エルフィンランド。かつての日常から少しだけ姿を変えた、妖精の女王が支配する王国の名前。
今日も教主が支配する教団カルテルのメンバーが王国の中で日常を過ごしている。元がモナティアムの鎮圧班だったエルフたちが、移住申請もせずに、非合法のまま王国内に滞在している。その事が、近ごろの抗争の種にもなっていた。
今日もその争いが、王国のどこかで繰り広げられていた。
「放せ!私は教主様の許しを得てこの国にいるんだ!」
「黙れ不法移民が!大人しく縄について女王様の裁きを受けるんだな!」
「おい妖精ども!ウチらのメンバーに何してくれてるんだ?」
武装した教団カルテルが警備隊に近付く。人を殺す為に作られた、無骨な形をした突撃銃が妖精の警備隊たちに恐怖を与える。
「くっ……!不法移民のエルフたちめ……!応援を呼ぶべきか……!?」
「そいつの言った通り、私たちは教主様の許しを得てココにいるんだ。どうしてそれをお前たちが許さない?」
威圧するようにカルテルの戦闘員が警備隊に近付いていく。怯えた警備隊のメンバーは、銃を構えて威嚇する。
「く、来るな!近付いたら撃つぞ!」
「ほう?やる気か?」
タァン!
どちらからともなく、銃口から火が噴き、銃撃戦が始まった。
エルフィンランドの新たな日常。教主の下に寝返った、元鎮圧班から組織される武装戦闘員と王国警備隊との衝突。もはや教主の所有する教団の一派とも呼べる組織は、エルフィンランドで管理できるものではなくなっていた。
「はぁぁぁぁ…………」
その様子を宮殿から眺める妖精が一人いた。ポーランである。
ポーラン。妖精王国の警備隊隊長であり、エルフィンに心から臣従する忠義に厚き妖精王国の軍人だ。
そんなポーランには悩みがあった。連日発生する王国警備隊と、教主の率いる私兵団との武装衝突である。
モナティアムの鎮圧班が突如妖精王国に襲来して以来、毎日のように王国で銃撃事件が発生するようになった。それ以外にも、妖精とエルフの間に発生する揉め事にも事欠かない始末だ。
妖精王国では確実に治安が悪化していた。妖精王国警備隊長であるポーランは、突如破壊された平和に、頭を悩ませていた。
「どうにかならないものか……」
ベンチに座り込んで頭を抱えるポーラン。そう悩んでいる間にも、城下町からは銃声と悲鳴が鳴り響いている。ポーランは、己の無力感に苛まれるばかりだった。
「ポーラン?」
ネルがポーランに話しかける。ネルは、いつもに増して暗い顔をしているポーランに、うんざりしている様子だった。
「何をしているんですか?ポーラン。あなたの警備隊と教主様の軍隊が争っているではありませんか」
「私にどうしろというのだ?それに、相手は教団の軍隊じゃないか。だったら、お前が引くように命令すればいいんじゃないか?」
「あれは教団ではなく、教主様が独自に組織した軍隊です。私にはどうすることもできません。教主様の命令でしか動かない私兵なんです」
「はぁぁぁぁぁ……。ますます解せないな。なんでああなるまで放っておいたのだ?こうなってしまった原因の一端は、教主殿を御しきれなかったお前にもあるんじゃないか?」
「うぐっ……」
ポーランの言葉にネルが言葉を詰まらせる。
「……確かに、教主様の動きをまったく見ていなかった教団にも責任はありますが……。妖精王国に被害が出ている今、その監督をするのは警備隊長、あなたの仕事ではありませんか?何故そこに座って黙って見ているんですか?」
その言葉にポーランの怒りが限界を迎えた。ポーランは立ち上がり、ネルを睨みつけ、大きく声を張り上げた。
「私にばかり責任を押し付け、お前たちは何もしないというのか!!?なぜこうなったか少しでも考えたことはあるのか!!?」
「ポ、ポーラン……?」
突如感情を爆発させ、怒鳴り声をあげるポーランにネルがたじろぐ。
「アレはもはや私がどうにかできるものではないのだ!!!私たちにも限界というものがある!!!それに、移住したエルフに危害を加えているのは妖精たちの方じゃないか!!内政を担当するお前たちが国民に呼びかけるのが先じゃないのか!!?」
「そ、それは……」
「それと、アレは教主殿の下で団結している組織なんだろう!!?だったら、教団の司祭長であるお前が教主殿にかけあって、武装解除させるのが筋というものではないのか!!?」
ぜーぜーと息を切らしてポーランがネルに怒鳴る。ネルはその剣幕に圧倒されるだけだった。
妖精王国に広がる排外思想と、妖精と移民の間に広がる移民問題。それが、妖精王国に広がる抗争の原因だった。ポーランは、それをよく分かっていた。
「す、すまない……。つい頭に血がのぼってしまった……」
「い、いえ……。いいんです……。ポーランさんのいう事にも一理ある事ですから……」
二人のやり取りにエルフィンが顔を出す。ポーランの聞いた事のない怒鳴り声に怯えた様子のエルフィンは、女王のものではなく、ただの子供のようだった。
「ポ、ポーラン……?」
「じょ、女王様……!?」
「ど、どうしたの……?なんでケンカしているの……?」
「い、いえ!女王様……!ケンカなどそんな……!」
「……ポーラン?女王様にも教えるべきではありませんか?女王様もこの王国で発生している抗争の詳細を知るべきと思いますが」
「何を……!今起きている血生臭い抗争を女王様が知るのは早すぎると思わないのか!?これは我々だけで解決すべき課題では……!」
再び二人の間で口論が始まる。そんな様子を、エルフィンは泣きそうになりながらも制止する。
「やめて!二人とも……!」
エルフィンが叫ぶ。
「私だってわかるもん……。教主の事でしょ?王国をめちゃくちゃにしたの……。教主が原因だって、私だって分かるよ……。どうしてこんなことをしたのかまでは分からないけど……」
エルフィンの言葉に二人が黙り込む。まだ幼いながらも必死に現実を受け止めようとするエルフィンの姿に、二人は胸が引き裂かれんばかりの気持ちでいる。
「どうすればいいんだろう……?どうしたら、教主は元に戻ってくれるのかな……?」
「それは……」
ネルが言葉に詰まる。
いったいどこで教主は道を誤ったのか。いつから教主は道を踏み外したのか、ネルには分からなかった。そもそも教主は、教主に足り得るだけの人物であったのか。ネルは強烈な不安と後悔に包まれた。
ジョアンが目を覚ました時の事を思い出す。ジョアンは目覚めた時、教主を破門し、追放しようとした。教主から教主の座を奪い、自らを主教と名乗った。その道が正しかったのかもしれないと、ネルは頭の隅で考えた。
今はエルフィンを安心させなくてはならない。ネルはエルフィンを抱きしめ、静かにささやいた。
「どうか安心してください、女王様……。私がきっと、教主様を正しい道へ戻しますから……」
決して叶わないと分かりながらも、ネルはエルフィンに約束した。ネルの語りかけた、彼女なりの残酷ながらも優しい嘘に、エルフィンは涙を流した。