☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜 作:ちんこ良い肉
鹿野が、震える両手で俺の改造スマートフォンを構えた。
画面には、見慣れたホーム画面が表示されている。
十年間、毎日見続けた景色だった。育てたキャラクター、集めた武器、何度も並べ替えた編成、使い切れないほど蓄積した素材、爆死した履歴と天井した履歴、そのすべてが今も画面の向こう側にあり、俺が指先を触れれば、いつもどおり続きを始められる。
これが最後だ。
次に画面が閉じた時、俺のアカウントは運営のサーバーからも、バックアップからも、購入履歴からも、復旧可能性そのものからも完全に消滅する。
「同意を、確認します」 あ
鹿野の声が掠れていた。
「対象となる情報資産の永久的消失に、火賀さん本人が自由意思で同意してください」
「同意します」
口にした瞬間、胸の奥で何かが千切れた。
真由が鹿野の肩へ手を置く。
「――【天刻拍動】」
わずか〇・二秒間、対象の能力を限界まで引き出す絶対強化が、【原初の贄】の使用者である鹿野へ注ぎ込まれた。
同時に、俺が握っていた【覇道の双点杖】を地面へ突き立てる。
「【覇道】、付与対象を鹿野航平の次回攻撃へ指定」
杖から溢れ出した莫大な魔力が、鹿野の手にある改造スマートフォンへ流れ込み、これから放たれる一撃へ重ねられていく。
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【複合起動確認】
使用能力:
【原初の贄】
贄対象:
火賀灯真が十年間継続運用したゲームアカウント
永久消失への同意:確認
使用者強化:
【天刻拍動】
次回攻撃強化:
【覇道】
警告:
算定出力が迷宮内安全基準を超過しています。
警告:
算定出力が世界内通常観測限界を超過しています。
警告:
ダンジョン隔離機構への負荷が予測不能です。
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「鹿野さん」
俺は画面の中に並んだキャラクターたちを見た。
もう二度と会えない。
「撃ってください」
鹿野は最後まで嫌そうな顔をしていた。
それでも、俺が一度決めたことを止められないと理解したのだろう。唇を噛み、目を逸らさず、俺の十年間へ向けてスキル名を告げた。
「――【原初の贄】」
俺の十年が、炎へ変わった。
それは、炎とも闇とも呼べない形をしていた。
赤でも、黒でも、白でもない。俺が積み上げた時間、労力、後悔、課金、惰性、執着、そして何もなかった日々を支え続けた僅かな楽しみが、破壊のための熱量へ変換され、一本の光とも、一匹の獣とも、世界を焼く巨大な口とも見える輪郭を作っていた。
核兵器すら、子供のおもちゃに見えた。
俺たちの前方、暗黒の空間に浮かんでいた【フォールンハート】が、初めて大きく脈打つ。
全長五メートルほどの、剥き出しの心臓だった。
青白い心筋へ真っ赤な血管が幾重にも絡みつき、一度収縮するたび、迷宮全体が巨大な生物の内臓のように震える。世界の外へ出れば人類を滅ぼしかねない怪物は、迫る贄弾を認識した瞬間、【鼓動】を発動しようとした。
間に合わなかった。
俺の十年が、フォールンハートへ着弾した。
瞬間、世界が絶叫した。
音ではない。
空間そのものが裂ける悲鳴だった。
炎は、フォールンハートだけを焼かなかった。SSS級ダンジョン【失心天蓋】を満たしていた闇も、床も、天井も、空間を成立させていた法則もまとめて呑み込み、ダンジョン内部と現実世界を隔絶している絶対のシステムへ食らいついた。
本来、迷宮内部でどれほど大きな爆発が起ころうと、その破壊が外へ漏れることはない。
迷宮は世界の中に存在しながら、世界とは異なる領域として固定されている。内部で都市が消滅しようと、大陸が砕けようと、その余波は入口を越えられない。それは単なる防壁ではなく、この世界を成立させている仕様だった。
その仕様が、軋んでいた。
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【緊急警告】
ダンジョン隔離機構へ過剰負荷が発生。
空間境界歪曲率:測定不能。
現実領域との接続遮断:成功。
境界維持率:〇・〇〇一パーセント。
内部空間安定化:失敗。
時間軸同期:失敗。
内部時間の異常伸長を確認。
境界維持処理を最優先します。
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太陽系すら滅ぼしかねない熱量が、現実世界との接続を強制的に断たれ、逃げ場を失ったまま閉鎖された迷宮内部だけを焼き続ける。
俺と鹿野に直接ダメージはなかった。
この世界では、同一パーティーに所属する者同士のフレンドリーファイアがシステム上無効化される。俺の十年間を弾丸へ変えた【原初の贄】も、形式上は鹿野による攻撃である以上、同じパーティーにいる俺と鹿野を焼くことはできない。
