「はぁ………」
今日も劇場の仕事を終えたエルフが映画館を後にする。
何気ない日常の一幕。リニュアは悩んでいた。
「まさか、教主様にあんな一面があったなんて……」
トボトボと肩を落として家路につくその姿は、とてもやつれきっており、教主という人間に対する失望の念でいっぱいだった。信じていた人間に対する期待と尊敬の念は、雲霞の如く消え去ってしまったのだ。
隠れ家に入り、冷蔵庫のドアを開ける。
一本のボトル、一本のエーダルシャイン。リニュアはボトルをコップに注ぐと、そのままストレートで煽った。
「っはァ!けど、おいしいの事実なんだよなぁ……」
何かの気まぐれで買った世界樹教団の密造酒。リニュアは、闇市で流行している密造酒ディーラーの常連だった。最初はただの路上商売をしているだけの普通の商人と思って買ったのだが、それが密造酒のディーラーと気付くのは、だいぶ後の事だった。
リニュアはこれがお酒という認識すらなかった。お酒というものを知らずに生まれたリニュアにとって、お酒とは未知の飲料であった。
リニュアには何かもかもが未知の世界だった。未知の飲料を売って、見知らぬ刺激をもたらしたディーラーに感謝すらしていた。
しかし、それも幻想に消えてしまうのも時間の問題だった。
巷でアルコールに依存する者が増えている。アルコールで破産する者が増えている。路地裏、劇場のトイレで吐瀉物を目にする事も増えてきた。リニュアに、それが異常な事だという認識は持てなかった。
そんなあるとき、モナティアムである噂が立っているという情報を耳にした。
青白く輝く新しい酒が出たらしい。飲むと、全身が弾けるようなまったく新しい刺激を味わうことができるという噂だった。
リニュアは興味を持った。いつか時間があるときにモナティアムに行って、買ってみようと思った。
そして、その時は訪れた。
モナティアムで爆発的に流行っている奇病。それがその酒のせいであると知るのはそう時間のかからない事だった。
エーダルシャインを分析機にかける。リニュアはそれを飲んでみたいという欲求に駆られながらも、必死に我慢した。
1分、5分、10分……。刻々と時間が過ぎていく。リニュアは青白い輝きを見ながら、分析結果を待った。
「分析結果が出ました。結果をご覧になりますか?」
「ええ。教えて、分析装置」
リニュアは固唾を飲んで見守った。
「水67%、エチルアルコール7%、グルコース4%……」
その後も、ごく微量のありふれた成分が列挙される。そして、その時は訪れた。
「ストロンチウム0.03%、トリチウム0.04%、セシウム0.03%、スペシウム0.002%……」
「………?」
延々と続く香料の中に、明らかにおかしな物質が入っている。物質名を表す接尾辞のつく物質が列挙され始めたのだ。
「分析装置、分析結果を印刷してください」
「了解しました。分析結果を印刷します」
ガタガタと揺れ始めた分析装置は、エーダルシャインを構成する成分表を長々と印刷し始めた。そして、その中にあるストロンチウムとスペシウムを調べ始めた。
「ストロンチウム……。カルシウムと似ており、骨に吸収されると、骨折しやすくなり、骨肉腫や白血病の原因になる……」
リニュアの心臓が激しく高鳴る。震える手でホロスクリーンをスライドさせると、スペシウムの項目を見つけた。
「スペシウム……。外宇宙の宇宙人から検出された未知の物質……。原子核の崩壊様式が激しく、連続的にα粒子とスペシウム放射線を放出する……。崩壊する過程で周囲の荷電粒子を加速させ、核融合、核分裂の材料に使われる……」
呼吸が荒くなり、視界が歪む。気絶しそうになったリニュアは寸でのところで踏ん張り、そのままへたり込んだ。
この飲み物……。いや、液体はあまりにも危険すぎる。このまま放置しておけば、このエーリアスは滅びてしまう。そうならない為にも、一刻も早く回収、放棄せねばならない。
リニュアは焦っていた。せっかく見つけた、自身が定住できる安定した次元が、またもや崩壊してしまうのではないかと恐怖した。
教主を止めねば……。このような危険な飲み物をモナティアムにばら撒く教主を止めなくてはならない。エーリアスの為にも、この次元の住民の為にも。そして、自身の安寧の為にも……。
そう決意して、リニュアは隠れ家を飛び出した。