「───────ッ!───────ッ!」
バキッ!グシャ!
宴会場の地下から悲鳴のような声と、何かを破壊する音が響いている。この悲鳴は誰のものだろうか。
「───────ッ!───────ッ!」
ガシャッ!バキッ!
「……ッ!……ッ!」
教主が懸命に、必死に斧を振り落としている。執念か、怒りか、教主の振り下ろす斧には狂気の色を帯びている。
斧を振り下ろすたびに、教主の額に汗が流れる。斧を握る手に力が入り、振り下ろされる斧が精霊の身体を切り刻んでいく。
「───────ッ!───────ッ!」
皮が乱暴に剥がされていく。肉が切り刻まれ、飛び散った破片が地下倉庫の壁を汚していく。教主は汚れる地下倉庫に目もくれず、ただ、斧を振り下ろしていく。
「くそっ……!クソッ……!」
教主の顔が怒りに歪む。それともこの顔は狂気に支配されたものだろうか。いずれにせよ、教主はこの場に対して、強い不快感を感じていた。
幾度も振り下ろされた斧は、度重なるダメージによって刃こぼれしている。それが、今犠牲になっている精霊に、より深い苦痛を与えていた。
「─────………ッ!─────……ぁッ♡」
教主の精神が徐々に追い詰められていく。必死にこの声を誤魔化すために一心不乱に、ガムシャラに振り下ろしていたのに、その努力も空しく、一人の精霊の前では無意味なものだった。
「ああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!♡ もっとよぉぉぉ!!!!」
「ぐああああああああああああああああああっっっっ!!!!!!!!!」
教主の精神が限界を迎える。いくら至高のウィスキーとその樽を作るためとはいえ、被虐嗜好のビッグウッドの身体を傷つけながらその喘ぎ声を間近で聞き続けるのは、ひどい苦痛だった。
最初はただの偶然だった。妖精王国の製材所の外に捨てられていた廃材をいくらか持ち帰り、それで樽を作って酒を貯蔵したのだが、これが至高の美酒を作り出したのだ。それがビッグウッドの身体から作られた物だと知ったのは、それから間もない事だった。
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……♡ ふぅぅぅぅぅぅぅ……♡」
「頼むから静かにしてくれ、ビッグウッド……」
「ふぅぅぅぅぅぅぅ……♡ もう終わりなの……?」
「ぐっ……」
たわわに実ったビッグウッドの果実がゆらゆらと揺れている。教主は最後の仕事ばかりに、その実を一つ一つ回収していく。
「実……取られる……。うれしい……」
「ぐっ……。これも酒のため……。酒のためだ……」
ビッグウッドの果実は実に瑞々しくて美味であった。水分が多くて濃厚な甘みがあり、割り材としては破格の材料だった。
しかし、この実を提供してくれるビッグウッドに問題があった。短い周期で自身の身体から木材や果実を提供してくれるビッグウッドだが、ひどい被虐嗜好の持ち主なのだ。
もちろん抵抗する彼女から無理やり奪うのは気が引けるかもしれないが、こうも大声をあげて悦ばれてしまうと、教主のやる気も削がれるというものだった。
教主は悩んだ。シェリー樽やオーク樽を超える木材がビッグウッドの身体から簡単に手に入る。熟成期間も遥かに短く済むのだ。それどころか、ろ過材としても格別だ。教主はこのままビッグウッドの世話になるべきだろうかと、深く悩んだ。
「ビッグウッド……。今日はもう良い……。帰ってくれ……」
「もう終わりなの……?残念……」
のっしのっしと階段を上がってビッグウッドが地下倉庫を後にする。辺りには乱暴に斬られた木材と、細かい破片だけが散らばっている。
「はぁ…………」
教主が深いため息を吐く。白樺、シェリー、オークと、エーリアスでも樽をいくつか作ったが、ビッグウッドを超える樽を創ることはできなかった。
熟成期間もはるかに短く、それでいて深い味わいの、芳醇で香り高いウィスキーを作ることができる。ビッグウッドの身体で作るウィスキーは、言葉では表現できない程の高品質な一滴を作り出すのに最高の材料だった。
「ガヴィアには黙っておいた方が良いだろうな……。私はもうとても飲めない……。あの味と香りと共に、ビッグウッドの声と姿を思い出してしまってしょうがない……。こんな思いをするのは私だけで良いだろう……」
至高の酒を作り出すのはとても難しいと思い知った教主。教主も、まさか樽作りでこんな思いをするとは夢にも思わなかった事だろう。飛び散った破片を掃除する背中はとても疲れ切っている。
後にエスピーは語る。大声で嬌声をあげる木の精霊を、絶叫しながら斧で叩きつける教主の夢を観測するようになったと。その夢は紛れもない悪夢だと、エスピーは語った。