「では、師匠様!お疲れ様でしたー!」
今日も店じまいを終えたピコラが宴会場を後にする。今日もいつもと変わりない日常が、終わりを告げる。何気ない日常の一コマの一つだ。
小さくなっていくピコラの背中を見送った教主は、いつものように、残った精霊たちに命令を下した。
「それじゃあ、お前たち。ひと仕事だ」
教主から命令を下された精霊たちが慌ただしく準備を始める。教主は残った材料を確認して、今日のメニューを考え始めた。
「うーん……。米は貴重だから使いたくないし、雑穀も米以上に貴重だし……。砂糖もなんだかんだ使うし、小麦も……。うーん……」
どうやら密造酒のタネに使う材料について悩んでいるようだ。どの材料も教団にとっては貴重な資源だ。使徒が残業に次ぐ残業で必死に稼いだ貴重な材料、教主はそれを脱法行為に使っているのだ。
「クレープはいったい何をやっているんだ?最近は米も雑穀もあまり持ってこないし……。他所の宣教師たちも懐が寂しいのかな?」
悩んだ教主はバックルームに入り、材料の棚を見回した。そこには、アルバイト以外で手に入る、使徒たちの寄付によって賄われた材料が陳列されている。
「ふーむ……。ジャガイモかぁ……」
キャロットから贈られてきた大量のジャガイモ。一般的にはマッシュポテトにしたりポテトサラダにしたりするだろうが、この教主は違う。この教主にとって、ジャガイモとは飲み物なのだ。すべて潰して、蒸留する。残った酒かすはすべて堆肥としてキャロットに売り、教団の資金としている。何ともあくどい事をする教主である。
「やっぱりジャガイモが無難かなぁ」
既に芽が生えてしまったジャガイモを手に取り、教主が呟く。
食用として使えないジャガイモを適当に選別し、加工して、いつものようにすりおろしていく。教主にとっては何気ない日常のルーティンである。
出来上がったもろみに砂糖を加えて糖度を上げ、酵母を加える。こうして発酵させて、"お酒の素"を作っていく。これがエーリアスに飛ばされた、哀れな人間の楽しみの一つである。
「私のいた世界では違法行為だったけど、ここでは違う。まあ、ここに酒税法があるかなんて知らないけど……」
店じまいの時にピコラが丁寧に拭きあげたテーブルに乱暴に横になる教主。そうして発酵が進む間、精霊たちが準備した蒸留器を使って、前の日に作っておいたもろみを精霊たちが蒸留していく。
ポコポコとアルコールが沸騰して、お酒が蒸留されていく。アルコール特有のツンとした鋭いにおいが教主の鼻腔を刺激する。
「さて、そろそろアレが来る頃かな……」
そう呟きしばらく待っていると、ブロロロとディーゼルエンジンの唸る音が聞こえてきた。妖精王国には似つかわしくないトラックのエンジン音である。
荒い息遣いと共にコンコンとドアがノックされる。待っていましたと教主がドアを開けると、大きな荷物を抱えたレヴィが立っていた。
「はぁ……はぁ……。教主様、お届け物です!」
「やぁ、ご苦労さん。いつもありがとうね、レヴィ」
大きなロールボックスをゴロゴロと転がして、レヴィが荷物をバックルームに運んでいく。穀物、砂糖、スパイスにパウダーなど、雑多な食材が次々と運ばれていく。
「今日はイーストの在庫がなくて納入できませんでした。すみません!」
「やー、いいよ。まだ在庫もあるし問題ないさ。もし足りなくなったら、王国の誰かから買う事もできるだろうしね」
「確かにそうですね。これだけパン屋さんがあれば誰かが譲ってくれるかもしれませんね」
「ふふふ。だろう?エシュールという心強い味方もいる事だ。特にエシュールはミントパンも売っている。私からイーストと一緒にハッカも融通してもらえれば尚良いんだが……」
そう言って教主は考え込むそぶりを見せた。そんな様子をレヴィは不思議そうに眺めている。
「……思ったんですけど教主様、教主様もパン屋さんを開くおつもりなんですか?こんなにいっぱい材料を抱え込むなんて……」
「まさか。ライバルがいっぱいのパン屋なんて開こうものなら、エシュールが許さないだろう。私が作るのは、この国にはないまったく新しい"飲み物"さ」
