「ふふふ……はっはっはっ……フッハハハハハ……!!!」
試行錯誤の末についに完成したカクテルを前に、教主は狂ったように笑った。
エーダルシャイン・クァンタム、それがこの青白く光るカクテルの名前である。
従来のカクテルより二倍うまく、二倍の糖質があり、二倍のカロリーがある。そして、放射性物質のおまけつきである。
かつて、教主のいた世界では、ラジウムガールズと呼ばれる女性たちがいた。
ラジウムガールズとは、女性労働者たちの呼び名である。発光塗料にラジウムを使い、筆先を整えるのに口を使った結果、致死量のラジウムを摂取してしまい、深刻な健康被害を被った女性労働者たちの呼び名である。
顎の骨が溶ける、歯が抜ける、筋肉腫ができて四肢が傷むなど、深刻な症状が彼女たちを襲った。そんな物質を含んだカクテルが、エーダルシャイン・クァンタムである。
「ああ、そうだ。せっかくラジウムを買ったんだ。カフェインや漢方といっしょに、ラジウムと少量の酒を混ぜたやつを宴会場の商品として売ってみようか?エーリアスのラジソールだ!あっはっはっ!」
狂った教主が高笑いをあげる。
誰も訪れない深夜の宴会場。青白い光と放射線に包まれた狂宴が、ひとまず幕を下ろした。
☆☆☆☆
翌日の宴会場、一本の瓶がエシュールに渡された。
「教主様、これは?」
「一昨日、獣人の森に薬草を探しに行ったとき、貴重な薬草を見つけてね。それを使って健康ドリンクを作ってみたんだ。君に何本かサンプルとして渡すから、飲んで感想を聞かせてほしい」
「はぁ。わかりました」
早速蓋を開けて飲んでみるエシュール。その様子を黙って教主は見守っている。
「うーん、ピリピリしてて刺激的な味ですね。なんだか力が湧いてくるようです!」
「そうかそうか。10本くらい渡しておくから、また一週間か二週間後くらいに感想を聞かせてくれないか?」
「わかりました!では、ありがたく頂戴しますね!」
そう言って、何も知らないエシュールが宴会場を後にした。その姿を見た教主が、口角を吊り上げて不気味な笑みを浮かべている。
「気味の悪い顔ね。何を企んでいるのかしら」
その様子を見たフリックルが教主に問いかける。
「なに。元気になる健康ドリンクを渡しただけさ」
「元気になる健康ドリンクねぇ……」
いかにも怪しい回答をする教主にフリックルが怪しいとばかりに見るめる。その様子を見た教主は、昨日の事をフリックルに話した。
「今の時間に話すのは良くないな。また夜になったら話そう。その時まで適当に駄弁ろうじゃないか」
☆☆☆☆
深夜の宴会場、教主とフリックルは、いつものように二人だけのお酒の時間を楽しんでいた。そしてふと、フリックルは昼間の事を思い出し、教主にその事を聞いた。
「ねえ、あなた。そういえば、昼間にパンオタクに変なドリンクを渡してたわよね。あれってなんだったの?」
「ああ、あれか。私が昨日開発した特製健康ドリンクさ。名付けてラジソール。私のいた世界でも流通していた健康ドリンクを、私なりに再現した物さ」
「ふうん。敵に塩を送るっていう戦法なの?なんだってそんな事をしたのよ」
フリックルが当然の疑問を口にする。教主にとって、エシュールは目の上のたん瘤のような存在である。早急に対処し、酒造の道から取り除かなければならない障害だ。そのようなものに健康ドリンクを渡してどうするのかと、フリックルは訊ねた。
「私は数日前、私財を投げ打って、シストから様々な調合用の材料を買ったんだ。おおよそ、エーリアスでは手に入らないであろう極秘の材料をね。科学技術に長けるモナティアムの闇市で流通していた極秘のブツ……。それがこれだ」
