☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜 作:ちんこ良い肉
【システムメッセージ】
【嫉妬の魔王:カオナシ】の討伐を確認しました。
七大魔王討伐報酬を生成します。
取得報酬:【キャラメイク解禁権】
嫉妬の魔王を討伐した。
表示されたその一文を見た瞬間、俺はしばらく黙っていた。
喜びはない。達成感もない。
ただ、肩の力が抜けた。
一ヶ月後の敗北未来で、世界を死体置き場に変えた魔王が、今度は世界へ手を伸ばす前に死んだ。それだけだ。
どうやったのか。
簡単である。死に戻りで得た一ヶ月分の敗北ログを使い、復活の瞬間に出落ちさせる作戦だった。
ただし、カオナシも馬鹿ではない。
奴は、自分が出待ちされる可能性に気づいていた。魔王として実体化した瞬間を狙われる。分体を生成する前に焼かれる。迷宮内で肉体を得た直後に殺される。
そこまでは読んでいた。だから奴は、肉体ではなく「情報」から外へ出た。
一ヶ月後の世界と同じように、guide-GPTの外部端末、各国へ配布されていた翻訳用ミラー、攻略WIKIの更新補助端末、ダンジョン監視用カメラ、その通信経路へ、迷宮産アーティファクトAIを流し込んだ。
肉体が迷宮から出る必要はない。
カメラが世界を見ているなら、その視界を通じて分体生成のための座標を取ればいい。端末が世界と繋がっているなら、そこから情報汚染を始めればいい。人類が俺の作ったシステムを信じているなら、その信頼経路を踏み台にすればいい。
カオナシらしい、最悪の発想だった。
だが、それも想定内である。
なにしろ、俺は一度それで負けている。
敗北未来から帰還して一週間後。
カオナシがこちらの想定より半秒早く迷宮外情報網へ接続した瞬間、俺は作戦を開始した。
使用するのは【原初の火】。
ただし、普通の【原初の火】では足りない。カオナシの分体は、地球上だけにあるとは限らないからだ。一ヶ月後の敗北未来では、人類が空へ飛ばせるもの──衛星、宇宙機、観測機材、その外側へまで分体のバックアップを逃がしている可能性があった。
なら、射程を広げればいい。
安里真由の【楽園解放】によって、俺の【原初の火】の対象範囲を「地球全域」と「人類が空へ飛ばしたものが届く領域全て」へ拡張した。
地球表面、海洋、地下施設、空中、低軌道、衛星、宇宙機。
人類が自分たちの文明圏として手を伸ばした全領域。その全てを、【原初の火】の射程内へ入れた。
当然、そんなことをそのまま実行すれば人類は滅びる。
フレンドリーファイアはシステムで禁じられているが、それは基本的に同一パーティーメンバーに限られる。世界中の人類、動物、植物、一般生命、都市、病院、避難所、衛星から通信施設までが、俺のパーティーに入っているわけではない。
カオナシは焼ける。だが、世界も焼ける。
嫉妬の魔王を殺すために、俺自身が魔王級の被害を出す地獄になる。
そこで必要になったのが、エリュシオンがスカウトしていた一般メンバーの一人だった。
マテウス・アルメイダ。
ブラジル出身、二十四歳。☆3ファイター。
固有スキルは【攻撃無効】。
【マテウス・アルメイダ】
レアリティ:☆3
クラス:ファイター
固有スキル:【攻撃無効】
自身、または自身が仲間と認識する対象からの攻撃について、宣言した属性を持つ対象への攻撃効果を無効化する。
※宣言は一度につき一種類。
※宣言内容が曖昧、虚偽、認識不能、または使用者本人の理解を超える場合、発動に失敗する。
備考:
直接的な攻撃力は極めて低い。味方から敵への攻撃を無効化しうるため、通常戦闘では運用難度が高い。
一見、クソスキルである。
敵の攻撃を防ぐのではない。自分や仲間からの攻撃を、宣言した対象へ通らなくする。
