☆1キャスターの俺、現代ダンジョン出現当日、F級ダンジョン60個を周回特化自爆スキルで焼き払ってたら低レア最強パーティが育っていた〜アーラ◯ュ系周回スキルで人類全員を育成し尽くします〜   作:人見小夜子腹パン部

5 / 26
安里真由

 

 

 安里真由を拾った後、俺たちは並んで駅前まで歩いた。

 

 仲間を得たからといって、空気が急に和むわけではない。むしろ逆だ。

 こっちは使える支援役を確保したつもりでいるし、向こうは向こうで「とりあえず拾われてみた」くらいの温度感でついてきている。互いに人間関係の構築において初速が速いタイプではないのだ。

 

 だから、歩きながらの会話も自然と事務的になる。

 

 どこで飯を食うか。

 今からどこへ行くか。

 その前に何をするか。

 必要な確認だけを、短く交わす。

 

 その結果、最初の食事場所はココイチになった。

 

 こういう時に妙に気取った店へ入る理由はないし、早い、温かい、量も読める。世界が半分壊れかけている日に選ぶ外食としては、かなり優秀な部類だと思う。

 

 それに、真由の【天刻拍動】は反応速度が命だ。

 空腹と寝不足で精度を落とされるのが一番困る。

 だったら、温かい炭水化物を手早く入れられるチェーン店は理にかなっている。

 

 店内は普段より空いていた。

 街全体が混乱している以上、そりゃそうだ。それでも営業してくれているだけありがたい。

 

 俺は席に着くなり、メニューもろくに見ずに十辛を頼んだ。

 対面の席で、真由がバッグから財布を出し、中身を確認して……しばらく固まった。

 

 接着剤でくっつけたように角がめくれた、安っぽくてボロボロの財布だった。中から出てきた千円札も、なんだかくたびれている。

 その光景だけで、彼女の置かれていた状況がだいたい察せられた。

 

「……一番安いの、どれかしら」

 

 真由はメニューを指でなぞりながら、恨めしそうに呟いた。

 

「甘口ポーク?」

 

「じゃあ、それで」

 

「奢りますよ」

 

 俺がそう言った瞬間、真由の視線がバッと跳ね上がった。

 

「え」

 

「奢ります」

 

「……ほんとに?」

 

「はい」

 

「範囲は?」

 

「常識の範囲で」

 

「その“常識”の定義、あとで揉めるやつじゃない?」

 

 胡乱な目をする真由に、俺は短く答える。

 

「今のところ揉める気はありません」

 

 数秒後。店員が戻ってきた頃には、真由の注文は最安値の甘口ポークカレーから、チーズ、ほうれん草、ロースカツ、ソーセージ、ゆで卵、ハンバーグまで乗った“何か”へ変わっていた。躊躇が無さすぎる。

 

「常識の範囲で、とは」 「いやだって、奢りって聞いたらね? ここで遠慮するのも逆に失礼かと思って」 「その理屈で全部乗せまで行くのは図々しいと思います」 「私、今かなり図々しく生きるフェーズなのよ」

 

 真由は悪びれもせず言い放った。

 ほんの少しだけ、口元が緩んでいる。

 

 昨日まで生活保護申請を抱えていた女が、急に全部乗せカレーを頼める立場になったのだから、まあ分からなくもない。

 

 料理が来るまでの間、真由は机の上に置いた自分のスマホを何度も触っていた。

 

 接着剤と透明テープでどうにか延命されているような、悲惨な機体だった。ケースは割れ、端末の角は欠け、画面の一部には細いヒビが走っている。よくここまで使ったなと感心するレベルである。

 

「それ、まだ動くんですね」

 

「動くのよね。すごいでしょう。私の人生で一番付き合い長い相棒かもしれないわ」

 

「かなり限界が来てますよ」

 

「分かってるわよ。分かってるけど、新しいの買う金があるなら食費と通信費に回るのよ」

 

 でしょうね、と思う。

 

 こいつにとってスマホは娯楽であり逃避であり、社会との最低限の接続でもある。それが壊れかけていても、買い替えられなかった。そういうギリギリの生活をしてきたのだろう。

