☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜   作:人見小夜子腹パン部

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帰還紙片

 

 

「次が本命です」

 

1時間の休憩を終えての午後の部。

 

 ざわめきが、少しだけ止まる。

 

 壇上の袖。

 安里真由は後ろで、もう帰ってぬっくぬくのお布団で寝たい、と顔に書いてあった。

 服装も化粧も外向きに整えているのに、表情の奥にある「本日の社会活動は十分では?」という怠惰だけは隠せていない。

 

 大伴円は壁際で腕を組み、人の熱気そのものを少しだけ愉快そうに見ていた。

 群衆へ混ざるのは嫌いだが、群衆が何かに目の色を変える瞬間を見るのは嫌いじゃない、そんな顔だ。

 

「まだやるの?」  真由が心底うんざりした声音で言う。 「ええ。むしろ、こっちの方が重要です」 「そういう時のあなた、だいたい厄介なのよね」 「知ってます」 「自覚あるの最悪だわ」

 

 俺は三つ目の箱を持ち上げた。

 

 中に入っているのは、あまりにも地味な代物だった。

 薄い紙片。

 術式のようなものが刷り込まれた、手のひら大の札。

 鬼哭刀のあとに出すには、拍子抜けするくらい貧相である。

 

「【帰還の紙片】です」

 

 会場の熱が、一段だけ戸惑いへ沈む。

 誰もが「次はどんな壊れ武器だ」と思っていた顔をしている。

 その温度差がちょうどいい。

 

「これは武器ではありません。地味なアイテムです」

 

 一拍置いて、言う。

 

「でも、今日いちばん重要なアイテムです」

 

 今度は、ざわめきの質が変わった。

 強い、ではなく、何だそれは、のざわめきだ。

 

 俺は紙片を一枚つまみ上げ、会場全体へ見せる。

 

「ダンジョン内で使用した場合、使用者を登録済みの生活拠点、あるいはダンジョン入口まで強制帰還させます」

 

 ――その瞬間。

 

 壇上脇に立っていた鈴木碧の指が、マイクの柄を強く握った。

 

 ほんの一秒。

 だが、その一秒の沈黙に、あいつの頭の中で何が走ったかはだいたい分かる。

 

 交通インフラの崩壊。

 居住地の意味の変質。

 プライバシーの概念の崩壊。

 通勤通学の再定義。

 拠点襲撃。

 誘拐。

 拉致。

 暗殺。

 国家境界線の価値の揺らぎ。

 以下エトセトラ、エトセトラ。

 

 概念爆弾。

 しかも、それが三十万枚ある。

 

 配布前に殺すか?

 人類のために?

 国家のために?

 そういう結論へ、一瞬だけ思考が飛んでだのが鈍い俺にもわかった。

 

 だが、無理だ。

 

その表情が物語っていた

 

 戦術級兵器でも無いと、この男は止められない。

 止めたとして、損の方が大きい。

 【魔石】も、【種火】も、流通も、育成環境も、あまりにもこいつの知識と行動へ依存しすぎている。

 何より――怪物なりに、人間を愛しているこいつを、ここで排除するのは、鈴木の性分に合わない。

 

 たぶんそこまで一瞬で走ったのだろう。

 止めに入ろうと、マイクを持ち上げかけた、その直前。

 

「一応、先に言っておきます」

 

 俺は紙片をひらひら振りながら、淡々と続けた。

 

「これ、犯罪に使えそうだな、というのは抽象的には正しいです。なので、社会にとって不利益になる用途にはロックをかけてあります」

 

 鈴木の手が止まる。

 

「基本的に飛べる先は、使用者本人が継続的な生活拠点と認識し、なおかつ事前登録された場所だけです。

 自宅。実家。所属クランの登録拠点。

 あるいはダンジョン入口。

 それ以外には飛べません。

 他人宅、公共中枢、金融施設、軍事施設、知らない空き部屋、そういう類は全部弾きます。実際はこの数億倍の制約をかけてめちゃくちゃ細かいロックで抜け道を全部潰されています。そういうアイテムです」