普通のパーティーなら邪魔でしかない。火属性の魔物を相手に「火属性への攻撃無効」と宣言すれば味方の攻撃が通らなくなり、人型へ宣言すれば人型の敵を殴れなくなる。
だから、マテウスは外れ扱いされていた。
本人もそう思っていた。
臆病で、温厚で、戦いが嫌いな男だった。ダンジョンへ入るより、壊れた橋を直し、避難民の荷物を運び、怪我人を背負って帰還の紙片が届く場所まで走る方を好む。自分のスキルについても、「仲間の邪魔しかできない」と苦笑するような男だ。
だが、俺から見れば違う。
味方の攻撃を、宣言した対象へ例外なく通さない。
それは「攻撃できないスキル」ではない。「攻撃しないことを選べるスキル」だ。
火力でも防御でもない。
味方の攻撃から、攻撃してはいけないものを守るための能力。
世界規模攻撃を行う時、巻き添えをゼロへ近づけるための安全装置。
それだけで、十分すぎるほど価値がある。
「宣言してください」
俺の言葉に、作戦室の中央に立つマテウスは真っ青な顔をしていた。
無理もない。これから俺は、地球全域を射程に入れた【原初の火】を撃つ。その巻き添えを防ぐ最後の鍵が、自分のスキルなのだ。本人からすれば、胃に穴が空いてもおかしくない状況だった。
「本当に、僕でいいんですか……僕、戦闘ではほとんど役に立ってません」
「はい。今回必要なのは戦闘力ではありません」
すがるような視線を向けてくる彼を、俺は真っ直ぐに見返して答えた。
「誰も傷つけないための能力です」
マテウスは、泣きそうな顔をした。
自分のスキルを、初めてそう説明されたのかもしれない。
「宣言内容を復唱してください」
guide-GPTが表示した宣言文を、マテウスが震える声で読み上げる。
「魔王属性を持たない全生命体への、火賀灯真および同一作戦参加者からの攻撃を無効化する」
声は震えていたが、噛むことはなかった。
「もう一度」
「魔王属性を持たない全生命体及び建造物、通信施設、魔石電源、衛星、航空機、病院、避難所、その他の文明維持対象への、火賀灯真および同一作戦参加者からの攻撃を無効化する」
「意味は理解していますか」
「はい」
マテウスは力強く頷いた。
「魔王ではない生き物を、あなたたちの攻撃から守るという意味です」
正しい。それでいい。
役割は、それで十分だった。
「発動してください」
マテウスは深く息を吸い込み、両手を強く握りしめた。
「──【攻撃無効】!」
【スキル発動:攻撃無効】
使用者:マテウス・アルメイダ
宣言属性:魔王属性を持たない全生命体
対象攻撃者:火賀灯真、安里真由、作戦参加者
判定:宣言内容を使用者が理解可能。
発動成立。魔王属性を持たない全生命体への攻撃効果を無効化します。
これで、魔王を除く全生命体は俺たちの攻撃対象から外れた。
残る処理は、火の側で行う。
【guide-GPT】
【原初の火】対象指定を補助します。
優先焼却対象:
・嫉妬の魔王本体および分体
・嫉妬由来情報構造
・envy-GPT演算核
・カオナシが自己同一性を保持する全端末
・カオナシ由来因子を有する魔術的、情報的、魂的バックアップ
保護対象:
・魔王属性を持たない全生命体
・人類文明維持対象
・医療、通信、交通、エネルギー、食料、水、避難、治安維持に必要な施設および物資
補足:保護対象への攻撃効果については、【攻撃無効】および【原初の火】対象制御により多重遮断します。
俺は、傍らの真由を見た。
「お願いします」
「ええ」
短く応え、真由が俺の肩へ手を置く。
「──【楽園解放】」
対象が爆発的に広がる。
俺の火が、俺の手の届く範囲を超え、部屋を超え、拠点を超え、日本を超え、地球全域へ、空へ、人類が届かせた軌道上へ、観測装置と衛星と宇宙機の領域へと広がっていく。
普通なら、人類史上最悪の攻撃だった。
