ヒロイン「店長、このお店本当に大丈夫なんですか?」店長「大丈夫じゃない」   作:日常もの増えろ

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経営的には割と赤字

「店長、ぶっちゃけこのお店って大丈夫なんですか?」

 

 この喫茶店唯一の労働力であるバイトの新庄すみれさんが、客のいない店の中でそんなことを口にする。

 

 彼女が憂いているのはこの店の経営状態だ。客足は悪く、固定費も嵩み、立地も悪い。SNS戦略も上手くできず、単価は高いし回転率はゴミカス。

 

 赤字に次ぐ赤字によって経営状態が危機に陥ったこともしばしば。

 最近では赤字と黒字を行ったり来たりして、まあ何とかなっているという状況である。

 

 従業員である彼女からしたら、店の経営状態が不安定なのは自分の給料にも関係してくる問題だから、過敏となってしまうのだろう。

 

 だが安心してほしい。どれだけ赤字になろうとも、減給することだけはしない。

 

 しかしまあ、今の彼女の問いに対する答えは一つだろう。

 

「全然大丈夫じゃないよ」

 

 大丈夫か大丈夫じゃないかで言えば、全く大丈夫ではない。

 

 赤字続きだし、正直普通だったら店を畳んでいる所だろう。

 

 しかし、今のところ俺にそのつもりはない。

 

 この店は元々道楽というか、俺の社会復帰のために始めた店なのだ。

 

 久遠伸(くおんしん)、二十六歳男性。前職はしがない会社員。

 

 大学を卒業後、地元の中小企業に入社するも社風に全く馴染むことができず、その上残業に次ぐ残業で精神状態が悪化。情緒不安定に食欲不振。日常的な不安と緊張、出社前の吐き気に苛まれ、家に帰っては風呂にも入らず倒れるように寝るだけの日々を過ごしていた。

 

 そんな俺の状態を見て、家族や友人があまりにヤバいと思ったらしく退職を勧められた。しかしその時の俺は仕事を簡単に放り出すなんてできないと思い、そのアドバイスを流していたのだが、結果的に無理やり連れていかれた病院でとある精神疾患の診断が下り、二年で社会人から無職となる。

 

 病院からは会社に対して人事異動などを打診するかと言われたのだが、ここまで来たら退職した方がいいと周りからアドバイスを受け、当時一般的な価値観を完全に放棄してしまっていた俺は言われるがままに行動した。

 

 そこからは通院生活を送り、適切な治療を受けて半年強でメンタルを回復。回復後も親から物凄く心配された結果、実家でゆっくりするべきだと言われニート生活を謳歌。

 

 しかし、俺自身がその生活に不安を抱き始めたことで、何か変化が必要なのではと心配になった母が叔母に相談したところ、俺が昔ボソッと言ったことのある穏やかな喫茶店の店長とかやってみたいという言葉を思い出した叔母によって、亡くなった祖父が昔やっていた喫茶店があるから、立地は悪いけど使ってみてはどうかと提案された。

 

 祖父の生き生きとした姿に憧れを抱いていた俺はそれを了承し、食品衛生責任者の資格を取得。

 

 そうして今に至るわけだ。

 

 経営に関しては赤字でも問題ないように、独学で投資の勉強をして、社会人時代に貯めるだけ貯めて一切使うことのなかった貯金を投資に回すことで、赤字を補填したりできなかったりしている。

 

 現在の喫茶店店長はどうやら俺の性格にものすごくマッチしているようで、かつてのサラリーマン時代が嘘のように楽しい生活を送っている。

 

 コーヒーだとかに詳しいわけではないのだが、料理をするのも振舞うのも好きだし、静かな空間で一人ゆっくりするのも、偶に来るお客さんの姿を見ながら本を読むのも好きだ。

 

 祖父が集めていた書籍をお客さんが自由に読めるように本棚を作ってみたり、若者に受けそうなスイーツ作りに挑戦してみたり。そんな生活がけっこう楽しかった。

 

 人には向き不向きがあるというが、それは本当なのだと改めて実感した。

 

 社会人としてやっていけなかった俺が喫茶店の店長なんてできるのかという自問自答をしていた時期もあったが、そんな疑問が吹っ飛ぶくらい毎日が充実している。

 

 そう考えると、俺はかなり恵まれた環境にいることを思い知る。

 

 確かに、社会人時代は辛いことも多々あった。だがそれでも家族や友人の理解を得られ、こうして好きに生きられているのだから。

 

 回顧はここまでにして、俺は新庄さんからの質問に答えるべく口を開いた。

 

「全然大丈夫じゃないけど、俺はこのままで十分だと思ってるんだよね」

 

「そうですかぁ……」

 

 新庄さんは納得のいかない様子だ。

 

 どうやら、彼女は彼女で何か複雑な気持ちらしい。

 

 給料は出るし、忙しくもないが、退屈が苦痛という性格の人もいるだろう。もし新庄さんがそう感じているのであれば申し訳ないが、それに関して俺にできることはない。

 

 立地が郊外の路地裏、それも地下となると人目に付かないのは仕方ないだろう。

 飲食店を掲載するようなアプリやサイトといったネット上での店舗登録もしていないし、SNSもまともに運用していない。 

 

 そりゃあ客が来ないのも納得といった感じではあるだろう。

 

 来るお客さんと言えば、叔母さんや叔父さん、両親や友人の紹介で足を運んでみた人たちと、そんな人たちの口コミによって店の存在を知った人くらい。

 

 常連さんは最早客と店員という関係ではなく、ただ地元の知り合いが遊びに来たくらいの感覚だ。

 

 そんな感じでゆるーくなんちゃって喫茶店を経営している。

 

