世界樹教団、マフィアになる   作:韓非子

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第29話「教団とモナティアム」

『レヴィとスノーキーが拘束されました。気を付けてください』

「分かった。君も気を付けろ、タイダー」

『了解です』

 

 短い通信の後、教主は無線を切った。

 

 イスに深く腰をかけ、大きくため息を吐く。こうなってしまったかと諦めにも近い感情を抱いた教主は、次の手段のための準備に取り掛かった。

 

 ここ最近はフリックルも姿を見せていない。連絡を取ろうにも、エルフの盗聴を警戒してスマホも持っていない。

 

 しかし、いくら気にはなっても、今はそうしている場合ではない。エルフたちは確実に自分を脅しに来ると睨んだ教主は、証拠の隠滅を図ると共に、工作を始めた。

 

 まずは空になった鉛の箱。こんなものがあっては怪しまれるのは必至だ。適当に龍族の所に送っておこうと教主は考えた。鉛の龍族が生まれればコネを築く事もできる。

 

 蒸留施設はいっそ公にしてしまうのも一つの手だろう。造酒産業はエルフィンランドの一つの大きな産業にもつながる魅惑の事業だ。王宮の専売品にしてしまえば、売り上げが直接国庫にも入る。これほどおいしい話は無いはずだと教主は考えた。

 

 いずれにせよ、モナティアムなど恐れる事はない。教主は自身に不利な証拠を片付けつつ、静かに鎮圧班の到来を待った。

 

 

☆☆☆☆

 

 

「ようやく……。ようやく終わる……。覚悟しろ人間……!」

 

 捕らえたレヴィとスノーキーを引き連れ、カンナたち鎮圧班は教主のいる宴会場の前に来ていた。周囲にいる妖精たちは、鎮圧班たちのただならぬ雰囲気に圧倒され、黙ってその様子を遠くから見守っている。

 

 宴会場の周囲は閉鎖され、鎮圧班の厳重な包囲下に置かれている。その様子を、エルフィンは王宮から静かに眺めている。

 

「カンナさん!いったい何があったんですか!?」

「ネル司祭長……」

 

 宴会場周辺のただならぬ事態にネルとポーラン率いる王国警備隊がやって来た。これはいったいどういう事だと、ポーランがカンナに詰め寄る。

 

「カンナ!これはいったいどういう事だ!!?」

「ポーランさん……。あなたは、本当に何も知らないのですか?」

「なに……?いったい何を……」

「ここの人間が、核物質入りの密造酒をモナティアムばら撒いてる事をですよ!!お前たちは今まで、本当に何も知らずにこの事を見過ごしていたのかって聞いてるんだ!!!」

 

 鬼気迫るカンナの怒号にポーランが圧倒される。カンナのあまりもの剣幕に、妖精たちはただ狼狽えるばかりだ。

 

「各員、突撃の準備を。人間は何を用意しているのか分かりません。先発隊が偵察、制圧を行い、残りは魔女二人を先頭にして進むように」

 

 鎮圧班が続々と宴会場の中に入って行く。ネルはその様子をただ黙って見ている。

 

 妖精たちは何が起きているのか理解できなかった。教主が何か変なものを混ぜた密造酒をモナティアムにばら撒いている?突然の出来事の連続に、妖精たちの頭はパンク寸前だった。

 

 その一方で鎮圧班たちは宴会場の制圧を進めていた。メインホール、バックルーム、資材庫、蒸留所……。少数の精霊が管理していることを除けば、静かなものだった。

 

 そして、鎮圧班は教主のいる執務室へとたどり着いた。

 

「ここだな?人間……。あたいがこの手でひっ捕らえてやる……!」

 

 バンッ!

 

「動くな!鎮圧班だ!」

 

 大砲を構えたカンナが事務所へ入り、教主に向かって叫ぶ。

 

「やぁ、カンナ。待ってたよ」

「人間……!よくもあたいたちを……モナティアムをメチャクチャにしてくれたな……!」

 

 声を荒げたカンナが教主を睨んで叫ぶ。対する教主は、いたって落ち着いた様子でカンナに語りかける。

 

「それで、どうしたというんだい?なぜそんなに武装したエルフたちを私に差し向ける?私が何をしたというんだ?」

「なんだと……!?アレだけの事をしながらそんな事を言うのか!!?」

「落ち着け、カンナ隊長」

 

 鎮圧班たちをかいくぐって、エレナが姿を現す。エレナは興奮するカンナをなだめて落ち着かせると、カンナの前に立った。

 

「エレナ様……」

「君がエーダルシャインというものを作り、あたしの町にばら撒いたという事は、複数の証言とモナティアムの監視カメラから確証している。大人しく捕まる事だ。既にここは包囲されている。逃げ場はないぞ」

 

 エレナが堂々と教主の前に立ち、降伏するように促す。しかし、教主は鼻で笑うだけで、相手にしようともしなかった。

 

「私が直接、そのエーダルシャインというものを売ったと?それは確かなのか?だとすれば、それはおかしい事だなぁ……。私はずっとここで教団の仕事と、宴会場の管理をしていたんだが……」

 

 教主の言葉にエレナの顔が引きつる。確かに教主の言う通りだからだ。監視カメラに映っていたのは、エルフのディーラーと、それと取引をするエルフだった。教主が監視カメラに映っていた証拠は一つもない。