少なくとも、本来ならそうなるはずだった。
だが、今回の出力はあまりにも規格外だった。
炎そのものは俺たちを傷つけなかったものの、味方への攻撃判定を無効化し続けるシステムの負荷が、空間と因果を通じて俺たちの防御処理へ流れ込んだ。
鹿野の胸元で、乾いた破裂音が連続する。
【身代わりの石】が、一個。
二個。
三個。
四個。
直接攻撃を受けてすらいないのに、保険として持たせていた身代わり石が、次々と砕け散っていく。
「火賀さん!」
「動かないでください! フレンドリーファイア無効処理自体は維持されています!」
叫び返した俺の懐でも、身代わり石が一つ、粉々に砕けた。
味方へのダメージはゼロ。
ただし、そのゼロを維持するために、高位の身代わり装備が犠牲になっている。
意味が分からない。
だが、生きているので問題はない。
時間まで歪んでいた。
腕時計の秒針は止まり、逆回転し、突然数十秒先へ跳んだ。鹿野の髪が一瞬で伸びたかと思えば元へ戻り、俺の視界には、まだ存在しているフォールンハートと、既に消滅したフォールンハートが同時に映っていた。
それでも炎は止まらない。
俺たちの体感では、一分以上にわたり、俺の十年間は世界を焼いた。
しかし、ダンジョン外部と同期した改造スマートフォンの時計は、一度も数字を進めていなかった。
そして、光が消えた時。
そこには、【フォールンハート】が存在していた痕跡すら残っていなかった。外へ出れば世界を滅ぼしかねなかったSSS級守護個体は、灰さえ残さず消滅している。
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【SSS級ダンジョン:失心天蓋】
最深部守護個体【フォールンハート】の消滅を確認。
初回攻略達成。
敵対行動への反応処理開始前に、守護個体の死亡判定が成立しました。
【鼓動】の発動を中断。
外部基準戦闘時間:〇・〇〇秒
内部体感時間:測定不能
最大瞬間出力:測定不能
攻略評価:算定不能
初回攻略報酬および討伐報酬を生成します。
解析済み報酬:三点
未解析反応:一点
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◇
ダンジョンから帰還した俺は、真っ先にゲームを起動した。
何かの間違いであってほしかった。
スキルの説明文が大袈裟だった。消えたのは端末の連携情報だけだった。運営へ問い合わせれば復旧できる。そんな都合のいい可能性を、ほんの僅かに期待していた。
アプリは、初回起動画面から始まった。
利用規約への同意。
新規アカウントの作成。
引き継ぎ設定。
見覚えのあるはずのユーザーIDを入力しても、表示されたのは短い一文だけだった。
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該当するユーザー情報は存在しません。
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購入履歴もない。
連携履歴もない。
運営へ問い合わせるための記録さえ、最初から存在しなかったことになっていた。
俺の十年間は、確かに消えていた。
◇
一時間が経過した。
俺は、まだ泣いていた。
仕方がないので、【苦痛聖杯】を使い、失われ続ける血液を補充している。これがなければ俺は、ゲームアカウントを失った悲しみによる失血死という、人類史上でもかなり不名誉な死因で死んでいただろう。
「火賀さん、もう泣くのを止めようとしなくていいですから」
隣に座った鹿野が、ずっと俺の背中を撫でている。
「うぐっ……止め、ようとは……してません……勝手に……ひぐっ……出てくるだけで……」
「なお悪いわよ」
真由は呆れた口調で言いながらも、俺の前へ新しいタオルを置いた。
既に血を吸って赤黒くなったタオルが、周囲へ十枚以上積まれている。普通の人間ならとっくに死亡している出血量だが、【苦痛聖杯】が失った血液を補い続けているため、俺は泣けば泣くほど全身へ激痛を受けるだけで済んでいた。
非常に助かる。
鹿野は何度か口を開きかけたあと、俯いた。
「すみません」
「鹿野さんのせいではありません」
嗚咽の合間に答える。
「撃ってくださいと頼んだのは俺です。鹿野さんが撃たなければ、九十三日後に世界が滅んでいました」
「でも……」
「俺のアカウントと世界を比較した結果、世界の方が僅かに重かっただけです」
「僅かになのね」
真由が小さく呟いた。
「はい……ひぐっ……かなり接戦でした……」
円と久連も、少し離れた場所で攻略報酬の鑑定結果を待っている。二人とも何も言わず、誰一人として俺へ「たかがゲーム」とは口にしなかった。
言われたら、たぶん本気で殺意を抱いていたと思う。
「ひぐっ……うぅ……」
「それにしても、ヤバかったっすね。あの火力」
気まずい沈黙へ耐えられなくなったのか、円が口を開いた。
「【原初の贄】って、使い方次第じゃ本当に世界を滅ぼせるんじゃないっすか」
