☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜   作:人見小夜子腹パン部

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雪華城壁

政府が主導する公認オークションにて、俺が永久水筒と識別紙片をばら撒いてから、社会の回り方はまた一段、明確に変わった。

 

 永久水筒は、最初こそ「ただの魔法のでかい水筒」くらいの扱いだった。

 容量が多い。ぬるくなりにくい。便利そう。せいぜいその程度の認識で、最初の数日はSNSでも「キャンプに欲しい」「夏コミの熱中症対策で役立つ」みたいな、だいぶ平和で能天気な感想が並んでいた。

 

 だが、輸液、保存液、調味液、工業薬品、血液製剤といった“液体であること自体に意味があるもの”を大量に、温度も鮮度も完璧に保ったまま運べると分かった瞬間、医療と物流業界の顔色が劇的に変わった。

 病院は狂喜し、役所は配分で揉め、企業は量産の目処も無いのに大掛かりな導入計画だけを立て始めた。

 地方の診療所で貴重な薬が腐らなくなる。災害拠点で輸液の持ちが圧倒的に違う。工場は冷却液や特殊溶剤の輸送コストが劇的に落ちる。

 食い物の世界でも、スープ、ソース、油、乳製品といった“雑に運ぶと味も品質も死ぬもの”の流通が、少しずつだが確実に安定し始めた。

 

 最初はただの便利グッズ扱いだったものが、数日で「インフラを根底から殴りつける地味な革命」へと変わる。

 こういう瞬間は、見ていてだいぶ気持ちいい。

 華々しい英雄譚にはならない。誰も剣を振らない。誰も巨大なボスを倒さない。それでも、こういう地味な道具の方が、社会全体の形をよほど決定的に変形させる。

 

 識別紙片の効果も大きい。

 

 未鑑定の遺物や装備を、効果を知らないまま握って死ぬ、というしょうもない事故が目に見えて減った。

 呪物をアクセサリ感覚でつけて死にかける馬鹿。劇薬を回復薬だと思って飲む馬鹿。得体の知れない札を面白半分に燃やして部屋ごと致死性の煙で燻される馬鹿。「剣から変な声がするけど強そうなので使い続けてます」とかいう、笑えない相談を平然と送ってくる馬鹿。

 そういう初歩的な死に方が減るだけで、探索者社会の生存率はだいぶマシになる。

 

 地味だ。

 どっちも派手な英雄譚にはならない。ニュースの映像映えもしない。

 だが、社会ってのはだいたいこういう地味な道具の暴力で殴った方がよく変形する。

 

 その象徴みたいな話が一つある。

 あのココイチが、安くなったのだ。

 

 値上げ一辺倒だったココイチが、ごくわずかだが値下げした。

 ニュースでその文字を見た時、俺は正直かなり笑った。物価高だの好景気だの探索者需要だので、外食産業は全部値上がりする側だと思っていた。

 だが実際には、魔石電力の普及と物流の再編、それから永久水筒みたいなふざけた保存運搬アーティファクトのせいで、チェーン店の一部はスープと油とルウの管理が前より劇的に楽になったらしい。

 好景気で人手も金も足りないのに、インフラ側の効率化がそれを上回って、一部商品だけ価格が下がる。世界が狂っている時の値札は、たまにそういう気持ち悪い動きをする。

 

 しかも、値上がりのニュースより「ちょっと安くなった」ニュースの方が、人間は妙に嬉しそうに受け取る。希望というほど大袈裟じゃないが、自分たちの生活がまだ完全には壊れていないと感じられるからだろう。

 永久水筒一つでそんな実感が社会に生まれるなら、ばら撒いた価値は十分にある。

 

 で、その値下がりしたココイチが、今日の待ち合わせ場所だった。

 

 店の前へ着いた時点で、少しだけ笑いそうになる。

 安里真由も、大伴円も、そして今から会う平良久連も、結局ここへ呼ぶことになるのか、と。

 早い。温かい。量が読める。長居しようと思えばそれなりにできる。

 人をスカウトする場所としてどうかと言われると微妙だが、変に格式ばった高級店よりははるかに会話しやすい。

 

 しかも今は、ほんの少しだけ安い。

 新世界秩序だの魔石経済圏だの探索者育成環境だの、大仰な言葉はいくらでも並ぶが、そういう時代の変化を一番リアルに実感するのは、案外こういう「いつもの昼飯」が数十円安くなった瞬間だったりする。

 人間の実感って、国家予算や電力網より、昼飯の値段の方がずっと早く届くのだ。

 