 

「貸してください」

 

「え」

 

「そのスマホ」

 

「まさか没収?」

 

「強化します」

 

 真由は一瞬だけ俺の顔を見て、それからスマホを見て、また俺を見た。

 

「……え、なに、そういうこともできるの?」 「魔石の使い方を知っていれば」 「こわ」

 

 文句を言いながらも、真由は素直に端末を差し出してきた。

 

 俺は受け取り、テーブルの死角で魔石を一つ指先に転がす。店内で青白い結晶を丸出しにするのも目立つからだ。

 やることは昨日、自分の端末で試したのとほぼ同じ。対象が違うだけだ。

 

「魔石消費。対象端末を改ざん。耐久補強、超長期稼働、自律最適化、補助知能拡張。使用者適応も追加」

 

 掌の内側で、魔石が静かに光った。すぐにシステムウィンドウが開く。

 

==================

【魔石使用確認】

対象:携帯端末

使用目的:高位情報端末への再構成

==================

 

==================

【適用予定効果】

・外部電源不要の長期稼働化

・高耐久化(衝撃・水没・劣化への高い耐性)

・通信/処理/記録領域の自律最適化

・補助知能の高度化

・使用者の嗜好に応じた支援機能の再構成

==================

 

==================

【補足】

魔石による機器改変は、既存技術を超越した機能追加を可能とします。

ただし、使用者の認識可能範囲を超える機能は、段階的に解放されることがあります。

==================

 

 実行。

 

 ぼろい端末が俺の手の中で小さく震えた。

 

 画面が暗転し、内部から青白い線が走る。ヒビ割れたガラスの向こうで、何か別の機構が組み上がっていくような、ぞわりとする感覚。

 ケースの浮きが消え、端の歪みが直る。透明テープで押さえられていた部分がぴたりと馴染み、もはや最初からそういう一体成型だったように形を整えた。

 数秒後、端末が静かに再起動する。

 

==================

【改変完了】

個体名:携帯端末 → 高位情報端末

使用者適応:安里真由

==================

 

==================

【主な性能変化】

・理論上無補給での長期稼働

・防水/防塵/耐衝撃性能の大幅向上

・自律更新による恒常的性能向上

・高位補助知能の搭載

・音声命令による創作・編集・解析支援

==================

 

 俺はそれをテーブルに戻した。

 

「どうぞ」

 

 真由は恐る恐る端末を手に取り、電源を見た。

 画面は信じられないくらい滑らかだった。起動速度も、タップの反応も、さっきまでの瀕死端末とは別物である。

 

「……なにこれ」

 

「強化済みです」

 

「なにこれ! 充電いらないの?」

 

「ほぼ要りません」

 

「超進化AI!?もしかしてちょっと声かけるだけで超作画ドラゴンボールアニメ一本作れる?」

 

「条件次第ですが、かなり近いことはできます」

 

「またまたぁ……」

 

 真由は半笑いのまま、半信半疑で端末に話しかけた。

 

「えー……ピッコロさんが海辺で修行してる感じの、超作画ショートアニメ作って」

 

 数秒後。

 

 画面に、ありえない速度で動画生成の進捗バーが走り、短い映像が流れ始めた。

 波打ち際。夕焼け。風で揺れるマント。異常に滑らかな作画。妙に気合の入ったエフェクト。著作権的にはかなり危ういが、品質だけで言えばプロの仕事レベルだった。

 

 真由の目が丸くなる。

 

「……すげぇ」

 

 そして次の瞬間には、彼女は完全に夢中になっていた。

 

「なにこれ、すご……え、待って、今のカメラワーク何? ちょっと、やだ、すごい……」

 

 素直でいい反応だ。

 ただ、今はそこで止まってもらっては困る。

 

「あとこれ」

 

 俺はテーブルの上へ種火を置いた。青白い光を宿した、小さな火片。

 

 真由がアニメから目を離し、そっちを見る。反応は鈍い。当然だ。こいつはまだ、これが何か知らないのだから。

 

「なに、その、綺麗だけど触ったら怒られそうなやつ」

 

「使います」

 

「何に」

 

