元ヤクザ、ホロライブに就職する 作:リハビリマン
あれから一週間経った。
社長達や世話になった社員達と別れの挨拶を交わした正平は、工藤刑事と待ち合わせしている駅に向かっていた。駅のベンチを見ると、工藤刑事がスマホを見ながら加熱式タバコを吸っていた。
「お待たせして申し訳ありませんでした、工藤さん」
「ん。別に待ってないぞ。待ち時間の八時三十分ちょうどじゃないか。工場の連中には別れの挨拶をして来たか?」
「はい。もちろんです」
「そうか……。まずはお前が住むアパートに行くんだが、荷物はそれだけか?」
「はい。小さなキャリースーツですが、これだけで十分です」
「そうか……。なら、行くか」
そう言うと、工藤刑事は立ち上がり、まずは正平が住むアパートに向かうために二人は電車に乗るのだった。
電車に揺られ一時間二十分。
そして、駅から歩いて八分の所にアパートに着いた。
「お前の部屋は二階の203号室だ。鍵を渡すから荷物を置いて来い」
工藤刑事がそう言うと、アパートの鍵を正平に渡すと自分の部屋である203号室に向かい、鍵を開けて玄関にキャリーケースを置くと、足早に彼女の元に向かった。
「ずいぶん早かったな……。部屋を見ても良かったんだぞ」
「いえ。工藤さんを待たせる訳にはいけませんから……」
「そうか……。歩きながら話そう……」
そう言うと、二人は歩き出す。
「あのアパートは単身者専用のアパートで間取りは1K。バスとトイレは別で家賃は7万円だ。ああ、最初の月の家賃は私が払っておいた。サービスでな!」
「えっ!? いやっ、そう言う訳には……」
「良いんだよ……。お前みたいに暴力団から足抜けする連中がいるが、途中で挫折して結局は組に戻ってしまう……。5年ルールに耐えたご褒美ってことで素直に受け取れ!」
「そういうことなら、分かりました。ありがたく受け取ります」
そう言うと、工藤刑事は笑顔になりつつ加熱式タバコを吸い始めながら、次の目的地を正平に告げる。
「次はホロライブ事務所に行って、えーちゃんに会いに行くぞ。社員証は持っているか?」
「持ってはいますけど、私服で行っていいんですかね?」
「いいんじゃないのか? スーツで出勤しろだなんて言われてないし……。さあ、また駅に向かうか……」
電車に揺られて十五分、そして徒歩三分でホロライブの事務所に着いた。
「どうだ、冴島。新しい職場は?」
「すっ、凄いですね……。聞いたことがない芸能事務所だったから、小さなビルだと思っていましたよ……」
「最初は小さいビルからスタートしたけどな、今じゃあ五階建てのビルだもんな……。さて、私の案内もここまでだ。あとは受付に『友人Aに呼ばれて来ました』と言えば通じるだろう。じゃあ、頑張れよ!」
「工藤さん、ありがとうございました」
正平は工藤刑事に向かって頭を下げると、彼女は振り返ることなく立ち去るのだった。
正平は工藤刑事の言う通りに受付に「友人Aさんに呼ばれて来ました」と話したら、わずか五分でえーちゃんが急いでやって来た。
「冴島さん、来てくださってありがとうございます」
「いえ、自分は工藤さんに道案内されて来たので、迷うことはありませんでいた」
「そうでしたか……。では、詳しい話がしたいので三階の会議室に行きましょうか」
そう言うと、二人は近くのエレベーターに乗り、3のボタンを押すと同時に大声で「待って〜」と言う声が聞こえた。声の主はポニーテールの女の子で、急いで二人が乗るエレベーターに乗って来た。急いで走って来たためか、息切れしつつもえーちゃんに感謝の言葉を述べる。
「えーちゃん、エレベーターを止めてくれてありがとう」
「まつりさん、そんなに急いで乗ったら危ないですよ!」
「ゴメン、ゴメン。ボイトレに遅れそうになって……。えーちゃん、2のボタンを押してくれるかな」
二階にボイストレーニング室があるため、えーちゃんは2のボタンを押してエレベーターを閉めた。
「ところでさ、えーちゃんの隣にいる男性って新入社員さん?」
「はい、そうです。今日は説明会と案内するだけですが、明日から働く冴島 正平さんです」
「冴島です。よろしくお願いします、夏色さん」
真面目な表情で挨拶する正平に、まつりは苦笑しつつ口を開く。
「冴島さん、そんな真面目な表情で挨拶すると、他のタレントが緊張するから笑顔で挨拶した方がいいよ」
そう言うと、エレベーターが二階で止まり扉が開くとまつりが「じゃあね」と二人に挨拶をして立ち去った。