 俺は先に席へ着き、メニューもろくに見ずに十辛を頼んだ。辛味スパイスも追加。

 もはや食事というより儀式である。これを食って胃を焼いている時だけは、なんとなく世界の異常な回転速度へ身体の方がついてくる気がする。

 

 しばらくして、平良久連が店に入ってきた。

 

 第一印象は、長い、だった。

 身長一七五センチ。女としてはかなり高い。しかも痩せ気味で、姿勢もどこか芯が入りすぎて真っ直ぐすぎるせいで、余計に縦へ伸びて見える。

 

 顔立ちは整っている方だろう。だが、その整い方が華やかさではなく、明確に陰鬱さの方へ寄っている。

 目元がひどく暗い。顔色も良くない。綺麗とか美人とか言う前に、先に「ちゃんと寝てるか?」と聞きたくなる類の、疲弊しきった見た目だ。

 

 服装は地味。高くも安くもないが、機能性だけを優先して選んだ感じの外出着。靴は歩きやすさ重視。バッグも飾り気がない。

 全体として、自分の人生に余計なものを一切足さない人間の格好をしている。そのくせ、目だけはずっと周囲の何かへ過敏に警戒していた。

 

 平良久連。探索者。

 利他的。ボランティア気質。ダンジョン出現初期の最も危険な時期にも、己の命を顧みずに真っ先に現場を駆けずり回っていた女。

 

 要するに、壊れている。

 

「……平良久連です」

「火賀灯真です。どうぞ」

「失礼します」

 

 丁寧だ。必要以上に愛想はないが、雑でもない。

 席へ着く所作も、メニューの開き方も、水を持ってきた店員への応対も、妙にきっちりしている。こういう人間は、中身が壊れているくせに、他人に対してだけは絶対に失礼でいたくないタイプだ。面倒くさいが、嫌いじゃない。

 

 そして彼女は、値段を見る。

 

「小で」

「奢りますよ」

「いえ」

 

 即答だった。

 

「自分の分は自分で払います」

「そうですか」

「はい」

 

 丁寧だ。だが、きっぱりしている。

 遠慮というより、明確な線引きに近い。この場で、俺という見知らぬ人間に一切の借りを作らないと固く決めている声だった。

 俺は短く頷くだけにした。そこを無理に崩しても意味がない。

 

 久連は小サイズのカレーを頼んだ。トッピングも無し。

 水を一口飲んで、それからようやく俺の目を真っ直ぐに見た。

 

「……それで、お話というのは」

「単刀直入に言います」

 

 俺はポケットから一枚の紙片を出した。

 高位鑑定紙片。

 

 便利すぎる。倫理もへったくれもない。

 対象のスキルと適性、それから本人すら他人に知られたくない過去の傷まで、割と容赦なく抉り出す。世に広く流通したらプライバシーの概念がだいぶ終わる類のアーティファクトだ。

 

「高位鑑定で、貴方の情報を見ました」

「……は?」

 

 久連の能面のような表情が、初めて大きく揺れた。

 驚き。警戒。そして、強烈な不快感。全部が一気に混ざり合う。

 

「最悪ですね」

「分かります」

「分かってるなら、どうしてそういうことを平然と言うんですか」

「隠しても仕方ないので」

 

 久連はしばらく黙っていた。怒って席を立つほどではない。だが、俺に対する警戒の濃度が一段跳ね上がったのは分かる。

 

 当然だ。

 こいつの過去は、重い。

 

 幸せな幼少期。

 大好きな両親が、火事で自分を庇って死んだ。しかもただ死んだんじゃない。炎に焼かれながら、最後まで自分に「幸せに生きてほしい」と願い、微笑んで死んだ。

 それを見た。見てしまったのだ。

 壊れないわけがない。

 

 以降の平良久連は、助けられた分の命を世界へ無理やり返そうと足掻く、悲しい機械になった。

 人助け。ボランティア。危険地帯への突入。自分の損得や安全をすべて後回しにして、誰かのために動く。

 利他的と言えば聞こえはいいが、実態はサバイバーズ・ギルトがそのまま人の形を取って歩いているようなものだ。

 

 そして今の久連は、死なないために戦っているんじゃない。

 死んでもいい前提で、ただまだ死んでいないだけだ。

 

 正直、哀れだと思う。なんとかしてやりたい、とも思う。

 だが、それを優しい言葉で説得して救えるほど、俺は対人能力が高くない。こいつほど露骨な自己犠牲タイプなら、きっと今までにも何人もの善人が手を差し伸べただろう。それでも救えなかったのだ。なら、俺の言葉など届くはずがない。

