☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜   作:人見小夜子腹パン部

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天刻拍動

 

 

 朝になっても、世界は落ち着かなかった。

 むしろ、半端に一夜を越えたせいで人間の側がようやく“事態の規模”を理解し始め、混乱は質を変えて広がっていた。

 

 俺は安アパートの薄いカーテンを指でずらし、外を見下ろす。

 道路は朝の通勤ラッシュのように混み合っているのに、空気だけが明らかに異質だった。スーツ姿で足早に歩く連中、キャリーケースを引いたまま途方に暮れる外国人観光客、コンビニ前の異常に長い列。道路脇には配送車が停まったまま動かず、パトカーや救急車のサイレンがやけに頻繁に鳴り響いている。

 

 遠くの交差点では、歩行者が何人もスマホを空へ向けていた。おそらく、どこかに出現したダンジョンか、それに伴う騒ぎを撮っているのだろう。

 

 昨日までなら、出勤がだるいとか、上司がうざいとか、そういうしょうもないことで埋まっていた朝だ。

 今はもう違う。

 

 カーテンを閉め、俺はテーブルの上のスマホを手に取った。

 魔石で改造済みの端末は、一晩中稼働させっぱなしでも熱一つ持たず、快適そのものだ。通知欄は相変わらず地獄のような有様だった。

 

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【緊急速報】政府はダンジョン発生区域への無断立ち入りを禁止する方針を発表しました。

【東京都防災】一部地下鉄路線は安全確認のため全面運休中です。

【探索者臨時登録窓口 開設】能力覚醒者は指定施設での登録にご協力ください。

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 ああ、始まったな、と思う。

 後手後手ではあるが、政府も社会もようやく形だけは整え始めている。

 ダンジョン封鎖、能力者登録、交通規制、情報統制、そして物資の流通確保。

 当たり前だ。この世界の人間は、まだ今の状況を“ゲームの始まり”ではなく“未曾有の災害”として認識しているのだから。

 

 ニュースアプリのトップは、ダンジョン関連一色だった。

『政府、非常対策本部を設置』

『都内主要部に自衛隊派遣』

『初確認された“能力覚醒者”への対応急ぐ』

『魔石は新資源か、専門家会合へ』

『死者・行方不明者の把握進まず』

 

 専門家会合。笑わせる。

 魔石を“新資源”なんて呼んでいる時点で、奴らはまだ入口にも立てていない。あれは資源である前に、世界の法則を殴ってねじ曲げるための燃料だ。電力変換なんて、その副産物に過ぎない。

 だが、今の社会にはそれで十分すぎる。魔石千個で日本の年間電力需要を賄える計算だ。そんなものがダンジョンの初回報酬で落ちるとなれば、国家が目の色を変えないはずがない。

 

 現にSNSのタイムラインは、能力覚醒の報告と魔石の噂で埋まっていた。

『☆5来た!!! 人生勝った!!!』

『俺ナイトだったんだがこれって当たり?』

『弟が☆1で泣いてる』

『ダンジョンって勝手に入っていいの?』

『魔石一個で一生遊べるってマ?』

『近所のスーパー棚空っぽなんだけど』

『配信者がダンジョン凸予告してる』

 

 見慣れた情報汚染だ。能力ガチャに浮かれる奴、レアリティだけ見て絶望する奴、配信のネタにしようとする奴、国が何とかしてくれると信じている奴。そして、とっくに人生の転機だと察して動き出している奴。

 どれも正しくて、どれも間違っている。

 

「……野次馬どもも、そろそろ本格参入か」

 

 昨日は混乱が強すぎて、まともにダンジョンへ入れる人間は少なかった。だが一夜明けた今、“自分も行けば何とかなるんじゃないか”と思い始める連中が大量に出る。

 配信者、自称実力者、英雄願望持ち、人生一発逆転を狙う連中。そして、ごく一部の本物。そういうのが混ざり始めるのが、だいたいこのタイミングだ。

 

 俺はニュースを閉じ、とあるアカウントのタイムラインを開いた。

 昨夜のうちに目をつけていた、☆2プリーストの女。名前は安里真由。

 アイコンは某緑色の宇宙人のスクリーンショット。プロフィール欄には『寝るのが趣味/スマホが本体/ピッコロさん結婚して』と書かれている。終わっている。

 

