津波の如く押し寄せる情報の中、ミュートは必死に足掻いていた。
意識が呑み込まれていく。自分が自分でなくなっていく。自分という情報が欠落していく。
次々と書き換えられていくソースコード、無限にポップアップする小窓、無限に生成されては展開されていくZIP爆弾。すべてがAIを汚染していき、ミュートを苦しめていく。
「くそっ、あの時のメールの中に紛れていたか……!私ともあろう者が油断した……!」
ミュートは、突如として訪れたウィルスという魔の手に蝕まれていた。大量にあった業務メールの中に紛れていた一通のスパムメール。その中にウィルスが仕込まれているとも気付かずに展開してしまい、ミュートの本体ともいえるモナティアムAIがウィルスに感染してしまったのだ。
その影響もあり、ミュートは徐々に正気を失っていっていた。段々と思考は回らなくなり、身体はいう事を効かず、意識もゆっくりと失うような感覚を感じていた。
「こ、このままではダメだ……。なにか、何か対策を取らないと……!」
ミュートは最後の力を振り絞って、モナティアムのどこかにいる、自身の片割れを探し始めた。
「エレナ……。エレナにもこの事を知らせないと……!」
モナティアムの静かな戦いが、幕を開ける。
☆☆☆☆
「ナタ、仮装通貨のマイニング?投資はうまくいってる?」
「う、うん?ごめん、イード……。全部の演算装置をマイニングに集中してるからうまく聞き取れなかったよ」
「ごめん、ナタ。続けて」
モナティアムのどこかにあるシオンのアパート。今日もそこで、イードとナタは仮装通貨のマイニングで小遣いを稼いでいた。
演算装置の過剰な使用でホカホカに暖められたナタが力なく浮遊する。
しかし、次の瞬間、無理が祟ったのか、ナタのコンピュータ回路に異常が走った。
「!? う、うわぁ……!うわあああああああああ!!!」
「ナ、ナタ?どうしたの……?」
「へ、変な信号が……!周波数が……!助けて、イード……!」
「ナタ……!?ナタ……!!」
イードの横になっている生命維持装置が突如暴走を始める。ナタとイードは部屋を飛び出し、モナティアムの道路へと躍り出た。
「どうしたの!?ナタ!!止まって!!」
市街地へ飛び出してナタが暴走する。住民たちは突如として現れた暴走ドローンに驚き、悲鳴をあげている。
「うわぁ!!!ドローンだ!!!ドローンが暴走して暴れている!!!」
「ひぃぃぃぃ!またカルテルの抗争だああああ!!!」
一瞬にして現場はパニックに包まれた。イードは騒ぎの中心にいる自分たちの状況を見て、ナタに止まるように懇願した。
「ご、ごめんなさい……!わざとじゃないんです、そ、その……!」
ナタはなおも暴走を続ける。
「お願い、ナタ……!どうか止まって……!仮装通貨のマイニングをさせすぎたのは謝るから……!だからお願い……!」
イードの懇願も空しくナタは暴走を続ける。二人の向かう先は、モナティアムの市庁舎に続いていた。
☆☆☆☆
「あわわわわわ……!ど、どうしよう……!」
暴走するナタの中、イードは身を委ねる事しか出来なかった。
小さくて丸い球体から聞こえるビープ音が、イードに恐怖を与える。
悲鳴が響き、住民を押しのけ、ただひたすらに暴走するナタ。イードは目を瞑り、耳を塞ぎ、これは夢だと唱えるしかできなかった。
そして、ナタは市庁舎の前で突如暴走を止めた。ナタの前には、エレナとアメリアが立っている。
「……? ナタ……?」
「あ、あれ……?ここは……?どうして僕は市庁舎の前にいるの……?」
「ナタ……!目が覚めたのね……!」
正気に戻ったナタにイードが安堵した表情を浮かべる。しかし、それも束の間、エレナたちが二人に声をかけた。
「ようやく来たか、ナタモデル。待ちわびたぞ」
「あ、あなたは……?」
「自己紹介は後だ。ついて来い」