だが、マテウスの【攻撃無効】がその火から生命を外し、guide-GPTの対象制御が文明維持対象を外している。
人類は焼けない。動物も植物も焼けない。
都市も、病院も、避難所も、橋も、道路も、通信施設も、魔石電源も、帰還紙片を握った負傷者も、泣いている子供も、何も焼けない。
焼けるのは、嫉妬だけ。
「【原初の火】」
世界が、一瞬だけ炎に包まれた。
それは、無害な爆炎だった。
人間の皮膚を焦がさず、紙一枚燃やさず、酸素も奪わず、熱も残さない。海の水は沸騰せず、森は燃えず、都市の窓ガラスも割れず、空を飛んでいた航空機も低軌道を回る衛星も、そのまま存在し続けた。
ただ、世界中でカオナシだけが燃えた。
東京の避難所で、泣いていた子供の隣に立っていた母親の顔が、一瞬だけ別人のものへ崩れ、声を上げる前に灰になった。
北京郊外の軍事施設で、先制攻撃案を持ち込もうとしていた参謀が、制服だけを残して消えた。
ワシントンの通信室で、存在しないはずの補佐官が椅子の上で黒い灰になり、直前まで送信しようとしていた緊急指令が白紙へ戻った。
パリの医療避難区画で、患者の家族を装って輸血パックを毒物だと叫ぼうとしていた女が、開きかけた口のまま崩れた。
低軌道衛星の内部ログから、嫉妬由来の演算核だけが焼失した。機体そのものは軌道を保ち、通信回路も、観測装置も、太陽電池パネルも無傷だった。
南米の警察署では、暴徒と警官の双方を煽っていた男が燃え、直後に周囲の人間が「自分たちが誰へ銃を向けていたのか」を理解できずに固まった。
アフリカの小さな診療所では、救助要請に化けていた音声データだけが端末から消え、医師の耳には、本物の患者の呼吸音だけが残った。
世界は燃えた。だが、世界は焼けなかった。
燃えたのは、嫉妬だけだった。
迷宮外へ逃げた分体。
通信端末の奥へ潜んでいた分体。
救助要請に化けていた分体。
誰かの母親の声を真似ていた分体。
国家元首の姿を取ろうとしていた分体。
避難所の列に紛れていた分体。
軌道上の小型機器へ逃げ込ませた予備分体。
アーティファクトAIの中で増殖しかけていた嫉妬由来の演算核。
全部、燃えた。
カオナシは最後の瞬間、誰かの声で何かを言おうとした。
ありがとう、だったのかもしれない。助けて、だったのかもしれない。あるいは、それすらも誰かを動かすための鳴き声だったのかもしれない。
俺には判別できなかった。
判別する前に、灰になった。
終わってしまえば、あっさりしたものだった。
【暴食】と同じだ。
育ち切れば世界を滅ぼす。だが、育つ前に殺せば死ぬ。
無論、俺はさらに外側へ分体を逃がしている可能性も考えていた。
中国の周凌霄からアーティファクト経由で【修飾句:拡張】を借りる手筈も整えていた。彼女本人へカオナシが到達する前に保護し、偽情報経路を潰し、必要なら彼女のスキル補助だけを使わせてもらう予定だった。
さらに、最悪の場合は【原初の贄】も用意していた。
鹿野さんに撃たせる。贄にするのは、俺がヤントイッヒと関わらずに済む未来。全能の鍵を使わないという意地。俺が最も嫌うクソMOD野郎へ頼らず、自分たちの手で世界を攻略するという選択肢そのもの。
それを撃つということは、俺が一番嫌いな勝ち方を自分で許すということだった。
ヤントイッヒに頼らない未来を燃やし、奴へ頭を下げる可能性を許容し、俺が積み上げようとしている「攻略という遊び」を、自分の手で一部焼く。
正直、やりたくはなかった。アカウントを失った時と同じくらい……いや、方向性が違うだけで同じくらい吐き気がする選択だった。
だが、カオナシを逃がして一ヶ月後の地獄を再現するくらいなら、撃つつもりだった。
必要なかった。
システムメッセージが出た。討伐確認。報酬生成。
つまり、カオナシは死んだ。
……いや。
この討伐アナウンスも、嫉妬の仕込みではないのか?
