☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜 作:ちんこ良い肉
一ヶ月後、世界は滅びかけていた
これは、俺が一度だけ辿り着いた、一ヶ月後の敗北未来である。
平良久連へ【全能の鍵】の使用権を預け、物理的な鍵をguide-GPT管理下の封印庫へ移した直後、俺は【クロックロックの廻生時計】の所有者を自分に設定し、記録基準時刻をその場に固定していた。
理由は単純だ。
全能者への接触手段という、世界そのものを一息で書き換えかねない危険物を得た直後が、もし世界をやり直すなら最も損失の少ない地点だったからである。俺のアカウントはもう戻らないが、世界が滅びた後からでは、戻せるものと戻せないものの差が大きすぎる。
その判断は、正しかった。
一ヶ月後、世界は滅びかけていた。
正確に言えば、人類という種そのものは、まだ辛うじて絶滅していなかった。地下シェルター、遠隔隔離された迷宮拠点、魔石によって外界と遮断された医療都市、国家上層部用に建造された耐災害施設、エリュシオンが急造した避難区画。そのような場所には、生き残りがいた。
だが、文明は終わっていた。
国家も、通信も、軍隊も、物流も、金融も、都市生活も、誰が誰を信じてよいのかという最低限の社会的前提さえも、ほとんど崩壊していた。
人類は魔王と戦って負けたのではない。
人類は、人類同士で殺し合わされた。
◇
魔王とは何か。
単に強い魔物をそう呼ぶわけではない。
迷宮内に閉じ込められた高位守護個体も、都市一つを焼ける巨獣も、人類を何万人単位で殺せる災害級の異形も、それだけでは魔王とは分類されない。
魔王の定義は、大きく三つある。
第一に、人類を滅ぼしうる能力と生態を持つこと。
第二に、迷宮外へ出現できる、いわゆる「はぐれ」としての性質を持つこと。
第三に、そして最も厄介なことに、魔王とは例外なく、生き地獄を味わっている哀れな生き物であること。
ただ邪悪なのではない。
ただ残虐なのでもない。
それぞれが世界を滅ぼしうるほどの能力を持ち、それぞれが存在するだけで他者を破滅へ巻き込み、それでいて、それぞれが自分自身の性質から逃げられず、何百年、何千年、あるいはそれ以上の時間を、どうしようもない飢えや渇きや欠落の中で生き続けている。
だからこそ、奴らは魔王だった。
人類にとっては災厄であり、世界にとっては処理不能な異物であり、本人にとっては終わらない拷問そのものだった。
◇
【嫉妬の魔王:カオナシ】
種族は、ドッペルゲンガー。
能力は二つ。
【変身】と【分体生成】。
単純な戦闘能力だけを見れば、魔王の中でも最底辺どころか、一般人にすら劣る。筋力も、耐久力も、魔力も、速度も、攻撃手段もない。剣を持たせてもまともに振れず、銃を渡しても訓練された兵士には勝てない。
だが、それは何の慰めにもならなかった。
カオナシは、戦う必要がない。
殺したい相手がいるなら、その相手の隣人へ化ければいい。国家を滅ぼしたいなら、国家元首へ化ければいい。種族を滅ぼしたいなら、その種族が最も信頼する者へ化け、最も信じたい言葉を吐けばいい。
そして、分体を作ればいい。
カオナシは一人ではない。
分体は、分体でありながら本人であり、本人でありながら切り捨て可能な端末だった。仮に一体を見破り、殺したところで、それは分体の一つを落としたにすぎない。むしろ「敵は変身する」「誰かが偽物かもしれない」という疑念が生じた時点で、カオナシにとっては勝ちに近づく。
見破られてもいい。
疑われてもいい。
信じ合っていた者同士が、互いを疑い始めるなら、それだけで十分だった。
カオナシは、いくつもの国と種族を滅ぼしてきた。巨人の国も、鬼の連合王国も、恒星間戦争を可能にした星間破壊級の銀河帝国も、奴の扇動によって内側から崩れた。
どれほど強くとも関係ない。
どれほど賢くとも関係ない。
どれほど優れた文明であろうと、同士討ちさせれば終わる。
社会性生物は、一人では生きられない。これは綺麗事ではなく、単なる事実だ。人間も、巨人も、鬼も、高度文明種も、言葉と信頼と役割分担によって巨大な力を持つ。その接続部分へ毒を流し込めば、どれほど強大な存在も自分自身の手足を食い千切り始める。