 だが、終わっているからこそいい。俺は彼女の昨日の投稿を遡った。

 

『能力覚醒しました。☆2プリースト』

『これで社会のレールに戻れるかもしれないって、一瞬だけ思ったのよね』

『いやまあ、回復じゃない時点で嫌な予感はしてたけど』

『探索者協会の臨時窓口行ってくるわ。今度こそ社会復帰イベント開始でしょう。開始よね?』

 

 そして、その三十分後。

 

『帰されたわ』

『正確には追い返されたわけじゃないのよ? ただ“現時点では前線向きではない可能性が高いので……”みたいな、優しくて丁寧で正しいやつ』

『ハローワークで見たことある顔だったわ。オブラートって喉越し最悪なのよね』

 

 最後の投稿には現在地が付与されていた。探索者協会・霞ヶ関臨時窓口の裏手にある公園。

 近い。俺はスマホをポケットに滑り込ませ、立ち上がった。

 

「外れプリースト、回収しに行くか」

 

 

 ◇

 

 

 探索者協会の臨時窓口は、旧庁舎を半ば無理やり使ったような雑な会場だった。

 入口には臨時の案内板と制服警官。疲れ切った職員と、能力覚醒者らしき若者の列。高レアを引いたらしい奴らの浮ついた顔と、逆に☆1や☆0を引いて死んだ目をした連中。

 まだ世界は始まったばかりなのに、もう露骨に“当たり外れ”の空気が漂っている。

 

 お目当ての安里真由は、建物の裏手にある小さな公園にいた。

 ベンチにだらしなく座り、片手に総菜パン、足元には飲みかけの安いエナジードリンク。黒髪を後ろで雑にまとめた二十代半ばの女だ。

 顔立ちは普通に整っている。整っているのに、目の下の薄い隈と、昨日寝落ちしてそのまま起きたような髪の乱れが、生活の終わり具合をとてもよく物語っていた。

 

 極めつけは、ベンチの脇に置かれた開きかけのクリアファイルだ。中には生活保護申請の書類と、探索者協会の臨時登録用紙がまとめて突っ込まれている。人生の分岐が雑に同居していた。

 

「……中学までは普通にレール乗ることできたのよ、ほんとに」

 真由はパンをかじりながら、一人でぶつぶつと呟いている。

「いや、ほんとにって何よ。今の私が言っても説得力ゼロじゃない。知ってるわよ、そんなこと。浪人失敗、引きこもり、就職失敗、二十六歳、生活保護申請中。字面だけ見ると、わりと芸術点高めに終わってるもの」

 

 咀嚼しながら、スマホの画面を点ける。また消す。数秒後にまた点ける。完全に中毒の挙動だ。

 

「でもさぁ……最低限の倫理観くらいはあるのよ、私。一応ね? これ以上親に迷惑かけたくないとか、せめて自分の飯代くらい自分で何とかしたいとか。あるんだけど、あるだけで人生がどうにかなるなら、ここまで転がり落ちてないのよね」

 

 エナドリを一口流し込み、彼女ははぁっとため息をついた。

 

「覚醒した時、一瞬だけ思ったのよ。あ、これで社会のレールに戻れるのかもって。生活保護申請の前に、ぎりぎりこっち側へ戻れるのかもって。でも行ったらあの顔よ。優しいのよ? 優しいし丁寧だし正しいの。でも“前線向きではありません”って、ちゃんと分かる顔。ハローワークで見たやつだわ。ああいうの、地味に効くのよね……」

 

 乾いた笑いが公園に落ちる。

 面白い女だ。自虐的だが、自分が置かれている状況を客観視できている。そして、動画で見たスキル発動のログも、ある程度使いこなせるセンスがあることは確認済みだ。

 使える。かなり。

 

 俺は足音を隠さずに、ベンチの前まで歩み寄った。

 

「安里真由さん、ですよね」

 

 びくっと肩を跳ねさせ、真由が顔を上げる。

 

「……は?」

 

 あからさまな警戒。当然だ。いきなり知らない男にフルネームを呼ばれたのだから。

 だが、今回は雑に刺すと心が折れる相手だ。自分を笑いながらも本気で潰れかけている。最初だけは丁寧に行くに限る。

 

「少しお時間いいですか。話がありまして」

「え、何。宗教? マルチ? それとも新手の行政かしら。私もう今、だいぶ心が繊細なんだけど」

「どれでもないです。探索者の勧誘です」

 