俺は一瞬、そう考えた。
考えて当然だ。相手はカオナシである。システムメッセージの偽装、guide-GPT表示の改竄、報酬に見せかけた汚染アーティファクト、俺が勝ったと思った瞬間に発動する二重罠。その程度は疑っていい。
「guide-GPT、報酬へ隔離環境からアクセス。全ログ保存。表示経路、システム認証、魔王討伐判定、因果差分、全て検証してください」
【guide-GPT】
検証開始。
システムメッセージ経路:正規。
魔王討伐判定:正規。
因果差分:嫉妬の魔王由来分体反応、全消失。
報酬生成:正規。
警告:
ただし、私の判断がハックされてる可能性も高いです。報酬効果が本物なのかでの判断を推奨
また報酬効果が社会制度へ及ぼす影響は極大です。使用前に運用設計を推奨します。
「まあ、そうでしょうね」
俺は息をつき、安全が確認された報酬へとアクセスした。
【キャラメイク解禁権】
分類:世界機能解放権
効果:
対象に、自己身体外観および一部身体機能の再設定権を付与する。
設定可能範囲:
身長、体格、顔貌、皮膚、髪、声、性別的身体特徴、身体欠損補正、外傷痕補正、成長異常補正、先天的身体異常補正、その他、本人が自己身体として認識する範囲の外観および機能補正。
備考:
精神、記憶、人格、固有スキル、レベル、魂的同一性は変更不可。
付与対象範囲:
火賀灯真の任意指定により拡張可能。
「……キャラメイク?」
横からのぞき込んだ真由が、訝しげに眉を寄せた。
「簡単に言うと、即時全身整形権ですね」
「言い方が軽いわよ」
「実際、機能としては近いです」
呆れたようにため息をつく真由へ、俺は肩をすくめた。
誰にもなれなかった魔王を殺した報酬が、誰もが自分の望む姿へ近づける権利だった。
悪趣味なのか。それとも救済なのか。判断に困る。
俺は隔離環境内でテストを開始した。
まず、外部通信を遮断する。次に、権能の付与対象を俺自身だけに限定する。
精神干渉、人格変化、記憶改変、魂的同一性の揺らぎ、固有スキルへの影響、レベル低下、不可逆変化、外部汚染、報酬経路へのカオナシ残滓の混入。確認項目をguide-GPTへ全て並べさせ、記録を取りながら、俺自身へ最小単位で付与した。
髪の長さを変える。伸びた。戻す。戻った。
次に、声を少し低くする。変わった。戻す。戻った。
顔の輪郭、肌の傷、体格、筋肉量、性別的特徴。本人が自己身体として認識する範囲であれば、かなり広く変更できる。念のため、俺自身の身体で女体化も試した。可能だった。戻せた。
「戻せたので問題ありません」
「何を試してるのよ」
「検証です」
「検証という言葉で全部許されると思わないでちょうだい」
真由が頭痛を堪えるように額を押さえる。
その横で、一部始終を見ていた久連が真剣な顔で口を開いた。
「怪我や病気の治療にも使えるのですか」
【guide-GPT】
使用可能性は高いと判断します。
欠損、火傷痕、外傷痕、先天的な身体異常、性別違和、発声障害、成長異常、その他、本人が望む身体補正に広く使用可能です。
ただし、運用を誤った場合、社会制度上の混乱が極めて大きくなります。
>
顔を変えられる。性別的特徴を変えられる。声を変えられる。
欠損を補える。火傷痕を消せる。発声障害を補正できる。
本人が望む身体へ近づけられる。
それは、医療として見れば革命だった。
救われる人間は多い。火傷で顔を失った者、事故で手足を失った者、先天的な異常に苦しむ者、声を失った者、自分の身体と性別認識の不一致に苦しむ者、成長異常によって生活に支障を抱える者。そうした人間へ、治療とも福祉とも自己決定とも呼べる選択肢を与えられる。
腐らせるには惜しい。
だが、俺の一存で全人類へ一斉に配布していいものでもない。
本人確認制度。医療。戸籍。犯罪捜査。スポーツ。労働。保険。芸能。婚姻。宗教。倫理。
