明くる日の世界樹教団の宴会場。その日、エレナは現れた。
「やあやあ、教主よ!」
陽が西に沈みかける日暮れ時の宴会場。まだ勤務時間中であろうその時間、エレナは宴会場に現れ、ドカッとフリックルの隣に座って肘をつき、慣れた様子で注文した。
「ホット・アイス・アメリカーノ・エレナ・スペシャルをひとつ、くれないか?」
教主は無言でコーヒーを淹れ、ウォッカを混ぜ、火を点ける。
コーヒーの表面から青い火が昇る。エルフの技術と叡智で作り上げた究極のコーヒーに、人類の欲望が付加された瞬間である。
エレナ・スペシャルがカウンターに置かれる。エレナはそれを手に取り、香りを楽しむと、髪に引火しないように器用に口に着けた。
「ん~~~~……。やっぱりこのキレとコクの組み合わせは最高だねぇ……。ぜひあたしの市長室にも置いておきたいものだよ」
そう言って上機嫌に笑うエレナ。その横で白々しく横目で見るフリックルは、どこか苦い顔をしていた。
「コーヒーにアルコールだなんて……。どういう組み合わせなのかしら……」
「いや~、悪くないものだぞ?コーヒーのほろ苦さとウォッカのキレ、お酒とコーヒーの香ばしさが絶妙なバランスで成り立っている!君も食わず嫌いせずに飲んでみたまえよ!」
「…………」
フリックルがチラチラと、エレナとエレナスペシャルを交互に見ている。その目は好奇心と疑いの心が現れていた。
「気が向いたら飲んでみるわ」
「なんだい。教主が差しだすカクテルには喜んで飛びつくのに、あたしのおすすめには歯牙にもかけないというのかい」
「……!あ、あなたねぇ……!」
ケラケラと笑うエレナと青筋を立てるフリックル。教主とフリックルの秘密の会合は、すべてエレナの監視カメラによって知られているのだと、改めてフリックルは思い知らされる。
「それよりもエレナ。監視カメラの件、忘れてないよね?」
「ああ、心配するな。今夜、ローネとタイダーがここの監視カメラを全部撤去する予定になっている。教団本部の方も後日撤去する予定だよ」
「そうか。助かるよ」
そう言葉を交わす教主とエレナの間に、ピコラがトコトコと歩み寄ってきた。
「こんにちは、エレナ様。珍しいですね、この時間から宴会場にいるなんて」
「やあ、教主の弟子のおチビちゃん。これ飲んでみるかい?」
「ちょ、ちょっと!何してるのよあなた!!!」
「はっはっはっ、冗談だよ。あげるわけないだろう」
ケラケラ笑うエレナに不愉快そうに怒るフリックル。エレナの方も、アルコールが入ってリミッターが外れているのか、言動が少し軽くなっている。まだ少ししか飲んでないのに酔いが回っているとは、意外とお酒に弱いのかもしれない。
「? なんだかコーヒーの火が青いですね。教主様、新作ですか?」
「ん?ああ、エレナ専用のスペシャルメニューだよ。身体によくない成分が入ってるから、ピコラは飲んじゃダメだよ」
「はっはっはっ!体に良くない成分ねぇ。違いないな」
「えぇ?大丈夫なんですか……?そんなものを飲んで……」
「何事も程々が一番なのさ、ピコラ。妖精みたいに砂糖ばっかり摂ってたら虫歯になるし、暑さを我慢しすぎたら熱中症になる。それと同じさ」
「は、はぁ……」
なにを言ってるのか分からない様子のピコラ。エレナはアルコールの事を語っているのだが、ピコラはそれをまったく理解していない。コーヒーにアルコールが添加されているとは露とも思っていないのだ。エレナはそれを承知の上で語っているのだから、余計悪質である。
「最近特別メニューを作るのが流行ってるんですか?いいな~。あたしにも特別メニューを作ってほしいです!」
「おやおや、健気だねえ。あたしたちの仲間になるかい?」
「あなたねぇ……!」
「はっはっはっ!冗談だって!」
完全に大人の会話になっている。まだ通常の営業時間だというのに、二人の雰囲気は完全に夜の居酒屋である。教主もエレナがまさかこんな奴だとは思わなかったと頭を抱えている。
「まあ、けど、君も愛する愛弟子の為に一つ特別な料理を作ってやるのも良いんじゃないか?せっかく教団と宴会場の為に一生懸命に頑張ってるんだからさ。あたしらみたいなダメな使徒にダメなドリンクを作るのは、もっと後で良いんじゃないかい?」
「ダメな使徒……」
フリックルがこめかみを抑えて項垂れる。ダメな使徒と言われて腹が立ったのだが、昼間から酒を飲んでいる自分に何も言い返せないのである。
「さて……」
エレナがゆっくりと立ち上がる。
「名残惜しいが、あたしはモナティアムに戻るとするよ。残務処理をしてまた戻ってきたら、良い時間になってるだろうしな。あたしが適当に仕事をしている間にローネらが来て、ここの監視カメラをすべて外してくれるだろう。そうしたらまた楽しもうじゃないか」
そう言って、エレナは宴会場を後にした。
「か、監視カメラ……?いつの間にそんなものが設置されてたんですか……?」
「まあ、あくどいエルフの事だ。過去に獣人の村にアニマル缶をばら撒いたり、砂糖の供給を突然断ったりしてきた奴らだし、監視カメラを知らない間に設置されてても不思議ではない。今はエレナの言葉を素直に受け止めよう、ピコラ」
「は、はぁ……」
「心配することはないよ。今まで通り教団と宴会場を運営すればいいんだ。私たちは何もやましい事をしていない。やましい事をしているのはエレナたちだ。分かったね?ピコラ」
教主はそう言うと、ピコラは黙って頷いた。
宴会場は今日も通常営業中だ。日常は続いていく。少しずつ形を変えながら。