物々しい鉛のボックスを取り出してフリックルに見せる。フリックルは、その異様な存在感を放つ冷たい箱に、少し不気味な感覚を覚えた。
「な、なによこれ……。何が入ってるっていうの……?」
教主が箱を降ろし、特別に作った床下倉庫にしまう。これも鉛で覆われた特別な床下倉庫だ。宴会場を拠点にする教主にとっても危険な放射性物質を、どうしても遮断したい教主なりの知恵である。
「放射性物質って聞いた事あるかな?」
「??? 放射性物質??」
初めて聞く単語にフリックルは混乱する。魔法で日常生活を送る魔女に、科学の極致ともいえる原子力は縁遠いモノだった。
「要するに毒だよ。それもとびっきりタチの悪いね」
「そんなものをあのパンオタクに健康ドリンクって偽って渡したの?あなたも性格悪いわね。毒殺しようっていう魂胆なのかしら」
呆れたようにフリックルが言う。しかし、教主はそんな事も意に介さずに続けた。
「言っただろう?かつて、私のいた世界では健康ドリンクとして売られていたものだったんだ。健康に良い物って思われてたんだよ」
「……それは奇妙ね。どうしてそんなに価値観の逆転が起きたのかしら?」
フリックルの疑問に教主が答える。
「放射性物質……。それの大本になる原子力は、無限のエネルギーを秘めた、未来の物質として持てはやされてたんだ。蛍光塗料にもなる、健康にも良い、無尽蔵のエネルギーを持つ究極の物質ってね。その中で生まれたものの一つが、私が再現したラジソールって訳さ。結果は想像通り、悲惨なものだったがね」
教主がラジソールを一本取り出し、中身を一気に飲んだ。
「あなたが飲んでどうするのよ」
「悪くないものだぞ。君も飲んでみると良い」
フリックルはラジソールの小さな瓶と教主を交互に見て、訝しみながらも手に取って観察した。
「……一応聞いておくけど、副作用はどんなものがあるの?」
「骨が溶けたり歯が抜けたり、髪が抜けたり筋肉腫に失明、多臓器不全なんかのリスクがあるかな」
「………!バ、バカ言うんじゃないわよ……!そんなの飲むわけないでしょ!!!」
そう言って、フリックルは教主に乱暴に押し返した。
キリキリと怒るフリックルをよそに、教主は別のモノを取り出した。教主が造った本命のカクテル、エーダルシャイン・クァンタムである。
「な、なによそれ。何で光ってるのよ……?」
「ラジソールはこれの副産物なんだ。私の本命はコレ、エーダルシャイン・クァンタム……。究極のカクテルさ」
青白く光る液体が入ったグラスがフリックルの前に差し出される。得体の知れない奇妙な水溶液に、フリックルの顔が引きつってしまっている。
「カクテル……?何で光ってるの……?」
「わからん。いろいろ混ぜたら光り始めたんだ」
「……まさか、これを私に飲めというんじゃないでしょうね?」
「飲まないのかい?」
「飲むわけないでしょ!こんな明らかに危険なモノ!!!」
フリックルが手を大げさに振って怒っている。そんな様子を見て教主はグラスを手に取り、少しずつ飲み始めた。
教主の思いがけない行動に、フリックルが青い顔をして口を震わせている。明らかに毒物にしか見えないカクテルを、教主は涼しい顔をして飲んでいる。
「だ、大丈夫なの……?あなた……」
「んんんんんッ。すごく刺激的だ……」
放射線が教主の身体に行き渡り、内から被曝させていく。未知なる刺激に教主の身体が歓喜に震える。
「おっ……?」
「ちょっ……」
その時、教主の身体が淡く光り始めた。
「ちょ、ちょっとあなた……!身体が……!」
「おお……?これはどういう事だ……?」
教主の酒造に対する欲望は止まらない。これからも至高の一滴を造るために、教主は進み続ける。