしてだい?毎日ここに来て飲んでいるのに買わないというのかい?」

「当然よ。ここに来ればタダで飲めるじゃない」

「ここからベリティエンは割と距離があるだろう?自宅で飲めれば尚良いじゃないか」

 

 教主の問いかけに、少しの沈黙が流れる。少し考えた後、フリックルがポツリと漏らすように答えた。

 

「……なんて言えば良いのかしら。お酒を飲むのもそうなんだけど、私は雰囲気を楽しんでるの。お酒を飲んで気持ちよくなって、静かで薄暗い照明の中、あなたとおしゃべりをする……。私にとってはかけがえのない時間なの。ピコラの事もあるし……」

 

 思いがけない答えに教主が沈黙する。その様子に気付いたフリックルが、ハッとした様子で教主に言葉を投げる。

 

「な、なによっ!何か言いなさいよ!私が恥ずかしい事を言ったみたいじゃない!」

「……ハハハっ。君も段々とお酒の魅力に気付き始めたようだね。これでは、私が店仕舞いを始める時には寂しくなってるんじゃないかい?」

「そ、そんな事ないわよ!あなたが店を閉めるって分かったら、私はさっさと次の日の準備と段取りを始めるっての!」

「そうかいそうかい。そして、仕事をさっさと片付けてまたここに来るという訳だ。ベリータからの評価も上がって上々じゃないか」

「~~~!あなたねぇ……!」

 

 顔を真っ赤にして怒るフリックル。その様子を見て教主は軽く笑い、フリックルをからかっている。

 

「まぁ、私も君が来てくれて嬉しいと思ってるよ。いつもピリピリしている魔女が、グラスの前では優艶でアンニュイな表情を見せてくれるからね。私だけに見せてくれる特別な表情、だろう?」

「~~~~……!もう!今日は帰るわ……!」

 

 そう言って、乱暴に席を立つフリックル。プンプンと怒りながら玄関に向かうフリックルに、教主は声をかけた。

 

「明日も待っているよ、フリックル」

 

 その言葉を聞いて、フリックルは少し立ち止まった。そして、少しの沈黙の後、フリックルは答えた。

 

「……ええ、また明日。あなた」

 

 そう言って、フリックルは静かに戸を閉めて、帰って行った。

 

 今日も静かに宴会場の明かりが消える。今日も人知れず、宴会場の日常が静かに終わりを告げた。

 

 日常は変わっていく。そしてそれは、エーリアスの日常を静かに蝕んでいくのだった。

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