「優しい人ですね、夏色さんは……」
「はい。社交性も高いですから誰でも好かれるんですよ。それじゃあ、三階に行きましょうか」
三階。ダンスレッスンを終えた獅白 ぼたんはスポーツドリンクを飲みつつ歩いていたら、ある男性スタッフに声をかけられた。
「やぁ、ぼたんちゃん。ダンスレッスンは終わったのかい?」
「……」
「相変わらず、無愛想だね……。それに、歩きながら飲み物を飲むなんてお行儀悪いよ。まあ、そんなところも可愛けどね……」
卑猥な視線をおくりながら話す男性スタッフに、ぼたんは内心イラつくも無視を決め込む。だが、男性スタッフは気にすることなく彼女に近づき話し続ける。
「この後のスケジュールはどうなっているのかな? 良ければ食事なんてどう? いいところを知っているんだ」
「結構です!」
ぼたんは語気を強めて拒否すると、男性スタッフはニヤつきながら口を開く。
「分かってるよ、ぼたんちゃん。いつものように、ラミィちゃんと二人だけで遊ぶんでしょ♪ それにしても、二人だけで遊ぶだなんていやらしいねぇ……。僕の誘いにも断るし、君達はレズなのかなぁ……」
卑猥な視線を彼女に送りつつ、ニヤけながら言う男性スタッフに、ぼたんは我慢の限界に達してしまい怒鳴ろうとするが、二人に割って入る人物があらわれた。
「いったい何をやっているんですかっ! 山岸さん!」
二人に割って入って来たのは、えーちゃんだった。山岸と呼ばれた男性スタッフは驚きながらも返事をする。
「えーちゃん!? どうしてここに……」
「そんなことより、私はあなたに仕事を任せていたはずなのに、どうしてここにいるんですか!」
「そっ、それは……。後輩を成長させようと、仕事を任せたんですよ……」
「任せた!? 押し付けたの間違いでしょう! いつも、いつも、こんなことをして恥ずかしくないんですか、あなたは!!!」
えーちゃんが激昂するのも無理が無かった。山岸という男は後輩に仕事を押し付けてはタレントを口説いたり、それが失敗すると卑猥な言葉で侮辱するという癖を持つ迷惑社員の一人だった。
「ぼたんさんに謝ってください! あんな失礼なことを言って……」
「失礼なこと? オレは何も言ってませんよ」
「言ったじゃないですか!」
「証拠は? ボイスレコーダーで今までの会話を録音していたんですか?」
「そっ、それは……」
えーちゃんがボイスレコーダーを使っていないと確信を持った山岸は反論する。
「何を言い出すとかと思えば、オレはぼたんちゃんとの相互理解を深めただけですよ。証拠も無いのに怒鳴り散らして気分悪いですよ。もう、帰りますね」
ニヤけながら立ち去ろうとする山岸だったが、一部始終を見ていた正平が止めに入る。
「まだ定時じゃないのに帰るって、アンタバカじゃないのか?」
「あ? 誰だテメェは?」
初めて見る正平に山岸は首を傾げながら因縁をつけると、えーちゃんが彼を紹介する。
「彼は冴島 正平さんです。明日から私の部下として働いてもらいます」
それを聞いた山岸は怒りに震えた。理由は、えーちゃんの元で働けばホロメンと簡単に知り合うことができるからだ。そして、スタッフの中で谷郷社長に近い人物で上手くいけば出世が出来ると思っていたからだ。そんな甘い汁を一人で啜る男を許せず、山岸は正平の胸ぐらを掴む。
「後輩の分際でこのオレを馬鹿呼ばわりしやがって! 躾けてやるっ!!」
山岸は唾を飛ばして喚きながら、正平を殴ろうとしようとした。だが、その瞬間に正平は山岸の溝尾に蹴りを入れた。
すると、山岸は「ぎゃあ」と叫びながら、苦悶の表情を浮かべて七転八倒の苦しみを味わった。
一部始終を見ていたえーちゃんとぼたんだったが、先に口を開いたのはえーちゃんだった。
「あ、あの、彼はどうすれば……」
「手加減しましたから、ほっときましょう……。今は苦しんでいますが、もう少ししたらその男は落ち着きますよ……」
「そっ、そうですか……。ならスケジュールが押してますので、会議室に入りましょうか……」
そう言うと、二人は山岸を介抱することなく会議室へと向かった。
「躊躇なく、溝尾に蹴りを入れるなんて喧嘩慣れしている……。何者なの、あの人は……」
そう呟いたのはぼたんだった。
(確か、冴島 正平って言ってたっけ……。どんな人なんだろう……)
そう内心に思いつつ、ぼたんはどうやって彼と知り合おうと考えながら帰るのだった。