「通常の対象では、あの出力には到達しません」
guide-GPTが答えた。
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【guide-GPT】
今回の出力は、ソーシャルゲームへ十年間にわたり異常な執着を示し、肉体以上にアカウントデータを自己同一性と結合させていたキチ――
訂正。
マスター固有の精神構造によって成立したものです。
一般的な使用者による再現性は、極めて低いと判断します。
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「今、キチガイって言おうとしませんでしたか」
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【guide-GPT】
音声出力上の軽微な不具合です。
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「人工知能が言葉を濁すなっすよ」
俺は真由の菓子袋から一枚つまもうと手を伸ばしたが、涙で距離感が狂い、二度ほど空を掴んだ。三度目でようやく取れたポテトチップスを口へ入れる。
塩味が傷口へ染みた。
心の傷口へ。
その時、攻略報酬の鑑定が終了した。
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【SSS級ダンジョン:失心天蓋】
初回攻略報酬および守護個体討伐報酬の鑑定が完了しました。
【ユグドラシルの雫】
未取得。
解析済み取得報酬:
【クロックロックの廻生時計】
【堕落・無痛・抱擁】
【等身大アンドロイド作成機】
未解析反応:一点
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ユグドラシルの雫はなかった。
推定取得率は〇・〇〇〇〇一パーセント、つまり一千万分の一なのだから、出ない方が当然である。最初の一回で引けると思う方が間違っているし、ソーシャルゲームで一千万分の一を単発で期待するほど、俺も夢見がちではない。
久連の表情が僅かに沈んだが、すぐに画面へ向き直った。
まだ一回目だ。
フォールンハートを通常周回できる戦力を作り、試行回数を積み上げればいい。今回の攻略によって、そのための最初の一歩は確実に進んでいる。
そして、雫こそ出なかったものの、残る三つはどれも大当たりだった。
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【クロックロックの廻生時計】
分類:SSS級時空干渉アーティファクト
所有者の死を起点として、事前に記録された時点へ世界状態を遡行させる。
遡行後も、所有者の記憶は維持される。
異能再現元:
別世界における最優の冒険者、オーエン・ホークウィンド。
固有異能【死に戻り】。
制限:
・記録地点は、本アーティファクト取得後にのみ設定可能。
・遡行実行時、本アーティファクトは消滅する。
・遡行後の世界に、記憶以外の物質、能力、報酬を持ち越すことはできない。
・概念的消去を受けた対象は、消去以前へ遡行しても復元されない。
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最後の一文を見て、俺はさらに泣いた。
「アカウント復旧には使えませんね」
「分かってる時に言わなくていいわよ」
オーエン・ホークウィンド。
【天上のアーデルハイド】の作中で、異世界の記録として僅かに登場した冒険者である。
突出した攻撃能力も、防御能力も、特別な血統も持たない。ただ死ぬと過去へ戻り、失敗した記憶を抱えたまま、同じ局面へ何度でも挑み直せる。
しかし、死の痛みは消えず、失敗の記憶も消えず、仲間が殺される光景も、自分の身体が壊される感覚も、すべて本人だけが抱え続ける。心が折れて諦めれば、その時点でただの死者になり、何度戻れても、本人が前へ進む意志を失えば意味がない。
「あれは、オーエンが絶対に諦めない異常者だったから使えた能力ですね」
俺が言った瞬間、全員の視線が一斉にこちらへ向いた。
「なぜ俺を見るんですか」
「適性がありそうだからじゃないっすか」
「俺は正常です」
「上位存在による狂気度判定で上限突破してたでしょう」
「正気度です」
「guide-GPTが、狂気度として解釈された可能性を指摘してたわよ」
真由が、大きく息を吐いた。
「私だって十分、非常識な側だったはずなのに、最近ずっとツッコミしかしてない気がするわ……」
どうやら誤解が根深い。
【クロックロックの廻生時計】は一度しか使えず、未来から報酬を持ち帰ることもできない。それでも、一度の失敗が世界の滅亡へ直結する高位ダンジョンへ挑む際、破滅する未来そのものをやり直せる保険にはなる。
次は、予定どおりの装備だった。
