「市長様!臨時対策委員会を招集しました!」
「よろしい、繋げろ」
モナティアム市庁舎の地下深く、エレナの作戦室のモニターに錚々たる面々が並ぶ。
「今回君たちを招集したのは他でもない。今、我々の町、モナティアムでは非常事態が起きている。現状で君たちの把握している状況を報告してくれ」
エレナの呼びかけに、さっそくカンナが応答した。
「はい!鎮圧班隊長カンナが報告します。鎮圧班内部でも今回のバイオデンジャーにおいて犠牲者?感染者が確認されており、規律及び風紀の乱れが生じています。鎮圧班隊長としても、今回の非常事態は重く見ているであります」
「よろしい。次、訓練班。報告を頼む」
カンナの応答を聞いたエレナがヘイリーの応答を聞く。エレナの指名に、ヘイリーが答える。
「訓練班においても鎮圧班と状況は変わらん。私も良く分からないが、何かを巡って言い争いしていると報告を受けている。私からは以上だ」
「ううむ。分かった。次、諜報班頼む」
ヘイリーの次にミュートが報告する。
「私は常にモナティアムに関連する全てを追跡している。エレナ、モナティアムではここ最近、あるものが市民の間で流行っている。それが何か分かるか?」
「あるもの?なんだ、教えろ」
「まずはこれを見てほしい」
ミュートの画面にガラスの瓶が映される。ラベルもなにも貼っていない、どこにでもありそうな、ありふれたガラスの瓶だ。
「なんだそれは?ただのガラスの瓶じゃないか」
「そうだ。ただのガラスの瓶だ。モナティアムでも売っている瓶ソーダとそっくりな、ただのガラス瓶だ」
「それがどうかしたのか?」
エレナがイライラした様子でミュートに訊ねる。ミュートは淡々と続ける。
「ここ最近、このタイプの瓶があちこちに捨てられている。家庭ごみとしても、この瓶の数が急増しているんだ。そして、特に多く捨てられているのが路地裏だ」
ミュートの画面に一枚の写真が映し出される。そこには、壁にもたれかかってうな垂れる複数のエルフと、乱雑に捨てられたガラス瓶が映されていた。
「なんだコレは……?」
「私が確認した現場の内の一つを撮影したものだ。人目のつきにくい場所や不法投棄の現場が特に多かった。喧嘩の跡も見られて、この瓶を巡って争ったのは明白だ」
「なるほど……。アメリア、ここ最近で瓶詰の飲料の増産は行ったか?」
「いいえ。そのような事は行われていません。市長様の命令でもない限り、モナティアムでは勝手な行動は許されません」
「だとしたら……我々の知り得ないところで違法行為を働いてる奴らがいるという事か……?」
エレナが考えられる可能性があるものを思案する。対するミュートは粛々と自分の考えを述べた。
「その可能性は低い。モナティアムの企業や工場では怪しい動きを行うものは見られなかった。やっているとしたら、モナティアムの外か、小規模な生産拠点だろう」
「ふーむ、そうか……。どうすればいい?何か考えはあるか?」
「我々諜報班の活動にも限界はある。鎮圧班、君たちの部隊を率いて、モナティアムの空き家、空き部屋を調査してくれないか?怪しい契約を結んでいる賃貸でもいい。不法に滞在して怪しい活動をしている者や、痕跡なんかがあるかもしれない」
ミュートがカンナに調査の提案をする。その提案を聞いて、カンナが答える。
「なるほど……。市長様の命令であれば、私たちはいつでも行動できます!どうでしょう?」
「うむ。このミーティングが終わり次第調整しよう。ヒルデ、君たち医務班の報告を聞こうか」
エレナの使命にヒルデが答える。
「はい。私の病院では、多数の患者さんにより、既に医療麻痺の状態にあります。他の診療所でもたくさんの患者さんが来院して、とても手が回らない状態が続いています。心停止した患者さんからサンプルを採取した結果、白血球や赤血球などの異常な減少、消化器官をはじめとした多臓器不全、骨密度の異常な低下、紅斑、水疱瘡、異常な量の脱毛などの皮膚疾患……。既存の病気に当てはまらない多数の症状が見られました」
淡々とヒルデが報告する。ヒルデの報告を聞いたエレナが質問を投げる。
