「まずは肩慣らしからだな。……しかし、イード。本当にいいのか?」
「ええ。私もみんなの役に立ちたいの。私の夢の力がみんなの役に立てるのなら、喜んで服用するわ」
イードの腕に繋がれた医療用パックに睡眠薬が投下される。イードはミッションに当たって眠る事で幽体化し、カルテルの拠点を荒すという任務に就くことになった。それは強力な術ではあるが、シオンは不安を感じずにはいられなかった。
「……分かった。けど、無茶はしないって約束しておくれよ……?ナタ、バイタルは常に監視して、異常があったらすぐに中断するんだぞ?」
「任せて。僕の本懐は生命維持だ。このまま永遠に眠らせるような事は絶対にしないよ」
睡眠薬を溶かした溶液がチューブを伝って、イードの腕の中に注射されていく。イードはそれを静かに見守って、ナタとシオンに微笑みかけた。
「ようやく私もエターナルブレットとして、みんなの役に立てるのね。それじゃあ、行ってくるわ……」
「イード……!」
イードが眠りにつき、姿を消した。その様子を見届けたシオンは目を閉じ、気持ちを切り替えて、ナタと向き合った。
「バイタルはどうだ?ナタ」
「バイタルは良好。異常なしだよ」
「よし。サイバーブレットと繋げてくれ」
「了解」
少しのノイズが走り、ミュートの息遣いが聞こえてきた。
「サイバーブレット。内部の状況はどうだ?」
『内部に武装したカルテルの戦闘員が30人ほどいるな。多くが下層階に集中している。あとは自販機のハッキングでも火災警報器のハッキングでも任せてくれ。現場を混乱に陥れてやる』
「わかった。期待しているぞ、サイバーブレット」
ミュートのハッキングした監視カメラの映像がホログラムに映し出される。シオンは映し出されたカルテルのメンバーをメモし、記録をつけていった。
「ナタの事前調査通りだな。26、27……。サイバーブレット、下層部のメンバーでやっつけれそうな奴がいたら順次片付けていってくれ。必要であれば、映像さえ送ってくれれば我も魔弾で援護する」
『了解。サイバーブレット、任務を開始する』
「ラジャー」
監視カメラに映るミュートがそっと戦闘員の背後に近付き、窒息させて音もなく気絶させていく。気絶した戦闘員は丁寧にダストボックスに入れて証拠を隠す徹底ぶりだ。
「ふん。さすがは元諜報班長。良い仕事ぶりだな」
その時、シオンの耳に悲鳴のような声が聞こえてきた。
「うん?なんだ?」
「屋上からだね。屋上にも見張り員がいたみたいだ」
「だとしたら……」
シオンが銃を構えて照準器を覗き込む。
「お、お化け!!!ひぃ……!こっちに来るなぁ!!!」
「……? お化け……?」
照準器で声のする方を見ると、屋上で何かに怯えながら後ずさるカルテルのメンバーが見えた。背後に注意が言っていないのか、今にも落ちそうに見える。
「おいおい、落ちるぞ……!」
そう思ったのも束の間、そのメンバーは足を踏み外して屋上から転落していった。
騒ぎを聞きつけたメンバーがぞろぞろと転落現場に集まってくる。転落したメンバーは激痛のショックで気絶してしまっている。
屋上から聞こえた悲鳴と転落事故を起こした戦闘員。現場は一気に緊張に包まれた。
『姉さん。私の活躍、見た?』
「イード!お前がやったのか!?」
『ええ。幽体化した私を見てすごく怯えてたわ』
「そうか……!だが、気を付けるんだぞ?危ないと思ったらすぐに戻っても良いんだからな……!?」
『ええ。ありがとう、姉さん』
その後も、ミュートが下層で戦闘員を静かに片付けていき、上層ではイードが敵カルテルを追い詰めていった。
幽体化したイードはナタのビームを使い、敵戦闘員を次々と無力化していっている。シオンは、イードの見せる新たな戦闘スタイルに、喜びと驚きを感じていた。
「25、26……。ナタ、活動している生体反応がどれくらいいるか分かるか?」
「2人だね。一人は屋上に逃げて、一人は玄関から出ようとしている。……ダークブレット。君の腕の見せ所だよ」
「……分かった」
シオンが照準器を覗き込む。狙うは表の玄関から逃げようとしているカルテルの残党、それをヘッドショットで仕留めるだけだ。
シオンはこれまで、どんな状況でも狙撃という任務をこなしてきた。シーラ、ジョアン、暴走トラックに始まり、害獣駆除など……。今回は距離も近く、狙撃するのは容易な事だった。
しかし、油断はしてはならない。一瞬の油断が失敗を招く事をシオンは知っていた。
スナイパーとは、徹底した隠密と張り込みと集中力が要される職務だ。根競べで負けてはスナイパー、引いては、ダークブレットの名折れである。
シオンの額に汗が伝う。耳元で鳴く羽虫がシオンの集中力を乱す。シオンは、これらの妨害に遭いながらも、ひたすらにカルテルの戦闘員が現れるのを待った。
『聞こえるか、ダークブレット』
「なんだ、サイバーブレット。今、我は忙しいのだ。後にしてくれるか」
『これから13秒後にカルテルが表に出てくる。最後の一仕事、頼んだぞ』
「……分かった。感謝する、サイバーブレット」
シオンが心の中で時間を数える。
1、2、3……。順番に時を刻み、引き金に当てた指先に力を込めていく。
迫りくる審判の刻。シオンは現れるであろう最後の標的の頭に照準を置いて、呼吸を止めた。
1秒、また1秒と時が進む。短い時間ながらも、今、この時は、シオンにとっては永遠の時のようにも感じた。
そして、その時だった。魔弾の射手の瞳に、青い光が灯った。
「見えた……!」
玄関から走って外へ飛び出した戦闘員の姿が見えた。シオンはその一瞬を逃さず、引き金を引いた。
青いマズルフラッシュがシオンの顔を照らす。シオンの魔弾が標的に狙いを定め、飛翔する。
「うぐっ!」
「やった……!」
魔弾の餌食となった戦闘員は、そのまま地面へ倒れ、気絶した。イードも屋上へ逃げた戦闘員を片付けたようで、シオンの元へと帰ってきた。
「ただいま、姉さん」
「イード……!大丈夫だった!?ケガはしてない!?」
「大丈夫よ、姉さん。大げさなんだから」
「ああ、良かった……!心配したんだからな……!」
「私の心配はしてくれないのか?」
「ミュート!」
ビルから仕事を終えたミュートが帰ってきた。ネットランナーの衣装も様になっており、その姿はどこか誇らしげにも見える。
「ミュート、そなたの活躍も見事なものであったぞ!我もそなたの送ってくれた監視カメラの映像で見ていたが、さすがは元諜報班長といった働きぶりだったな!」
「ふん、私を舐めてもらっては困るぞ、ダークブレット」
そう言って、ミュートは顔を逸らした。その横顔は、どこか照れているようだった。
「イード、お前もよくやってくれたな!お前の新たな姿を見れたようで、私も嬉しいぞ!」
「そうかしら……?私も姉さんの役に立てたのなら良かったわ」
「ああ、ああ!よくやったぞ~、イード!」
三人のバッドドリーム・シスターズが互いの健闘を祝う。初めての任務が大成功に終わり、三人は舞い上がっていた。
モナティアムに現れた新たな勢力、バッドドリーム・シスターズ。姿なき正義の執行者は、教団の新たな脅威となる事であろう。三人はその事に気付かないでいた。