「……以上が今週の報告です、教主様」
「ご苦労だ、タイダー。報酬はレヴィから受け取ってくれ」
「了解です。お疲れさまでした」
教主が内線電話を切る。そばで聞いていたフリックルが、眉をしかめて教主に言葉をかける。
「本当に恐ろしいことになってるわね……。週末農場にまで行ってしまった奴らが出てるなんて……。そこまで魅力的に映るのかしら、あなたの作ったカクテルは」
「ココロにスキマを抱えている者は、常にそのスキマを埋めたがるものだ。自分に足りない何かを欲しがる。それがより刺激的であればなお良い」
理解しがたいといった表情でフリックルが表情を歪める。歪な表情の教主は続ける。
「私のいた世界でもそうだった。若い奴らは周りの迷惑を顧みず危険行為を繰り返し、いたってなんともない薬を大量に服用し、オーバードーズを繰り返す。自らの生活を切り崩し、違法ドラッグに手を染める者も後を絶たなかった」
「そうなの?理解しがたいわ」
「理解しなくても良い。遅かれ早かれ、そういった奴らは空虚な自分に満足できずに滅亡するだけだ。私は滅亡に向かう若者に少しの手を差し伸べ、破滅へ向かうその道を少し手助けしてやってるだけさ」
「随分な事ね。惚れ惚れするわ」
呆れたように教主から視線を背け、肩をすくめるフリックル。教主がこれほどのまでの事をしているのに、フリックルは止める様子がなかった。その事に疑問を持った教主は、フリックルに訊ねた。
「止めないのかい?フリックル」
「別に止めるつもりはないわよ。エルフは外来種よ?世界樹を切り倒そうともしたんだし、またいつそうするかわからないわ。そういった危険な芽を摘み取る為にも、あなたのカクテルは有効かもしれないわね」
「そうか。なら、遠慮なく増産させてもらおう」
そう言って、教主はエーダルシャイン・クァンタムを一口飲んだ。フリックルは、混乱のきっかけを飲む教主を見て、少し心配そうな顔をしている。
「本当に大丈夫なの……?それを飲んで週末農場に行ったエルフもいるんでしょ……?」
「さあね。しかし、これだけ魅力的なものだ。ただで手放すわけにはいかない」
エーダルシャイン・クァンタム。人々を魅了する沈黙を守りし輝くカクテル。一度飲めば魅了され、地獄への片道切符が切られる。
「私にとって、別にこれは必要のないものだ。私にとってこれは、これは料理に和えるためのスパイスみたいなものだ。欲しくはあるが、必要のないもの。ただ、ひどく魅力的な命の一滴……みたいなものだ」
そう言って、教主はグラスの中身を飲み干した。
空になったグラスの中で雫が静かに輝く。フリックルには、その一滴が悪魔の雫のようにも見えた。自らの操る茨のように、相手を絡め捕る無形の茨……。確実に相手を内側から蝕む、悪魔の茨のようだと思った。
「しかし、こうもエルフ共が弱い存在とは思わなかったな。これなら策を弄するでもなく、強硬策でもいけそうだ」
「どうするつもりなの?」
「今夜、シストがここに来る予定だ。シストと交渉して、教団の手足としてモナティアムに潜伏させようと思っている。教団の手先としてモナティアムのネットワークに組み込み、モナティアムの経済基盤を、教団なしでは回らないようにするつもりだ」
「そんな事ができるというの?」
フリックルが当然の疑問を口にする。
「無論、そんなことは不可能だろう。だが、半分でも達成できれば私たちの勝利だ。私の目的は、教団に依存した経済基盤を作る事だ。そして、私はそれを成し得るためのモノと経済力、人脈がある。私は必ず、成し遂げるだろう」
「随分な自信ね……。いいじゃない。見せてみなさいよ。あなたのその計画というものを……」
☆☆☆☆
深夜の妖精王国、一人の龍族と一人の妖精が密会をしていた。
「うふふ……。どうでしょうか?エシュール様……。砂糖の輸入が滞る今、私は独自のルートを開拓して、安定した砂糖の供給を可能にしました……。これはほんのご挨拶の印……。受け取ってくださいませ……」
「こ、これは……!」
200Lのドラム缶いっぱいに入った砂糖がエシュールの前に鎮座する。エシュールは突如目の前に現れた砂糖の山に、目が釘付けになっていた。
「こ、これがタダだなんて……!本当に良いんですか!?」
「もちろん……。これからは、このシストを贔屓にしてくれるというのであれば、これをタダでお譲りいたします……」
「も、もちろん……!こんな機会願ってもないわ……!これはありがたく頂戴します!シストさまぁ!!!」
