よくあるクラス召喚物(仮名)   作:感謝君

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第二話

気付けば俺は、これから当分の間寝泊まりすることになるであろう、一人用のホテルの一室のような場所に連れられ、ふかふかのベッドに腰掛けていた。

 

 

王様からのテンプレ演説とステータス確認が終わった後、俺たち「勇者一行」は、城のメイドや兵士たちに案内され、それぞれの客室をあてがわれたのだ。

 

 

あてがわれた部屋は、中世ヨーロッパの貴族が泊まるような、アンティーク調の家具が並ぶ豪奢な空間だった。

 

磨き上げられた木の床、細やかな刺繍が施された天蓋付きのベッド、そして微かに甘い香りを漂わせるランプの灯り。

 

だが、どんなに豪華な部屋であっても、俺の心を覆う不安と混乱を拭い去ることはできなかった。

 

 

「さて、どうしたものか……」

 

静寂に包まれた部屋の中で、俺は一人、深いため息を吐き出した。

 

ランプの揺らめく光を見つめながら、現状を整理しようと試みるが、考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。

 

とりあえず、もう一度ステータスを確認するか。

 

「……ステータス」

 

再び小声で呟くと、先程と同じように青白い半透明のウィンドウが空中に浮かび上がった。

 

────────────────────────

名前:藤田 悟

性別:男女可変(男性選択中)

年齢:16歳(2800歳)

レベル:1

HP:100

MP:120

STR:100

DEF:50

SPD:100

『スキル』

性別変更

『称号』

大日本皇国初代天皇

───────────────────────

 

 

「……うん。やっぱり幻覚とか、そういうのじゃなかったか……」

 

光る文字を何度見直しても、そこにある現実は一ミリも変わっていなかった。

 

可変TS、2800歳、そして大日本皇国初代天皇。

 

 

突っ込みどころは山ほどあるが、今一番の問題はそこではない。

 

 

「ていうか、この『HP100』とか『STR100』っていう数値……この世界の平均的な数値から見て、どれくらいなんだ?」

 

俺は頭を抱えた。

 

普通、こういう異世界召喚もののテンプレ展開なら、ステータスをみんなが開いてワイワイ騒いでいる間に、「おお! 勇者殿のSTRは一般兵の十倍もあるぞ!」とか、「さすが魔法使い、MPが最初から500もあるなんて!」といった、周囲の会話からある程度の強さの基準が判明していくものだ。

 

 

だが俺は、自分自身の訳の分からない異常な項目(主に年齢と称号)にばかり気を取られ、激しく動揺していたせいで、他のクラスメイトの数値や王様たちのリアクションを完全に聞き逃してしまっていた。

 

 

もし、この『オール100前後(DEFに至っては50)』という数字が、この世界のクラスメイトや現地民、はたまたその辺のゴブリンやスライムよりも圧倒的に低い「一般人以下のカスステータス」だったとしたら?

 

 

「……普通に野垂れ死ぬぞ、俺」

 

 

まともな戦闘スキルなんて持っていない。剣道や柔道の経験もない。ただの平和ボケした現代日本の高校生だ。

 

 

魔王軍とやらと戦う最前線に立たされれば、間違いなく秒殺される。故郷(日本? それとも皇国?)に帰る方法を見つける前に、名もなき魔物の餌食になってエンドロールだ。

 

 

──いや、ちょっと待てよ。

 

もし、俺がこの世界で死んだら……それを、この異世界にまるごと転移してきているらしい『大日本皇国』の連中が知ったら、どうなる?

 

 

あの、カルダシェフスケール1に到達し、一千メートルの宇宙戦艦を一千隻以上保有し、数千万体の戦闘ロボットを運用する、ヤバすぎる超大国。

 

 

その国家の『母』であり『現人神』である俺が、辺境のファンタジー世界の魔物に殺されたり、あるいはこの国の王様に捨て駒として使い潰されたりしたと知ったら……

 

 

「……魔王に滅ぼされる前に、間違いなく世界が滅びそうだ……」

 

 

軌道上からのレーザー爆撃で大陸ごと消し飛ばされるか、あるいは数千万のロボット軍団によってこの星の全生命体が根絶やしにされる未来しか見えない。

 

 