 

「しかし、あたしたちが捕えたブローカーからは君がかかわっていると確かな証言を得ている!リニュア、出てこい!君も見たんだろう!?エーダルシャインを出荷する所を!」

 

 エレナの呼びかけに応じてリニュアが出てくる。その手には、青白く輝くエーダルシャインが握られていた。

 

「リニュア……」

「ここにはありませんが、鎮圧班が押収したトラックから、大量の密造酒とエーダルシャインが出てきました。……レヴィさん、スノーキーさん。あの方の命令で、ここで作られたエーダルシャインをモナティアムに運んでいた。そうですよね?」

 

 後ろ手に縛られた二人の魔女にリニュアが問いかける。

 

「し、知らない……!わ、私はこの人間の命令でやったんじゃない……!」

「じゃあ、誰の命令だというんですか?」

「わ……私たちが勝手にやったんだ!!荷物が入ったトラックを私が盗んで、勝手に売り捌いたんだ!!教主様は何の関係もない!!!」

 

 次の瞬間、銃声が鳴った。

 

 パァンッ!!!

 

「うぐっ……!?」

 

 カンナの右腕から血が飛び散る。突然の出来事に、事務所内に重い緊張が走る。

 

「何の事だか知らないが、よくも私の事務所に来て訳の分からない事を騒ぎ立てる……。物証も無しに、証言だけで私を逮捕しようというつもりなのか?」

「きさま……!」

 

 ピストルのボルトを引いて、次弾を装填する。教主の手の中にあるのは、モシン小銃を極限にまで切り詰めた、Obrez-Pitolというライフルだった物だ。

 

「ふん!」

 

 レヴィが自分を拘束していた鎮圧班に頭突きを食らわせる。

 

「ぐあっ!」

 

 拘束を解かれたレヴィが教主の下へと飛び移る。教主がレヴィを縛る荒縄を撃って、拘束を解く。自由になったレヴィはすかさずダガーを手にして、臨戦態勢をとった。

 

「それと、勘違いしない方が良いぞ?包囲されてるのは私ではなく、君たちなんだからな」

「なに……?」

 

 教主の言葉にエレナが怪しむと、外がにわかに騒がしくなった。どうやら、外の鎮圧班たちが何か揉めているようだった。

 

 次第に、宴会場の周囲から銃声が鳴り始めた。突然、鎮圧班たちが内乱を始めたのだ。エレナたちは何が起きているのか理解できずに混乱するばかりだ。

 

「な、なんだ……?何が起きてるんだ!?」

 

 次の瞬間、リニュアとエレナが黒い茨に囚われてしまった。突然の出来事にエレナの顔が恐怖に歪む。

 

 突如始まった鎮圧班の反乱。タイダーが機会を伺い、教団が有利に運ぶように鎮圧班を唆し、仲間割れを起こしたのだ。

 

 レヴィが少しずつ進めていった鎮圧班の買収がようやく実を結んだ。上質なウォッカとカクテルは、裏切りを本能とするエルフたちには効果的だった。ここに来て、最高のタイミングで、一部のエルフたちが教団に寝返ったのだ。

 

「まったく……。隙を見せたばかりにエルフに囲まれるだなんて……。あなたも油断したわね」

「フリックル……!」

 

 茨の魔女、フリックルが教主の前に姿を現した。

 

「エレナ、さっさと退散した方が良いわよ。よくわからないけど、あなたのお仲間が仲間割れを起こしてるようだからね」

 

 外の銃声が激しくなる。銃声に混じって妖精たちの悲鳴も大きくなり始め、被害が拡大しているのが分かる。

 

「ぐっ……!ここまで来て撤退しないといけないのか……!?」

「その方がお仲間の為にも良いわよ?でないと、この茨があなたのお仲間の首をへし折る事になるかもしれないからね」

「ぐぅぅ……!くそぉ……!」

 

 エレナが拘束を振りほどいてドアを開き、叫ぶ。

 

「お前たち、撤退だ!!!さっさと退散するんだ!!!」

 

 悲しみにも似た叫びが妖精王国にこだまする。しかし、混乱に陥った妖精王国に、エレナの声はまるで届かなかった。

 

「聞こえないのか!!?今すぐ戦闘を止めて撤退するんだ!!!仲間割れを起こしてる場合ではない!!!」

 

 ピィィィィィィ!!!

 

「鎮圧班!!!撤退!!!作戦は失敗だ!!!すぐにモナティアムに帰還せよ!!!」

 

 茨から解放されたカンナが叫ぶ。すると、戦闘を起こした一部のエルフがカンナの呼びかけに応じて撤退を始めた。

 

 去り際にカンナが教主を睨んで呟く。

 

「人間……。この借りは必ず返すぞ……!」

 

 こうして、エーダルシャインを巡る一連の騒動が幕を下ろした。狂気に囚われた教主は密造酒で荒稼ぎし、モナティアムに決して癒える事のない傷を残した。

 

 エルフと世界樹教団の間に決定的な溝ができた。その溝が埋まり、傷が癒える日は来るのだろうか?

 

 心のスキマがある限り、酒は静かに語りかけてくる。理性が迷いと渇きを覚える限り、この歴史は繰り返される事だろう。

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