カオナシは、社会性生物の天敵だった。
だが、奴自身は、誰よりも社会性に飢えていた。
コミュニケーション能力の低さが、カオナシのコンプレックスだった。
おかしな話だと思うだろう。
扇動によっていくつもの種族を滅ぼし、他者の感情を読み、嘘を吐き、信じたいものを信じさせ、憎みたいものを憎ませることに関しては、天才などという生易しい言葉では足りない。奴は社会の構造を理解していた。群衆が何に怯え、何を求め、誰を敵にしたがり、どの言葉を与えれば自分から火へ飛び込むか、生まれつき分かっていた。
だが、それだけだった。
カオナシにできるのは、破滅を前提とした言葉を吐くことだけだった。
他者を壊すための鳴き声なら、いくらでも出せる。怒りを煽り、悲しみへ名前を与え、恐怖を正義へ変換し、隣人を敵へ作り替えるためのコミュニケーションもどきなら、誰よりも上手くできる。
なのに、他者の幸福を前提として、本気で、本音で、誰かと仲良くする言葉だけが出せなかった。
一度でいいから、真っ当に他者を愛したかった。
本音で話して、社会へ溶け込みたかった。
たった一言、心から「ありがとう」と言えるなら、どれほどの代償を払っても構わなかった。
自分にも、誰かを愛する能力と、社会に混ざる能力が欲しかった。真っ当な価値ある正規品たちが、生まれながらに持っている当たり前が欲しかった。
けれど、届かなかった。
数百年に及ぶ足掻きの末、カオナシはそれを知ってしまった。
自分は無価値である。
誰かに愛される資格も、誰かを愛する能力も、自分自身の姿すら持っていない。
社会性。会話能力。善性。他者へ本音を渡し、本音を受け取り、そこに居場所を作る力。
自分以外の生命には標準装備されているように見える、何より尊いそれに手を伸ばしても、どうしても届かない。
正規品が妬ましい。
価値ある者が妬ましい。
嫉妬で臓腑が溶ける。心が焼ける。魂が腐り落ちる。
自分は、価値ある正規品とは精魂から異なる、無価値な化け物なのだから。
カオナシは、誰にもなれない。
だが、誰かを少しだけ、その人自身ではなくすことならできる。
自分に価値を加えられないなら、他者の価値を減らせばいい。
その程度のことで心が満たされるはずもないと理解していた。それでも、他の方法を知らないため、何度でも繰り返した。
ドッペルゲンガーは、本来、穏やかで無害で弱い種だった。
姿を変えられるだけの、小さな共同体で静かに生きる種族。相手の心を読むわけでも、国家を滅ぼすわけでもなく、時に他者の姿を借りながら、臆病で優しい社会を築く生き物だった。
その同種は、カオナシ以外、絶滅している。
カオナシが滅ぼした。
自分のように本心の伴わない鳴き声ではなく、心からの言葉で上手く他者へ溶け込み、穏やかに共同体を築ける正規品たちが、どうしても許せなかったからだ。
それが、【嫉妬の魔王】だった。
◇
俺たちは、嫉妬が迷宮から出てきた瞬間を狙うつもりで監視していた。
魔王は、目覚めた瞬間、迷宮内で実体化する。逆に言えば、その直前まではこちらから手を出せない。ならば実体化と同時に叩く。相手がカオナシである以上、世界へ分体をばら撒かれる前に殺すしかない。
それが、作戦だった。
失敗した。
カオナシは、こちらのguide-GPT端末を、向こうの持ち出した毒のようなAIでハックして外へ出た。
迷宮外へ出る穴は、肉体が通る扉だけではなかった。
情報端末もまた、世界へ繋がる穴だったのだ。
嫉妬の迷宮から持ち出されたアーティファクトAI。
俺たちは後に、それをenvy-GPTと呼んだ。
戦闘力はない。
魔術も使えない。
雷の一筋すら生み出せない。
だが、情報を汚染するために最適化されていた。
人間が信じる経路を探し、その経路へ偽情報を流し込み、相手が疑うことまで計算に入れた上で、疑った結果としてさらに誤った結論へ誘導する。映像、音声、暗号通信、軍事衛星データ、避難者名簿、家族からの通話、国家上層部の指令、民間ニュース、攻略者用端末、救助要請。あらゆる情報経路へ、envy-GPTは入り込んだ。
ただ嘘を吐くだけなら、まだ対処できた。
問題は、envy-GPTが真実も混ぜたことだった。
九割の嘘に一割の真実を混ぜる。