俺一人の命が、比喩でも何でもなく、この星の命運を握ってしまっているのだ。

 

 

だが、今のところ皇国側との連絡手段は皆無だ。

 

あちらが探してくれているのかすら分からない。

 

 

だとすれば、自力であの超大国の領土(おそらく日本列島の形をしているはずだ)に向かうか、あるいは大人しく城に引きこもって彼らの迎えを待つしかない。

 

 

しかし、城に引きこもるにしても「勇者」として召喚された手前、戦いを拒否すればどんな扱いを受けるか分かったものではない。

 

 

「(あれ? これ、もしかして……相当なハードモードなのでは?)」

 

国を動かせるほどの強大な力を実質的に従えながら、現状はその力と繋がる術もなく、自身はただのパンピー(一般人)でしかないという絶望的な事実。

 

 

俺は、ふかふかのベッドの上で、これから待ち受けるであろう理不尽な運命に一人、ガタガタと震えることしかできなかった。

 

 

────────────────────────

 

 一方その頃

 

 

異世界『アティラス』の広大な海に囲まれた大陸の一つ、かつて地球と呼ばれた星に存在した日本列島──その地に君臨する超大国『大日本皇国』の中枢は、未曾有の混乱と絶望、そして底知れぬ狂気に包まれていた。

 

 

大日本皇国 皇都『天照』

 

 

関東平野の海岸沿い、史実であれば東京都市圏が形成されていたであろうその広大な地域は、今や完全に別の顔を持っていた。

 

 

雲を容易く貫き、成層圏にまで届こうかという超高層建造物が、何千、何万棟と林立している。

 

 

建物の間を縫うように幾重にも交差する透明な空中チューブの中を、磁気浮上式の高速鉄道が光の束となって行き交い、空の至る所を青白いプラズマの尾を引く無数の反重力自動運転車が飛び交っている。

 

 

さながら、最高の想像力で描かれたSF映画の超近未来都市が、そのまま現実のキャンバスに描き出されたかのような威容を誇っていた。

 

皇都だけで、総人口の約三割。

 

 

約一億二千六百万もの人間が、このひとつのメガロポリスの中で日々働き、生活し、莫大な経済を回している。

 

 

これだけの過密な人口と人流を許容できる、完璧に計算し尽くされたインフラストラクチャー。

 

 

そして、数百万の自律型治安維持AIとロボットによって管理された、犯罪率実質ゼロの絶対的な治安。

 

 

これこそが、大日本皇国が建国以来、他国の追随を許さず世界最強であり続けた理由の一つであった。

 

 

そんな天を衝く高層建造物群が立ち並ぶ都市の最中心部。

 

周囲の摩天楼すら見下ろすほど一際巨大で、かつ頭一つ抜けて高い、神殿のような威厳すら感じさせる純白の建造物があった。皇国の中枢を担う国家議事堂である。

 

 

その内部に設けられた、およそ建造物の中とは思えないほど広大な、すり鉢状の巨大なドーム型会議室。

 

 

そこでは今、何万人という国家の代表たる議員や軍の上層部が集結し、昨日突如として発生した『未曾有の超常現象』について、緊急の会議を開いていた。

 

 

「我らが皇国は今、建国史上最大規模にして、未曾有の危機に陥っている」

 

 

巨大な議場の中央、一段高くなった演壇に立つ一人の男の声が、最新鋭の音響システムによってドームの隅々にまで重々しく響き渡った。

 

 

大日本皇国現首相、佐川 諒介である。

 

白髪交じりの髪をオールバックに撫でつけ、鋭い鷹のような目を持つ彼は、歴戦の政治家らしい威厳を放っていたが、その表情は酷く憔悴しきっていた。

 

 

何万という人間が集っているにも関わらず、議場は水を打ったような静寂に包まれていた。

 

 

誰もが固唾を呑み、佐川の言葉に耳を傾けている。

 

「南は台湾島、北は樺太まで。幸いにも、我が皇国の領土は何一つ欠けることなく、完全な状態で存在している。長らく平和な時代が続いていたが故に、主戦力たる機動艦隊の大半を本土の地下ドックに待機させていたのも功を奏した。皇国の軍事力、技術力、そして経済基盤は、十全な状態を保っている」

 

