一帯の砂漠にぽつりと建っている学校、アビドス学園の屋上には烏が1羽停まっている。
その烏は悪鬼を啄み、魑魅魍魎を蹴散らし、一時期は強者として君臨していた。
だが群れを生した後に陰へと埋もれ、伝説となったとの伝承がある。
「コレがアビドス学園の都市伝説、頂上の烏って言われてる噂だよホシノちゃん!」
「馬鹿らしい、さっさと書類まとめて下さい」
「ひぃん…代々伝わる都市伝説なのに酷いよぉ」
梔子ユメが書類を処理している時にふと思い出した噂を書類整理をしていた小鳥遊ホシノに生き生きと話をしていたが聞く耳を持たず、ユメは泣いた。
「所詮噂は噂です、長年伝わってたとしても実在しなければただの法螺話ですから」
「…んー、でも居そうな気がするんだけどなぁ〜」
「いい加減にして下さい、さっさと手を動かして」
少しイラついたホシノは眉間に皺を寄せ睨み付けるとユメは縮こまり、「はい…」と呟いた後渋々苦手な書類業務へと立ち向かった。
作業が終わり、梔子ユメが学園から帰宅するのを見送った後日課であるパトロールの為周囲を探索し、ある程度の賞金首を捕まえた。
ヴァルキューレに送り賞金を徴収し終えた後、ふと梔子ユメの噂話を思い出す。
「……どうせ噂、うん」
そう呟きながら足は学園の屋上に向かっていく。
誰も居ない夜の廊下をカツンカツンと音が響く中を歩き、階段を登り、そして屋上の扉の前へ着いた。
少しだけ期待している自分が居るのが悔しい、でもどうせ噂話だからいなくてもそれはそうだと納得出来る。
「(居なかったら嘘だったってユメ先輩に報告するか)」
ドアノブに手を掛けガチャりと捻る。
ギギギと開くドアの先にはどうせ何も────
「……え」
「ん、誰だお前」
オレンジの長い髪を垂らし、黒い鴉の刺繍が入っているスカジャンを羽織った女性がそこに居た。
「ん〜、見ない顔だな?」
小鳥遊ホシノは瞬時に手元の銃の銃口を相手へ向け警戒する。少し動揺はしたが何時でも対応出来るよう集中した……が先程まで居た女性が既に視線の先に居なかった。
「おぉ、良い銃使ってんなお前。もしかして新入生?」
気付けば烏を羽織った女性は既に横に立ち、スライド部分を触りながら目を輝かせていた。
「なっ……んで!?」
即座にショットガンを手放し直ぐに近接格闘を行う、顔面に肘を打ち込むが、片手で腕を捕まれ微動だにしなかった。ぎちりと手に力を込められた瞬間腕が千切れる錯覚を起こす程の痛みが伝わる。
「いぎっ……」
「おぉ、即座に近接格闘の判断悪くないけどアタシにゃあ悪手だよ、コレは誰にも負けた事ないからねぇ」
握り締めた拳がホシノの顔面にぶち込まれる。
みしりと今まで受けた事の無いめり込むような痛みを顔に衝撃で足が地面から離れ身体がまるで戦車に突っ込まれた様に吹き飛び、壁へ激突した。
「がっ……(膂力が出鱈目過ぎるッ!?)」
殴った彼女は口端を吊り上げゴキリと首を鳴らしながら肩を回しホシノへと目を向ける。
「骨のある奴中々居ないからずっと昔妹と遊んでた事思い出したわ…お前悪くねぇなぁ、何年生?」
「誰が……教えるかッ!」
腰に携帯していたハンドガンを手に取り銃口を向け引鉄を引く。2発、9mmの弾丸は時速約1450km、近接している人間であれば文句無しに射殺、又は命中する。
が、彼女はソレに対し弾丸を見つめながら軌道を読み避けた、まるですり抜けるかのように。
ホシノは目の前の現実が理解出来なかった。
「は、ぁ……ッ!?」
まるで見てから避けたと言わんばかりの瞬発力と速度に唖然とする。
「悪ぃな、アタシは目が特別良いんだ」