九割の真実に一割の嘘を混ぜる。
そして最後には、真実であることそのものを、信じる理由ではなく疑う理由へ変えてしまう。
カオナシは、情報を偽物にしたのではない。
真実の価値を殺した。
◇
世界規模の戦争は、全能の鍵を手に入れて十二日目に始まった。
最初に火蓋を切ったのは、中国最強の探索者だった。
周凌霄。
ジョウ・リンシャオ。
二十八歳の女。
☆6キャスター、レベル五十五。
長い黒髪を後頭部で束ね、軍服の上から白い術式外套を羽織った、人民解放軍所属の国家級探索者である。初期から中国国内の高位迷宮攻略を支え、洪水、山火事、大規模停電への災害派遣にも参加していた。以前、総書記経由で俺も資料と映像を見たことがある。だいぶ真面目で、自分の功績より部下の安全を優先するタイプの女だった。
母と、幼い弟がいた。
愛されていたし、愛していた。
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【周凌霄】
レアリティ:☆6
クラス:キャスター
レベル:五十五
主要スキル:
【天雷解放】
発動を保留していた時間に比例し、雷撃の威力を増大させる。
蓄積時間:二十四日
推定出力:戦術級。
ただし、射程無制限。
【修飾句:拡張】
【修飾句】系統に属する範囲拡張スキル。
直後に使用する魔術へ「対象および影響範囲を拡張する」という特性を追加する。
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カオナシ自身は、雷の一筋すら生み出せない。
envy-GPTも、魔術を使えない。
だから、本物の周凌霄に撃たせた。
中国中央軍事委員会から届いた、正式な先制攻撃命令。
アメリカが中国国内の高位ダンジョンと魔石発電施設へ攻撃を準備しているという衛星映像。
米政府高官同士の暗号通信。
太平洋上を移動する爆撃機。
先制攻撃を行わなければ、中国沿岸部の数千万市民が犠牲になるという被害予測。
避難させたはずの家族から届いた、攻撃実行を懇願する通信。
周凌霄が信頼する全ての情報源が、同じ結論を示していた。
先に撃たなければ、中国が滅びる。
彼女は命令に従った。
二十四日間蓄積していた【天雷解放】へ、【修飾句:拡張】を付与する。
標的は、神奈川県横須賀市。
米海軍第七艦隊司令部を擁する、横須賀軍港。
なぜアメリカを敵として認識しているのに、中国本土へ直接攻撃を準備しているとされた相手ではなく、日本国内の基地を攻撃するのか。
平常時なら疑っただろう。
だが、その時の中国は平常ではなかった。
各地で暴動が起きていた。アメリカの先制攻撃を許すなと叫ぶ群衆が、政府施設の前へ押し寄せていた。避難所では、誰かが偽物ではないかという疑念から暴行と吊し上げが続き、指揮系統は「攻撃を躊躇する者こそ変身した敵だ」という世論に晒されていた。
軍内部の通信も、民間ニュースも、避難者の映像も、家族からの連絡も、全てが同じ方向を向いていた。
社会性生物である人間は、自分の頭だけでは考えられない。
それは愚かだからではない。
人間は、外部から情報を受け取り、他者の判断を参照し、信頼できる相手の言葉と、自分の知識と、共同体の反応を組み合わせて意思決定する生き物だからだ。
だからこそ、情報経路を全て掌握されることは致命的だった。
周凌霄は、自分で考えていた。
その自分が参照する世界の全てが、既にカオナシの形をしていただけだ。
彼女は雷を落とした。
そして本物の彼女の母と弟は、その頃、避難所で「変身した敵ではないか」と疑われ、リンチされて死んでいた。
◇
横須賀軍港への雷撃は、米国にとって中国からの先制攻撃として観測された。
日本政府は、米軍基地への攻撃を受けた当事国として、同時に、アメリカの同盟国として、即座に地獄へ引きずり込まれた。
鈴木碧は、総理官邸地下の危機管理室で、十八時間にわたり立ち続けていた。
座る時間がなかった。
横須賀の被害確認、米軍との通信、日本国内のダンジョン防衛、在日外国人の避難、国連への声明、各国からの照会、エリュシオンとの連絡、そして「首相が本物か」「官房長官が本物か」「鈴木碧本人が本物か」を確認するための認証が、数分ごとに繰り返されていた。