「何かウイルスやバクテリアの類は見られなかったのか?」
「それが何も見つけられなくて……。あったとしても、ありふれた風邪ウイルスやブドウ球菌ばっかりで、今回の症状に起因するようなものではありませんでした。一般にそれらが骨や内臓に悪さして死に至りしめるような事はしませんし……」
「うーむ……。ますます謎だな」
ヒルデの回答に頭を悩ませるエレナ。その後も広報班や情報班の意見を聞いて考えをまとめ、エレナは会議の解散を命じた。
モニターの電源を切ったエレナが深いため息をこぼす。椅子に深く腰をかけ、疲れ切った様子で椅子をクルクルと回す。
「はぁぁぁぁぁぁぁ……」
「お疲れ様です、市長様」
「本当だよ……。こりゃ参ったねぇ……」
力なくアメリアに言葉を返す。ボーっと宙を見つめるエレナはどこか上の空のように思えた。
その時、作戦室のドアが急に開かれた。そこに立っていたのは、諜報班班長のミュートだった。
「ミュート……?どうしたんだ?」
「……私から少し忠告しようと思ってね」
そう言って、ミュートはゆっくりとエレナに近付いた。
「君、世界樹教団の教主と密かに会っていただろう?」
「な……!どうしてそれを……!」
「私に秘密にできると思ったら大間違いよ、エレナ」
そう言ってミュートはエレナから少し距離を置いた。
「エレナ、あの人間に仕返しをするとか、復讐するとは考えない事だ。あのロレットという魔女もすぐに帰すことだ」
神妙な面持ちでミュートがエレナに警告する。ミュートの言葉を聞いて、エレナは少しムッとしたように返した。
「なぜだ!?このまま奴にやられっぱなしでいろという気か!?」
「そうです!このままではエレナ市長様のメンツに係わってしまいます!エレナ市長様の尊大なプライドが傷つきっぱなしでも良いと言う気ですか!?」
「……少し落ち着いたらどうだ?」
呆れたようにミュートが首を振る。そして、エレナの目をじっと見つめてミュートが口を開いた。
「今回、私は君が教主と呼ぶ人間が一番怪しいと思い、追跡と調査を行った。けど、何の成果も得られなかった。どうしてだと思う?」
「……ああ、あたしが監視カメラを撤去するように命じたからか?」
「……それも原因の一つだが、そんなのは些細な事だ」
「他にも原因があるというのですか?」
アメリアの問いにミュートがため息を吐く。そして、少しの間を置いてミュートが答えた。
「奴の武器は圧倒的な人脈だ。そして、不必要に情報を漏らさないようにしている。広く協力は仰ぐが、誰一人として信頼していないとでも言うべきか……。命令を下したら、それ以上の事は言わない。命令の目的も言わないのさ。この瓶もそうだ」
そう言って、ミュートはガラス瓶を取り出した。
「これも、恐らくあの人間の所から出たものだろう。どこで作ったかは分からないが……」
思いがけない情報にエレナの息が詰まる。ミュートの言っていることが理解できず、情報が追い付いていないようだった。
「どうしてそれをミーティングの時に言わなかったのですか?」
「確定した情報ではないからね。今語っているのも推測に過ぎない。ただ、この事件に教団がかかわっている確率は……」
エレナとアメリアが息を呑む。
「……98%。ほぼ確実といっても良いだろう」
「……そうか。そうか……」
エレナの眉間にしわが寄る。そして、エレナは鋭く前を睨むと、低く唸るように呟いた。
「……教主。今に見ていろ。我々は決してお前のような教団に屈する存在ではない。お前が尻尾を見せたその時、確実にその尻尾を引き抜き、踏み潰してやる……!」
「聞いていたのか?エレナ。奴と関わるのは止めろと言っているんだ」
「いずれ解決しないといけない問題だ。この事件の為にも、モナティアムの為にもな。だからあたしは決して諦めない。絶対にあの人間を叩き潰し、目にものを見せてやるんだ……!」
エレナの言葉を聞いたミュートは、呆れたように軽く笑うと、優しくエレナに言葉をかけた。
「その言葉を聞いて安心したよ、エレナ。私もできる限り君を助けよう」
「ああ、ミュート。……モナティアムの為に」
「モナティアムの為に、エレナ」