 

 ただ――システムは、たまに人の言葉より強い。

 

「まずスキルの話をします」

 

 俺は紙片をテーブルへ置き、視界の端に簡易ウィンドウを展開した。

 

==================

【平良久連】

クラス:【ファイター】

レアリティ:☆3

固有スキル:【十二試練】

==================

 

==================

【十二試練】

自身が“死”として判定されるたび、敵対対象すべての攻撃行動を二秒間停止させる。

発動回数上限:12。

「死を数えるたび、世界はわずかに膝をつく」

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「……見たままですね」

 

 久連が低く、冷たく言った。

 

「クソスキルです。自分が死なないと発動しない」

「一見そうです」

「一見じゃなく、そうでしょう」

「では、何故回数制限が『十二回』もあると思います?」

 

 久連の目が、そこで初めてすっと細くなった。

 怒りではなく、深い思考の顔だ。

 

「……」

「一回しか死ねないなら、一回で終わるはずでしょう」

「……」

「なのに十二回ある」

 

 久連はそこで、ちゃんと頭を回した。

 ただ「自分は不幸でひどい能力だ」と嘆く人間じゃない。仕様の歪みへ食いつく。設計の意図の方を見ようとする。

 

 いい。やっぱり当たりだ。

 

「答えは単純です。ガッツ(致死ダメージをHP1で耐える効果)で耐える挙動も、システム上は『死』としてカウントされるからです」

 

 久連の落ち着いていた声が、そこで本気で揺れた。

 

「…………は?」

「つまりこのスキルは、キャラロスト前提の捨て身のクソスキルじゃない。ガッツを積めば積むほど、『死にかけて敵の動きを強制的に止める』を繰り返せる、最強の制圧スキルです」

 

 久連はしばらく言葉を失っていた。

 当然だ。本人は今までずっと、自分の固有スキルを“自分が死んだ時だけ発動する終わった能力”だと思っていたのだから。しかも、それを前提に自分を「世界へ命を返す最後の道具」みたいに扱っていた節がある。笑えない。

 

「……そんな仕様、分かるわけ」

「分かりませんね。普通は」

 

 そこで料理が運ばれてきた。

 

 俺の十辛。久連の小サイズカレー。

 地獄のように真っ赤なルウと、妙に慎ましい小盛りの対比がひどい。

 

 久連は食事の手を進めようとしたが、動きが止まった。頭がまだそっちへ回っていない。

 

「今の貴方の戦い方は、たぶん普通のファイター寄りでしょう」

「……」

「中途半端に耐えて、中途半端に殴る。固有スキルを無意識に怖がって、本当の死線へ踏み込めていない。だから、ポテンシャルに対してかなり弱い」

 

 そこは否定しなかった。図星だったのだろう。

 

「だから次の話をします」

 

 俺はスマホを操作した。画面に映し出すのは、久連の家に勝手に贈った商品、その配送証明書。

 

 ダンジョン産の日用品。乾燥食材。保存食。永久水筒。防災用品。毛布。小型家電。娯楽品。生活用品。

 山だ。わりと引く量だ。送り付けた側の俺でも少し引く。

 

 久連の目が見開かれる。

 

「……これ」

「送りました」

「あなたが送ってたんですか?」

「はい」

「……ストーカーみたいで気味が悪くて、受け取り拒否しようとしたんですが」

「まあそうなりますね」

 

 当然だ。俺だって知らないやつからオーバーテクノロジーな品々が大量に届いたら怖い。しかもよりによって、生活の隙間を埋めるような中途半端な優しさの詰め合わせだ。気持ち悪いことこの上ない。

 

 ただ、受け取りの有無にかかわらずシステム上の効果は出る。

 

「受け取る気はありません」

「でしょうね」

「じゃあ何故こんなものを」

「好感度上昇です」

「……は?」

 

 俺はもう一度はっきりと言う。

 

「カテゴリ【プレゼント】として送りました。この世界、アイテムを渡して好感度を上げる仕組みがあるんですよ」

 

 久連が本気で、汚物でも見るような嫌そうな顔をした。

 

「その言い方、本当に人を馬鹿にしてません?」

「してません。システムの話です」

 

 俺は追加でウィンドウを出す。

 

