「ほう……?私に武装解除しろと……?」
「はい……。今の教主様の振る舞いは、黙って見過ごせません」
ネルとポーランが教主の前に立ち塞がる。二人の厳しい視線が、教主の目の奥を貫いている。
「なぜそんな事を言う?何の権利があって、司祭長である君が教主である私に命令するんだ?」
「教主殿、そなたの雇っている武装した兵士が妖精王国の国民に不安を与えています。お酒を造るのに武器は必要ないはずです。なのでどうか、私たちのお願いを聞き入れてくれませんか?」
ポーランの言葉に教主がため息を吐く。
「悪いが、その申し出を受け入れる訳にはいかないな。確かに、酒を造るのに武器はいらない。だが、私はこのビジネスを守るためには武器と兵士がいるんだ。私のビジネスには敵が多いからな」
「……? 何から守るために武器が必要だというんですか?妖精王国には警備隊がいるではありませんか。それでは不十分だというんですか?」
「ああ、不十分だ。話にならん。私の手先として動かすには質も量も、何もかもが劣っていると言わざるを得ん」
教主の言葉にポーランが顔を顰めた。そんな教主の言葉に、ポーランが反論する。
「なら、教主殿の軍隊はどうだというのですか?警備隊は常に訓練を欠かさず、私の命令には絶対に従う、規律の整った軍隊です。武器は確かに教主殿の連発銃には劣りますが、戦略と作戦においては専門家である私たち警備隊に軍配が上がるはずです!」
「ほう?そうか……」
その時、ドタドタと部屋の外から何かが騒ぐ音が聞こえてきた。教主は、その音を聞いて、二人に場所を変えようと提案を出した。
「場所を変えよう。ちょうどアイツらが帰ってきたようだ」
「帰ってきた?誰が帰って来たっていうんですか?」
ネルが訊ねる。
「見ればわかるさ」
執務室を出て、教団の地下倉庫に入って行く。醸造されるウィスキーの芳醇な香りが、三人を包み込む。
そんな匂いに不釣り合いな悲鳴と、怒号が地下室にこだまする。ポーランは、この悲鳴が警備隊のものだと瞬時に理解した。
「こ、この声は……!教主殿!!これはどういう事ですか!?いったい何をしているんですか!!?」
「知り合いか?私たちのメンバーにしつこく絡んできた奴がいたものでな。私の権限で見せしめとお仕置きを許したところなんだ」
「そんな……!くそっ、おい!!!」
ポーランが二人をかわして倉庫の奥へと走っていく。
人々を魅了するはずのウィスキーの香りが、今のポーランにはとても邪魔なものに思えた。金と暴力に塗れた邪悪な臭い。妖精たちを魅了する酒造の裏で、邪悪な行いがされているのだと、ポーランは理解した。
「ネット!!!」
「ポ、ポーラン隊長……!」
「なんだ?どうやって入ってきた?」
バンダナマスクを顔に巻いた3人のエルフがポーランへと振り向く。引き金に指がかけられており、今にも発砲する前だったようにも思える。
そんなエルフにも臆せず、ポーランは三人に怒鳴りつけた。
「お前たちッ!!!何をしているんだ!!?なぜ私の隊員をこんなところに連れ込んだのだ!?何をしようとしていた!?言え!!!」
「ハッ!コイツはしつこくアタシたちに絡んではちょっかいをかけ、汚職移民だとか長耳だとか言ってからかってきてたんだ。教団の兵士が何もしないと勘違いしてたんだろうなぁ……。だから、ちょっとオシオキしてやろうと思ったのさ」
リーダー格と思われるエルフが顎で合図を出す。その合図を見て、メンバーの一人が、ネットの脚を撃った。
パァンッ!
「ぎゃあっ!!!」
「ネット!!!!」
「動くなッ!!!」
飛び込もうとしたポーランを制するように、リーダーのエルフが銃を構える。
「お前も痛い目に遭いたくないだろう?それとも、コイツの脚にもう一個穴を開けてほしいか?」
「ぐっ……!きさま……!」
状況が膠着する。その時、タイミングを見計らったのか、教主が後ろから姿を現した。
「すばらしい仕事だな、ニコ」
「教主様……」
コツコツと、革靴の音を響かせて教主が皆の前に出る。ポーランは、信じられないものを見たとでもいうように、表情を固まらせて教主を見上げている。
「こ、これが……教主殿の出した命令なのですか……?」
「ああ、そうだ。そして、これが私が君たちの命令を聞けない理由でもある」
教主が懐に手を入れる。その様子を察したエルフたちが身を引かせる。
Obrez Pistol。教主の隠し持っている懐刀。それが教主の手に握られ、ネットに向けられた。
「ひっ……!」
パァン!
弾はネットの顔を掠め、耳元で激しく炸裂した。
「二度と教団の前に現れるな。次はないぞ」
「ひぃ……!あぁぁぁぁぁ……!」
ネットが這いながら少しずつ離れていく。呆気に取られていたポーランは我に返ると、ネットに肩を貸した。
「だ、大丈夫か……!?うまく立てるか……!?」
「あ、脚が……。申し訳ありません、隊長……」
ネットは恐怖に顔を歪ませ、身体をガタガタと震わせている。訓練された兵士がここまで恐怖に怯えて、涙を流している。ポーランはその様子を見て、強い怒りを覚えた。
ポーランが教主を睨み、去って行く。教主はつまらないものを見ているかのように、ただ横目でそれを見送った。
「いいのですか?教主様」
「構わんさ。しかし、ニコ。オシオキをするのに貴重な弾を使うのはよくないな」
「申し訳ありません、教主様……」
「まあ、良いさ。君は良い仕事をした。次からもよく働き、実績を積めば、幹部への昇進も夢じゃないぞ」
「はい……。このニコル・ベリック、教団と教主様の為に、全力を尽くします」
「うん。期待しているよ、ニコ」
教主に軽く会釈して、エルフたちは現場を後にした。
教主がピストルをしまい、ネルに語りかける。
「これを見てどう思う?君がいま見た光景が、私のビジネスだ」
「わ、私は……」
ネルは自身の想像をはるかに超えた光景を目にして、言葉を詰まらせた。
「私のビジネスには敵が多い。だから、自衛する必要があるのさ。そして、必要であれば私たちからも打って出る事もある。私のビジネスを邪魔する奴らを排除するためにね」
「…………」
あまりもの光景に絶句したネルの耳に、教主の言葉は入ってこなかった。その様子にもお構いなしに、教主は言葉を続ける。
「私もあまり君たちとは対立したくないと思っている。だが、あまりにもしつこく干渉するようだったら、私も君たちに容赦はしない。これだけは忘れないでくれ」
そう言って、教主は倉庫を後にした。後には、呆然と立ち尽くすネルだけが残った。