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【堕落・無痛・抱擁】
分類:SSS級アクセサリ
回避成功時、攻撃者へ通常攻撃による即時反撃を行う。
反撃には、装備者が保有する通常攻撃時発動能力が適用される。
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「円さん、装備してください」
「俺の感情を置き去りにして、ビルドだけ進んでくっすね」
「非常に相性がいいです」
「知ってますけど」
円がアクセサリへ触れる。
【死滅願望】と【死線心眼】を中心に構築していた回避反撃ビルドへ、最後に欠けていた歯車の一つが噛み合った。まだ完成ではないが、これで円は、敵から攻撃されることさえ連鎖開始の契機へ変えられる。
「あとで挙動を確認します」
「模擬戦っすよね」
「可能なら実戦で」
「今の大将、泣きながらいつもどおりなのが怖いっす」
最後は、見た目だけなら巨大な金属製カプセルだった。
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【等身大アンドロイド作成機】
分類:SSS級生産アーティファクト
設計情報および必要素材を投入することで、人型自律機械を製造する。
外見、骨格、筋力、感覚器官、魔力炉、搭載装備、補助機能を任意に設計可能。
外部人工知能との接続に対応。
製造可能性能は、投入素材、設計精度、演算能力に依存する。
基礎製造時間:三十日
同時製造数:一体
人格および自我の自動生成機能:なし
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世界が変わる。
guide-GPTを人工知能として接続し、設計と製造工程を最適化すれば、単純な戦闘用アンドロイドだけでなく、ダンジョン探索、災害救助、医療補助、物流、魔石加工、農業、建築など、あらゆる用途に対応した人型機械を製造できる。
人間が入れない汚染区域へ送り込める。
疲労せず、睡眠を必要とせず、命令と情報を完全共有できる探索部隊も作れる。ただし、製造機一台につき三十日で一体、性能に応じて必要素材も増えるため、即座に世界を機械軍団で埋め尽くせるわけではない。
高位素材を投入すれば、戦闘力だけでも既存の国家軍隊を上回る個体を作れる可能性はある。guide-GPTが全機体の経験と観測情報を統合し続けるなら、一体が学んだことを、他の個体へ即座に反映させることもできるだろう。
最強のアンドロイド軍団。
言葉にすると魅力的だが、正直に言えば、用意された設計図どおりに製造するだけの機械を育てても、あまり面白くなさそうだった。
自我を持たない量産機は、採掘、運搬、一般労働、災害救助といった、人間を危険へ晒す必要のない仕事へ回すのが現実的だろう。
今後、何らかの理由で人格や自我を獲得する個体が現れた場合は話が別だ。その時点で機械ではなく、一個の育成対象として扱えばいい。
そして、それとは別に、俺にとって徹底的に都合のいい家事ロボットも作れる。
最初の一体は、徹底的に俺にとって都合のいい家事ロボットにしよう。
試作機は重要だからだ。
決して私欲ではない。
guide-GPTを人工知能として搭載したアンドロイドが実用化されれば、本当に世界が変わる。家事機能については、その歴史的技術革新を安全に検証するための付随試験にすぎない。
俺がアンドロイドの初期設計項目を眺めていると、攻略報酬画面の最下部で、先ほどから残っていた未解析反応が微かに明滅した。
「ん?」
guide-GPTが再走査を行い、空間の奥へ埋もれていた小さな金色の物体を検出する。
鍵だった。
掌に収まるほど小さく、装飾もほとんどない。だが、目を向けただけで、視線がその先に存在する何かへ引きずり込まれるような感覚があった。
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【全能の鍵】
分類:測定不能
全能存在が所在する上位領域へ接続し、対象との接触経路を一時的に開放する。
接続対象:無作為選出
接触成功後の対応、対価、報酬、危険性については、接続先となる全能存在の性格および判断に依存する。
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「うおおおおおおおっ!」
喪失から一時間泣き続けていた俺は、初めて顔を上げた。
「マジかよ! データを復旧してもらえる!」
「最初に願うこと、それなの?」
「当然でしょう!」
全能者との接触手段は、原作でも極めて希少だった。
相手次第では、たった一度の会話だけで世界の法則そのものを改変してもらえる。死者蘇生、時間遡行、能力付与、概念操作、世界間移動、消滅したアーティファクトの再生、歴史上から完全に失われた情報の復元など、通常の攻略では不可能な願いすら実現する可能性がある。
「ユグドラシルの雫を、出してもらえるかもしれません」