「うふふ……。ごひいきに、エシュール様……」
エシュールと契約書を交わしたシストが家路を急ぐ。しかし、その家路は自らのねぐらではなかった。
路地を一つ二つと折れ曲がり、ある建物へと向かっていく。それは、世界樹教団の教主が運営する宴会場であった。
緊張した面持ちのシストが宴会場の戸を開ける。上納金は十分にある。教主を怒らせることは無いはずだ。
そうして、意を決したシストは宴会場の戸を開けた。
「こんばんは、オーナー」
「やぁ、シスト。待ってたよ」
薄暗い灯りの宴会場。そこには、いつも通りフリックルと教主がカウンターで飲んでいた。
「遅かったね。なんか良い取引でもしてたのかい?」
「ええ、まあ、少し。それと、これを……」
バスケットから袋いっぱいのゴールドを取り出す。教主の密造酒を優先的に卸してもらっている謝礼金という名の上納金である。
「いいね。それでこそ私の上客という訳だ。……それで、シスト。君も私の為に良く働いてくれている。私はそれをすごく感謝しているんだ」
「はぁ……。どういうおつもりで?オーナー」
教主はグラスにウォッカを注ぎ、それを一口煽ると、シストに向き直った。シストは教主の鋭い視線に身を硬直させると、そのまま動けなくなってしまった。
「シスト、私は君に大変感謝しているんだ。モナティアムの核物質を私に卸してくれた事も、私の酒をモナティアムに流通させてくれた事も、すべてにね」
「そ、そうですか?でしたら、私からも……」
ヒュッ!
シストの頬から血が滴る。シストの頬を掠めたダガーが壁に突き刺さり、それを見たシストが身を更に強張らせる。
「変な考えはしない事です、アメジストの龍族」
「レ、レヴィ……」
シストの身体に恐怖の感情が巻き上がる。それを見た教主は、自身の有利を悟って歪に顔を歪ませた。
「シスト、私の元で働かないか?私のビジネスには、君のような優秀なトレーダーが必要なんだ。分かるか?」
「わ、分かっておりますとも……。だ、だから私からも提案がしたくて……」
その言葉を聞いた瞬間、教主は深いため息を吐いた。その様子を見たシストは、腹の底に不気味な感覚を覚えた。そして、その予感は的中した。
教主が静かにコンタクトを送る。それを確認したレヴィは、シストの背中が勢いよく蹴った。
ドンッ!
「イっ!?」
パリン!
教主が空の瓶を叩き割り、シストの顔面に突きつける。
「私は提案をしているのではない。私は隷属しろと言っているんだ。君は私をビジネスパートナーとして見ているんだろうが、そうだと思ったら大間違いだ。君は、私にとっては、数多くいる木端ディーラーでしかない。分かるか?」
「…………っ!」
返答に詰まったシストの頬に割れた瓶が襲い掛かる。
シストの頬に鋭い傷が刻まれる。さらに教主は瓶をシストの胸元に突き立てると、そのまま低い声で脅すように語りかけた。
「私にはレヴィという優秀なトレーダーがいるんだ。君のような三下トレーダーなど必要ないとすら思っている。たまたまモナティアムの市場に詳しくて、核物質を融通してくれたから君に卸しただけというのに、よくもそう思いあがってくれたな?」
隣でくすくすとフリックルが嗤っている。しかし、恐怖に支配されたシストにその嗤い声は届かなかった。
「私は、もうどこからラジウムやスペシウムのような核物質が手に入るか把握している。君はもう私には必要ないんだ。君を今すぐ週末農場に送ることだって出来る。例え、もうエーダルシャインを作れなくなっても、何ら問題はない。それほどの流通ルートを手に入れれたからな。君のおかげで、私のブランド価値を作れた」
シストの顎に、冷たいガラス瓶の切っ先が触れる。シストは、教主の言葉を聞いて、自らの愚行を激しく後悔した。
「感謝するよ、シスト。私のブランド価値を上げてくれて。しかし、君はもう私には必要ない」
シストの身体からガラス瓶が離れる。背を向けた教主は、吐き捨てるように命令した。
「レヴィ、適当に始末しておけ。後の処遇は君に任せる。モナティアムにでも売るか、君のペットにでもすると良い」
「分かりました、教主様」
「ちょ、ちょっと待ってくださいまし……!オーナー、いえ、教主様……!」
「君との話はもう終わったんだ。後はレヴィと話してくれ」
「そ、そんな……!」
レヴィがシストを引きずって地下通路へと降りていく。小さくなっていくシストの悲鳴を聞きながら、教主は満足そうにグラスを煽った。