「貴方に」

 

「やめなさい、言い方が怖いのよ」

 

 昨日、SNSを見た限りでは、誰もが種火をそこそこ持っていた。

 だが使い道は分かっていなかった。せいぜい「素材っぽい」「何かの強化用では」「売れるのでは」程度の認識だ。

 

 無理もない。

 現時点で、あれを経験値アイテムと見抜ける人間はかなり少ない。

 

ソシャゲの法則が世界に適応されたなど俺以外誰も気づいていないのだから。

 

 俺は真由へ視線を向ける。

 

「今からレベルを上げます」

 

「は?え、ちょっと待って、理解が」

 

「E級ですね」

 

「さらっとE級前提で話が進んでるのよね、さっきから」

 

 魔石一個も、種火数個も、安くはない。

 

 だが【天刻拍動】持ちをレベル1のまま抱えてE級へ入る方が、俺にとってはよほど損だ。

 

バフが本体の安里真由のステータス増強はあまり意味がないかもしれないが、耐久を上げて万が一を減らせる。

 

 序盤のリソースは、抱えるより回した方が強い。特に当たり個体には。

 

 俺は構わず種火を起動した。

 

「対象、安里真由」

 

 光が弾ける。細い火の粒が、真由の体へ吸い込まれていく。

 真由がびくっと肩を揺らした。

 

「えっ、えっ、ちょっと、なにこれ、あったか――」

 

==================

【種火を使用しました】

対象:安里真由

==================

 

==================

【レベルアップ】

Lv1 → Lv4

Lv4 → Lv8

Lv8 → Lv13

Lv13 → Lv17

Lv17 → Lv20

==================

 

==================

【現在のレベル上限に到達しました】

クラスアップ条件を満たしています。

==================

 

 真由がピタリと固まる。

 

「……え」

 

 手を見る。腕を見る。

 自分の身体に、何か確かな芯が通った感覚があるのだろう。筋力が劇的に増したわけではない。だが、明らかに昨日までの自分とは違う。視界、呼吸、魔力の感触、その全部がずれているはずだ。

 

「……え?」 「次です」 「次があるの?」 「あります」

 

 間髪入れずにクラスアップ素材を起動する。真由の足元に、薄い光の輪が浮かんだ。

 

==================

【クラスアップ】

僧侶 → 僧侶Ⅱ

==================

 

==================

【効果】

・レベル上限解放

・基礎ステータス補正微増

・新規スキル習得

==================

 

==================

【新規スキルを習得しました】

【小癒魔術】

掌より零れる淡い祈光で、肉体の浅い損傷と疲労をやわらげる初歩治癒術。

深刻な欠損や高位異常には届かないが、傷ついた誰かへ「まだ大丈夫」と告げる程度の力はある。

==================

 

「……は?」

 

 完全に真由の理解が追いついていない。当然である。

 さっきまで生活保護申請書を抱えていた無職女が、ココイチのテーブルでいきなりレベル20、クラスアップ、おまけに回復スキル習得まで済まされているのだ。すんなり理解できる方がおかしい。

 

 真由はしばらく自分の掌を見下ろしていた。

 

「回復……来た……?」 「初歩ですが」 「いや、でも、私、僧侶で、ちゃんと……」

 

 最後まで言い切れなかった。

 たぶん自分でも、そこにどれだけ期待していたのか、今初めて思い知らされたのだろう。

 

 俺はさらに種火を追加した。

 

「まだ上げます」 「待ちなさい待ちなさい待ちなさい、ちょっと今、脳がまだ一個前の処理を」 「後でまとめて理解してください」

 

==================

【種火を使用しました】

対象:安里真由

==================

 

==================

【レベルアップ】

Lv20 → Lv25

Lv25 → Lv31

Lv31 → Lv36

Lv36 → Lv40

==================

 

 真由はしばらく完全に停止した。目だけがぱちぱちしている。

 

 レベル40。

 これでE級の最低ラインには立てる。

 

 もちろん、まだ【天刻拍動】自体の熟練度は低いし、スキルレベルを直接上げる素材投資も必要だ。本当ならあそこも上げたい。

 だが、スキルレベル強化は素材を食う。現段階では優先度を落とすべきだ。

 

