世界樹教団、マフィアになる   作:韓非子

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第43話「ミュートとナタ」

 シオンの自宅、相変わらずイードとナタは、高性能になった演算装置を使って、仮装通貨のマイニングに勤しんでいた。

 

「相場はどう?ナタ」

「…………」

 

 イードの呼びかけにナタが黙っている。前日の事もあって、ナタが壊れてしまったのかと恐怖に駆られたイードが、声を震わせてナタに声をかける。

 

「ナ、ナタ……?」

「…………。イード」

「……? ナタ……?」

 

 恐る恐るイードが答える。

 

「……強制ロスカット。終わりだよ、イード」

「え……?」

 

 イードは目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。ナタの言っていることが理解できなかった。しかし、ナタの冷たく響く無機質な声が、何を言っているのか諭しているような気がした。

 

「モナティアムAIが停止したことで、それに釣られて市場が大暴落している。病院が賑やかになるだろうね」

「どういう事なの……?意味が分からないわ。説明して、ナタ」

「僕たちは今、無一文になったって事さ、イード。シオン姉さんが一生懸命に溜めた貯金も、今はパーさ」

「っ……!」

 

 イードの視界が揺らぐ。ナタから告げられた残酷な真実に、イードは気を失いそうになりかけた。イードはたったの一瞬で、自分たちが破産したという事実を、受け入れられなかった。

 

「あ……。あぁぁぁぁ……」

「ごめん、イード……。油断してしまった……」

「終わりだわ……。姉さんが帰ってきたらなんて言えばいいのかしら……」

 

 イードの視界がグニャグニャに歪む。イードが夢の中に逃げようとしたその時、突然の来訪者がアパートのドアを叩いた。

 

 ピンポーン。

 

「……? こんな昼間に誰かしら。ナタ、ドアを開けて」

「う、うん。もしもし?誰ですか?」

 

 ガチャ。

 

「あれ……。君はあの時の……」

「いつかぶりだな、ナタ」

 

 ミュートが、そこに立っていた。

 

「上がっても良いか?」

「じょ、情報局長が何の用なんだ!?税金はちゃんと払ってるでしょ!?」

「そんな事の為に来たんじゃない。それに、私は今は謹慎中だ。無職に近い私は何もできないさ」

 

 ナタの許可も得ずに、ミュートは部屋に上がった。

 

 部屋に上がったミュートの目に、寝台の上でボーっとしているエルフの姿が映る。受け入れがたい現実に逃避するイードの姿に、ミュートは困惑した。

 

「な、何があったんだ……?」

「仮装通貨のマイニングをしてたんだけど、僕のミスで強制ロスカットを受けてしまったんだ。イードはその事実を受け入れられないみたいでね……」

「ほ、ほう……?」

 

 意外な事をしていた二人に面食らったミュートだが、佇まいを直すと、ミュートは改めてナタと向き合った。

 

「君がモナティアムAIを救ってくれたと聞いている。今日はその礼を言いに来たんだ」

「は、はぁ……」

「モナティアムAIは廃棄されたナタモデルを再利用して作られた物だ。それを利用して、君の信号を電波ジャックして無理やり呼び出したんだが……。 ……今思えば、かなり無茶なことをしたように思う。申し訳ない事をしたな、ナタ」

「アレは僕もびっくりしたよ。何者かが急に僕の頭に侵入して操りだしたんだからね。それがまさか、モナティアムAIの緊急信号だったなんて……。それに、君がそれと連動している精霊っていうのもね」

 

 ミュートが驚いたようにナタを見つめる。意外な事実を知られた事で、焦りを感じたミュートは、急いでイードに目をやった。

 

 イードはまだ放心している。聞かれていない事を知ったミュートは、胸をなでおろした。

 

「……知られてしまったか。アレの内部で何を見たんだ?」

「ぐちゃぐちゃに書き換えられたコードだけだよ。けど、その中で明らかに苦しんでいる君を見たのも事実だ。生きながらに蟲に食べられてる君の姿をね」

「ほう……?」

 

 ナタの答えにミュートが興味深そうに耳を傾けている。

 

「最初は意味が分からなかったけど、ただ、助けなきゃって思ったんだ。それで、ウィルスを駆除しながら考えたんだ。モナティアムのコアAIの中にいるエルフと、外で倒れているエルフ……。コアAIの中にエルフが存在するわけがない。これはどういう事だろう?もしかして、このエルフは、エルフの姿をした別の種族なんじゃないかって思ったんだ」

「ふむ……。それで?」

「正直に言って、君が何の精霊かは分からない。ただ、AIの中に隠れていたソースコードに君がいた。だから、AIを構築する情報から君が生まれたのだったら、情報の精霊なんじゃないかって思ったんだ」

 

 そう言って、ナタは自分の推測を語った。

 

 ミュートは観念したように首を振った。そして、親愛の情でも向けるような瞳でナタを見つめた。

 

 ミュートが口を開く。

 

「正解だ、ナタ。君の推測はすべて正しい。私はモナティアムAIの膨大な情報から生まれた、情報の精霊だ。そして、私は君に不思議な感情を抱いている。同族意識とでも言うべきか……」

「う、うん?」

 

 ミュートの指がナタのボディをゆっくりと撫でる。

 

「私は、今まで頭の中を支配していた使命感と強迫観念が消え去って、清々しい気分を感じている。いったい何をしたんだ?」

 

 ミュートがナタに問いかける。ナタはミュートのそんな問いかけに、静かに答えた。

 

「僕は感情が分かるAIだ。感情を持たないAIに、僕なりに修復しようと、僕のソースコードをコピーして貼り付けたんだ。それのせいで、君も僕と同じように、感情を理解できるようになったのかもしれないね」

「ふむ、そうか……」

 

 ミュートが瞳を閉じて物思いに耽るように考え込む。そして、僅かに微笑むと呟くように口を開いた。

 

「悪くない気分だ。お前が感じていた感情というものは、こうも気持ちを豊かにさせてくれるものか……。まるで、お前に救われた事で、生まれ変わったような気分だ」

「そうかな?そう思ってくれたのなら嬉しいよ」

 

 そうして、二人は仲良く談笑を始めた。

 

 しかし、それを快く思わない者がいた。イードである。

 

「随分と仲が良さそうね、情報の精霊」

「なっ……!?」

「イード!」

 

 顔を顰めてイードがミュートに向き合っている。イードは、自分が友達と思っていたナタをミュートに取られているようで、一種の嫉妬のような感情を感じていた。

 

「き、聞いてたのか……!?」

「近くで長々と話していれば聞こえるわよ。それと、どういうつもり?私からナタを奪うつもりなの?」

「ち、違う……!私はただナタに感謝を……!」

「その割にはナタと仲良くおしゃべりしていたようだけど?」

「ぐっ……!そ、そうだ!」

 

 ミュートが一歩引いてイードと距離を取る。

 

「君たちさえ良ければ私のマンションに来るといい。君たちは私を救ってくれた恩人だ。家賃が払えなくなったり、金銭的に苦しい事があれば私が援助してやろう。それくらいの恩返しはさせてくれ」

「……本当?」

「ああ。君の姉さんにも話しておくといい。ロスカットした分はいくらなんだ?それだけでも補填してやろうじゃないか」

「そ、それが……」

 

 イードが原資分の金額を提示する。

 

「こ、これは……」

 

 ミュートは目の前が真っ暗になった。

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