☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜 作:ちんこ良い肉
【色欲の魔王:ハッピーエンド】
育ち切った【暴食の魔王】を除けば、七大魔王の中で最強とされる個体。
種族は、インキュバス。
外見は、銀髪赤眼の絶世の美青年だった。人間の美醜感覚だけではない。亜人種、魔物、人工知能が設計した理想造形、脳へ直接流し込まれる快感記号、そうしたもの全てを平均化し、なお上回るような、見る者の認識そのものへ「美しい」と刻み込む顔をしていた。
ただし、外見など本質ではない。
ハッピーエンドの能力は、薬品生成である。
それだけ聞けば、他の魔王と比べて地味に思えるだろう。剣を振るわず、炎を吐かず、星を砕く腕力もなく、世界の法則を直接書き換えるわけでもない。
だが、奴が生成する薬品は、生命の終わり方を変える。
死の瞬間を、苦痛ではなく、恐怖ではなく、後悔ではなく、絶頂と安堵と救済へ置き換える。肉体の限界を迎えた者、心が折れた者、苦痛に耐えきれない者、世界そのものへ絶望した者へ、最も甘い終わりを与える。
だから、名前はハッピーエンド。
物語を、これ以上ないほど綺麗に終わらせる魔王だった。
モスクワ地下指揮施設のモニターに映る銀髪の美青年は、ロシア語で何かを言っていた。
だが、その言葉は翻訳を必要としなかった。
声そのものが、聞く者の脳へ意味を届ける。
『皆様は、悪くありません』
ハッピーエンドは、そう言った。
『追い詰められた時に現れる姿は、本性ではありません。飢えた時、怯えた時、疑った時、守るために殴った時、愛する者を偽物と呼んで殺した時、それをあなた方の本質と呼ぶのは、あまりにも酷です』
モスクワ地下指揮施設にいた将校たちが、呆然とモニターを見上げていた。
誰も撃たなかった。
誰も通信を切らなかった。
目の前にいるものが魔王だと理解していても、そこに敵意がなかったからだ。
ハッピーエンドは、人類を憎んでいない。
カオナシのように、他者の価値を減らして自分の欠落を埋めようとしているわけでもない。暴食のように飢えているわけでもなく、憤怒のように焼き尽くしたいわけでもない。
奴は、救いたかった。
この地獄から。
『あなた方は疲れました。疑い、殺し、守り、裏切られ、信じ、騙され、また疑い、また殺した。もう十分です』
銀髪の美青年が、微笑む。
その表情には、嘲笑も悪意もなかった。
『これ以上、誰かが誰かを偽物と呼ばなくていいように。これ以上、愛する者を確認するために傷つけなくていいように。これ以上、助けた相手が本物かどうかで苦しまなくていいように』
モスクワの地下深くで、空調が一度だけ震えた。
その瞬間、ロシア全土の魔石観測網が、同時に異常値を吐き出した。
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【緊急警告】
発生源:モスクワ地下指揮施設周辺
異常物質反応:検出
分類不能。
気体、霧、魔力粒子、精神干渉媒体、薬理性概念物質の複合反応を確認。
拡散速度:測定不能
物理風向との不一致を確認。
結界、空調フィルター、毒物遮断、精神耐性、快楽耐性、即死耐性による完全防御:失敗例あり。
推定分類:
【色欲の魔王:ハッピーエンド】由来終末性薬理霧
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それは、霧だった。
ただし、気象現象ではない。
白く、淡く、柔らかく、夜明け前の川面に漂う靄のように見えた。モスクワの街路へ滲み出し、地下鉄の通路へ流れ込み、クレムリン周辺の封鎖線を越え、避難シェルターの外壁を撫で、燃えた車両と砕けた検問所と、互いを疑って撃ち合った兵士たちの死体の上を、静かに覆っていった。
兵士が一人、ガスマスクの奥で息を止めた。
そのまま目を見開く。
彼は毒物耐性を持っていた。軍用フィルターも装備していた。魔術的な精神干渉防御も受けていた。色欲系状態異常への耐性も、薬物依存誘導への抵抗も、全て付与済みだった。