 

 俺もこれの悪用ができないか色々したからこそ分かる。

 

 鈴木が、静かにマイクを下ろした。

 

 危ない。

 危なすぎる。

 だが、最悪ではない。

 使える。

 管理可能だ。

 国家にとっての純損ではない。

 

 その判断が、遠目にも見て取れた。

 

 会場は逆に、そこまで言われて初めて価値を理解したらしい。

 どよめきが一気に膨らむ。

 

「は!?」 「自宅!?」 「ダンジョン入口に戻れるってことは」 「え、死なずに済むやつ?」 「いや待て、それより家帰れるの?」 「通勤どうなんだよそれ!」

 

 それを尻目に俺は、はっきり区切る。

 

「強い武器は勝率を上げます」

 

 ざわめきが少し落ちる。

 

「でも、帰還の紙片は生還率を上げる」

 

 視線が集まる。

 

「この二つは別物です」

 

 隣の実演ダンジョン区画へ合図を送る。

 大型モニターに、また別の映像が映る。

 

 今度の協力者は、レベル8の☆2探索者。

 ごく普通の、覚醒直後を少し抜けた程度の若い男だ。

 装備も平凡。

 低級剣と、【鉱石】シリーズの最低限の防具。

 目玉実演に立つには頼りないくらい頼りない。

 

 だが、だからこそいい。

 

 F級ダンジョン。

 魔物三体。

 囲まれかける。

 男の動きが乱れる。

 足が止まる。

 観客席の初心者たちが、見ていて嫌な顔になる。自分でもあり得る状況だからだ。

 

「今です。使ってください」

 

 男が、震える手で紙片を握り潰す。

 

 一瞬、白い線が足元へ走る。

 次の瞬間、姿が消えた。

 

 そして、会場の隣、観覧通路の入口側安全区画に、男が尻もちをついた状態で転がり出る。

 息を切らし、顔面蒼白で、それでも生きていた。

 

 会場が、静かになった。

 

 鬼哭刀の時の歓声とは違う。

 シガテラの時の興奮とも違う。

 

 理解の沈黙だった。

 

 ああ、これがあれば死なずに済む。

 ああ、これを持っていれば、逃げていい。

 ああ、自分みたいなやつでも、一回は帰れる。

 

 その理解が、会場を静かに殴っていた。

 

「……これ、今日いちばん重要じゃない?」

 

 真由が、珍しく真面目な声で言った。

 

「ええ。だからクラン発表で沸いてる中、今出しました」

 

 若い探索者の顔が変わる。

 さっきまで鬼哭刀の時は目を輝かせていたのに、今はみんな真顔だった。

 加工職は値段ではなく、供給量と量産可能性を計算し始めている。

 企業担当は「福利厚生」「標準支給」「事故率低下」という単語で頭を回し、

 警備側は「これ流通したら救助要請の質が変わる」と理解して顔をしかめている。

 中堅探索者の何人かは、「これを持っていれば無茶が利く」と考えた顔をしていた。

 反社崩れみたいな目つきの連中は、たぶんもう偽物の流通を思いついている。

 

 初心者だけが、純粋に本気で欲しがっていた。

 

 それがいい。

 

「高レアが強いのは事実です」

 

 俺は続ける。

 

「でもその前に、死んだら終わりでしょう」

 

 少しだけ、空気が張る。

 

「育成途中の個体が、仕様も知らないまま雑にキャラロストするのが一番無駄なんです」

 

 その言葉には、自分でも少し熱が混じっているのが分かった。

 怒りとも嫌悪ともつかない、あの感じだ。

 

 知らないまま死ぬ。

 弱いまま捨てられる。

 装備も、知識も、試行も無いまま、ただ格下だからと死体になる。

 

