シオンの自宅、相変わらずイードとナタは、高性能になった演算装置を使って、仮装通貨のマイニングに勤しんでいた。
「相場はどう?ナタ」
「…………」
イードの呼びかけにナタが黙っている。前日の事もあって、ナタが壊れてしまったのかと恐怖に駆られたイードが、声を震わせてナタに声をかける。
「ナ、ナタ……?」
「…………。イード」
「……? ナタ……?」
恐る恐るイードが答える。
「……強制ロスカット。終わりだよ、イード」
「え……?」
イードは目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。ナタの言っていることが理解できなかった。しかし、ナタの冷たく響く無機質な声が、何を言っているのか諭しているような気がした。
「モナティアムAIが停止したことで、それに釣られて市場が大暴落している。病院が賑やかになるだろうね」
「どういう事なの……?意味が分からないわ。説明して、ナタ」
「僕たちは今、無一文になったって事さ、イード。シオン姉さんが一生懸命に溜めた貯金も、今はパーさ」
「っ……!」
イードの視界が揺らぐ。ナタから告げられた残酷な真実に、イードは気を失いそうになりかけた。イードはたったの一瞬で、自分たちが破産したという事実を、受け入れられなかった。
「あ……。あぁぁぁぁ……」
「ごめん、イード……。油断してしまった……」
「終わりだわ……。姉さんが帰ってきたらなんて言えばいいのかしら……」
イードの視界がグニャグニャに歪む。イードが夢の中に逃げようとしたその時、突然の来訪者がアパートのドアを叩いた。
ピンポーン。
「……? こんな昼間に誰かしら。ナタ、ドアを開けて」
「う、うん。もしもし?誰ですか?」
ガチャ。
「あれ……。君はあの時の……」
「いつかぶりだな、ナタ」
ミュートが、そこに立っていた。
「上がっても良いか?」
「じょ、情報局長が何の用なんだ!?税金はちゃんと払ってるでしょ!?」
「そんな事の為に来たんじゃない。それに、私は今は謹慎中だ。無職に近い私は何もできないさ」
ナタの許可も得ずに、ミュートは部屋に上がった。
部屋に上がったミュートの目に、寝台の上でボーっとしているエルフの姿が映る。受け入れがたい現実に逃避するイードの姿に、ミュートは困惑した。
「な、何があったんだ……?」
「仮装通貨のマイニングをしてたんだけど、僕のミスで強制ロスカットを受けてしまったんだ。イードはその事実を受け入れられないみたいでね……」
「ほ、ほう……?」
意外な事をしていた二人に面食らったミュートだが、佇まいを直すと、ミュートは改めてナタと向き合った。
「君がモナティアムAIを救ってくれたと聞いている。今日はその礼を言いに来たんだ」
「は、はぁ……」
「モナティアムAIは廃棄されたナタモデルを再利用して作られた物だ。それを利用して、君の信号を電波ジャックして無理やり呼び出したんだが……。 ……今思えば、かなり無茶なことをしたように思う。申し訳ない事をしたな、ナタ」
「アレは僕もびっくりしたよ。何者かが急に僕の頭に侵入して操りだしたんだからね。それがまさか、モナティアムAIの緊急信号だったなんて……。それに、君がそれと連動している精霊っていうのもね」
ミュートが驚いたようにナタを見つめる。意外な事実を知られた事で、焦りを感じたミュートは、急いでイードに目をやった。
イードはまだ放心している。聞かれていない事を知ったミュートは、胸をなでおろした。
「……知られてしまったか。アレの内部で何を見たんだ?」
「ぐちゃぐちゃに書き換えられたコードだけだよ。けど、その中で明らかに苦しんでいる君を見たのも事実だ。生きながらに蟲に食べられてる君の姿をね」
「ほう……?」
ナタの答えにミュートが興味深そうに耳を傾けている。
「最初は意味が分からなかったけど、ただ、助けなきゃって思ったんだ。それで、ウィルスを駆除しながら考えたんだ。モナティアムのコアAIの中にいるエルフと、外で倒れているエルフ……。コアAIの中にエルフが存在するわけがない。これはどういう事だろう?もしかして、このエルフは、エルフの姿をした別の種族なんじゃないかって思ったんだ」
「ふむ……。それで?」
「正直に言って、君が何の精霊かは分からない。ただ、AIの中に隠れていたソースコードに君がいた。だから、AIを構築する情報から君が生まれたのだったら、情報の精霊なんじゃないかって思ったんだ」
そう言って、ナタは自分の推測を語った。
ミュートは観念したように首を振った。そして、親愛の情でも向けるような瞳でナタを見つめた。
ミュートが口を開く。
「正解だ、ナタ。君の推測はすべて正しい。私はモナティアムAIの膨大な情報から生まれた、情報の精霊だ。そして、私は君に不思議な感情を抱いている。同族意識とでも言うべきか……」
「う、うん?」
ミュートの指がナタのボディをゆっくりと撫でる。
「私は、今まで頭の中を支配していた使命感と強迫観念が消え去って、清々しい気分を感じている。いったい何をしたんだ?」
ミュートがナタに問いかける。ナタはミュートのそんな問いかけに、静かに答えた。
「僕は感情が分かるAIだ。感情を持たないAIに、僕なりに修復しようと、僕のソースコードをコピーして貼り付けたんだ。それのせいで、君も僕と同じように、感情を理解できるようになったのかもしれないね」
「ふむ、そうか……」
ミュートが瞳を閉じて物思いに耽るように考え込む。そして、僅かに微笑むと呟くように口を開いた。
「悪くない気分だ。お前が感じていた感情というものは、こうも気持ちを豊かにさせてくれるものか……。まるで、お前に救われた事で、生まれ変わったような気分だ」
「そうかな?そう思ってくれたのなら嬉しいよ」
そうして、二人は仲良く談笑を始めた。
しかし、それを快く思わない者がいた。イードである。
「随分と仲が良さそうね、情報の精霊」
「なっ……!?」
「イード!」
顔を顰めてイードがミュートに向き合っている。イードは、自分が友達と思っていたナタをミュートに取られているようで、一種の嫉妬のような感情を感じていた。
「き、聞いてたのか……!?」
「近くで長々と話していれば聞こえるわよ。それと、どういうつもり?私からナタを奪うつもりなの?」
「ち、違う……!私はただナタに感謝を……!」
「その割にはナタと仲良くおしゃべりしていたようだけど?」
「ぐっ……!そ、そうだ!」
ミュートが一歩引いてイードと距離を取る。
「君たちさえ良ければ私のマンションに来るといい。君たちは私を救ってくれた恩人だ。家賃が払えなくなったり、金銭的に苦しい事があれば私が援助してやろう。それくらいの恩返しはさせてくれ」
「……本当?」
「ああ。君の姉さんにも話しておくといい。ロスカットした分はいくらなんだ?それだけでも補填してやろうじゃないか」
「そ、それが……」
イードが原資分の金額を提示する。
「こ、これは……」
ミュートは目の前が真っ暗になった。