だが、霧は耐性を貫通したのではない。
彼が、自分で耐性を外した。
なぜ抵抗する必要があるのか。
そう思ってしまったからだ。
苦痛に満ちた明日より、疑い続ける今日より、銃を向けた相手が本物の兄弟か偽物の怪物か分からないまま引き金を引く次の一秒より、この霧の中で眠る方が、遥かに幸福だと理解してしまったからだ。
彼は銃を落とし、壁にもたれ、幼い頃に母親の膝で眠った記憶の中へ沈みながら死んだ。
苦しみはなかった。
恐怖もなかった。
ただ、あまりにも甘い終わりだけがあった。
『仮借なく』
ハッピーエンドは言った。
『加減なく』
霧はモスクワを覆い、そこからロシア西部へ広がった。
『温情なく』
ウクライナの戦火と、そこに重ねられたカオナシの偽情報と、避難民の列と、破壊された補給路と、どちらが本物の救助隊なのか分からず凍りついた検問所を、霧は同じ速度で撫でていった。
『そして、命の価値に区別なく』
人間だけではなかった。
魔物も死んだ。
迷宮から溢れ出した低級魔物も、高位ダンジョン内部で暴れていたSS級の異形も、地下で封印されていた守護個体の残響も、ハッピーエンドの霧を受けた瞬間、自ら耐性を解いて倒れていった。
魔物に幸福などあるのか。
あるらしい。
少なくとも、霧はそれを見つけた。
飢え続ける魔物には満腹の夢を、怒り続ける魔物には怒らなくていい静寂を、戦うことしか知らない個体には、もう何も殺さなくていい安堵を与えた。
カオナシの分体すら死んだ。
ただし、そこに安堵があったかどうかは分からない。分体はそれぞれが本人でありながら、本人から切り離された端末でもある。だが、霧の中で倒れていく分体たちは、少なくとも苦しまなかった。
ハッピーエンドは、敵味方を区別しない。
救う価値のある者と、救う価値のない者を分けない。
善人も、悪人も、扇動された者も、扇動した者も、信じた者も、裏切った者も、本物も、偽物も、全て等しく終わらせる。
『それでは皆様』
銀髪の美青年は、どこまでも優しく微笑んだ。
『良き終末を』
◇
霧は、物理的な風に従わなかった。
バルト海へ抜け、北欧へ流れ、黒海沿岸を撫で、トルコ海峡を越え、地中海へ広がり、大西洋とインド洋と太平洋へ、雲でも潮でもない速度で染み出していった。
各国は、最初それをロシア由来の新型魔術兵器と判断した。
欧州連合は、残存していた共通危機管理網を使い、各国へ地下退避と空調遮断を命じた。ドイツ、フランス、ポーランド、イタリア、スペイン、北欧諸国、それぞれが自国の避難計画を起動し、地下鉄、地下駐車場、旧軍事施設、ダンジョン隔離区画へ市民を押し込もうとした。
欧州は、制度で耐えようとした。
会議を開き、基準を作り、加盟国間で情報を照合し、偽情報を除去し、避難命令の形式を統一し、誰が本物で、どの通信が正規経路を通ったものなのか、最後まで手続きで確認しようとした。
その粘りは、間違いなく多くの人間を救った。
だが、カオナシの地獄はまだ終わっていなかった。
霧が来るという情報が、本物か偽物か分からない。
地下へ逃げろという命令が、本当に政府から出たものか分からない。
避難所の扉を開けろと叫ぶ相手が、本物の家族か、霧から逃げる民間人か、それとも分体か分からない。
それでも扉は開いた。
ある場所では、善意で。
ある場所では、恐怖で。
ある場所では、扉を閉めていた者が偽物だと疑われ、内部から殺されたために。
霧は、その隙間から入った。
パリ郊外の避難区画では、医師たちが最後まで抵抗した。魔石式空気清浄機を最大出力で回し、状態異常耐性を持つ探索者を入口へ並べ、子供たちを内側へ逃がした。
霧が来た時、医師の一人が泣きながらマスクを外した。
「もう、痛くしなくていい」
彼女はそう言ったらしい。
治療するたびに患者が本物か偽物か疑われ、救った者が次の日に暴徒へ殺され、輸血パックを毒物だと叫ぶ家族に殴られ、眠る時間もなく働き続けていた女だった。
