「やっと来たか、遅いぞ!!!」
「市長様を待たせるなんて、研修医も舐めたマネをしますね」
「はぁ……、はぁ……。ご、ごめんなさい……。急いで来たんですけど」
「……ところで、ひどい格好だな。やっぱり、ここ最近あまり休めてないのか?」
「ええ、まぁ……」
すっかりやつれきったヒルデを見て、エレナが言葉をかける。しかし、そんなエレナの格好も酷いものだった。
「……市長もお疲れのようですね。私の事も言えないんじゃないんですか?」
「ああ、まあな。あたしはあたしで大忙しさ。ロクに休む間もない」
「ところで、どうして急に呼び出したんですか?何か緊急な出来事でもあったんですか?」
「ああ、そうだ。まずは作戦室に行くぞ」
作戦室に直結している秘密のエレベーターに乗る三人のエルフ。長い移動を終えて、エレベーターの扉が開く。
無機質で薄暗い廊下の先に、重苦しい雰囲気の扉が三人を待つ。
エレナが先頭に立ち、自動ドアが開かれる。その先には、二人のエルフの姿があった。
「待たせたな、二人とも」
「あなたは……諜報班長と……どなたでしょうか?」
「ああ、ヒルデはコイツが初めてだったな」
「初めまして、ヒルデさん。リニュアといいます」
リニュアがヒルデに挨拶をする。見慣れない姿のエルフに、ヒルデはただ疲れたように笑うだけだった。
「詳しい自己紹介は後だ。リニュア、例のモノを出すんだ」
エレナの指示通り、リニュアが青白く輝くエーダルシャインを取り出す。不可思議なものを見たヒルデが、訝し気な目でそれを見つめる。
「これはエーダルシャイン・クァンタムという、モナティアムで流行しているお酒です。そして今、モナティアムで流行している奇病の原因になっているものです」
「これ……この、光るお酒が……?どういうこと……?」
「次にこれをご覧ください」
長いスクロールと複数の紙がテーブルに置かれる。ヒルデは恐る恐るそれを手に取ると、その内容を深く読み始めた。
ヒルデの顔が徐々に青ざめていく。スクロールに書かれた内容に、ヒルデの頭は理解を拒んだ。
「し、市長……。これって……」
「ああ……。医師の端くれなら、お前もこれがどういう事か分かるだろう?」
ヒルデの視界が徐々に歪み始める。思いもしなかった現実に、押し潰されるような感覚がヒルデを圧迫し始める。
「ストロンチウム、トリチウム、そして、スペシウム……。すべて核物質だ」
「このお酒を造ったのは世界樹教団の教主様です。……正直、私も信じられませんけど……。私も複数のディーラーから聞きましたし、実際に出荷する所を目撃しました」
淡々と語るリニュアとエレナに、ミュートが続く。
「問題は、この核物質をどこで手に入れたかだ。モナティアムであることは間違いないだろう。このような純然な核物質を作れるのは、エーリアスではココでしかありえない」
「だな……。我々の中にこれらを取引している奴がいる。しかもこれらを扱える高位のエンジニアだ。我々の身近なところに裏切り者がいるってワケさ!」
エレナが叫ぶ。しかし、そんな叫びもヒルデの耳には届かなかった。
「こんな……教主様が……ああ……私は……」
ヒルデの視界が暗くなっていく。やがて重みに耐えきれなくなったヒルデは、気を失ってしまった。
「おい!ヒルデ!どうした!?」
「ヒルデさん!?」
☆☆☆☆
目の前に無機質な色の天井が広がる。重い身体を起こすと、アメリアが声をかけてきた。
「目を覚ましましたか、ヒルデ」
「アメリアさん……。私は……」
「ミーティング中、突然気絶したんですよ。覚えてませんか?」
「ああ……。そういえば」
おぼろげな記憶を辿って、気を失う少し前の事を思い返す。今、モナティアムで爆発的に流行している奇病の原因が、教主の作ったお酒にあると誰かが言っていたか。それも、モナティアムで手に入れた核物質を使った劇物だ。
「まさか、毒でもウイルスでもなく、放射線が原因だったなんて……。通りで、原因物質を検知できなかったわけだわ……。
「……それよりも、シャワーを浴びてきてくれませんか?みすぼらしいですし、臭います」
「ああ、ごめんなさい……。少し借りますね」
ヒルデとアメリアがエレベーターに乗り、地上へ出る。どこか上の空の様子のヒルデを見て、アメリアが声をかける。
「……今回の件、大変ご苦労なさっていると思います、ヒルデ医務官」
「はい……?突然どうなさったんですか?アメリアさん」
突然のアメリアの言葉に驚くヒルデ。そんなヒルデをよそに、アメリアは申し訳なさそうに言葉をつづけた。
「今回の件は、私どもも大変重く受け止めています。一昔前の龍族の件、あの一件以来、何の対策も取らずに、二度もバイオデンジャーを発令してしまい、ヒルデ医務官に大変な苦労をかけさせてしまいました……。その事を、深く申し訳なく思っているのです」
「そんな……頭を上げてください、アメリアさん」
落ち込むように俯いて語るアメリアを、必死にヒルデがなだめている。エレナの腰巾着であるアメリアがここまで追い詰められているのを見て、ヒルデは改めて異常事態が起きているのだと再認識した。
「とにかく、私からも市長様にかけあって、一時的にでも医療への予算を回すように進言してみます。だからどうか、私たちと共にこの危機に立ち向かってください」
アメリアの言葉を聞いて、ヒルデはどこか虚しさを感じた。この危機において、自分は無力だと痛感させられたからだ。
再び虚空を見つめ、涙を流すヒルデ。
「……その必要はありません。今回のこの事態に関して、私は完全に無力です。私にできる事と言えば、対症療法だけ……。痛みを和らげ、一時的に苦痛を紛らわすだけ……。なのでどうか……。私に回せるだけの予算があるなら、あの人間に対処できるようにしてください……。私からのお願いです……」
「…………」
力なく答えるヒルデにアメリアが黙り込む。追い詰められたヒルデからの、ようやく絞り出したその声に、アメリアは頷く事しか出来なかった。
「……分かりました、ヒルデ医務官。モナティアムの為に」
「…………」
アメリアがヒルデを置いてエレナの元へ向かっていく。ヒルデはしばらくそこを、動けないでいた。