「そうか、ヒルデが……」
「しばらく休暇を入れたほうがよろしいかと思いますが、どうでしょうか?」
「いいや、それでは却って危険だ。考える時間が増えて、より自分を追い込むかもしれん。自殺でもされたら我々の士気にも大いに係わる」
日常と非日常の境界線上、市長室でエレナとアメリアが口論をしていた。
「でしたら、どうすればいいでしょうか?今の状態では、ヒルデ医務官をますます追い詰めるだけです。彼女を失えば、モナティアムは更なる混乱に陥るだけです!」
「……教団だ、教団へ送ろう」
「なっ……!よりによって、あの人間の下へと送るおつもりですか!?」
「違うっ!!妖精の司祭長の下へだ!!あたしも盗聴器で確認した!!教団本部と宴会場は完全に別離されている!!そこへならあたしの監視の元へも置けるし、妖精たちの手を借りる事もできる!!これなら問題ないだろう!!?」
怒鳴るようにアメリアにまくし立てるエレナ。その様子に気圧されながらも、アメリアは静かにうなずいた。
エレナも限界だった。音もなく崩れていく自身の町を見て、何も手も打てない自分にイライラしていた。市長室の窓から見える町は何ともないというのに、自身の見えない所では確実に崩壊しているという事実に、ひどく苛立ちを感じていた。
「司祭長の奴と話をして段取りを組んでおけ。いいな?」
「は、はい!市長様」
「はぁぁぁぁぁ……。それとアメリア、広報班と鎮圧班を呼んでくれ」
「はい、かしこまりました、市長様」
「……これからモナティアムは、徹底したロックダウンと情報統制を敷く。我々を舐めるなよ……!」
☆☆☆☆
閉店間近の宴会場、ピコラは一人で店仕舞いをしていた。
テーブルを拭き、床掃除をし、備品を整える。なんてことないいつもの日常だ。
照明を消して施錠をし、宴会場を出る。
自宅に戻る帰り道。この頃、ピコラはふと考える事があった。
自身が師匠様と慕う教主が、宴会場と教団を空ける事が多くなった。宴会場にいても、いつも難しい顔をして何かを考えている。フリックルとも真面目な顔をしながら何かを話しているようだが、忙しいピコラは聞く耳を立てれなかった。
ピコラの胸に胸騒ぎを感じる。いつもの楽しい日常が壊れてしまうのではないかと不安でいっぱいになる。考えれば考える程、ピコラの胸は苦しくなるばかりだった。
そんな事を考えていると、道の端に一人の魔女を見かけた。フリックルである。
「フリックル師匠様……?」
「っ………。ピコラ……」
ピコラが小走りでフリックルに駆け寄る。出奔したとはいえ、かつて敬愛した高位の魔女の師匠である。ピコラが嫌う理由がなかった。
「仕事終わり?いつもご苦労ね、ピコラ」
「はい!師匠様こそ!フリックル様も仕事帰りですか?」
「ええ、まぁ……」
不自然に言葉を濁すフリックル。ピコラは普段であれば見せないその様子を敏感に察知した。
「フリックル様……?」
「……ピコラ、今日はうちに来ないかしら?ごちそうするわ」
「え、フリックル様が……?は、はい!ぜひ……!」
ピコラとフリックルが肩を並べて歩く。その足取りはどこか少しぎこちない。
ピコラがフリックルの顔をちらりと見る。いつものピリピリした雰囲気からは想像できない程の不安と焦燥を見せる顔に、ピコラが不安を覚えた。
「フリックル様……。どうしたんですか……?何か浮かばれないようですけど……」
「え……?」
ピコラの突然の問いかけにフリックルが目を丸くする。フリックルは目を少し泳がせた後、ピコラの肩を掴み、意を決したように語りかけた。
「ピコラ、私の言う事をよく聞きなさい」
「は、はい?」
フリックルがまっすぐピコラの目を見て語りかける。
「ピコラ。教団は今、大きな危機を迎えているわ。これまで私たちは、なんとかピコラを巻き込まないように努力してきたけど、それすらも危うくなってきている。モナティアム……。エルフたちと戦争を開始する一歩手前まで来ているの」
「モ、モナティアムと戦争……?どういう事ですか……?」
突然の聞きなれない言葉にピコラが混乱する。しかし、フリックルは続ける。
「ピコラ、ベリータ様の下を訪れなさい。ベリータ様には私から話しておくから、そうすればあなたの安全も保障されるはず。あなたをこの戦いに巻き込むわけにはいかないの」
フリックルが懇願するかのようにピコラに語りかける。その目は我が子を心配する母親のようだった。
その時、遠くからトラックのエンジン音が聞こえてきた。レヴィのトラックだ。
二人の姿を確認したレヴィが二人の横へ横付けする。レヴィは窓から顔を出すと二人に問いかけた。
「フリックル様、こんなところで何をしてるんですか?」
フリックルの怪しい動きを察知したレヴィが彼女に詰め寄る。疑いの目を向けるレヴィの鋭い視線に、フリックルが戸惑う。
「ピコラをベリティエンに送っているところよ。それがどうかしたの?」
「ふぅん……。ピコラをねぇ……」
レヴィの高慢な態度にフリックルの額に青筋が走る。魔女王国のインターンでしかなかった見習い魔女が、ベリティエンの二番手に楯突いているのだ。フリックルが怒らないはずがなかった。
「随分と偉くなったものね、レヴィ。教主の使い走りになったからって、調子に乗ってるんじゃないかしら?」
「宴会場で飲んでいるだけの魔女に言われたくありませんよ。私は既に教団でも地位を得て、ブローカーとして売人の元締めをしてます。それに、モナティアムで内部工作までやってるんです。あなたと違って、教主様の下で確実に実績をあげてるんですよ。あなたこそ、教主様のそばにいるだけで調子に乗ってるんじゃありませんか?フリックル」
「ちぃ……!」
レヴィの言葉にフリックルが歯噛みする。ただのインターンと思っていた見習い魔女に思わぬ反撃を食らって、フリックルの調子がくるってしまう。
「妾の魔女が調子に乗るんじゃありませんよ。必要であれば、ソレも危険分子として粛清することだってできるんですから。事業に関係のない存在が、教団に近すぎるってね」
「レヴィ……!」
レヴィの言葉にフリックルが怒りを露わにする。そんなフリックルのただならぬ怒りに、ピコラは怯えるだけだった。
「ともかく、変な真似はしない事です、フリックル。……では、私はブツの配送があるので、これで……」
そう言って、レヴィは走り去って行った。後に残されたフリックルは、やり場のない怒りを鎮める事しか出来なかった。
「フリックル様……?ど、どういう事なんですか……?レヴィさんの言っていた事はいったい……」
「ピコラ……。今は黙って私に従って。この戦いに、あなたを巻き込みたくないの」
そう言って、フリックルはピコラを抱きしめた。
ピコラは、自身の肩にかかる暖かいものを感じた。しかし、それが意味するものが分からなかった。
ピコラに対して後悔の念を感じるフリックル。ベリータの二番手のままであれば感じる事のなかったこの感情を、フリックルは複雑な気持ちでいた。もう引き返せないところまで来てしまった自分の愚かさを恥じた。
教団とモナティアムの長い戦いが始まろうとしている。それは、教主とモナティアムの全面戦争を意味していた。