薄暗い地下室の中、ハイディは頭に感じる鈍い痛みに目を覚ました。
くらくらとする意識の中、ハイディは身体が自由に動かせないことに気付いた。荒縄で手足を縛られ、拘束されているのである。
何故自身がこの状況に置かれているのか……。自分の身に起きている事態を、ハイディは理解できなかった。
「目が覚めたようだな」
室内に響く低い声にハイディの身体がビクッと跳ねる。ハイディは、この声が敵意を持ったものであると瞬時に理解した。
「だ、誰ですか……?」
薄暗い空間の中にぼんやりとシルエットが浮かび上がってくる。ハイディは、朦朧とする意識の中で、その存在を確かめようと必死に目を凝らした。
やがて、ハイディの記憶の中に、そのシルエットに合致する存在が現れた。
……うすぼやけた輪郭を見て、ハイディが恐怖に震えあがる。モナティアムの情報を一手に集めるマスメディアにとって、それは恐怖の対象でもあったからだ。
「ひぃ……!」
「教団派の一番槍である私を、お前が知らないはずがないだろう……?」
軽蔑するかのような冷たい声がハイディの肌を撫でる。
そんな二人のやり取りに気付いてか、彼女の背後から続々とメンバーが姿を現した。
「あ……はわわわわわ……」
レヴィ、タイダー、ニコ……。教団屈指の実力者と、その部下たちがハイディの前に立ち塞がった。
レヴィがハイディの前に歩み寄り、一枚の記事を突き出す。
「これ、あなたが書いたものだよね?」
「うっ……!」
自撮りとも言える写真がでかでかと掲載された一枚の記事がハイディの前に突き出される。ハイディは必死に目を逸らして見ないふりをするが、レヴィは構わず記事をハイディの顔に押し付けた。
「あなたが書いたものだよね???」
「は、はいぃ……。そうですぅ……」
ハイディは観念してレヴィの問いかけにあっさりと白状した。そんなハイディに呆れつつも、レヴィはため息を吐いて問いかけた。
「どうしてこんな事をしたのかなぁ?世界樹教団は、あなたも所属する組織でしょ?内部告発とも言えない粗雑な記事を書いてどういうつもりなんだか……。私たちの威信でも貶めたいのかしら?」
「そ、それは……」
ハイディが答えに詰まる。その様子を見て、レヴィのまぶたがピクリと動いた。
「スノーキー、アレは用意できてる?」
「ああ。ニコ、持ってきてくれ」
スノーキーの呼びかけにニコがキャスターラックを押してきた。キイキイとキャスターの軋む音が嫌にハイディの耳に響く。
「選ばせてあげるよ。どれが良い?」
ラックの上にはジェリカン、錆びたのこぎり、トーチバーナーが整然と並べられている。
混乱するハイディは、レヴィの言っている意味が理解できなかった。いったい何を選ばせるというのか、質問の意味が分からなかった。
レヴィがのこぎりを手に持ち、穂先をハイディの額にコツンと当てる。何をされるか理解したのか、ハイディは息を震わせ、目に涙を溜めている。
「愚かな事をしたものだよね。こんなものを知ったら教主様もカンカンに怒るだけだろうに……!」
そう言って、レヴィはノコギリの平面でハイディを殴打した。
☆☆☆☆
どれくらい時間が経ったのか、ハイディは涙や汗でぐっしょりと顔面を濡らしていた。
どれだけ必死に弁明を立てても、レヴィらは聞く耳を持たなかった。教団の活動に泥を塗り、威信を下げるような真似をしたハイディをひたすらに責め立てた。
「しかし、やっぱりそうだったかぁ……。デタラメ書いて発行部数を伸ばそうとしてただなんて……。しかも、よりによってウチらの組織を選ぶなんてねぇ……」
「う……。うぅぅぅぅ……!」
レヴィの言葉にハイディが呻く。そんな彼女を見て、レヴィが諭すように語りかけた。
「良いことを教えてあげるよ。実は、こうして教団に楯突いたのはあなたが初めてじゃないんだ。シストって商人は知ってる?」
ハイディは答えない。そんな彼女に代わって、タイダーが答えた。
「たまにモナティアムに来て怪しい商売をしてた竜族ですよね?最近はあまり見かけないけど、何かしたんですか?」
「私たちが密造ビジネスの活動を始めた初期の頃、教主様の提案を断って、逆に交渉して金をせびろうとしたんです。それが教主様の逆鱗に触れて……。すごかったんですから。割れた瓶で頭を殴って、胸元に突きつけて……。最後は私に任せてくれましたけど……」
「……それで、どうなったんですか?」
緊張した面持ちでタイダーが訊ねる。
「別に何もしてませんよ。ちょっと怒って、トラックの荷台に詰め込んで適当に連れ回しただけです。まっくらな荷台の中で、どこに運ばれてるか分からなくて怖かったんでしょうね。数十分後に様子を見てみたら、かわいそうなくらいに怯えてましたよ」
そう言って、レヴィがチラリとハイディに視線を落とす。そんなレヴィと目が合ったハイディは、また何かされると思い、激しく怯えた。
「ご、ごめんなさい……!もうこんなデタラメな記事は書きませんからぁ……!」
「それでいいの。私たちの不利になるような記事は書かない事。分かった?」
「は、はいぃ……!」
ハイディは後悔した。ただスクープを聞きつけ、PV数の為にデタラメな事をでっちあげ、センシティブに報道した己の愚行を激しく恥じた。
反社組織に楯突くとはどういう事かを我が身を以って体感したハイディ。以降、ハイディは教団とは距離を置き、しばらくその活動を縮小させるようになったという。