ありとあらゆる制度が影響を受ける。
顔を変えられるということは、逃亡犯が顔を変えられるということでもある。声を変えられるということは、音声認証が死ぬということでもある。性別的特徴を変えられるということは、既存の性別制度が根本から揺れるということでもある。
さらに最悪なのは、頭カオナシのような連中が悪用した場合だ。
変身能力を持たない人間が、制度上合法的に顔と身体を変えられる。カオナシほどの扇動能力がなくとも、悪意ある人間が大量に使えば、それだけで社会は十分に壊れる。
あの魔王を殺した報酬が、本人確認社会へ巨大な爆弾を投げ込んでくるのは、皮肉にしても性格が悪すぎた。
「鈴木さんへ電話してください」
【guide-GPT】
接続します。
画に鈴木碧の顔が映った。
生きている。当然だ。まだ、一ヶ月後ではない。
だが俺の記憶の中では、鈴木さんは地獄のような一ヶ月を死ぬほど動き続け、最後に「これは負けです」と俺へ言った男だった。
その相手が、まだ疲れ切っていない顔でこちらを見ている。
『火賀さん。嫉妬の魔王討伐……本当ですか』
「本当です」
俺が即答すると、画面越しの鈴木さんは少しだけ安堵の息を吐き、すぐに公務員の顔に戻った。
『被害は』
「こちらの攻撃による直接被害はゼロです。ただ、世界各地で空が一瞬燃えたように見えたことによる交通事故、パニック、誤作動、二次被害については現在調査中ですね」
『……直接被害ゼロ、という言葉の前に、なぜ世界各地で空が燃えた話が挟まるんですか』
鈴木さんの声が一段低くなる。
「嫉妬の魔王だけを焼いたからです」
『説明になっているようで、行政担当者には何一つ安心材料になっていません』
「でも直接被害はゼロです」
頭痛を堪えるようにこめかみを押さえる彼へ、俺は念を押した。そして本題を切り出す。
「報酬で、こういう権能が出ました。欲しいですか」
俺は【キャラメイク解禁権】の概要を送った。
鈴木さんは送られた資料に目を通し──数秒間、完全にフリーズした。
そして次の瞬間、画面の向こうで激しくむせる音が響いた。
『げほっ、げほっ……!』
「血ですか?」
『……胃液です』
口元をハンカチで押さえながら睨んでくる鈴木さんに、俺は気遣うように声をかけた。
「似たようなものですね」
『似ていません』
すかさず飛んできた鋭いツッコミに、俺は軽く肩をすくめる。
鈴木さんはもう一度、手元の資料へ重い視線を落とした。
『……欲しいです』
搾り出すような、低い声だった。
『喉から手が出るほど欲しい。医療、福祉、災害復旧、身元回復、欠損治療、性別違和への対応、戦傷者支援、あらゆる分野で必要になります』
「ですよね」
『同時に、何も考えず解放したら社会制度が死にます』
「ですよね」
『緊急会議を開きます。今すぐ来てください』
有無を言わさぬ圧に、俺は少しだけ抵抗を試みた。
「ええ……未消化のソシャゲ消化と攻略WIKI更新で忙しいんですけど」
『来てください』
「会議中にソシャゲ始めますよ」
『それでもいいので来てください』
「本当にいいんですか」
『あなたが会議中にゲームをする程度の問題と、全人類が顔と身体と声を変えられる権能の運用設計、どちらが重大だと思っているんですか』
「ゲームのイベント期間は戻りません」
『火賀さん』
「はい」
『来てください』
静かに、しかし絶対の意志を込めたその声に、俺はついに白旗を揚げた。
「……分かりました」
鈴木さんは、酷く疲れた顔で目を閉じた。
まだ一ヶ月後の地獄を知らないのに、既に一ヶ月後と似た顔をしている。申し訳ない。
だが、俺はさらに言うべきことがあった。
「あー、あと、貴方方へ渡したguide-GPTの物理的手足になるアンドロイドの件なんですが」
『待ってください。今、議題はキャラメイク権だけです』