==================

【好感度】

特定人物へ、嗜好・必要性・文脈に合致した贈与を行うことで上昇する隠し数値。

一定値到達時、専用イベント・専用装備・特性補正が解放される場合がある。

==================

 

「言葉通りの“人間的な好き嫌い”ではありません。あくまでシステム上の数値です。そしてMAXまで上げると、専用装備が手に入る場合があります」

「場合、ですか」

「ええ。基本クソ性能です」

「基本」

「でも、たまにエグい当たりがある」

 

 久連はまだ嫌そうだったが、話そのものは真剣に聞いている。感情的な嫌悪感と、探索者としての合理性が綱引きしている顔だ。

 それでいい。狂った話にすぐ納得されるより、ずっとまともだ。

 

「貴方の専用装備は、大当たりです」

 

 俺はさらに画面を切り替えた。

 

==================

【雪華城壁】

分類:アクセサリ

効果:戦闘開始時、自身へ【ガッツ】を3回付与する

解説:

砕けながらなお立つ者のための白銀の城壁。

守るために壊れることを前提とし、それでも崩れきらない意志へだけ応える。

==================

 

 久連の動きが、完全に止まった。

 

「……三回」

「はい。戦闘開始時点で無条件に三回です」

「……」

「さらに、こっちもあります」

 

==================

【不屈巡礼の喪布】

分類:防具

効果:20秒に1回、自身へ【ガッツ】を1回付与する

解説:

喪に服したまま戦場を歩く者のための黒布。

壊れてもなお歩けと、着る者の死を遅延させ続ける。

==================

 

 久連の顔が硬直する。

 

 まあ、そうなる。

 【十二試練】持ちにとって、ガッツ付与はそのまま「擬似死亡回数の増加」を意味する。

 スキルの本質が根底から変わる。「自分が死んだら一回だけ敵を止める」ではなく、「死にかけるたびに敵を止める」へ変わる。単なる悲劇的な捨て身から、凶悪な戦術へ変わる。

 

「最後に武器」

 

 俺はさらにデータを出す。

 

==================

【狂哭断頭斧】

分類:斧

効果:与ダメージ1.5倍(乗算枠)/被ダメージ2倍

解説:

喚きながら前へ出る者のための狂斧。

守りを捨て、痛みを受け入れ、それでも一歩深く踏み込む者にだけ牙を剥く。

==================

 

「……被ダメージ倍」

「ええ。装甲は紙になります」

「なのに私に?」

「だからこそです」

 

 俺は十辛のカレーを一口入れ、胃を焼きながら言う。

 

「今の貴方に最適なのは、たぶん斧軸です。防御を捨ててでも、自分から先に壊しに行く。どうせ死ぬなら、死にかけながら敵を止める。止めるなら、その隙に一発でも多く重い一撃を叩き込む。そういうバーサーカービルドです」

「……最悪の設計ですね」

「最高の褒め言葉でしょう」

「褒めてません」

 

 だが、その声に完全な拒絶はない。

 感情の前に、理屈の理解が先に来ている。

 

「保険もあります」

 

 さらにウィンドウを展開する。

 

==================

【身代わりの石】

分類:魔石変化アイテム

効果:致死ダメージを一度だけ肩代わりし、破壊される

解説:

割れることで、主の代わりに死を引き受ける小石。

一回きり。

だからこそ重い。

==================

 

「これは俺も、円も、真由も持ってます」

「……」

「死ぬ可能性があるなら、保険は積めるだけ積むべきです」

 

 久連は小盛りのカレーを、ようやく一口食べた。だが、味なんてほとんど分かっていないだろう。舌がそっちへ回る状態じゃない。

 

「貴方のスキルは、一見クソです。でも【死滅願望】みたいな完全なシステムバグの規格外を除けば、タイマン戦力としては最上位へ行ける」

「そんなに」

「行けます。ガッツが死としてカウントされるなら、【十二試練】は実質不死身のバーサーカー系制圧スキルです。死にかけるたび相手の手が止まる。止まった相手へ、狂化斧を叩き込む。それを複数回やる。普通に強い」

 

 久連は黙ったままだった。

 警戒もある。疑いもある。だが、それ以上に、自分の知らない自分の価値の説明を受けている人間の顔になっていた。

 

 そして俺は、一番重くて面倒な札を切る。

 

「最後に、もう一つだけ」

 

 久連の目が上がる。

 

「SSS級アーティファクト【ユグドラシルの雫】。あれには、死者蘇生ができる可能性があります。確定ではない。でも、かなり可能性は高い」

 

「は?」

 