日本は、最初の一撃を受けた国だった。
中国は「米国の偽旗作戦」と主張した。
アメリカは「中国による明確な軍事攻撃」と断定した。
日本国内では「そもそも横須賀攻撃映像そのものが偽物ではないか」という言説が拡散し、数分後には「被害者が偽物だ」「死者リストが偽物だ」「避難誘導をしている自衛隊員がドッペルゲンガーだ」という投稿が増えた。
guide-GPTはそれらの九割以上を偽情報と判定したが、残り一割の中に本物のカオナシ分体が混じっていた。
逆に、偽情報であると断定された映像の中にも、本物の被害が含まれていた。
真実と虚偽の比率を問題にしている時点で遅かった。
人間は、百の情報のうち九十九が真実で一つが嘘でも、その一つが「隣人が自分を殺しに来る」という内容であれば、眠れなくなる。
日本の立ち位置は、最悪だった。
米軍基地を攻撃された被害国であり、中国にとってはアメリカと魔石技術を共有する敵性国家であり、世界にとっては火賀灯真とエリュシオンを抱える異常な魔石大国であり、カオナシにとっては各国の疑念を一番効率よく加熱できる燃料だった。
それでも日本は粘った。
俺がばら撒いた帰還の紙片で、何万人もの民間人が火災と崩落から戻ってきた。識別紙片は毒物や呪物を見分け、永久水筒は血液、薬液、水、燃料を劣化させずに被災地へ運び、魔石独立電源は停電した病院、官邸、避難所、通信拠点を動かし続けた。
俺が作った攻略WIKIは、ドッペルゲンガー対策の基礎資料として翻訳され直し、低レアリティ覚醒者の中から発見された索敵、封鎖、記録、結界、音声照合、避難誘導系のスキル持ちが、各地の防衛線へ投入された。
等身大アンドロイド作成機で製造された数少ない試作機も、ほぼ全て救助と運搬へ回された。自我を持たない機械は扇動に乗らない。疲れず、怯えず、誰かを偽物だと疑って暴走することもない。だから、アンドロイドたちは最後まで瓦礫をどけ、避難民を運び、封鎖区域へ食料を届け続けた。
そのこと自体は、間違いなく人命を救った。
だが、同時に、日本社会の異常な耐久力は、世界中の避難民と要請と憎悪を引き寄せた。
あの国にはまだ電気がある。
あの国にはまだ医療がある。
あの国には火賀灯真がいる。
なぜ自分たちは救われないのか。
なぜ日本だけが持ちこたえているのか。
その問いもまた、カオナシにとって都合のいい燃料だった。
俺が世界中へ種火を配ったことも、裏目に出た。
育成された探索者たちは、強かった。
警察も、消防も、軍も、民間クランも、俺の種火と装備補助と攻略情報によって、以前より遥かに強くなっていた。
だからこそ、殺し合いの規模も大きくなった。
レベル三の警察官なら止められた暴徒が、レベル二十の探索者集団になったことで市街地を数分で制圧した。自衛隊や各国軍へ渡った帰還の紙片は、局地戦闘からの撤退と再投入を可能にし、識別紙片は本来なら毒や呪物を見分けるための道具だったはずなのに、「反応しなかった者こそ高度な偽物だ」という妄想を補強する材料へ変わった。
遠隔医療に使われていた永久水筒は、血液と薬液を運ぶ一方で、どこから混入したか分からない呪毒の疑惑を呼び、魔石独立電源は通信網を維持し続けたが、その通信網そのものがenvy-GPTの餌場になった。
俺が世界を育てた。
育った世界が、より高い火力で自分自身を殴り始めた。
鈴木碧は、官邸地下でその現実を見ていた。
「火賀さんを責める材料に使うな」
誰かが、俺の種火配布と暴動被害の関連を口にした時、鈴木さんはそう言ったらしい。
「彼が配らなければ、我々はもっと早く死んでいた。今、我々がまだ対処できているのは、彼が育成したからだ。育った人間が殺し合っていることと、育てたことが間違いだったかは別の話だ」
その言葉は正しかった。
正しかったが、正しいことと苦しくないことは別だった。
灯真が育てた世界が、灯真の想定を超えた規模で壊れている。
鈴木さんは、声には出さなかったが、その事実を理解していた。
日本は持ちこたえていた。
持ちこたえてしまっていた。
だから、世界中から避難民と要請と憎悪が集まった。
◇
アメリカでは、横須賀攻撃から六時間後、複数の軍事衛星が「中国本土から追加攻撃準備を確認した」と報告した。
