時は経って、深夜の宴会場。今日もフリックルと教主が二人で飲み明かしている。フリックルは昼間の出来事に対して少し怒っているようだ。
「もう!あの時はびっくりしたわよ!まさか、ピコラにお酒を振舞おうとするだなんて!」
「いいじゃないか。差し出したのはただの水とはちみつだし。それに、君が昼からお酒を飲むようなダメな魔女だって思われるところだったんだぞ?」
「うぐっ……。そ、それもそうね。あの場所を乗り切れたことには感謝するわ……」
フリックルがグラスのお酒を煽る。グラスを回してカラカラと音を立てる様子は、まさしく酒飲みの鑑だ。
「けど、ピコラの言っていたことは本当にいいのかい?ベリティエンも今大変なことになってるんだろう?」
「まったく、誰のせいでああなったのか……。あなたの心配する事なのかしら?」
「まぁ、それもそうか。私も少し申し訳ないことをしたと思ってるよ」
「本当に……。あなたってヒトは……」
そう言って、フリックルはグラスの中身を飲み干した。
「けど、まぁ……。まさか、あなたがレヴィを買収するなんてねぇ……」
「私には必要な事だったんだよ。理解してくれ」
「分かってるわよ……。分かってるから、こうしてあなたと飲んでるんでしょう?」
「ははは。それもそうか」
フリックルの言葉に気を良くした教主が、グラスに酒を注ぎ、氷を入れる。グラスを回して十分に冷やした後、それを少しだけ飲んだ。
「あなたは何も入れないの?」
「私はロックが好きなんだ。お酒の味をそのまま味わうのも悪くないよ」
「ふぅん……」
フリックルは蕩けた目で教主のグラスを見てそう呟いた。酔いが回っているのか、顔も少し赤くなっている。
「私もそれを貰おうかしら……」
「分かった。新しいグラスを用意しよう」
飲み終わった古いグラスを下げて、新しいグラスを用意する。ウォッカを注ぎ、氷を一つ入れ、フリックルに差し出す。水もフレーバーもない、シンプルなロックだ。
「氷が溶けると、風味や口当たりに変化が出てくる。ウォッカのキレと風味をそのまま楽しめるようになったら、君も私の仲間だ」
教主の話を聞いて、フリックルもちびりとグラスの中を口に含んだ。
強烈なアルコール感に顔を歪めるフリックル。カクテルから度数の高いロックに変えるには、まだ少し早かったようだ。
「はははっ。その反応、初めてココに来た時を思い出すね」
「笑わないでよ、まったく……」
苦い顔をしつつも、再びグラスに口をつけるフリックル。意外とイケるのか、少しずつながらも、ゆっくりとグラスの中を減らしていっている。
「初めての時ねぇ……」
グラスから口を離してぽつりとフリックルが呟いた。
「いつだったかしら?レヴィがいきなり王国のバイトを辞めて、モナティアムと妖精王国を行き来するようになったのよね。部下の魔女に調査させたら、砂糖やら、王国に行くはずのジャガイモを懸命に妖精王国に運んでいる。しかも宴会場に」
酔っているのか、いまいち呂律の回らない口調で語るフリックル。まるで過去を回想しているかのような話しぶりに、教主もアテを作りながら聞き耳を立てている。
「今まで配下の使徒たちの寄付で運営していた宴会場に、大量の穀物と砂糖ばっかりが納入される。怪しいと思ったのよ。パンを作るにしても明らかに材料がおかしいし、そもそもドローンじゃなくてトラックを使っているのよ?いったいどんな企みをしているのかと思ったら……」
「私がお酒を作っていたんだろう?」
「……その通り。まったく、呆れてモノも言えなかったわ」
そう言って、フリックルはグラスの半分を空けてしまった。
「ちょっとペースが早くないかい?」
「……別にいいでしょ。あなたも飲みなさいよ」
「分かったよ……」
残ったグラスを一気に飲み干し、新しいグラスに氷を入れ、ウォッカを注ぐ。
「初めて飲んだお酒はおいしかったかい?」
「まぁね……。じゃなきゃ、こんなところに夜遅くまでいないでしょう?」
「確かに。魔女王国の二番手のお口に合ってくれたようで、私も嬉しいよ」
「はぁ……。お酒は体に悪いはずなのに……。どうして私もこんなモノの虜になってしまったのかしら……」
カラカラとグラスを揺らすフリックル。酔いが回っているせいで、必要以上に感傷的になってしまっている。深く吐いたため息も、後悔というよりは諦めに近いものを感じているようだった。
「私のいた世界では、世界中どこを探しても、必ず酒があった。そして、誰もが夢中になって、騒いで、泣いて、癒しを求めたものだった」
教主はゆっくりと語る。
「お酒というものは文化なんだ。一人で飲めばお酒は静かに語りかけ、皆で飲めば笑い合える。バー、パブ、クラブ、レストラン、フェスティバル……。どこに行っても、お酒というものは存在する。皆が求めるからあるんだ。すべての国、すべての人の所に遍く存在する飲み物……。それが、このお酒さ」
ことりとカウンターに飲みかけのグラスが置かれる。フリックルはそれを静かに見つめると、手元のグラスを一気に飲み干した。
「大丈夫かい?」
やはり少しきつかったのか、顔を顰めて少しせき込んだ。やがて少し落ち着いたのか、よろめきながらもゆっくりと立ち上がった。
「なるほどね……。あなたの言う事はよく分かったわ。……とりあえず、今日はもう帰るから」
「うん。気を付けて。また明日」
「……ええ。また明日、会いましょう」
フリックルが宴会場を後にする。そして、しばらくの後に、宴会場の明かりが静かに消えた。