「【天刻拍動】のレベルは後回しです」 「……その前に、私の魂が後回しにされてる気がするんだけど」 「スキルレベル上げは大量の素材を使います。今は基礎ステータスとクラス段階を優先します」 「聞いてないことに対して説明が始まるの、ほんと容赦ないわね……」

 

 その頃になってようやくカレーが来た。俺の十辛。真由の全部乗せ甘口。

 

 真由はまだ呆然としていたが、スプーンを持った瞬間だけは少し回復したようだった。

 

「……あ、美味しい」 「食べながら聞いてください。食い終わったらE級行きます」

 

 真由の手がピタリと止まった。

 

「私、さっきまで生活保護申請中の無職だったのよ?」 「知ってます」 「それがレベルとか言うわけわからない要素打ち込まれてレベル40になって、数十分後にE級ダンジョン?」 「そうです」 「社会復帰イベント、急に難易度設定が狂ってないかしら」

 

 俺は十辛大盛りを口へ運びながら淡々と頷いた。

 

「だから初動で差をつけます。後から安全に追いつける仕様じゃないので」 「妙に納得しそうになるのが悔しいわね……」

 

 しばらくは、スプーンと皿の触れ合う音だけがテーブルを支配した。

 

 会話のない時間が気まずいかと言えば、そうでもなかった。こういう距離感のほうが、むしろ互いに楽なのだと思う。

 

 やがて、真由がぽつりと口を開いた。

 

「大学落ちた時も、浪人失敗した時も、就職でこけた時も、そのたびに“まだ取り返せる”って思ってたのよ」

 

 俺は黙って聞く。

 

「思って、そのたびに失敗して、そのたびに前より少しずつ自分のこと嫌いになっていったの」

 

 真由はスプーンを置き、視線を皿の上に落とした。

 

「だから、今ちょっと怖いわ。これでまた期待して、また駄目だったら、次はたぶんほんとに折れるもの」

 

 少しだけ間を置いて、俺はさっきと同じトーンで答えた。

 

「知ったこっちゃないですけど、俺はやりたいから貴方を育成します」

 

 真由が顔を上げる。呆れと、ちょっとだけ笑いが混ざった顔だった。

 

「その返し、慰めになってるかなってないのか微妙なのよね」

 

「慰めではありません。運用方針です」

 

「最低だわ」

 

「期待値管理の話です。初期は全員、仕様も分からないまま走ります。失敗も多い。だから貴方だけが特別駄目というわけではありません」

 

「……なるほどね」

 

「それに、折れる度に育成し直します」

 

「さらっと怖いこと言うのやめなさい」

 

 食事を終え、会計は俺が済ませた。

 真由は店を出る直前まで、強化されたスマホでAI生成アニメを触っていた。適応が早い。

 

     ◇

 

 E級ダンジョンは、都内の外れにある小さな排水施設跡の地下に口を開けていた。

 

 すでに周辺は簡易封鎖されていたが、F級ほど人手が回っていない。現場の警備も、ダンジョンそのものへ入る覚悟まではまだ固まっていないらしい。なら、通れる。

 

 真由は入口を前にして、さすがに青ざめていた。

 

「……ほんとに来たのね」

 

「来ました」

 

「昨日まで無職。今日の昼にレベル40。夕方にはE級。展開がRTAすぎるのよ」

 

「効率重視なので」

 

「知ってるわ」

 

 揺らめく膜を抜ける。空気が変わる。

 

 内側はひどく湿っていた。壁面には黒ずんだ苔が張り付き、足元には浅い水が溜まっている。奥からぬるい生臭さが漂ってくる。

 鑑定も索敵もない。便利能力は、現状どちらにも無い。だが原作知識がある。地形の傾向も、出やすい魔物も、おおよそは分かる。

 

 このE級は水性モンスターが多い。下位の水棲系、粘液系、そして湿地仕様の小型個体。

 水耐性。炎耐性。各種五十%カット。嫌がらせみたいに、俺の【原初の火】へ対策したような構成だ。

 