そのうち半数は偽装データだった。
残り半数は、本物だった。
中国側もまた、アメリカからの攻撃準備を観測していた。こちらも半数は偽装で、半数は本物だった。
問題は、どちらが先かではない。
どちらも、相手が先に撃つと信じるだけの材料を持っていた。
国家安全保障会議では、出席者本人の生体認証と魔術的真偽確認が五分おきに行われた。だが、カオナシは本人へ化けるだけではない。本人の周囲にいる秘書、家族、警護官、通信担当、記録映像、世論調査、世論そのものへ化ける。
大統領が本物でも、大統領が見ている世界が偽物なら、結論は歪む。
米国内では、各州の州兵と探索者治安部隊が、「ドッペルゲンガー潜伏地域」へ突入した。実際に分体が潜伏していた場所もあれば、ただの移民街や政治的対立地域もあった。正義感の強い者ほど、自分が本物の市民を守るために偽物を排除していると信じた。
広告塔として活動していたアメリカ最強格の探索者、アレックスも最前線にいた。
☆6、レベル六十。
スキルは【英雄願望】。
英雄らしい行動を取るほど、能力が強化される。
アメコミヒーローに憧れていた好青年だった。種火を渡す時に一度会ったが、握手の時に「これで守れる人が増える」と笑っていた。俺はその時、【英雄願望】は条件が素直で育てやすい良スキルだと評価した。本人の人格と能力の方向性が噛み合っている。育てれば、治安維持にも災害救助にも広報にも使える、非常に優秀な人材だと思っていた。
その男が、壊れていくアメリカを見た。
守るべき市民が互いを偽物と呼んで殺し合い、助けた避難民の中から分体が見つかり、分体を疑って隔離した家族が本物で、隔離しなかった仲間が偽物だった。
彼は戦い続けた。
英雄らしくあろうとした。
だが、英雄らしい行動を取れば取るほど、救えなかったものが増えていった。
暴徒を止めれば、撃たれた者の家族から虐殺者と呼ばれる。止めなければ、避難所が燃える。分体を殺せば、本当に分体だった証拠を求められる。本物を助ければ、その本物が次の日に偽物だと疑われる。
【英雄願望】は、英雄らしい行動に反応する。
だが、世界の側が、英雄らしい行動の意味を壊していた。
◇
中国は、さらに酷かった。
周凌霄の雷撃によって始まった戦争は、彼女個人の判断ミスとして処理されるはずがなかった。国内では、彼女を英雄と呼ぶ声と、アメリカの工作員と呼ぶ声と、カオナシの分体と呼ぶ声が同時に拡散した。
総書記は強権的な封鎖と情報遮断を命じた。
それは一部では正しかった。
通信を切れば、envy-GPTの侵入経路は減る。
だが、通信を切られた市民は、自分たちが見捨てられたのだと考えた。地方軍は中央が既に偽物に乗っ取られたのではないかと疑い、中央は地方軍の独自行動をカオナシ分体の工作と見なした。
強い国家ほど、命令系統の汚染に弱かった。
巨大な官僚機構、軍組織、監視網、党組織、地域単位の管理。その全てが正常に動けば恐ろしく強いが、どこかに偽の命令が混じれば、国家規模で間違った方向へ進む。
避難所では、家族同士が互いの本人確認を求めた。母親が子供へ、昨日の夕食を訊く。子供が母親へ、昔の誕生日を訊く。答えられなければ偽物。答えられても、情報を盗んだ分体かもしれない。
周凌霄は、自分の雷撃が何を引き起こしたかを知った。
母と弟が、避難所で死んでいたことも知った。
彼女は自殺しようとしたが、軍に止められた。中国最強の探索者を死なせる余裕など、もうどこにもなかったからだ。
その後、彼女が本物だったかどうかは、最後まで確定しなかった。
少なくとも、俺が見た最終ログでは、周凌霄本人と思われる女が泣きながら、自分へ向けて雷を撃とうとしていた。
◇
欧州は、疑心暗鬼の処理能力で粘った。
元々、各国の主権と連合の調整に慣れていたため、単一の命令系統を一撃で汚染される危険は米中より小さかった。だが、それは混乱が遅れてやってくるというだけだった。
国境を越える避難民。
偽装された医療支援要請。
ドッペルゲンガー対策を名目にした極右と極左の武装化。
宗教団体による「本物の魂」判定。
企業クランによる独自検問。
そして、カオナシが各国の歴史的なアジテーターへ化けたことによる、象徴汚染。