そう言って、エレナは二人に背を向けた。二人は、言われるがままにエレナとアメリアについて行く。
モナティアム市庁のエレベーターに乗って、秘密の地下に降りていく。その道すがら、ナタはエレナに訊ねた。
「ぼ、僕に変な信号を送ったのは君たちなの……?」
「ああ、そうだ。突然の事ですまないな」
「しかし、まさかこんな形でナタモデルが役に立つ時が来るなんて……。処分しなくてよかったですね」
「バックアップは常に取っておくものだよ、アメリア。こういう時の為にね」
「さすがは市長様です!あの人間に言われるままに放っておいたのをバックアップと呼んで正当化するとは市長の鑑です!」
「だろう?」
そう言って二人は談笑しているが、イードはこれが緊急事態なのだと雰囲気で察していた。イードの心の中は、不安でいっぱいだった。
「ナタをどうする気なの……?」
「……うちの情報局長がヘマをしてな。モナティアムAIがマルウェアで汚染されてしまったんだ」
「モナティアムAIは廃棄したナタモデルの部品とAIを再利用されて作られたものです。私たちはあなたの乗っているナタモデルを介して、モナティアムAIの修復を試みたいと思っているのです」
「……それって大丈夫なの?ナタは壊れないの?」
「それは分からない。だが、さっきも言ったように、モナティアムAIはナタモデルを基盤として作られている。そのデータを基にすれば、いくらか修復はできるはずだが……」
エレナが真剣な表情で答える。イードは不安に感じながらも、ナタをちらりと見遣った。
「大丈夫そう?ナタ……」
「分からない。けど、やってみる価値はありそうな気はする」
「さすがは話が分かる奴だ。……さあ、着いたぞ」
エレベーターの扉が開くと、その先には倒れているミュートと、その看病をするローネの姿があった。
「エレナさん!そのマシンがナタモデルですか?」
「ああ、そうだ。このエルフの所有物で一品物だからな。気を付けないとな」
エレナが深呼吸をする。エレナも初めての出来事に、少し緊張している。
「さぁて……。まずはちょっと改造させてもらうよ」
「な、何する気なの……!?」
「なに、ちょっと準備をするだけさ。コイツのバックアップを取るついでに、色々とメモリやらUSBポートやらを増設させてもらうだけだよ。あたしらからも君をサポートさせてもらわんといかんからな」
「今回の非常事態は我々エルフの生活の根幹に係わる事です。ただナタモデルを使い捨てにするわけではありません。ソレこそが今回の非常事態を解決する鍵なのです。失敗して壊れてしまっては、これまでの苦労が台無しになりますからね」
そう言って、エレナたちはイードの寝台を固定して、ナタの電源を切った。
「ナタ……!」
「大丈夫だ安心しろ!壊す訳じゃないんだから!」
ナタの外装が外されていく。大事な友人が目の前で解体されているとだけあって、イードは気が気ではなかった。
「電源を切らないとショートして壊れるからな。それこそナタモデルを永遠に失うことになりかねん。まぁ、きれいな丸い形がちょっと歪になるかもしれんが」
配線をばらして部品を取り付け、元の形に戻していく。配線ミスがないか丁寧に点検して、持ってきた増設用のUSBやバックアップ用のHDDを接続する。
「よし、再起動するか」
電源を入れてナタを起動する。スクリーンにロゴが表示され、ナタは再び意識を取り戻した。
「う~ん……。僕、どうなったの……?」
「ナタ……!大丈夫?私が分かる……?」
「イード!うん、わかるよ!なんだかスッキリした気分だよ!」
イードとナタが互いに安全確認をしている。エレナは無事に稼働するナタを見て、安心した様子でそれを見ている。
「どうやら無事なようだな。よし、それじゃあ、モナティアムAIと接続するぞ」
そう言って、エレナはナタとモナティアムAIを接続した。