ヒロイン「店長、このお店本当に大丈夫なんですか?」店長「大丈夫じゃない」 作:日常もの増えろ
今日も今日とて、人のいない喫茶店での一日が始まる。
一切広告を出していない個人店であり、立地に関しても初見ではこんなところに喫茶店があるとは思えないほどの不親切設計だ。図らずとも一見さんお断りの様相を呈しているが、実際そんなことはない。ただ、あまりにも見つけづらい場所にあるというだけだ。
特に意味もなく点けっぱなしにしているテレビから漏れ出る番組の音をバックに、俺は一人で書籍を読む。
仕込み等は事前に済ませているので、あとはお客さんが来るのを待つだけである。まあ尤も、それが一番の難しいのだが。
もっと客足を増やそうという努力をしないのかと疑問に思うかもしれないが、俺は現状で満足している。現状で満足しているというか、これ以上客が増えるのが怖いというか。
このくらいの仕事量で楽しくやっていけているという側面もあると思っているので、今のままが自分にとっては都合がいい。
そうこうしていると、店の扉が開く。備え付けているベル軽快な音が鳴り、俺はそちらに目を向けた。
やってきたのは本日最初の来客……ではなく、バイトの新庄さんであった。
平日の午前十時。
高校生である彼女がやってくるにしては、少し不思議な時間帯。
平日の午前十時となると、世間一般では学校が始まっている頃合いだろう。とはいえ、昨今では学習形態も多様化しているため当てにはならないが。
少しも気にならないと言えば嘘になるが、だからといって特別気にするようなことでもない。
「おはようございます!」
「おはよう」
新庄さんが元気よく挨拶してくれるのであれば、それ以上のことはないだろう。
とはいえ俺も一つ心配することがある。
「……新庄さんさぁ」
「なんですか?」
「いっつもこんなに早く来てくれて俺としては嬉しいんだよ? 嬉しいんだけどさ……暇じゃない?」
そう。退屈なのだ。
だって考えてみてほしい。客足が絶望的に悪く、今まで俺一人でも回せていたような喫茶店で、遊びたい盛りの女子高生が一日中勤務するのは、果たして健全なのか否か。
俺だって祖父が遺した別に面白くもないけど、まあまあためになるような書籍を読み漁るようになるくらいには暇だったのだ。そのくらいの方が精神状態的に安定するというのもあるが、それでも新庄さんからするとやることないでしょ。
毎日のように彼女の様子を見ているが、何やらノートと教科書を広げて勉強しているか、疲れてスマホを見て休憩している様子が繰り返されている。
俺はこの状況に危機感を抱いているわけだ。
「暇ですよ?」
「……だよね?」
新庄さんはさも当然のようにそう口にした。
暇であることが苦痛ではないのかという点をそれとなく聞こうとしていた俺の意図はあまり通じていない。今の彼女の表情を見れば、「暇であることの何が悪いのか」ということを言外に示しているようにすら感じる。
率直に疑問を抱いていそうな顔だ。
「……こんなに暇なのに、毎日来てて飽きないの? もっとどこか遊びに行くとか、そういうことをしたりとか……」
「飽きないですよ~。このお店、けっこう雰囲気いいですし」
「そ、そう……? つまんなくない?」
「そんなことないですけど……。もしかして、私っていないほうがいいですか?」
言っていて、失言だったと実感した。
確かに、これでは俺が新庄さんのことを鬱陶しく感じているようにも捉えられてしまう。
これでは俺がとんでもなく悪い人間ということになる。
いや実際、勘違いさせてしまったことは悪いと思っているし、悪いことなのだが。
「い、いやいや! そんなことないさ。だって俺が雇ったんだもん。俺が自分で雇っておいて従業員を鬱陶しく感じるなんてそんな!」
「本当ですかぁ~?」
「本当だよ!」
ニヤニヤとした笑みを浮かべながら聞いてくる新庄さんの姿を見れば、彼女自身はそこまで気にしているほどでもないのだろう。そのことに若干の安堵を感じつつ、俺は浮きそうになった腰を今一度椅子に深く下した。
職場での人間関係は重要だ。
俺が前職で馴染めなかった理由の一つでもある。
ストレスを感じる要因というのは、主に人間関係だろう。というより、現代で一般的に「ストレス」と言えば、心理・社会的要因を指していることがほとんどだ。
そのほとんど全てを内包しているのが、人間関係だと俺は思う。
これが自分に合わなければ無限にストレスを抱える羽目になるし、物理的に発散できない状況下に置かれると悲惨だ。かつての俺のようになる。
だからと言っては何だが、新庄さんとの付き合い方は気を付けているつもりである。
お互いに過ごしやすい環境を整えるのが、仕事を続けるうえで重要だろう。まあ、これは半ば趣味みたいなところもあるけれど。
「それならいいです。……私はこのお店が好きなんですよ」
俺が必死に弁明をしていたら、満足した様子の新庄さん。
すると彼女は語りだす。
「私は今学校に行っていません。理由は色々あって行きたくなくなったから。家にもあんまりいたくないです。理由はいても喧嘩になるから。友達は少ないし、お金もない。元々やっていたバイトは、学校に行かなくなったことを境にそのままやめました」
まるでなんて事のないように、淡々と事実のみを紡ぐ。
そこには悲壮な表情もなければ、苦痛を伴った表情もなく。しかし俺とは目を合わせずに、窓の外の景色を見ながら、どこか遠くを想っていそうなそんな顔だった。
「店長が拾ってくれたんですからね、私のこと。だからちゃんと責任とってくださいね?」
責任……責任かぁ……。
重いって。
でも確かに、雇用主として従業員には一定の責任を負うべきだろう。これでも一人の人間を雇っている経営者となってしまった身だ。確かに気を引き締める必要はあるのかもしれない。
まあ、これ以上雇うつもりは経営的にも俺の心情的にもあり得ないけど。
「……まあ、新庄さんにとってここが居ても苦痛じゃない場所になってるならよかったよ」
最初に比べて笑顔が増えた。
これが何より、良いことの証だろう。
「……聞かないんですか?」
「聞かないよ。聞いてほしいのなら俺でよければ聞くけどね」
「そういうわけじゃ……ないですけど」
若干口を尖らせながら、どこか不満そうになってしまった新庄さん。
ええ……。
「……やりたくないことを無理にやる必要はないさ。人には向き不向きがある。『できないこと』を『できるようにする』より、『できることをやる』方が、誰にとってもいいでしょ?」
とりあえず、なんとなくいい感じの会話の終着点を求めて俺は持論を展開した。
あまり偉そうに言うことじゃないが、これは俺もつくづく実感したことだ。
人には向き不向きがある。それを自覚していた方が、何かと良いかもしれないしな。