彼女は患者の手を握り、笑って死んだ。
ベルリンでは、三種類のヒトラーが同じ日に死んだ。
従来の憎悪を叫ぶヒトラーも、悔恨と反ファシズムを掲げるヒトラーも、人類のために偽物を殺せと叫ぶヒトラーも、霧を浴びた瞬間、演説をやめた。
どれも偽物だった。
どれも分体だった。
だが、死ぬ瞬間だけは静かだった。
人類の歴史へ寄生し、人類の憎悪を燃料にしていた形が、幸福な夢の中で崩れていく。
欧州が積み上げた制度は、最後まで人間を分類し、保護し、移動させ、記録しようとした。
だが、死が甘すぎた。
街々から銃声が消えた。
叫び声も消えた。
救助要請も、政府声明も、偽動画も、祈りも、罵倒も、少しずつ減っていった。
死体しか残らなくなったからだ。
◇
中東では、霧は祈りとともに広がった。
預言者を名乗る分体。
それを偽物と断じる聖職者。
異端を殺せと叫ぶ民兵。
救助隊を偽物と疑う避難民。
砂漠の地下に造られた魔石発電シェルター。
巡礼路に築かれた臨時医療区画。
そこへ霧が入った時、多くの人間は最初、神罰だと思った。
次に、救済だと思った。
最後には、考えることをやめた。
祈りは、人間が絶望を言葉へ変えるための装置でもある。カオナシはそこへ偽の神託と偽の奇跡を流し込み、ハッピーエンドは、その後に本物の安堵を持ってきた。
泣きながら銃を抱えていた少年兵が、初めて銃を手放した。家族を偽物だと信じ込まされ、自分の村へ火を放った男が、炎の中で見たはずの妹の声を聞きながら眠った。子供を抱え、どの避難列が本物か分からないまま砂漠を歩いていた母親が、霧の中で足を止め、もう選ばなくていいと理解して崩れ落ちた。
幸福だった。
だからこそ、最悪だった。
◇
アメリカは、最後まで戦おうとした。
大西洋を越えて霧が接近しているという観測は、最初からあった。残存政府は内陸部の地下施設へ司令部を移し、空軍基地、魔石結界都市、ダンジョン隔離拠点、山岳シェルターへ避難命令を出した。
だが、命令を誰も信じなかった。
信じた者もいた。
信じなかった者もいた。
そして信じた者の中に分体が混じり、信じなかった者の中に本物がいた。
ニューヨークでは、地下鉄構内に避難民が溢れた。ロサンゼルスでは、港湾倉庫を改造した避難区画が暴徒に襲われた。ワシントンDCでは、政府中枢が本物かどうかを巡り、最後の議論が通信越しに続いていた。
アメリカは、英雄を欲しがった。
国旗を背負い、市民を守り、分かりやすい悪を殴り飛ばし、最後には勝利を宣言してくれる存在を欲しがった。
アレックスは、その期待に応えようとしていた。
アメリカ最強の☆6探索者。
レベル六十。
【英雄願望】の保有者。
彼はシェルターの外へ出て、霧の前に立った。
逃げる時間を稼ぐためだった。
霧そのものを殴れるわけではない。薬品生成の概念霧を、拳で吹き飛ばせるはずもない。それでも彼は、ヒーローのように霧の前へ立った。
英雄らしい行動を取れば取るほど強くなる。
だから彼は、最後の最後まで英雄らしくあろうとした。
全身に状態異常完全耐性を付与し、快楽耐性、即死耐性、魅了耐性、精神干渉耐性、薬物耐性、概念毒耐性、性欲干渉耐性まで積み上げていた。俺が渡した種火によって上がったレベル、アメリカ政府が揃えた最高級アーティファクト、本人の努力、全てが重なっていた。
霧は、その耐性を貫通しなかった。
アレックスは耐えられた。
耐えられるはずだった。
だが、霧の中で、彼は見てしまった。
燃えた避難所。
助けたはずの子供が、次の日には偽物だと疑われて殺された映像。
自分を信じて握手してくれた市民が、別の市民を撃つ姿。
守るべき国が、既に守るべき形を失っている現実。
そして霧が与える、あまりにも優しい終わり。
もう戦わなくていい。
もう守れなかった人数を数えなくていい。
もう自分が英雄だったかどうかを証明しなくていい。
彼は自分で耐性を解除した。
最後の通信には、短い声だけが残っていた。
『ごめん』
誰へ向けた謝罪だったのか、分からない。
