それでも、主人公は悩み続ける。
某所のワンライ企画で書いたもので、お題は「生半可」です。
この世で一番罪深いことは、愛に中途半端に応えること。
今の僕は、強く実感している。なにせ、目の前の相手にそう告げられたのだから。般若のような顔で、じっと見つめられながら。
僕はただ、ライオンを目の前にした子犬になっている。ただ震えることしかできない。
「そ、その……。ごめん……」
「何に謝っているのか、ハッキリ言ってほしいな? その答え次第では、優しくするよ?」
とにかく低い声で、そう告げられてしまう。どう答えても、きっと怒りは爆発すると思う。
だからといって、黙っているのはもっと悪手だ。それくらい、僕にだって分かる。だけど、何を言えば良いんだ。分からないまま、つばを飲む。
「その……ちゃんと答えを出せなくて……」
「だから、付き合うのか付き合わないのか、ハッキリ決めてほしいな? 告白して、もう三ヵ月なんだから」
言い返すこともできずに、僕は喉を鳴らす。彼女の目が細まるのが、とてもゆっくりに見えた。
その場で断っていれば、今のような状況にはならなかった。付き合うと宣言していても、同じこと。
どちらにせよ、僕が悪い。反論の余地なんて、どこにもない。慣れていないなんて、言い訳にもならないだろう。
だけど、どちらとも出てこない。声を出そうとして、喉が引きつるだけ。だんだん、彼女の目が冷たくなっていく。
その瞬間、僕のお腹から大きな音が鳴った。目の前では、少しだけ笑顔が見える。
垂らされた蜘蛛の糸を、逃がしてはならない。つかむことに、ためらいはなかった。
「お腹が空いてるだろうし、ご飯でもどう? お、おごるからさ……」
空気に溶けてしまいそうな声しか、出せなかった。じっと合う目は、まるで裁判官。ただ判決を待つばかりの僕に、ため息が届く。
これは、どっちだ。祈りながら、ただ耳を澄ませていた。
「そうだね。近くにパスタ専門店があったはずだし、そこにいこっか」
神様は、本当にいたみたいだ。慈悲に感謝しながら、少しでも機嫌を取るために言葉を続ける。
「う、うん。何品でも食べていいからね」
「そんなこと言ったって、許すわけじゃないよ? それだけは、分かってほしいな。私は本気だったんだよ?」
蜘蛛の糸は、あっけなく切れたみたいだ。僕は、勢いよく地面に叩きつけられた。
そのショックを引きずりながら、ただ隣を歩く。少しでも心象を良くするために、必ず車道側を歩きながら。
店にたどり着いたら、席に着く。メニューを開いて、何を頼むかを考える。
気になったのは、カルボナーラとボロネーゼ。
カルボナーラは、卵黄の色がよく出ていてベーコンも厚い。濃厚な味が楽しめるだろう。
ボロネーゼは、お肉がゴロゴロしている。ガッツリとした満足感が味わえるはずだ。
どちらを選ぶか、僕は頭を悩ませ続けていた。
「ねえ、もう10分も経ってるんだけど?」
低い声が届いて、僕は顔を上げた。彼女は、メニューを開いてすらいない様子。足がトントンと鳴っているのが、聞こえてしまった。
「ご、ごめん……。ちょっと、悩んでて……」
「どれとどれで悩んでるの? 教えてくれる?」
「カルボナーラと、ボロネーゼで……」
「分かった。じゃあもう呼ぶから、来る前に決めておいてくれる?」
返事を待つこともなく、彼女はボタンを押して店員を呼ぶ。メニューを覗き込むと、鋭い目が見えたような気がした。
どちらにしようかな、天の神様の言う通り……。カルボナーラか。
それが決まると同時に、笑顔の店員がやってきた。
「ペペロンチーノと……カルボナーラをお願いします」
僕の指先を見ながら、注文が進んでいく。意見を無視されたわけじゃなくて、ほっと息をついた。じろりとした目が届いて、うつむく。
注文した品が届くまでの間、ただ足音だけが響いていた。
店員が近寄ってきた時は、まさに救いの神が現れたとすら思ったくらい。だけど、その神はあっという間に去っていく。バイトとしての仕事を果たしただけなのだから、当然だ。だけど、ちょっとだけ背中を視線で追ってしまった。
足音が響いて、すぐに咳払いをして食べ始めたけれど。
カルボナーラの味は、よく分からない。これなら、どちらを選んでいても同じだったかもしれない。彼女の機嫌を損ねただけで、何も良いことはない。
「お、おいしい……?」
「うん。初めて来たけど、ここに来れたのは良かったかな。ありがとう、良い機会をくれて」
とてもニコニコとしながら、手を止めずに食べている。この笑顔が、食後にまで続いてくれれば。
声も穏やかで、どことなく楽しそうだ。だったら、目の前に希望はあるはず。食べ終えてから、しっかりと頭を下げて返事さえすれば。
そんな祈りも虚しく、食べ終える前に笑顔が消える。フォークを突き出しながら、問いかけられた。
「私を愛するのか、愛さないのか。10秒以内に決めて」
フォークでぐさりとベーコンを突き刺す姿が、僕の運命のように思えた。つばを飲み込みそこねて、むせこんでしまう。
「10、9、8……」
むせている間にも、カウントダウンは続く。答えられなかった時の運命など、語るまでもない。
「分かった。愛する。愛するから!」
「じゃあ、これに名前を書いておいてね。明日になったら、私に渡して」
そう言って、紙を差し出される。受け取るや否や、彼女は去っていった。
手元の紙を見ると、婚姻届と書かれていた。本気だという言葉は、どこまでも事実だったようだ。
どうやら僕は、初めての彼女と人生の墓場に入ってしまうらしい。火葬場は、もう目の前に迫ってきていた。