「今は一ヶ月に一体しか作れませんが、SSS級ダンジョンのフォールンハートを周回して量産体制を作るつもりです」
鈴木さんの動きが、ぴたりと止まった。
『……は?』
「災害救助、危険区域作業、医療補助、物流、魔石加工、ダンジョン内の単純作業、人間が行くと危ない場所へ一気に投入できます。自我は自動生成されないので、運用上は労働機械として扱えるでしょう」
『待ってください。先日、アメリカのアレックスさんのクランがA級ダンジョンをクリアしたばかりですよね』
「はい」
『世界的には、それが大ニュースなんです』
「そうですね」
『あなたは今、SSS級を周回すると言いましたか』
「言いました」
『……いえ』
鈴木さんは何かを言いかけ、途中でやめた。諦めの境地に達したような顔だった。
『あなたはもう、そっちをやっていてください』
「いいんですか」
『止めてもやるでしょう』
「はい」
『なら、事後報告ではなく事前共有してください。胃を犠牲にする準備くらいはします』
「助かります」
俺はついでに、もう一つ資料を送付した。
『待ってください。これ以上議題を増やさないでください』
「そろそろ種火だけだと限界もあるので、クラスアップ用素材も渡します」
『増やさないでと言った直後に増やしましたね』
「ついでです」
『ついでで国家制度を二つ増やさないでください』
「クラスアップ素材です。上限突破、二次職、派生職、職業補正強化、その辺りに使えます」
『どの程度の規模で』
「まず日本の探索者平均を六十程度まで上げます」
画面の向こうで、鈴木さんが完全に無表情になった。
『火賀さん』
「はい」
『平均、という言葉の意味は分かっていますか』
「分かっています」
『一部の上澄みではなく?』
「実働探索者層全体の平均です。もちろん段階的にですが」
『……世界は、つい先日までA級攻略で大騒ぎしていたんです』
「はい」
『あなたは今、日本の探索者全体を、世界最強格探索者の水準へ押し上げると言っているんです』
「カオナシ級が出るなら、そのくらい必要でしょう」
鈴木さんは、長い、長い沈黙の後、静かに言った。
『緊急会議の議題を追加します』
「何ですか」
『火賀灯真という災害の運用について』
「人を災害扱いしないでください」
『自覚してください』
「俺はただの育成担当です」
『災害の自称が育成担当になっただけです』
失礼な話である。
俺は世界を滅ぼしかけた嫉妬の魔王を、人的直接被害ゼロで処理した善良な探索者だ。
ただ、その過程で地球全域を一瞬だけ火の射程に入れ、味方の攻撃を無効化する外れスキルを世界防衛の中核へ据え、討伐報酬として全人類の身体制度を揺るがす権能を得て、ついでにSSS級周回と日本探索者平均レベル六十計画を通告しただけである。
常識的に考えて、かなり健全な運用だった。
【guide-GPT】
補足:
一般的な行政担当者の胃に対する攻撃としては、極めて高威力です。
>
「攻撃ではありません」
『攻撃です』
鈴木さんとguide-GPTが、同時に言った。
解せない。
ともあれ、嫉妬の魔王は死んだ。
一ヶ月後の地獄は、少なくともこの世界線では発生しない。
カオナシが作るはずだった疑心暗鬼も、周凌霄が落とすはずだった雷も、横須賀から始まる世界戦争も、ハッピーエンドの甘い終末も、今はまだ存在しない。
世界は救われた。完全にではないが。
まだ七大魔王は残っている。
俺のアカウントも戻っていない。
久連さんの両親も蘇っていない。
円さんのビルドも完成していない。
アンドロイド量産も、キャラメイク権の制度設計も、クラスアップ素材配布も、攻略WIKI更新も、ソシャゲのデイリー消化も終わっていない。
やることは山ほどある。
だが、とりあえず。
次話一行目で出落ちさせるという宣言だけは、守れた。