世界樹教団、マフィアになる   作:韓非子

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第33話「罪己詔」

 深夜の妖精王国の町の一角に、一つの明かりがぼんやりと灯っていた。

 

 部屋の中には空き瓶と飲み終わった穀物ドリンクのグラスが散乱している。教主が教団本部を空けるようになってから、彼女の生活は荒れるばかりだった。

 

 ジョアン。司祭長ネルの先輩であり、世界樹の導きに従って、覚める事のない眠りから目覚めたかつての司祭。

 

 ジョアンの精神は非常に不安定になっていた。自身の依存する対象が教団から離れ、自身の祈りを捧げる対象が無くなってしまったからだ。

 

 しかし、ジョアンは尚も祈りを捧げる。ジョアンには、それしかできないからだ。裏切られた信頼に尚も縋りながら、ただ見返りのない祈りを捧げ続ける。

 

「…………」

 

 虚ろな目をした司祭が静かに佇むグラスを見ている。

 

 グラスは何も語らない。ただ静かに、ジョアンの負の感情を黙って受け止めるだけだ。信仰では受け止めきれない不安を和らげてくれる、ジョアンのもう一人の聴罪師。ジョアンはアルコールに依存してしまっていた。

 

「…………」

 

 半開きの口から漏れるのは悲しみに震える吐息のみ。祈りの言葉は、もうしばらくは出ていなかった。

 

 ジョアンも心の中では分かっていた。教主が教団を捨てた事実に気付いていた。しかし、ジョアンはそれを認める事が出来なかった。認めてしまっては、自身の心の拠り所と、自分自身が壊れてしまうと思ったからだ。

 

 ジョアンは眠りから覚めて様々な事を経験をしてきた。楽しい事もたくさん覚えた。しかし、そのどれも教主に対する信仰の力に敵う事はなかった。今、ジョアンの心にあるのは、空っぽの空洞と、空虚な気持ちだけだった。

 

「どこへ行ってしまったのですか、教主様……」

 

 ジョアンは今日も酒に溺れる。

 

 

☆☆☆☆

 

 ある日の妖精王国、町の広場に大きな人だかりができていた。広場いっぱいに妖精たちが集まり、教団の私兵となった元鎮圧班のエルフたちが厳重に警備している。

 

 そんな妖精たちがガヤガヤと噂話をしている。長く宴会場に籠って姿を見せなかった教主が、妖精たちの前に姿を現すというのだ。そんなものだから、妖精たちも大騒ぎだ。

 

 いったい何の話をするのだろうか?妖精王国でしきりに噂される密造酒の事だろうか?教団が密造酒に関わっているという話は本当なのだろうか?妖精たちの話題は尽きなかった。

 

 そんな妖精たちの中で、ひと際落ち着きなくそわそわしている者たちがいた。ネルとエルフィンである。

 

 長く姿を隠していた教主が表に出てくると知ってから、二人は気が気ではなかった。ようやく教主に会えるのだと不安と興奮でいっぱいになっていた。

 

 そうしているうちに、教主が姿を現した。妖精たちの注目がいっせいに集まる。

 

「あー!あー!妖精たちよ、静粛に!!!」

 

 メガホンを持ったタイダーが叫ぶ。その呼びかけに応じて、妖精たちが徐々に静まっていく。

 

「これから教主様による、今回の騒動についての謝罪会見と説明会を行う!!!さあ、教主様、どうぞ」

 

 タイダーから拡声器を貰った教主が、妖精たちに向かって話し始めた。

 

「妖精のみんな、今回の事件を受けて、被害に遭った住民たちもいる事だろう。まずは、その事について謝らせてほしい。私は大変な事件に君たちを巻き込んでしまったと、すごく心を痛めている。本当に、申し訳ない」

 

 教主が腰を折って、深々と頭を下げる。そんな教主の姿を見て、妖精たちがまたも騒めき立つ。

 

「静かに!!!」

 

 タイダーが叫ぶ。タイダーのモナティアムでは見られなかった威勢のある姿に、元鎮圧班のエルフたちが混乱している。

 

「鎮圧班がエーダルシャインという密造酒に怒り、教団に襲撃に来たのは事実だ。私が密造酒を造っていたのも事実だ。この中に、私が造った密造酒を飲んだ者もいる事だろう。しかし、私がエーダルシャインなる輝く飲み物を作ったという事実はない!誓って私は宣言するッ!」

 

 力強く胸を叩き、教主がキッパリと言い切った。教主は、エーダルシャインを作っていないと宣言したのだ。

 

「確かに私は密造酒を造っていた。それは私がここに認めよう。私の蒸留所も公開し、解放しようと思う。私はここに罪を認め、罰を受けるつもりだ。私が密造酒を造り、勘違いをしたエルフが宴会場を襲撃し、皆に被害を与えた……」

 

 白々しく教主は言葉を続ける。

 

「私は世界樹教団の教主であり、皆の模範となるべき人物だ。受けた罪は罰せられねばならない。故に、私は皆に罰してほしいと思っている」

 

 レヴィが教主を後ろ手に縛り、教主が皆の前で膝をつく。

 

「さあ、私に石を投げなさい。気の済むまで私を罰してくれ。それで君たちの気が晴れるのであれば、私も嬉しく思う」

 

 そう言って、教主は静かに目を閉じた。

 

 広場に静寂が広がる。誰もが教主の思いがけない行動に言葉を失っている。一人、また一人と互いに目配せをして、各々の顔色を窺っている。

 

 誰も教主を罰しようとはしなかった。誰も教主に怒ってなどいなかった。教主は己の過ちを認め、罰することを望んでいると、皆が思った。

 

 すべては、教主の思い通りに進んでいった。

 

 やがて、一人の妖精が教主の前に出た。その後に続いて、次々と妖精たちが教主の前へと歩み出た。

 

「教主様、顔を上げてください……」

 

 一人の妖精が声をかける。

 

「教主様のなさった事は悪いことかもしれません。けど、教主様は自分の罪を認めました。それで十分じゃないですか?」

「そうだよ!」

 

 次々と教主を許す妖精たちの声が上がっていく。やがてそれは大きな広がりとなっていき、教主の存在は妖精王国で、より大きなものとなっていった。

 

「みんな……ありがとう……」

 

 すべては、教主の思い通りに進んでいった。

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