その直後、アメリカ最強の英雄は、幸福な夢の中で死んだ。
◇
日本は、最後まで持ちこたえようとした。
横須賀攻撃以降、官邸、東京都心、関西圏、北海道、九州、主要ダンジョン拠点、エリュシオン関連施設には、多層結界と魔石空調遮断が施されていた。俺が世界中から回収していたアーティファクトも、かなりの数を国内防衛へ回していた。
鈴木さんは、死んでいなかった。
少なくとも、俺が最後に確認した時点では。
官邸地下の映像では、彼女は髪を乱し、目の下に濃い隈を作りながら、まだ立っていた。総理が本物かどうかを確認し、閣僚の半数が連絡不能になった状況で、自衛隊、警察、消防、医療機関、エリュシオン、米軍残存部隊、地方自治体、海外避難民受け入れ拠点を繋いでいた。
「霧を国内へ入れない」
鈴木さんは言った。
「入った場合は、曝露区域ごと封鎖する。救助はアンドロイドと耐性持ちのみ。人間の善意で扉を開けるな。善意を利用される」
『これは、負けです』
鈴木さんは言った。
◇
死んだ。
死んだ。
死んだ。
人が死んだ。
魔物が死んだ。
カオナシの分体が死んだ。
国家も、軍隊も、暴徒も、救助隊も、探索者も、医師も、詐欺師も、英雄も、子供も、老人も、誰かを疑い続けて疲れ果てた人間も、疑われ続けて壊れた人間も、幸福な夢の中で死んでいった。
内乱も、虐殺も、偽情報も、誰が本物かという疑いも終わった。
死体しかいないのだから、争いようがない。
ハッピーエンド。
名前のとおりだった。
これ以上ないほど綺麗に、物語を終わらせた。
◇
俺たちは、地下シェルターにいた。
エリュシオン本拠地下、第五隔離区画。
魔石発電によって維持され、外界との空気交換を完全に断ち、guide-GPT本体と複数のアーティファクトによって、物理的にも魔術的にも情報的にも封鎖された、最後の避難場所の一つだった。
そこには、俺がいた。
真由、円、久連、鹿野。
三幹部改め六幹部。
一般メンバー百数十人。
鈴木さんの手配で逃げ込んだ一部官邸職員。
医療班。
各国から保護していた低レアリティ覚醒者候補。
子供を含む避難民。
量産には程遠い、数体のアンドロイド試作機。
そして、guide-GPT本体。
人類は絶滅していない。
その意味では、まだ終わっていなかった。
だが、文明は終わった。
地上に残った都市の多くは死体置き場になり、海を越えた霧がどこまで届いたか、正確な観測もできない。通信衛星の一部は生きているが、地上局が死んでいる。国家中枢のいくつかは地下で生き残っているかもしれないが、互いを信じる手段がない。ダンジョン内へ逃げ込んだ人間もいるだろうが、そこが本当に安全かどうかも分からない。
シェルターの中では、泣き疲れた子供がアンドロイド試作機の膝を枕に眠っていた。
アンドロイドは、設定された子守り動作を忠実に継続している。背中を一定のリズムで撫で、体温に近い熱を発し、必要のなくなった子守唄を小さく流していた。
官邸職員の一人は、もう存在するかどうかも分からない省庁へ向けた報告書を書いていた。誰が読むのかも、どこへ送るのかも分からない。それでも、報告書という形式を保つことで、自分がまだ国家の一部であると思い込もうとしていた。
医療班は、外へ出られない患者の名簿を更新していた。
更新する意味はほとんどなかった。
それでも、名前を書かなくなった瞬間、その人間が本当に世界から消えるような気がしたのだろう。
guide-GPTだけが、死んだ地上の通信ログを機械的に整理していた。どの映像が偽造で、どの音声が本物で、どの避難命令がカオナシ由来で、どの救助要請が最後まで本物だったのか。今さら判別したところで、救える人間はほとんど残っていない。
それでも、記録は必要だった。
俺が持って帰るために。
あー。
負けた。
原作で知っていた。
【色欲】は、世界が完全な地獄にならなければ決して動かない。逆に言えば、ハッピーエンドが起動した時点で、その世界はもう「死んだ方が救い」と判定されている。
俺はそれを知っていた。
