「ネル……?どうしたの?」
ネルが珍しく上の空でボーっとしている。昨日の出来事もあり、教主が教団を私物化しているという事実を受け入れられないでいた。
「女王様……。はぁぁぁぁ……」
「な、なに……?何をそんなにため息なんか吐いてるの……?私何かやったっけ……?」
「いえ……。教主様について悩んでたんです……」
「教主……?教主がどうかしたの?」
エルフィンが不安そうに言葉をかける。
「何と言えばいいんでしょう……。教主様が教主様じゃなくなって、教団が教団でなくなってしまったというか……。秘密裏にクーデターを起こされてたみたいなんです……」
「クーデター?なにそれ?」
エルフィンはクーデターが何か分かっていないようだった。ネルが頭を抱えて俯き黙ってしまう。
「女王様は以前王国の反乱に遭いましたよね?今度は、教主様の反乱に遭ってしまったという言うべきなんでしょうか……」
「教主の反乱?どうして教主が反乱なんてするの?何も起きてないように見えるけど」
「そう見えるだけですよ、女王様。教主様は水面下で動き続けてきてたんです。ちょっと前に、エルフたちが突如王国を襲撃して宴会場を襲ったでしょう?アレも全部教主様が教団を使って、エルフたちに何か悪さをしてたからみたいなんです」
「そうなの……?」
エルフィンがよく分かってないように相槌を打つ。
「そうじゃないと説明が付きません。実際に見てみてください。今や宴会場の周辺は武装したエルフでいっぱいじゃないですか。アレも教主様がモナティアムの鎮圧班から引き抜いたものなんですよ?」
「……どうして教主がそんな事をするの?意味が分からないんだけど」
エルフィンが悲しそうな顔をして呟く。
「それは私にも分かりません。教主様はしきりにビジネスという単語を口にしてましたけど……。私には理解できるものではありませんでした」
密造酒、脅迫、拷問、武器密造、密輸……。密造酒から始まった教主の一連の事業は、教団の域を超えて、カルテルと呼ばれるまでに増えていた。今まで公にしてこなかった事業の一部を垣間見たネルが理解できないのは当然の事であった。
「ともかく、今では世界樹教団は私たち正統派と、教主様率いる教主派に分裂してしまっています。この状態をどうにかしないといけません」
「うーん……。どうすればいいんだろう……?教主は何もしてくれないんだよね……?」
「はい……。教主様のクーデターから始まった事ですから……。私たちの手で、教団を取り戻さないといけません」
☆☆☆☆
「くっ……!次から次へと……!」
情報局局長とローネの秘書官を兼任するミュートは仕事に忙殺されていた。次から次へとやってくる仕事の量に、ミュートは本来の目的であるモナティアムの安定と、エーリアスからの脱出という業務に取り掛かれないでいた。
「決済をお願いします!ミュート局長!」
「くっ……!そこに置いておけ!」
「はいっ!決裁書類は13号様式はエレナ市長に、15号様式はローネ副市長に、7-2号様式は我々に返却をお願いします!」
「ぐぬぬぬっ……!」
そう言って、部下のエルフはミュートの机に大量の書類を置いていった。去り際に深々とお辞儀をする様は、さながらミュートは煽られているようにも感じた。
書類へちらりと目を配り、画面に向き直る。向き直った画面には、未処理の電子メールの山がある。その数は300件を超えている。
「な、なぜこんなにメールが溜まっているんだ……!一つ一つ確認するだけでも日が暮れてしまうじゃないか……!」
丁寧に一つ一つ開封して中身を確認していくミュート。その内容は、大事な現場確認の打ち合わせから、真偽不明なゴシップな未確認案件まで様々であった。
天を仰いで息を止める。少しの間だけでも現実逃避して、情報の処理をしなくてはならない。
有象無象の情報の中で自らの存在理由を問うミュート。自分はなぜ生まれてきたのだろうとミュートは考えた。情報を専門とするミュートは、情報に溺れる運命なのだろうか?ミュートは悩んだ。
その時、彼女に妙案が思い浮かぶ。
「ああ、そうだ。このメール全部をモナティアムAIにアップロードすればいいんじゃないか?アレは私のブレインのようなものだ。一気にアップロードして一気に処理してしまえばいいんじゃないか」
そう決めるや否や、ミュートは300件を超える未処理のメールをすべてドラッグアンドドロップして、AIのサーバーにアップロードした。
高性能なAIがメールをすべて瞬時に開封して、内容を処理、決裁していく。ミュートの脳内で一瞬で処理されていく情報の洪水に、ミュートは一種の快楽を感じた。
「あー………………」
椅子にもたれかかって、未知なる感覚に身を委ねるミュート。そんな快感に身を委ねているその時、突如ローネから電話がかかってきた。
「ぁぇ、もしもし……?」
「ミュ、ミュート書記官……?どうしたんですか?その声……」
「ぁ……、ああ、すまない。どうした、ローネ?」
「えっと、今度、市長とアメリアさんを交えて、教団幹部たちと会食を開くことになりました。同席願えますか?」
「あ、ああ。詳しい日時を教えてくれ。都合をつけておこう」
「はい、ありがとうございます。詳細はまた後で送りますね」
短いやり取りの後、ミュートは電話を切った。次から次へと舞い降りてくる案件の数に、相変わらずミュートは頭を抱えるのだった。
「エレナのスキャンダル記事の調査に妖精王国の工作、更に会食の同席か……。本当に休む暇がないな」
椅子をきしませながらミュートが呟く。AIと同期されたミュートの頭の中でスケジュールを立てて、段取りを組んでいく。
ミュートが情報を処理していくその裏側で、新たな事件が着々と音を立てずに進んでいく。ミュートは、その魔の手に気付かないでいた。