教主は狂っていた。最高の酒を造るという妄執に駆られ、賭けにも似たような一滴を作り出そうとしていた。
アルコール、スパイス、果汁、ハーブ、カフェイン、そして……核物質。
「ふふ……ふふふふふ……!」
シストから決して安くない値段で買った、モナティアムの闇市で仕入れたというブツが入った、鉛の保管箱を取り出す。鉛で保管しなければならない程の危険物が、この中に保管されている。
ストロンチウム90、ラジウム226、スペシウム486、トリチウム、水銀、セシウム137……。その他にも様々な名前が印字された瓶が並んでいる。おおよそ、飲料や食材には適さないであろう物々しい物質が、鉛の保管箱に保管されていた。
「さぁて、どれから手を付けるかな……?」
作るのはただの酒やカクテルなどではない。より革新的で、より刺激的なカクテルを教主は欲していた。
「糖を発酵させて酒はできる。だが、それだけではダメだ。それに付加価値を……。より刺激的なものを作らねばならない……」
教主は先日飲んだワインが忘れられないでいた。脳裏に焼き付き、夢にまで現れたワインの刺激が、教主の魂に深く刻まれてしまったのだ。それを超えるための一滴を、教主は求めるようになってしまっていた。
宴会場は臨時休業、ピコラにもフリックルを見かけ次第追い払うように命じている。
「水、スピリッツ、トリチウム、ぶどう果汁、水銀、ラジウム……」
呪文のように呟きながら、ビーカーにそれらを入れ、煮沸させる。追加で砂糖やカラメルを入れ、かき混ぜる。
やがて、カラメルが溶け、水溶液が黒く染まっていく。水分量が少なくなり、かき混ぜる竹箸に抵抗が生まれる。
10分ほどかき回しただろうか。教主は火を止め、かき回す手を止めた。
有害そうな煙か水蒸気がビーカーから上る。教主は臆ともせずに、その匂いを嗅いだ。
ちびりとその水溶液を口にする。人体に有害なものを多分に含んだまったく新しい飲み物を教主は味わい、飲み込んだ。
「微妙だな……」
窓を開けて、作った水溶液を躊躇いもなく捨てる。本来ならば、しっかりと管理して保管、処理しなければならない廃棄物を、ポイ捨てするかのように捨てたのだ。世界樹教団の教主であるからこそ為せるワザである。
「水、スピリッツ、プルトニウム、ラジウム、バニラ、ミント、ライム、カフェイン、アセスルファム……」
再び呪文のように材料名を呟きながら、それらの物質をビーカーの中に入れ、かき混ぜていく。
目に見えない放射線が宴会場の中を満たしていき、教主の身体を被曝させていく。教主は被曝によるスリルと、未知の世界を切り開いていく興奮に、不気味な笑みを浮かべていた。
「暑くなってきたな……」
興奮しているのか、熱せられた放射性物質のせいか、暑くなった教主が額に滲んだ汗を拭った。
そうしてしばらくビーカーの中身を掻き回した教主は再び火を止め、手を止めた。
しばらく冷まして、中の水溶液を口にする。
「……まずいな」
再び窓から放射性廃棄物を投げ捨てる。仮にもシストから教団の数か月分の予算を投げ打って買った物質である。それを簡単に失敗だからと捨てるのも驚きである。
再び材料を手に取り、ビーカーの中に入れていく。
「スピリッツ、バニラ、ストロンチウム、トリチウム、セシウム、ライム、カフェイン、アセスルファム、カラメル、シナモン、スペシウム……」
精霊に練炭を食べさせながら水溶液を熱し、かき混ぜていく。
あまり失敗ばかりしていられない。安くない金額を、私財を投げ打って買った代物である。教主は絶対に成功させると意気込んだ。
そして、それは突然起こった。
「おお……?おおおおおおおおっ……!!?」
突如、ビーカーの中身が青白く光り始めたのだ。それは徐々に輝きを増していき、宴会場の中を青い光で満たした。
教主は突然の出来事に我を失った。しかし、突如思い出したように紙とペンを手に取り、この出来事を記録し始めた。
「私はいったい何をした……!?確か……」
教主は投入した材料を一つずつ思い出しては書き記し、どうしてこうなったか分析した。どの材料がどんな反応を起こしたかは分からないが、事実として青白い輝きを放ったのは事実である。教主はこれは成功だと、こぶしを握り締めた。
「そ、そうだ!味だ!味はどうなんだ……!?」
教主は火を止め、適当な温度に冷ました。青白い光は未だ輝いている。
教主は恐る恐るソレを口にした。その瞬間、教主は今まで感じた事のない感覚に襲われた。
頭の中に宇宙が広がる。ラジエーションのピリリとした触感が粘膜を焼き尽くす。
次の瞬間、教主の意識がぷつりと途絶えた。
曰く、コーラを一気飲みした後、砂糖をこぶしいっぱい分飲み込み、ガツンと殴られたような感じだったと後に語った。
教主は、成功したのである。