「飲み物……?う~~ん……」
レヴィが顎に指を添えて考え込む。見習いとはいえ、レヴィは正式な魔女になる為に毎日勉強し、大量の論文を執筆している魔女である。魔術はもちろん、調合に必要な化学にもある程度精通している。
「大量の穀物にイースト酵母……。小麦粉はないし、パンを作る訳でもない……」
「君ほどの賢い魔女なら、私が作ろうとしているものは、分かるはずだろう?」
「……まさか……。お酒……?」
教主は満足そうに大きく頷いた。意外な答えに、レヴィはポカンと口を半開きにして呆けている。
「お酒なんて劇薬、ベリータ様がお知りになったら底なしの大穴行き確実ですよ……?妖精王国では大丈夫なんですか……?」
「エルフィンを見てみてごらん。お酒というモノがどういうものかちゃんと理解できると思うかい?私がしようとしているのは、違法ビジネスじゃなくて、ちゃんとした合法ビジネスなんだ」
「はぁ……」
お酒の危険性についてよく知っているであろうレヴィが教主の回答に訝しんでいる。お酒に違法、合法、ビジネスという言葉を添える教主の言葉に、レヴィは危険を感じると共に、一つの可能性を見出そうとしていた。
「うーん……。まだ妖精王国では法が整備されてないだけで、合法ではなく脱法と言った方が良い気がしますけど……」
「何を言ってる。ここは法治国家ではなくて、王権国家だ。法が人民を治めるのではなく、女王が人民を治める国だ。必要であれば、私は女王を丸め込むことだって出来る。今はできないだけでね」
そう言って、教主はジャガイモを一つ取り出した。
「ジャガイモが一つ、酵母を一つまみ、そして水……。エーリアスにはすべてがそろっている。私が至高の酒を作り出した時、私は女王をも屈服させることができるだろう」
「な、何をなさるおつもりですか……?」
レヴィが恐る恐る問いかける。
「なに、私は至高の酒を造りたいだけさ。誰もがその名を聞いただけで夢中になる至高の一滴……。すべての家庭に必ず一本はある至高のボトル、ウィスキー……。それを造るのが、私の夢であり、目標だ」
そう語る教主の目は、どこか遠くを見つめていた。
果たして、教主が見ているのは、密造酒で成功した自分の姿か、果ては叶う事のない夢か……。それは、教主以外には分からないだろう。
しかし、レヴィの目には、そうは映らなかった。
レヴィの目には、果て無き夢を求める冒険者の姿が映っていた。成功するか分からない、無謀ともいえる挑戦に挑もうとしてる、冒険者の姿だ。レヴィはそれが羨ましく思えた。
「そこでだ、レヴィ。君に私から提案があるんだ」
「え……!いったい何を……?」
教主からの急な提案にレヴィが混乱している。しかし、レヴィにはそれが啓示のようにも思えた。
レヴィは、この提案を受け入れなければならないと思った。この提案を受け入れなければ、永遠に成功しないと、レヴィは強く思った。
レヴィが固唾を飲んで教主からの提案を待つ。やがて、教主はレヴィに告げた。
「レヴィ、君が今請け負ってるバイトをすべて辞めて、私の元で働かないか?私は君の労働者としての価値を知っている。業務に忠実に臨むその姿、適度にサボり、息を抜く、生き抜くための姿。私の元で働けば、余計なクレームも、面倒な客の相手をする必要もない。ただ、物を運べば良い。今まで私が君に与えた仕事をそのままこなせば良いんだ。給料も今までの倍を払おう。賄いも作ってあげよう。ただ、今まで以上に忠実に働けば良い。どうだ?私の提案、受け入れる気はないか?」
「…………」
レヴィは黙ったまま教主を見つめる。
レヴィの教主を見つめるその目は、期待と興奮に満ちていた。貧しさと鬱屈と忙しさに圧倒されてた日々から解放されるのだ。そして、世界樹教団の教主による、エーリアス征服の物語に立ち会えるのだ。
「はい……。はい……!私に……やらせてください……!」
「その言葉が聞きたかったよ。では、レヴィ。これからもよろしく頼むよ」