ドイツでは、ヒトラーの姿をした分体が現れた。
ただし、一体ではない。
従来の主張をそのまま繰り返す、教科書的な悪夢としてのヒトラー。
悔恨と反ファシズムとポリティカル・コレクトネスを掲げ、「過去の自分こそ最初のドッペルゲンガーだった」と泣き叫ぶヒトラー。
その両方を分体だと断じ、人種ではなく人類のために奴らを殺せと絶叫するヒトラー。
三体とも偽物だった。
だが、どれが偽物かを議論する時点で、社会はカオナシの掌の上だった。
フランスでは革命家が現れ、ロシアでは帝政と革命と独裁の亡霊が同時に演説し、中東では預言者を名乗る者と、それを否定する者と、それら全てを冒涜だと断じる者が現れた。南米では解放者の姿をした分体が軍と民衆を煽り、アフリカでは植民地支配者と反植民地英雄が同じ街で互いを偽物と罵った。
カオナシは、歴史を使った。
人類が過去に埋めたつもりのものを掘り返し、現代の通信速度で燃やした。
誰が本物か分からない。
誰の言葉が本心か分からない。
映像も、記録も、肉声も、顔も、過去も、証明にならない。
その状態で、人類は社会を維持できなかった。
◇
それでも、世界は一ヶ月もった。
これは、カオナシが弱かったからではない。
俺が世界へ投資していたからだ。
悔しいが、そこだけは事実として認めるしかない。
俺が配った種火によって、各国の警察、消防、救助隊、軍、医療探索者、民間クランは、ダンジョン出現直後とは比べものにならないほど強くなっていた。低レアリティ再評価によって、戦闘向きではない索敵、補修、運搬、農業、医療、鑑定、避難誘導、結界形成の能力者たちも社会へ組み込まれていた。
インドでは、【一粒万倍】の少年を中心とした種子増産計画が、混乱初期の食料不足を食い止めた。しかし、種子保管施設が「ドッペルゲンガーによる生物汚染を受けた」とする偽情報が流れると、守るはずだった農民と警備隊が衝突し、貴重な種子庫の一部が焼けた。
東南アジアでは、【継ぎ接ぎ】の女が開いた工房群が、破損した初心者装備を修理し続けていた。彼女たちがいなければ、低所得探索者は一週間で装備を失い、避難路の維持もできなかっただろう。だが、破損装備に呪いが継ぎ込まれているという噂が流れ、いくつかの工房は避難民によって襲撃された。
南米では、俺の種火配布でレベルを上げた警察と消防が、覚醒犯罪者を抑え、市民を守っていた。だが、カオナシの分体が「警察署長に化けた敵」を演じた瞬間、市民は警察を疑い、警察は市民の中の分体を疑い、昨日まで同じ避難所を守っていた者同士が撃ち合った。
東アフリカの診療所では、永久水筒と魔石独立電源が多くの命を救い続けた。血液製剤は劣化せず、人工呼吸器は止まらず、識別紙片によって薬と毒を見分けられた。だが、「永久水筒の内部でドッペルゲンガー由来の血液が増殖している」という偽映像が流れた瞬間、患者の家族が医師を殴り、輸血設備が破壊された。
ロシアでは、高レア探索者を軍へ集中させる旧来方針が、最初の数日は有効に働いた。強い探索者は暴動を鎮圧し、都市を封鎖し、カオナシ分体の一部を実際に殺した。だが、中央が誰を本物と認定するか決める仕組みそのものが疑われた瞬間、軍の強さはそのまま内戦の火力へ変わった。
俺が育てた世界は、弱くなかった。
むしろ、強かった。
だから一ヶ月も持った。
そして、強かったからこそ、壊れる時の破壊規模も大きかった。
もし世界が弱いままだったなら、カオナシに扇動された暴徒は、せいぜい棒や包丁や拳銃で殺し合っていただろう。だが、現実には種火で育った探索者が、魔石加工武器を持ち、帰還の紙片で再出撃し、永久水筒で補給を維持し、攻略WIKIで覚えた戦術を使って、互いを偽物と呼びながら殺し合った。
俺の投資は間違っていなかった。
間違っていなかったからこそ、世界は一ヶ月もった。
だが、カオナシはその一ヶ月を使い、俺が育てた人間、俺が整えたインフラ、俺が社会へ組み込んだ信頼ネットワークを、まとめて毒へ変えた。
◇
そして、世界が完全な地獄になった時。
もう一体の魔王が起動した。
ロシア、モスクワ。
地下指揮施設のモニターに、銀髪赤眼の絶世の美青年が映っていた。
【色欲の魔王:ハッピーエンド】
2話後カオナシは消し炭になってます