彼女は満面の笑みでズボンのポケットに手を突っ込み、タバコの箱を人差し指で軽く叩き1本口へ咥える。
「……クソッ!」
ホシノはその隙を逃さず発砲、その弾丸は彼女が予測し避けた弾はそのまま煙草の先端に向かい摩擦を起こし火を着けた。
「すぅ〜…ふぅ……ライター持ってきてなかったから助かるわ、あんがとさん」
その一服の姿は平常運転かのように振る舞う彼女。明らかに格が違い過ぎる、こんなところに居ていい人物ではないことは確かだと。
「……冗談でしょ」
煙を纏う彼女を見てホシノは思った。
「(ユメ先輩……本当に都市伝説存在してましたよ)」
今の現状を理解したくないが嫌でも理解してしまったホシノは節々の痛みに耐えられず銃を手放し意識を失ってその場で倒れた。
「生きてる?おぉ、結構思いっきり殴ったから死んだかと思ったわ」
目を覚ますと全てを覗かれているようなふたつの目が彼女の前にあり、ホシノは硬直したがすぐに警戒し地面に落ちていた銃を拾い直ぐに動けるよう神経を張り巡らせる。
その姿を見た彼女は呆れ顔でホシノの思考をすり抜けるかのようにタバコの煙を吹きかけ、ホシノは噎せた。
「猫かお前、悪いけど正当防衛だかんな?」
「けホッ……アナタは、何者なんですか?」
明らかに異常な身のこなしに技術と膂力、今まで体験したことの無い大きい壁のような差に身体は少しだけ震えるが追い打ちをしない限り悪い人ではないと思っている。
そしてこんな大物が噂だけで収まるとは思わない。
「アタシか?ここの在学生、今いち、にー……さん、3だな。留年してる、今年で21になる」
「……へ?」
返ってきたのは想定外、彼女はここアビドスの在学生で留年しているという事実だった。
「アタシは美甘ニア、お前は?」
「小鳥遊……ホシノです」
「うし、ホシノだな!なんかの縁だしこれからオレもアビドスの生徒会お邪魔するから宜しく!」
「……はぃ?」
予想外の展開に固まるのは間違いだろうか。
いや、私は間違っていないと思う。
この出来事に関してはきっと私は忘れないと思う。
……んー、取り敢え知ってる彼女の昔話はこれぐらいかなぁ〜
''ありがとう、ホシノ。所でいまその子……その人は何処に?''
「さぁ、烏だからどっかの屋上でうたた寝でもしてるんじゃないかなぁ……おじさんも暫く会えてないからねぇ」
''……?どうして?''
「ソレはまだ言えないかなぁ、おじさんの絆レベル上げてからじゃないとぉ〜」
そう言いながら先生に普段通りの笑顔で、距離を離すような、警戒した眼差しを送る。
それに気付いた彼は壁に備えられていた時計を確認し、踏み込み過ぎたかと思い椅子から腰を上げて教室を出ようとする。
''それもそうだ、急に聞いてごめんねホシノ''
「別にこれくらい大丈夫だよ〜……でも、ありがとうね先生」
''……?''
「うへ〜、気にしないで」
その場から離れる先生に向けてよく分からない感謝を伝えられ、先生はその場を後にした。
『どうして…どうしてッ!?』
『そりゃお前、止めるだろうよ馬鹿か』
過去のノイズに苦い顔をするホシノは下を向いて呟く、きっと彼女には届かない声を。
「……ニア先輩、私の選択って正しかったんでしょうか」
なんて言っても返事なんて返ってくる筈もないのにと思いながら顔を上げると見慣れた顔が目の前にあった。
「そりゃアタシにも分からんわ」
煙草をふかしながら彼女は机の上に腰を下ろし、どうでも良さそうな顔をしてホシノを見つめていた。
「……え?」
「よぉ、久しぶりだなホシノ。2年振り」
その再会は、正に奇跡としか言い表せない。
あまねく奇跡の出発点。
枯れた砂漠に再び天に昇った烏が舞い降りる。
続くかは俺の命次第