エレナの言っていた通り、エレナが宴会場を去った後、ローネとタイダーがやってきて、宴会場に設置されていた監視カメラ……もとい、盗撮カメラが撤去された。
ねじに扮した巧妙な隠しカメラ、建材の隙間に隠されたものや、火災報知機に偽装された監視カメラなど、あらゆるものが至る所に設置されていた。
"これで以上ですね~"と、柔らかく笑うローネだが、このほわほわした笑顔を見せるローネこそがモナティアムのスパイであり、監視カメラを設置した実行犯なのだ。
教主は口では感謝の言葉を述べるが、その裏ではこの事を苦々しく思っていた。
本当に全部撤去されたのだろうか?実はこっそり残しているのものがあるのではないか?教主はいまいち信じ切れずにいた。
しかし、それも問題ではない。もし残っているのなら、堂々と見せつけてやればいい。世界樹教団……教主の率いる団体は、盗撮ごときで挫けるような組織ではないのだと、教主は強く思った。
「では、お疲れさまでしたー、えへへ」
「うん、お疲れ」
次は空気カツではなく硫化水素カツでも振舞ってやろうかと、教主は思った。
そんなこともあったが、今日も通常営業を終え、いつも通り、フリックルと教主の時間がやって来た。二人は酒を酌み交わしながら談笑し、至福のひと時を楽しむ。
と、そこへ、仕事を終えたエレナがやって来た。エレナはズカズカと歩み寄り、カウンター席に座ると、ゆっくりと口を開いた。
「ホット・アイス・アメリカーノ・エレナ・スペシャルをひとつ、くれないか?」
教主は黙ってエレナスペシャルを作る。エレナの口に合うように特別にブレンドされたカクテル、エレナスペシャル。エルフの技術と人間の文化。このコーヒーカクテルこそ、エーリアスのカクテルなのだ。
「うーん、いいねぇ……」
カランとグラスが音を立てる。溶ける氷がゆっくりとカクテルと混ざり合い、風味を豊かにしていく。エレナはグラスの中で燃える火を見つめながら、その様子を楽しんでいる。
「それで、どうだい?ローネはちゃんと仕事をしてくれたかい?」
「ああ、してくれたよ。ちゃんと全部の監視カメラを取ってくれたのかい?」
「ああ、あたしはちゃんと指示をした。あたしの作戦室でもモニターは全部オフラインになっている。信じてくれてもいいぞ」
「そうか。とりあえずはまぁ、その言葉を信じよう」
教主が自分のグラスにお酒を注ぐ。クルクルとグラスを回し、ウォッカを氷に馴染ませていく。
教主がフリックルに視線を移す。フリックルはそれに気付くと、静かに目を閉じて、教主と同じようにグラスを回した。エレナはそれに気付くことなく、コーヒーカクテルを楽しんでいる。
エレナがコーヒーカクテルを口にする。カクテルを口にしたエレナはゆっくりと味と喉越しを楽しむと、カップをカウンターに置いた。
「しかし、もったいないねぇ。こんなにおいしいお酒を造れるというのに、どうしてそれを無駄にするんだか。それを元手に儲けようとは思わないのかい?」
「儲ける、か……」
ふと、奇妙な沈黙が流れる。教主はグラスを拭き、フリックルはグラスを静かに回している。
「な、なんだ?この沈黙はいったい何なんだ?」
「バカね。あなたともいえるエルフがどうして気付かないのかしら?」
「な、何がだ?」
「なぜレヴィが大量の穀物と砂糖を毎日運んでいると思うの?トラックはどうやって用意したと思ってるの?なぜ王国のバイトをすべて辞めて、教主の下で働いてると思うの?そのお金はどうやって用意してるか……。分からないのかしら……?」
フリックルの問いかけにエレナに緊張が走る。緊張に呼吸が詰まり、身体が震え、ジワリと汗がにじみ出る。
エレナは後悔した。不用意に踏み込んではならない領域に足を踏み入れてしまったと、直感的に感じた。
「ま、まさか……。君たち……。もうそこまで……!」
「エレナ」
地を這うような低い声で教主が呟く。教主の低く唸るような声に、エレナの身体がビクンと跳ねる。
「君は、私のビジネスに参加したいと言ったね……?」
「あ、あたしは……」
エレナが言葉に詰まる。
「ちょうど、私のビジネスに必要な資金と人脈が欲しいと感じていたところなんだ。君なら私の期待に応えてくれると思うのだが……?どうかな?」
「ぐっ……!ぐぅ……!ま、待て!少し話し合わないか……!?急な話であたしも戸惑ってるんだ……!」
「それはいけないなぁ……。君は少し知り過ぎてしまったんだ」
キィィィィ……。
不意に宴会場の扉が開かれる。ドアを開けた先には、浅黒い肌をしたボブカットの魔女が立っていた。
「き、君は……」
「こんばんは、レヴィ」
「こんばんは、フリックル様」
「レヴィ。急な呼び出しで悪いね。君の力が少し必要そうなんだ」
「いいえ、教主様。いつもお世話になっていますから」
ドアが閉められ、レヴィがエレナの元へ歩み寄る。
「な、何をする気なんだ……?」
「大丈夫ですよ。ただ大人しく、私の言う通りにすればいいんですから」
レヴィがエレナの隣に立ち止まり、ダガーを取り出して、エレナの顔へとあてがう。
「聞きましたよ。監視カメラを外したのは誤算でしたね、エレナさん」
「ど、どういうつもりだ、君たち……!悪い冗談はやめないか……!」
「冗談なんかじゃありませんよ、エレナさん。私たちは、ただエレナさんとお友達になりたいだけなんです」
「そうだ、エレナ。私たちは君と友達になり、良きビジネス関係になりたいだけなんだ」
「良いビジネス……?こうして脅すのが君たちの言うビジネスというのかい……!?」
「私たちの活動は実に面倒なリスクをたくさん孕んでいる。司祭長にバレるのも、君の脅しに利用されるのも、すべて回避したいリスクだ。だからこうして、君を力で抑え込む必要があるんだよ」
教主は冷淡に答える。血の通ってないような冷たい声がエレナを刺激する。
「エルフは本能的に裏切り行為を行う種族とあなたも言っていたわよね?だから、裏切りをさせないようにする必要があるワケ」
「私たちを裏切ったり、欺いたりする事は、この刃の餌食になるという事を覚えておいてください。そして、間違っても変な気を起こそうなどと思わない事です。私はこの数週間、工場の出入りをして、工場の仕組みをすべて把握させてもらいました。教主様の気に入らない事をしようとすれば、私はモナティアムの経済基盤を破壊し尽くす事でしょう」
フリックルの諭す声とレヴィの脅しがエレナを蝕んて行く。やがて観念したのか、エレナが諦めたように項垂れた。
「ぐっ……。わ、分かった……。君たちの言う通りに……しよう」
「良い返事だ、エレナ。期待しているよ」
「……もう満足しただろう。さっさと開放してくれないか!?」
エレナは乱暴に席を立つと、ズカズカと出口まで歩き、宴会場を出て行った。その様子を、三人は黙って見ていた。
「後はつけなくてもよろしいですか?教主様」
「君が懐柔した鎮圧班たちがエレナを監視するだろう。君も今日は休むと良い。明日も特別休暇をつけてやろう」
「はい!ありがとうございます!」
レヴィはそう元気よく返事をすると、教主の差し出したカクテルと賄い飯に舌鼓を打った。
夜の宴会場は今日も続く。だが、その先行きはひどく不穏なもののように見えた。