知っていたのに、止められなかった。
「……はぁ」
息を吐く。
笑うしかなかった。
泣けばまた血が出るし、怒れば今すぐ全能の鍵を使いたくなる。久連へ預けた使用権をどうにかして無理やり奪い取り、ヤントイッヒへ頭を下げ、靴を舐め、あのクソMOD野郎に世界を直してもらいたくなる。
だから、笑うしかない。
いつもの口調で、いつものように、世界の重さを茶化さなければ、たぶん壊れる。
「俺の人生にシリアス求めてねえんですけど!」
叫んだ。
シェルター内にいた全員が、こちらを見た。
「火賀さん?」
真由が、疲れ切った顔で俺を見る。
「育成したいんですよ! 変な低レア拾って! 装備集めて! クソみたいなスキルを組み合わせて、強くなったねって喜びたいんです!」
「今それを言います?」
鹿野が、ほとんど泣きそうな顔で言う。
俺は壁一面に表示された死体だらけの世界地図を指差した。
「何これ! 世界規模の情報戦! 米中戦争! 幸福な集団安楽死! 重い! テーマが重すぎる!」
俺はこんなものを求めていない。
☆0の円さんを育てる。
☆2の真由さんの一瞬バフを使う。
☆3の久連さんの自傷ガッツコンボを完成させる。
変なアンドロイド軍団を作る。
それでいい。
そういう話でいい。
人類の社会性とは何か。
救済とは何か。
幸福な死は悪なのか。
真実を失った社会は維持できるのか。
知らない。
俺の専門ではない。
「消えろシリアス! そもそもてめーら、ゲームのキャラの挙動じゃねえんだよ!」
叫びながら、俺は自分の顔へ手を向けた。
「火賀さん!」
鹿野が立ち上がる。
真由も、円も、久連も動いた。
だが、止める必要はない。
これは自殺ではない。
リセットボタンだ。
【クロックロックの廻生時計】は、所有者の死を起点として、記録された時点へ世界状態を遡行させる。ならば、ここで俺が生き続ける意味はない。
この世界線で積み上げたものは、記憶以外持ち帰れない。
だが、その記憶だけで十分だった。
「次は、殺します」
着火。
【原初の火】。
俺の頭が燃えた。
痛みはあった。
だが、今さらだった。
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【クロックロックの廻生時計】
所有者死亡を確認。
廻生条件成立。
世界状態を記録基準時刻へ遡行します。
廻生完了。
帰還日時:記録基準時刻
世界線差分:一か月
記憶保持:火賀灯真
時計機構損耗率:九八・七パーセント
同一基準時刻への再廻生:不可能
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◇
一ヶ月前。
俺は、久連の閉じた手を両手で包んでいた。
「火賀さんを信じます」
平良久連が、そう言った。
さっき聞いたばかりの言葉だった。
同時に、一ヶ月前に聞いた言葉だった。
俺はしばらく、その手を離せなかった。
その手は温かかった。
一ヶ月後、この手の持ち主が生きていたかどうか、俺は最後まで確認できなかった。
信じてくれた結果、一ヶ月後の世界は死体置き場になった。
日本も、アメリカも、中国も、欧州も、ロシアも、俺が育てた探索者も、俺が配った種火も、俺が整えたインフラも、全部カオナシに利用され、最後にはハッピーエンドに綺麗に終わらされた。
だから、今度は初手で嫉妬を殺す。
「火賀さん?」
久連が、不思議そうに俺を見る。
俺は手を離し、笑った。
「シリアスは終わりです」
そもそも、その気になれば全能の鍵でどうにでもなる。
俺はその選択肢を使わないと決めた。
なら、使わずに勝つしかない。
【嫉妬の魔王】。
俺は正直、他人を憎むことに慣れていない。自分の玩具……ゲフンゲフン、愛すべき隣人を憎む子供はいないだろう。それと同じだ。
だが、その玩具……ゲフンゲフン、愛しき隣人を滅茶苦茶にした奴には話が別である。
お前が世界を壊すまでに一ヶ月かかった。
俺がお前を殺すには、次話の一行目で足りる。
次は、こちらの番だ。