佐川は言葉を区切り、ドームを埋め尽くす議員たちをゆっくりと見渡した。

 

 

「──問題は、それ以外が何一つ存在していない事だ」

 

 

その言葉が落ちた瞬間、議場の空気がさらに一段階、重く冷たくなった。

 

 

さながら、議場全体が巨大な通夜の席になったかのようだった。

 

 

昨日まで当たり前に存在していた太平洋の向こうの大陸、かつての盟友たる他国、そして見慣れた星座すらも、全てが消失した。

 

 

いや、正確には「消失した」のではない。我が国が、国ごと全く未知の別の惑星に「転移した」のだ。

 

 

衛星軌道上に急遽打ち上げた観測ネットワークから送られてくる、見知らぬ大陸と未知の海、そして地球とは異なる星空のデータが、その受け入れ難い現実を冷酷に証明していた。

 

 

 

だが、彼らがこれほどまでに絶望の淵に沈んでいる理由は、国家の転移や他国の消失という「異常事態」そのものが原因ではなかった。

 

 

それらを些末な問題として切り捨ててしまうほどに、もっと致命的で、彼らの心をへし折る決定的な出来事があったのだ。

 

 

「そして……何より重大なのは」

 

 

佐川の声が、初めて微かに震えた。

 

 

彼はマイクを握る手に力を込め、血を吐くような思いでその言葉を紡いだ。

 

「皇国の絶対的支柱であらせられる……我が国の母たる、初代天皇陛下……天照様が………国家転移の現象と同時に、御姿を消された事だ……!」

 

その名が発せられた瞬間。

 

議場の中心に立つ佐川と同じように、何万という議員たちが一様に顔を伏せ、両手で顔を覆い、ある者は静かに涙を流し、絶望に打ちひしがれた。

 

皇国の母。

 

二千八百年という途方もない時間を生き抜き、今なおこの世に存在し続ける、正真正銘の本物の神。

 

 

歴史の教科書に載る伝説の存在でありながら、生きて呼吸をし、時にその美しい姿を民草の前に現す現人神。

 

 

国家の精神的支柱であり、すべての大日本皇国臣民の心の拠り所である絶対的存在の消失。

 

 

それは、彼らにとって世界の終わりと同義であり、自身の死よりも何百倍も恐ろしい絶望であった。

 

「……現在、本土周辺はもちろんのこと、この未知の惑星全土に向けて、大気圏内外を問わず無人探査機を兆単位で放ち、文字通り草の根を分けて捜索を急がせている。天照様の生体反応、あるいは固有の量子波長を僅かでも検知次第、即座に軌道上の第一機動艦隊を急行させ、いかなる犠牲を払ってでも直ちに保護する手筈となっている」

 

佐川の報告は、一見すると冷静かつ合理的であった。

 

だが、その張り詰めた空気の中で、一人の若い議員が恐る恐る手を挙げた。

 

 

「……首相。もし……もしもですが……天照様が………その……いくら探しても、見つからなかった場合は、どのように────」

 

「馬鹿者ッッッ!!!!」

 

 

若い議員が言い終える前に、議場に怒声が轟いた。

 

 

佐川ではない。周囲の席に座っていた年配の議員たちが、血相を変えて立ち上がり、若い議員を一斉に叱責したのだ。

 

 

「言葉を慎め! 貴様、不敬にも程があるぞ!!」

 

「天照様が我らを見捨てるなど、あるいは失われるなど、万が一にもあり得ん!!」

 

怒号を浴びせられた若い議員も、ただ黙って引き下がるわけにはいかなかった。彼もまた、国家を憂う一人の代表なのだ。

 

 

「し、しかし! 現状、最悪の事態も想定して動くべきです! もし陛下がこの世界に存在しなかった場合、その事実から目を背けていては、それこそこの国は立ち行かなくなります!!」

 

 

「っ……!」

 

その痛切な叫びに、議場は再び重苦しい静寂に包まれた。

 

 

誰もが頭の片隅で恐れていた最悪の可能性。それを口に出されたことで、痛いところを突かれたように皆が押し黙る。

 

たかが一柱。事情を知らない者からすれば一人の人間が消えただけ。

 

 

されど、彼らにとっては絶対的な一柱なのだ。

 

 

