何も変わらないいつもの宴会場。今日は珍しく、通常営業の時間にフリックルが来ていた。
口にしているのはウォッカのカクテルではなく、何ら変わらない穀物ドリンク。アテはプレッツェルだ。
穀物ドリンクを少し飲んでは、プレッツェルを少しちぎり、口に運ぶ。この様子だけを見れば、どこにでもいる居酒屋の常連のようにも思えるだろう。
他の使徒たちが和気あいあいと騒ぐ中、フリックルだけはカウンター席で教主の前で、何をするでもなく穀物ドリンクを飲んでいる。時折り言葉を交わすこともあるが、フリックルは宴会場の雰囲気を楽しんでいるようにも見えた。
「師匠様ー!」
ピコラが元気よく教主の元へ駆け寄ってくる。
「フリックル元師匠様もいらっしゃったんですね!お久しぶりです!」
「久しぶりね、ピコラ。元気にしてた?」
「はい!師匠様の元で頑張って働いてます!」
「そう……。良かったわ。元気そうで……」
そう言ってフリックルは静かに目を閉じた。まるで、久しぶりに我が子に会った母親のようにも見えるが、ピコラはフリックルの元弟子である。フリックルの厳しい指導に耐え切れず、出奔した過去がある。それもあってか、少しぎこちない感じもする。
「フリックル様、最近よくここに来るんですか?」
「え?」
急な質問にフリックルが目を見開く。まさか毎日通ってるとバレれば、自身ののメンツにも関わってくるかもしれないと、フリックルは固まってしまった。
「あたし、たまに私用があって魔女の王国に帰ってるんですけど、大変なことになってますよ!レヴィさんが魔女の王国のバイトを一気に辞めてしまったせいでみんなイライラしてますし、ベリータ様も大事な時にフリックル様がいないってぼやいてましたよ!急いで戻った方が良いんじゃないんですか?」
「あぁ……。そうね。私もよく把握してるわ」
「……?分かっててここにいるんですか?」
「そういう事もあるっていう事よ。騒ぐほどの事でもないわ」
そう無関心そうに呟くフリックルに、ピコラが驚いた顔をしている。フリックルはため息をついて穀物ドリンクを一口飲むと、教主に口を開いた。
「あなた、アレが飲みたいわ。出してくれるかしら?」
「もう飲むのかい?まだ早いんじゃないか?」
「いいでしょ?そんな気分なの」
「まぁ、君が言うんなら……」
フリックルの要望に応えて、秘蔵の樽からウォッカを酌み、氷とスパイス、はちみつを入れてかき混ぜる。最近のフリックルのお気に入りのカクテルだ。
ことりとフリックルの前にグラスが置かれる。淡い光に照らされた命の水は、静かにフリックルに語りかけてくる。
「……?それ、なんですか?そんなメニューありましたっけ?」
「フリックルのオリジナルメニューだよ。フリックルも疲れてるから、私とフリックルで考案した特製ドリンクを振舞ってるのさ」
「へぇぇ……。あたしも飲んでみたいです!」
フリックルの飲むウォッカのカクテルを飲んでみたいとピコラは言う。ピコラには内緒で製造する教主の密造酒。教主は表情を崩さないながらも、若干の焦りを感じた。
「ダメよ。あなたにはまだ早いわ」
「どうしてですか!あたしも飲みたいですよ!フリックル元師匠様!」
「まぁまぁ。私が特別に淹れてあげるよ」
「ちょ、ちょっと!中毒になったらどうするのよ!」
「ちゅーどく……?」
そう怒るフリックルを無視して、ウォッカの代わりに水とスパイス、はちみつと香料を入れてピコラに振舞う。見かけはフリックルに差し出したものとは変わらない特別なドリンクだ。
「これがフリックル様がよく飲まれてる特製ドリンク……」
「…………」
フリックルが青い顔をして教主を見ている。元々かわいがってた愛弟子なだけあって、急性アルコール中毒になることを恐れているのだ。いくら正式な魔女であっても、まだ幼いピコラにはアルコールは危険な飲み物だ。元師匠としては当然の反応である。
「チビチビ……」
ニオイを嗅いだピコラが少しずつドリンクを味わう。やがて気に入ったのか、ゆっくりと味わうように、グラスの中を飲み干した。青い顔をして心配するフリックルをよそに、すっきりした顔で教主を見つめる。
「うーん、ちょっと甘いですけど、清涼感があっておいしいですね!けど、意外です。フリックル様がこういう飲み物がお好きだなんて!もっとスムージーみたいなモノを飲んでると思ってたんですけど、こんな一面があったなんて驚きです!」
「……?なんともないの……?」
「? どういうことですか?」
「い、いや……。なんでもないわ」
混乱するフリックルをよそに、ただの水とはちみつの混合物を飲んだピコラが不思議そうにフリックルを見つめている。そんな状況に耐えかねてか、フリックルはグラスのウォッカを一気飲みした。
「んぐっ……!」
「そんな飲み方をしたら危ないよ」
「ぷはっ……!あぁぁ……!効くわぁ……!」
「??? フリックル様、なんか変ですよ?」
「うるさいわよ!」
フリックルの荒い声にピコラが飛び跳ねる。何も知らないピコラを憐れむと同時に、しばらくは嘘を吐き続けなければならないと、教主は小さくため息を吐いた。