 唯一の従業員である女子高生の新庄さんを雇ったのは、雨の日に店の前で蹲っていた彼女を見かねて店内に入れたことがきっかけだった。

 

 うちは入口まで階段で下っていくタイプの半地下とでも言うべき店舗になっている。正直、誰かに言われなければこんなところに喫茶店があるなんて思わないくらいには目立たないと自負している──看板とかも出してない──のだが、新庄さんはそんな俺の店の前で、壁に寄りかかって辛そうな顔をしていたのだ。

 

 それがどうにもかつての俺と酷似していたような気がして、放っておくのも非情だろうしとりあえず雨を凌いだ方がいいと思って店内に案内した。

 

 まあそれからは、体を拭くためのバスタオルを貸し、体を温められるような飲み物を提供した。

 

 何があったのかを聞こうとも思ったけど、こういうのは下手に聞くよりそっとしておいた方が良いのかもしれないと思ってやめた。

 

 俺はカウンターで一人静かに座るだけの退屈な人間に成り下がり、互いに不干渉を貫いた。

 

 これが正解だったのか、未だに分からない。

 

 やっぱりあの時の新庄さんが安心できるような言葉をかけてあげればよかったのかと思う時もある。知らない人の知らない店に入れられた末、黙った店主と二人きりなんて今思うと気まずいなんてもんじゃない。

 

 でも何となく、あの時はそっとしておくのが良いと思ったのだ。

 

 それからは、落ち着いた新庄さんが世話になったと言い出したので、帰宅するのを見送った。

 

 それを境にもう会うことはないだろうと、その時の俺は思っていた。恐らく何かがあった未成年の少女と、ただの喫茶店経営者の成人男性。もう接点もなくなる、客と店員というだけの関係。

 

 大人としては、何か彼女の手助けになれることをするべきだったのかもしれない。だけど、部外者が余計なことを重ねると、却って何かを悪くしてしまうかもしれないから。

 

 しかし、新庄さんは翌日になって客として再びこの店を訪れて、それからはほぼ毎日通うようになった。

 

 店で他愛のない話をしたり、勉強が難しいだとか、友達と反りが合わないだとか、両親と喧嘩したとかそういった愚痴を聞いたり。そんなことをしていたら、いつの日か新庄さんが『店長、このお店ってバイトとか募集してないんですか?』と聞いてきたのだ。

 

 当時は俺の完全なるワンオペで回していたこの店だったが、言われてみて確かに従業員が一人くらいはいた方がいいよなと思い立った。

 

 そして、俺は新庄さんに『働いてみる?』と聞いたのだ。

 

 

「こんなに暇なのに、給料がちゃんと出ててちょっと申し訳なくなっちゃいますよ」

 

「はは。まあ、俺と新庄さんの二人体制だし、多少赤字でも給料面はね。そこをケチると転げるように落ちていくような気がして……」

 

 前職が薄給だったことを思い出し、給料面はしっかりしようと思ったのだ。

 自分がやられて嫌だったことは、やらない。それに相手が高校生となると猶更だろう。道楽で、利益度外視で始めている喫茶店なのだから、そういうしがらみとは無縁でありたいものだ。

 

 まあ、時と場合によるけれど。

 

「私はもう少し安くても文句言いませんよ? 賄いも出るし、余った商品を持って帰れるし。というか実質働いてる時間は三時間とかしかありませんし」

 

「労働時間はきっちりしとかないと、法律だからね。食べ物に関しては日持ちしないものもあるからねぇ。無駄になるよりはよっぽどいいよ」

 

 働きづめで心身ともに壊すよりはよっぽどいいと思う。赤字だろうと日々の生活に満足できているのであれば、それは俺としては良いことだと思う。

 

「髪型自由で、シフトも自由。好きな時に来て好きな時に帰れる」

 

「だってチェーン店じゃないし、今まで俺一人で回せてたし。髪型は、流石に長すぎるのはよくないけど、新庄さんはそんなことしないし……ね?」

 

「私、必要ですか?」

 

「必要か不要かなんて些細なことだよ。新庄さんみたいなかわいい看板娘がいるだけで、この古びた店もきらびやかになるってもんだし」

 

「かッ……!? かわいいって……!?」

 

 新庄さんは正直に言って芸能界に入っても多分やっていけるのではないかというほど容姿が整っている。高校生なのでまだあどけなさはあるが、それでも大人びた雰囲気の子だ。

 

 ぶっちゃけこんな店に置いておくには勿体ないんじゃないかって思うほど。

 

「は、話を逸らさないでください! 私は憂いているのです、このお店の現状を!」

 

「逸らしたつもりはないんだけどなぁ……。でも、この店はよっぽどのことがない限り閉めることはないかな。だって、俺が好きでやってることだし」

 

 これ以上自分に合った仕事が見つかるかと問われると、首を傾げてしまうし。もしかしたらあるのかもしれないけど、それをわざわざ探してまで見つけようという気にもなれない。

 

 もう一度、かつての生活に戻るなんて懲り懲りなのだ。

 

「……店長って、ちょっと変わってますよね」

 

「……そう?」

 

「はい。なんか、目を離すとすぐにどこかへ行っちゃいそうな……そんな感じがします」

 

「なんじゃそれ」

 

 今日も今日とて客は少ない。

 

 唯一のバイトと適当に話をしながら、置いているテレビを流し見たり、祖父が遺した書籍や俺が興味を持った本をペラペラと捲るだけの一日だ。

 

 偶にやってきた顔見知りとちょっとお話をして、新庄さんが常連さんに『すみれちゃんは今日もかわいいわね~』なんて褒められているのを眺める。

 

 そんな日常。




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