もし、天照様が永遠に失われたという事実を皇民が知れば、どうなるか。

 

 

暴動が起きるなどというチャチなものでは済まない。国家経済は完全にストップし、数千万人が生きる気力を失い、集団自決すら起こりかねない。それほどまでに、皇国の民は彼女に依存しきっていた。

 

 

神でありながら、決して驕ることなく、人と同じ視点で対等にあろうと努めるその姿勢。

 

 

時に身分や貧富を問わず、路地裏の子供にすらしゃがみ込み、鈴を転がしたような可愛らしい声で優しく言葉を掛ける姿。

 

 

一切の衰えを知らず、見る者すべての心を奪う、惜しげもなく振りまかれる神秘的な美貌。

 

 

この大日本皇国において、「初恋の人は誰か」と問われれば、老若男女を問わず、九割の人間が「天照様である」と答えるだろう。

 

 

最早『依存』や『信仰』といった生易しい言葉では到底言い表せない。

 

 

それは、国家という巨大な群体が抱く、ひとつの生命体への極限の『愛』であった。

 

 

恐怖による支配や、圧倒的な力による弾圧であれば、いつか反発が生まれただろう。

 

 

だが、彼女は違った。ただひたすらに、二千八百年もの間、無償の慈愛と微笑みを国民に浴びせ続けてきたのだ。

 

 

それが、事態をより深刻に、そして致命的なまでに複雑で狂気じみたものにしていた。

 

 

愛する者を失った狂気は、何よりも深く、そして凶暴だ。

 

 

「……探し続ける」

 

長い沈黙を破り、佐川首相が演壇の上のマイクを両手で握り締めながら、絞り出すように、重々しく言葉を紡いだ。

 

 

「この星のどこを探しても存在しないのであれば、別の星へ船を出す……」

 

演壇の机に置かれた彼の両手に力がこもり、ギリリと骨の軋む音がマイクを通して響く。

 

佐川は、ゆっくりと顔を上げた。

 

 

「この星系に存在しないのであれば……近隣の別の星系を全てひっくり返してでも探す……」

 

 

佐川の淀みきった瞳は、もはや議場の議員たちを見てはいなかった。虚空を見据え、その奥にある見えない何かを睨みつけていた。

 

 

「この銀河に存在しないのであれば……観測可能な別の銀河を全て網羅する……!」

 

 

マイクを握りしめる拳に異常な力が加わり、爪が食い込んで血が滲み始める。ポタポタと赤い雫が演壇に落ちるが、佐川は全く意に介さない。

 

 

「この宇宙のどこにも存在しないというのであればッ!! 時空を歪め、次元を越え、あらゆる平行宇宙を蹂躙してでも探し出すッッ!!!!」

 

 

佐川の絶叫が、ドームを震わせた。

 

 

もはやそこに、冷静な政治家の面影はなかった。あるのは、狂信的な愛に憑りつかれた狂人の姿だった。そして、狂っているのは彼だけではない。

 

 

既に、議場にいる何万という人間の瞳もまた、佐川と同じようにどす黒い狂気に染まりきっていた。

 

 

「我々の歩みを止める者は何人たりとも生かしてはおかん! 立ち塞がる敵は、神であろうが悪魔であろうが、手段を問わず全て消し炭にせよ!! 何としてでも……我らの愛しき女神を、天照様を取り戻すのだァァァアアアッ!!!!!」

 

 

──────ウォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!!!!!!!!

 

 

佐川の絶叫に呼応するように、議場から爆発的な歓声が巻き起こった。

 

 

先程まで通夜のように静まり返っていたのが嘘のような、すさまじい熱狂。

 

 

何万という人間が一斉に立ち上がり、拳を振り上げ、口から泡を飛ばして咆哮する。

 

「天照様万歳!」「すべては女神のために!」

 

その怒号の嵐は、もはや巨大な音の塊、物理的な圧力を伴う衝撃波となって、堅牢な大和ドームの分厚い壁と天井をビリビリと激しく揺らすのだった。

 

 

のんきに異世界ファンタジーのベッドで震えている「パンピーの高校生」を奪い返すため、超大国という名の巨大な怪物が、今まさに次元を股にかけた最悪の侵略戦争を始めようとしていた。

 

 

 

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