 そこで、久連の表情が初めて本気で崩れた。

 

 怒りでもない。泣きでもない。

 壊れた人間が、壊れたまま長く、誰にも触らせずに握りしめていた一番柔らかい部分へ、急に指を突っ込まれた時の顔だった。綺麗に抑え込んでいた感情が、一瞬だけ処理に追いつかなくなる顔。

 

「それ、は……」

「貴方のご両親も、生き返らせられるかもしれない」

 

 沈黙。

 ひどく、長かった。

 

 俺は余計な言葉を足さない。足せない。そういう場面じゃない。

 

 久連が今、自分の両親の死をどう見ているのか。

 美しい思い出なのか。生き残ってしまった罪悪感なのか。命を賭して返済すべき借りなのか。あるいは、幸せになれという最期の願いに応えられていない自分への呪いなのか。

 たぶん、その全部だ。

 

 正直に言えば、哀れだと思う。なんとかしてやりたいとも思う。

 だが、言葉で心を救う才能は俺にはない。だからこうやって、冷酷なシステムと装備と可能性を並べるしかない。俺が彼女に差し出せるのは、温かい慰めではなく、攻略情報だけだ。

 

 久連の指先が、テーブルの上で少しだけ震えていた。

 それでも声を崩さずに次を問うあたり、この女はかなり強い。

 

「……それで」

「はい」

「あなたは、私にどうしてほしいんですか」

 

 ようやく、そこへ来た。

 

「育ってください」

「……」

「貴方は、素晴らしい当たり個体です」

「人をそういう言い方するんですね」

「します」

 

 そこは絶対に否定しない。

 

「そして、中国のS級ダンジョン【汝、苦痛を愛せよ】の攻略面子に入ってほしい」

 

 久連の目が細くなる。

 

「危険ですよね」

「かなり」

「死ぬ可能性は」

「高い」

「……」

「でも、保険は積みます。育成もします。雑に死なせる気はありません」

 

 久連はカレーを見下ろし、それから小さく、震える息を吐き出した。

 

「……私、たぶん」

「はい」

「今まで何人も、救おうとしてくれた人がいたんです」

 

 知ってる。高位鑑定紙片は、そういう痛々しい過去まで見せる。

 

「でも、駄目でした」

「でしょうね」

「……あなたも、私の心は救えないと思います」

「たぶんそうです」

 

 そこで、久連は少しだけ笑った。笑ったというより、強張った口元がわずかに歪んだ程度だが。

 

「そこ、否定しないんですね」

「できないので」

「変な人ですね」

「よく言われます」

 

 数秒の静寂。

 

「……でも」

 

 久連は、ゆっくりと顔を上げた。その目には、確かな光があった。

 

「使うことは、できますか」

「何を」

「その……私の壊れ方を。スキルとか、装備とか、そういうシステム的なもので」

 

 かなり踏み込んだ言い方だった。

 心を救ってほしい、ではない。壊れたままで構わないから、戦力として使える形にしてほしい、という言い方だ。だいぶ末期だが、少なくとも極めて現実的ではある。

 

 俺は即答する。

 

「できます」

 

 そこでようやく、平良久連は食事を再開した。

 

「じゃあ」

 

 まっすぐに俺を見る。

 

「しばらく、付き合います」

 

 悪くない。いや、かなり良い。

 俺は深く頷いた。

 

「了解です」

 

 久連はまた小盛りのカレーへ視線を落とした。

 食べ方は、相変わらず丁寧だった。だが、最初よりは少しだけ、手の震えが減っていた。少なくとも、“ただ過去の罪悪感に追われて座っている人間”の動きではなくなっていた。

 

 この女は壊れている。心は救えないかもしれない。たぶん、俺に優しい言葉でできることは少ない。

 それでも。

 

 装備を持たせる。ガッツを積む。死を止める。死を使う。帰らせる。育てる。

 システム的にでも、戦術的にでも、未来の選択肢を一つ増やすことはできるかもしれない。

 

 それで十分だ。少なくとも今は。

 

 俺は十辛の残りを食いながら、次の育成計画を頭の中で猛烈な勢いで組み始めた。

 

 雪華城壁。不屈巡礼の喪布。狂哭断頭斧。身代わりの石。帰還の紙片。

 そして、その先にあるユグドラシルの雫。

 

 やることは多い。非常に面倒だ。

 だが、面倒なほど楽しい。

 

 平良久連。【十二試練】持ち。壊れた善人。

 最高の、かなりの当たりだ。

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