 だが、知るか。

 

「真由さん」

 

「はい」

 

「入口近辺で待機。俺の合図に合わせて【天刻拍動】を」 「分かったわ。タイミングは?」

 

「詠唱の終わり際」

 

「外したら?」

 

「困ります」

 

「プレッシャーのかけ方が雑なのよ」

 

 奥から、水をかき分けるような気配がする。複数。予想通りだ。

 

 俺は【焼け残りの指揮杖】を握り直した。

 

 通常枠の攻撃力100%アップ。

 そして、そこへ【天刻拍動】が入る。完全別枠100%。

 つまり、もともとの出力に対して、装備の二倍補正がかかったうえで、それがさらに倍になる。

 

 四倍。

 

 高レアの完成形には遠い。だが序盤としては十分すぎる。

 

「行きます」 「ええ」

 

 人差し指と中指を揃え、前へ。

 

 真由の呼吸が、わずかに揺れる。

 たった0.2秒。

 普通の探索者なら、短すぎて使い物にならない。

 でも今、真由は確かにその瞬間へ意識を尖らせていた。

 

 詠唱の終わり際。

 灯真の魔力が、指先へ集まり切る、その一点。

 

「【天刻拍動】」

 

 空気が一瞬だけ鳴った。

 

 拍動。

 ほんの刹那、俺の身体の奥で出力の位相が跳ね上がる。魔力の流れが噛み合い、杖の補正と別枠強化が重なる。

 

 今だ。

 

「【原初の火】」

 

 爆発した。

 

 火柱ではない。もはや局地災害に近い。

 濁流みたいな炎が、湿った通路ごと奥へ突き抜けた。壁の苔が蒸発し、水が一瞬で霧散し、潜んでいた魔物ごと空間を押し潰す。

 

 水耐性? 炎耐性? 知るか。

 耐性ごと焼き切る出力を叩き込めばいいだけだ。

 

 その瞬間、真由ははっきり理解したはずだ。

 自分の0.2秒は、ちゃんと届いた。

 ただの微妙スキルじゃない。今この一撃を、確かに後押しした。

 

 次の瞬間。

 

「――ッ、あ、がァぁぁぁぁぁッ!?」

 

 俺の全身を激痛が貫いた。

 膝が砕けるみたいに折れる。喉が裂けるほどの絶叫が勝手に漏れた。皮膚の表面だけじゃない。内側から、神経と血管と骨髄をまとめて灰に変えられるような痛み。何度食らっても慣れない。慣れる前に嫌悪が先に来る。

 

「火賀さん!?」

 

 真由が慌てて駆け寄ってくる。俺の腕はもう灰色へひび割れ始めていた。

 

「離れ――」

 

 言い切る前に、真由が反射的に手をかざした。

 

「【小癒魔術】!」

 

 淡い祈光が俺の体へ触れる。だが。

 

==================

【状態異常【灰化】により一部回復効果が阻害されています】

==================

 

 光は弾かれた。正確には、表層を撫でただけで奥へ届かない。

 【小癒魔術】では格が足りない。灰化は、そんな優しい初級回復で誤魔化せる代物じゃない。

 

 真由の顔が強張る。

 

「え、ちょっと、うそ、何これ、効か――」 「……大丈夫、です」

 

 激痛の中で、笑いが漏れた。

 痛みで頭がおかしくなっているのもある。だが、それ以上に手応えがあった。

 

「は、はは……っ、通る……これなら、D級でも通る……!」

 

 水耐性だの炎耐性だのをまとめて押し流せた。出力は十分。【天刻拍動】との噛み合いも確認できた。これなら、条件次第でD級まで視野に入る。

 

 真由は完全に引いていた。

 

「笑ってる場合じゃないでしょう……!」 「出力確認です」 「確認の仕方が命懸けすぎるのよ……!」

 

 俺は震える指で魔石を取り出した。

 

「魔石消費。身体補修。灰化解除」

 

 青白い光が流れ込む。

 激痛が引く。ひび割れた腕に血色が戻る。肺の奥まで焼けていた感覚が薄れ、呼吸が正常へ戻った。

 