 数秒、沈黙が落ちた。

 真由は俺の顔を見て、それから全身を見た。今の俺はただの無難な服装で、灰まみれでもない。どう見ても普通の会社員だ。

 

「……勧誘?」

「はい」

 

 指を自分に向けた真由に、俺は短く頷いた。

 

「私を?」

「ええ」

「☆2プリーストで、回復スキル無しの私を?」

「はい」

 

 真由は総菜パンを持ったまま、心底意味が分からないという顔をした。

 

「……ごめんなさい、煽りとかじゃなくて、どこを見てその判断になったのかしら」

 

 俺は答える代わりにスマホを開き、昨夜拾った彼女の能力画面のスクリーンショットを提示した。

 

 ==================

【天刻拍動】

0.2秒間、対象一名の攻撃力を完全別枠で100%上昇させる支援系スキル。

効果時間は極端に短いが、既存の攻撃補正と干渉しない独立倍率を持つ。

正確なタイミングで発動した場合、対象の瞬間火力を爆発的に引き上げる。

効果の成否は使用者の認識速度・精神集中・対象との連携精度に大きく依存する。

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祈りは、長ければ届くとは限らない。

願いは、強ければ叶うとも限らない。

けれど、ほんの一拍。

世界の拍動と、誰かの命運が、完全に噛み合う瞬間がある。

その刹那だけ、祈りは奇跡へ変わる。

これは傷を癒やすための術ではない。

誰かの“ここしかない”という一撃を、運命ごと押し切るための祝福である。

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 画面を見た真由の目が、わずかに見開かれる。

 

「……勝手に保存してるの、ちょっと怖いわね」

「すみません。ただ、必要な情報だったので」

「怖いわねぇ……」

「ですが、そのスキルは当たりです」

 

 俺がはっきりとそう断言すると、真由は少しだけ笑って、それがすぐに自嘲へ変わった。

 

「その台詞、たぶん今日初めて聞いたわ」

「でしょうね」

「協会では“支援適性の可能性がありますので、まずは後方補助や研修から”みたいな感じだったんだけど」

「現時点の一般的な評価としては正しいです。普通の運用なら腐りますから」

 

 突き放すような俺の言葉に、真由が黙る。

 

「効果時間0.2秒は短すぎる。野良の前衛じゃ絶対に合わせられない。回復も無い。継戦能力も無い。プリーストらしい仕事を期待して組むと、ほぼ確実に期待外れになります」

「ええ。そこまでは私も理解してるわ」

「ですが、完全別枠の100%バフは話が別です。通常の攻撃バフと干渉せず、乗算系とも積みやすい。タイミングさえ合わせれば、瞬間火力だけなら一段階どころか二段階上へ跳ねます」

「……瞬間だけ、でしょ」

「瞬間だけで十分な相手もいます」

 

 そこで、真由の視線が変わった。

 さっきまでの“変な男に絡まれている”という呆れ顔ではない。自分のスキルを、慰めでも気休めでもなく、中身の性能で評価している相手を見る顔だ。

 

「あなた、探索者なの?」

「ええ、まあ」

「レアリティは?」

「☆1です」

 

 正直に答えると、真由の眉がピクリと動いた。同情でも優越でもない。妙な納得だった。

 

「それで、☆2の私を勧誘しに来たの」

「ええ。必要なので」

「必要、ね……」

 

 真由はパンを袋に戻し、スマホを伏せた。だが、数秒後には無意識にまた画面を点けている。

 

「一応聞くけど、怪しいことじゃないのよね? 犯罪とか、人体実験とか、変な宗教とか」

「犯罪的に見える可能性はあります」

「あるんだ」

「ですが、少なくとも貴方を使い捨てるつもりはありません。使い捨てるには惜しい性能ですので」

「……ほんと、褒め方が絶妙に人の心を逆撫でするわね」

 

 少し呆れたように真由が肩を落とした。でも、帰れとは言わない。あと一押しだ。

 

「率直に申し上げます。このまま協会の評価に従っていても、貴方は埋もれます。後方研修、基礎講習、低難度支援。その辺りで“使えなくはないけど微妙”という扱いを受け続けるでしょう」

「……まあ、そうでしょうね」

「俺は、そのスキルの本当の使い道を知っています」

「それ、何で?」

「勘です」

「嘘が下手すぎるのよ」

 

