教主がピラとガヴィアと世界樹の枝切り落とす計画を立ててから数十日が経過した。
そんなとある日の妖精王国の城壁に、教主とフリックルと、十数名のエルフの戦闘員が建築作業をしていた。
ピラとガヴィアの協力もあり、大量のコンクリートを用意できた教主たち。型枠と鉄筋を組み立て、捻じ曲がった枝への足場を作ろうと、教主たちは王宮の一角に、社会主義的な様式の漂う構造物を設置しようとしていた。
エルフの戦闘員たちが慣れた手つきで足場と型枠を組み立て、鉄筋を組んでいっている。教主たちはその様子を眺め、エルフたちの技術に感心していた。
「さすがは地球を侵攻してきたエルフたちだな。土いじりや土木技術は基本という訳か」
「そうなの?」
「ああ、そうさ。野営する軍隊というものは訓練と土いじりが基本だ。塹壕を掘ったり、土塁を築いたりと、戦闘する時間より土を弄ってる時間の方が長い。陣地を守るためのトーチカを作ることもあるだろうからな。私の予想通り、こいつらは土木工事もできるようだ」
そう言って、教主は着々と組み上がる型枠を見上げた。
教主に釣られて世界樹を見上げたフリックルの目に、逆さに生えた世界樹の枝が映る。不自然な生え方をする枝を見て、フリックルが呟いた。
「けど、あんなにも不格好に伸びる枝が生えてたなんてね。妖精たちは何を管理していたのかしら……。確かに、王国の景観の為にも、アレは切り落とした方が良いかもしれないわね」
「だろう?これは立派な世界樹教団からの、王国への慈善事業でもあるんだよ。経費はすべて私の財布と、教団の資金で賄っている。赤字もいいところだよ」
そう言って、教主は煙草を取り出し火を点けた。そんな教主を見て、フリックルが呆れたように答える。
「呆れた。赤字という割には随分と嬉しそうじゃない。教団の経営は大丈夫なの?」
「心配ないさ。痛くないと言えば嘘になるが、教団の運営には何の問題もないよ。それよりも心配なのは……」
そう言いかけたところで、教主の背後から、教主を呼ぶネルの怒ったような声が聞こえてきた。
「教主様っ!!!」
「ネル?」
肩を怒らせたネルの鋭い視線が教主を突き刺す。その背後には、どこか不安そうな表情をしたエルフィンの姿もある。
「これはどういう事ですか!!?いったい何をしようとしているのですか!!?」
「申請書を見ればわかるだろう。エルフィンからも既に許可をもらっている。そこの掲示板を見てみろ。女王の決済印も捺してあるのが見えないのか?」
そう言って教主の指さした先には、申請書と施工計画書が掲示されている。細かい文章がいっぱい書いてあり、いかにもエルフィンが苦手な難しい言葉が列挙されている。
「じょ、女王様!?まさか、教主様の出した書類を適当に決裁したのですか!!?」
「えぇ!?わ、わかんない……。やったかもしれないし、やってないかもしれない……。あんなに文字が多い書類なんて見る訳ないじゃん……」
「女王様ぁっ!!!」
ネルがエルフィンに青筋を立てている。しかし、その怒りの矛先はすぐさま教主に向けられた。
「教主様っ!!!こんなことは認められませんっ!!!今すぐ中止してください!!!」
「なぜだ?既にエルフィンからの許可ももらってるじゃないか。なぜ今更中止せねばならんのだ?」
「女王様は申請書の中をよく見てなかったんです!!!それに、世界樹を傷つけるような事をするだなんて……。そんな事、認められる訳がないじゃないですか!!!」
ネルが怒鳴るように叫ぶ。
「何を言っているんだか……。君が何を言おうと、エルフィンから許可をもらった以上、私は世界樹教団の教主として、無駄な枝を刈り取る為の作業をさせてもらうよ」
「なんですってぇ……!」
ネルの声に怒りの感情が込められる。拳は怒りに震え、怒髪天を衝かんばかりに怒りの感情を滲ませている。
その時、どこからかジョアンが姿を現した。
「何をしている、司祭長」
「ジョアン姉妹……!あなたからも教主様に何か言ってやってください!」
ジョアンがネルと教主を交互に見やる。生気を失った瞳は何をすべきか既に悟っているようで、ジョアンは静かに瞳を閉じ、ネルに語りかけた。
「教主様は既に女王様から許可を得ているのだろう。大人しく引きなさい、司祭長」
「ジョ、ジョアン姉妹……!どうしてそのような事を……!」
「一度出した許可を取り消すなどあってはならない事だ。そのような事例を出してしまっては、女王様の気分一つですべてがひっくり返る独裁国家のようになってしまう。王国の為にも、司祭長が気に入らないからと許可を取り消すなど、そんな事は認められてはならない」
「そ、そんな……!」
ジョアンの口から出た意外な言葉にショックを受けたネルは、ジョアンから距離を取るように後ずさりをした。
ジョアンが裏切った?先代の司祭長と共に世界樹を慈しみ、その恩恵を授かってきたジョアンが?
ネルは目の前が真っ暗になるような錯覚を覚えた。ジョアンが教主の側に立つなど想像もしていなかった。
「何をしているのだ、司祭長。私の言葉が理解できたのなら、早く引くんだ」
「……ジョアン姉妹。あなた、まさか……!」
ジョアンの暗い瞳がネルを睨む。その狂気ともいえる瞳に、ネルは少しだけたじろいだ。
「いいんだ、ジョアン。放っておけ」
「しかし……」
「レヴィ、ニコ、タイダー。連れていけ」
どこからともなく現れた三人がネルとエルフィンを拘束する。
しかし、ネルは負けられないと二人に向かって叫んだ。
「この裏切り者ッ!!!背教者!!!あなたたち、絶対に許しませんからねっ!!!」
頭を銃床で殴られたネルがレヴィに引かれて作業現場を後にする。それに続いて、タイダーとニコがエルフィンを引き連れて降りて行った。
「…………」
二人が連れ去られた後をジョアンが眺めている。教主は、それが何を意味しているのか分かっていた。
(司祭長……。女王様……)
「何を考えているんだ、ジョアン」
「きょ、教主様……。いいえ、なにも」
「そうか、なら良いんだ」
そう言って、教主は吸い終わった煙草を捨てた。
ジョアンは吸殻を見て、組み上がっていく建造物と、捻じれ伸びた世界樹の枝を見上げた。その目は、不安と自責の念に塗れていた。