==================

【魔石を1個消費しました】

状態異常【灰化】を解除しました。

肉体損傷を修復しました。

==================

 

 俺が立ち上がると、真由は本気でドン引きした顔をしていた。まあ、そうなる。

 

 通路の奥には、焼け残った魔物は一体もいなかった。湿った空間ごと、まとめて焼き払われている。通知が一斉に弾ける。

 

==================

『――E級ダンジョン【旧第三排水路】の魔物群を殲滅しました』

『経験値を獲得しました』

『種火を獲得しました』

『素材を獲得しました』

『初回踏破報酬を獲得しました』

==================

 

 さらに、アクセサリが二つ。

 

==================

【原点偏重の煤環】

分類:指輪

効果:第一習得スキルの与ダメージ1.02倍/それ以外の攻撃威力50%減少

解説:最初に手にした力へ異常な執着を示す、黒煤の輪。

器用さは削がれるが、原初の一手だけをわずかに研ぎ澄ます。

==================

 

==================

【薄桃の護飾チョーカー】

分類:首飾り

効果:防御力+30/【魅力増加】

解説:身を守る加護と、他者の視線を引き寄せる微笑の彩りを宿した頸飾り。

戦いの場でも、装いを捨てきれない誰かに。

==================

 

 それから、クラスⅢへ上がるための素材の一部も落ちていた。上々だ。

 

 真由は指輪の方の説明を見て、即座に顔をしかめた。

 

「なにこれ。ゴミじゃない」 「俺には当たりです」 「あなた、ほんと尖ったものしか欲しがらないのね……」

 

 だが、チョーカーの方では視線が露骨に止まった。

 

「……それは」

 

「欲しいですか」

 

「いや別に? 欲しいっていうか、まあ、装備として悪くないっていうか、防御30は普通にありがたいし、【魅力増加】とか正直どうでも――」

 

 早口でまくしたてた後、少しだけ沈黙が落ちる。

 

「……似合うかしら」

 

「たぶん」

 

「じゃあ欲しいわ」

 

 素直でいい。俺はチョーカーを真由へ投げた。

 真由は慌てて受け取り、少しだけ嬉しそうに首元へ当てる。

 

 さっきまで“外れ僧侶”扱いされていた女が、自分の支援でE級を焼き抜き、初回報酬の装備を手にしている。

 その事実を、真由本人もたぶんまだうまく飲み込めていない。

 

「……今の、私が合わせたのよね」 「ええ」 「ちゃんと、役に立った?」 「かなり」 「……そう」

 

 短い返事だった。

 でも、その一言だけで十分だったらしい。真由はチョーカーを握る指先に、ほんの少しだけ力を込めた。

 

「これならD級でも通用する……!」

 

 俺は笑った。正確には、半分くらい狂気の混じった笑いだったと思う。真由はなおさら引いていた。

 

「ほんとに行くつもりなのね……」

 

「ええ」

 

「昨日まで社畜と無職だった二人が?」

 

「序盤は石割ってでも加速したもん勝ちです」

     ◇

 

 同時刻。

 政府の対応は、まだ混乱に追いついていなかった。

 

 都内各地で発生したダンジョン、能力覚醒者の把握、死者と行方不明者の確認、魔石の管理、交通と物流の維持。どれも手一杯で、個別の異常事例へ張り付く余力が足りない。

 

 それでも、無視できない報告が上がり始めている。

 

 永田町周辺でF級を異常な速度で踏破した【灰の魔人】。

 そして本日、E級相当のダンジョンでも大規模焼却の痕跡を残した不明探索者。

 

「接触方針だけでも決めておけ」

 

 会議室で、疲れ切った声がそう言った。

 

「敵対判断はまだ保留だ。だが、放置もできん」

 

「協力要請、保護、事情聴取、その全部を視野に入れて候補を絞ります」

 

「急げ。相手が人間なら囲い込みだ。敵なら、それが確定する様に情報を取る」

 

 端的で、正しい判断だった。

 だが、世界の変化は速い。そして火賀灯真は、それよりさらに速く動いている。

 

 




ここまで読んでいただきありがとうございます。今日は後3回更新します
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。