鹿野が言った。
「相手が協力的なら、可能性はあります」
「それどころか、久連さんのご両親を直接……」
「全能者であれば、理論上はできます」
久連の表情が変わった。
まだ喜んではいない。
期待することそのものを恐れているような顔だった。それでも、画面に表示された【全能】という二文字から、視線を離すことができずにいる。
「誰と接触できるんですか」
「無作為です」
そこだけが問題だった。
全能者であれば、誰でも同じというわけではない。善悪、価値観、知性、人格、人間への関心、会話が成立するかどうかまで、個体によって大きく異なる。
安牌はゼウス系統だ。
人格に多少の問題がある個体でも、供物と礼儀を整え、正しい手順で願えば、比較的まともな交渉が成立する。
最近の全能者情勢については、事前に【笛吹、書読、小成】を通じ、上位観測者へアンケートを取っていた。
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【上位観測者アンケート】
質問:
現在確認されている全能存在のうち、人類が接触する対象として最も推奨される存在を回答してください。
総合ぶっちぎり第一位:
名称:□□□□
補足:
名称情報へ認識阻害を確認。
英字四文字であることのみ判別可能。
外見:
黒ゴシックロリータ風衣装を着用した少女。
評価:
現在の全能ガチャランキング、単独ぶっちぎり独走第一位。
性格および傾向:
・気まぐれ。
・口では不満や皮肉を述べるが、最終的には人間へ好意的な対応を取ることが多い。
・一方的な懇願より、労働、取引、対価を介した交渉を好む。
・要求する対価に対し、与える報酬が明らかに過大となる傾向がある。
・機嫌を損ねても、接触者が極端に異常な行為を行わない限り、直接的危害を加える可能性は低い。
・人間観察および食事を好む。
・上位存在としての超越的視座と、生を楽しむ人間的感性を併せ持つ。
・デウス・エクス・マキナとしての舞台装置性と、一個の人格としての魅力を両立している。
・並行世界および多元世界の観察を好む。
・彼女が関与した世界では、本人の気まぐれ、観察、趣味の結果として、最大多数の最大幸福が大幅に上昇する事例が多い。
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名前だけ、どうしても認識できない。
それでも、接続先としては文句なしの大当たりだった。
「食事が好きなら、お菓子は今ここにあるわよ」
真由が、自分の菓子袋を持ち上げた。
「全能者への供物として、コンビニ菓子を出すんすか」
「好きだって書いてあるじゃない。高級かどうかより、種類を揃えた方が喜ぶかもしれないわ」
「そこはguide-GPTへ献立を組ませましょう」
俺は血の涙を拭いながら立ち上がった。
接続先が推奨第一位の少女なら、俺のアカウントを復旧してもらえる可能性は高い。久連の両親も蘇生してもらい、失心天蓋の周回環境を整え、世界全体のダンジョン流出問題についても相談できる。
希望が見えてきた。
十年間のデータを失った悲しみは消えていないが、完全復元の可能性があるだけで、呼吸が少し楽になった。
「guide-GPT、接続対象の抽選を開始してください」
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【全能の鍵】
接続先の無作為選出を開始します。
上位領域を走査中。
候補存在を検出。
接触可能性を確認。
因果経路を固定。
接続対象が確定しました。
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画面に、一つの名前が表示された。
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【接続対象】
ヤントイッヒ
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「接続を中止してください」
俺は即座に言った。
さっきまでの涙が止まっていた。
「鍵は厳重に封印したうえで廃棄します。可能なら養豚場の糞尿槽へ沈め、その上からコンクリートを流し込んでください」
「急にどうしたのよ」
「大将、さっきまでデータを復旧してもらうって大喜びしてたじゃないっすか」
「捨てろ」
俺は【全能の鍵】を指差した。
「できるだけ汚い肥溜めを選んでください。普通の廃棄場では足りません。産業廃棄物と家畜糞尿と下水汚泥を混ぜた場所が望ましい」
原作にいた。
全知全能の神。
知識に限界はなく、力にも限界はなく、望めば世界の始まりから終わりまでを一息で書き換えられる。死者を蘇らせることも、滅びた宇宙を再生することも、存在しなかった歴史を挿入することもできる。
一応、善神として分類されている。
そして。
俺が【天上のアーデルハイド】という作品の中で、最も嫌っている存在だった。