 灯真の憤怒。

 そして異常性。

 

 観客の何人かが、そこで一歩だけ引いた。

 こいつは善人だからこれを配るんじゃない。

 死なれるのが、育成環境として気に食わないから配るんだ。

 その歪さに、遅れて気づいた顔だった。

 

 それでいい。

 

「逃げるな、じゃない」

 

 俺は最後に言う。

 

「帰って育て直せ、です」

 

 それだけ言って、マイクを置いた。

 

 十分だ。

 これ以上は蛇足になる。

 

 壇上から降りる。

 係員がすぐに引き継ぎへ走り、鈴木が一瞬だけこちらを見た。

 胃痛と安堵と諦めが、綺麗に混ざった顔だった。

 

 俺はそのまま退場する。

 

     ◇

 

 まだ、オークションは続いていた。

 

 アクセサリ枠の新たなカテゴリ【召喚石】。

 B級アーティファクトの【ペインチェイサー】を筆頭に、目玉商品そのものはちゃんと残っている。

 金を出したい連中はいる。

 流したい装備も素材も、まだいくらでもある。

 市場として見れば、これからが本番だ。

 

 だが、会場のざわめきは止まらなかった。

 

 もう、剣の話だけじゃない。

 状態異常剣の再現性でも、鬼種特攻の価格でもない。

 

 帰れる。

 帰れるかもしれない。

 帰って、またやり直せる。

 

 その一点が、探索者たちの顔を変えていた。

 

 低レアは目を剥いて問い合わせる。

 中堅は支給枠や購入上限を確認する。

 企業は団体調達の窓口を探す。

 政府は流通管理と偽造対策で死にそうになる。

 反社は絶対に何か企んでいる。

 加工職は、これは量産じゃなく配給設計の問題だと気づく。

 

 たった一枚の地味な紙切れが、

 武器より大きく社会を揺らしていた。

 

 悪くない。

 いや、かなり良い。

 

 鬼哭刀とシガテラで、強さの見せ方は変えた。

 帰還の紙片で、生き延び方の前提まで変えた。

 

 これでようやく、探索者社会の入口が整い始める。

 

 会場の外では、たぶんもうニュース速報が回っている。

 企業は福利厚生としての配備を考える。

 自治体は避難所への常備を言い出す。

 クランは標準支給装備に組み込みたがる。

 政府は「インフラとして配るか」「統制下に置くか」で揉める。

 そして攻略Wikiのアクセスは、また爆発する。

 

 結構なことだ。

 

 真由が、後ろからだるそうに寄ってきた。

 

「……もう十分働いたでしょう、私たち」 「まだ始まったばかりですよ」 「嫌なこと言うのやめなさいよ」 「今日はこれから応募者の選別もあります」 「ほんと最悪ね……」 「でも帰りたくはあるでしょう」 「帰りたいわよ。そりゃ帰りたいわよ。今すぐあったかい部屋とぬくぬくのお布団とスマホと買い置きのカップラーメン中本が恋しいわ」

 

 そうだろう。

 だから配るのだ。

 そういう当たり前の生活圏へ、ちゃんと帰れる道具を。

 

 大伴円は少し離れたところで、まだ会場の熱気を眺めていた。

 

「すげえっすね。

 剣より、あの紙の方で空気変わるんだ」

 

「そっちの方が、死ぬか生きるかに直結しますからね」 「……まあ、そりゃそうか」

 

 少しだけ、納得したように言う。

 それから、ぽつりと続けた。

 

「来るっすね。人」 「来ます」 「面倒なのも」 「大量に」 「はあ……」 「でも、その中にいますよ」

 

 円が、こちらを見る。

 

「当たりが?」 「ええ。まだ自分の価値を分かっていないやつが」

 

 この会場で見た。

 

 鬼哭刀で顔色を変えたファイター。

 

 

 奴こそがエリュシオンのタンカーだ。

 




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