 ジト目で睨まれたが、それ以上の追及はしてこなかった。

 真由は俯いて、自分の膝の上に置いたクリアファイルを見る。透明なプラスチック越しに、生活保護申請書の文字が透けて見えていた。

 

「これで社会のレールに戻れると思ったのよ」

 

 ぽつりと、静かな声だった。軽口のようなトーンなのに、内容はまったく笑えない。

 

「覚醒した時、思ったの。あ、これでようやく、まともな側に戻れるかもって。二十六で無職で引きこもりで、生活保護の申請書類抱えてる私でも、これなら役割があるかもって。でも行ったら、やっぱりあの顔。優しいし、丁寧だし、正しいの。でも分かるのよね。“ああ、あなたは前線の当たり枠じゃありません”って」

 

 真由は顔を上げ、俺を真っ直ぐに見た。

 

「これ以上、自分を嫌いになりたくないのよ、私。怠け者なのも、スマホばっか見てるのも、寝て逃げる癖があるのも事実。でも、これ以上“ほんとに駄目な人間”として確定したくないの。親に迷惑もかけたくないし」

 

 飾りのない、彼女の本音だった。

 

「だから聞くわ。あなたについていけば、まだ間に合うの?」

 俺は一切の迷いなく答えた。

「間に合わせます」

 

 真由が、息を呑むように目を見開く。

 

「……言い切るのね」

「はい。その代わり条件があります。勝手な判断で死地に入らないこと。戦闘中は俺の指示を優先すること。あと、食事と睡眠はきちんと取ってください」

「最後の二つ、なんか急に保護者みたいね」

「貴方のスキル、反応速度が命なので。寝不足と低血糖で精度を落とされると困ります」

「なるほど、性能の話ね。一周回って安心したわ」

 

 真由はベンチの背もたれにぐったりと体重を預け、空を見上げた。

 

「……ちなみに、報酬は?」

「当面の生活費は出します。食事も」

「食事」

 

 真由が食いつくように復唱した。

 

「はい」

「美味しいもの?」

「可能な範囲で」

「睡眠は?」

「邪魔しません」

「スマホは?」

「戦闘中以外はご自由に」

 

 そこまで聞いて、真由は真顔で深く頷いた。

「だいぶ労働条件がいいわね……」

「そうでもありません。死ぬ可能性はありますから」

「急にブラック要素を出してくるのやめなさい」

 

 呆れたように言った彼女の声は、さっきまでよりも少しだけ軽かった。

 沈黙ののち、真由はパンの袋を丸めて立ち上がる。スカートについたパンくずを払い、まっすぐに俺を見た。

 

「安里真由。二十六歳。☆2プリースト。回復無し。性格はだいぶ終わってるけど、最低限の倫理観はまだあるつもりよ」

「火賀灯真です。☆1キャスター」

「低レア同士、仲良くしましょうって?」

「いえ。貴方には働いてもらいます」

「ほんと可愛げないわね、この人」

 

 真由はふっと笑って、一歩こちらへ踏み出した。

 

「……まあ、いいわ。どうせこのまま一人でいても、またどこかで“やんわりお帰りください”の顔を見せられるだけでしょうし。拾ってくれるなら、拾われてあげる。今の私は、そのくらい図々しくてもいいはずだもの」

「助かります」

「でも、使えなかったら捨てる?」

「育てます」

「そこは迷わないのね」

「ええ」

 

 真由は数秒、品定めするように俺を見つめた後、小さく肩をすくめた。

 

「……変な人。言っておくけど、私は寝起きと空腹だと機嫌が悪いわよ」

「把握しました」

「ピッコロさん関連で情緒が荒れることもあるわ」

「把握しました」

「あと、かなりスマホを見る」

「戦闘中でなければ構いません」

 

 そこでようやく、真由は憑き物が落ちたように、自然な笑みを浮かべた。

 

「じゃ、よろしく。火賀さん」

「はい。よろしくお願いします、安里さん」

 

 こうして、俺は一人目の仲間を拾った。

 世間的には、外れプリースト。協会的には、後方向けの微妙枠。

 だが俺にとっては違う。

 

 安里真由。☆2プリースト。スキル【天刻拍動】。

 E級以降を回すための、最初の当たりだ。




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