よくあるクラス召喚物(仮名)   作:感謝君

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第四話

 

 

訓練場に響き渡る若き勇者たちの威勢の良い掛け声と、刃が交錯する鋭い金属音。

 

 

 

活気と熱気に満ちたその光景を腕を組みながら眺めつつ、俺の視線は自然と訓練場の片隅で一人、短剣を振るう一人の青年に釘付けになっていた。

 

 

あの男……確か、フジタと名乗っていたか。

 

 

背丈や体格は、他の勇者たちとさして変わらない。ごくありふれた、平凡な人間の青年に見える。

 

 

だが、彼が自ら申告した通り、その内に秘められたステータスとやらは、他の勇者たちに比べてあまりにも貧弱なのだろう。

 

 

事実、彼に与えたのは護身用にも満たない、最も軽く短い作りの短剣だ。

 

 

しかし、それをたった数十分素振りしただけで、フジタは顔面を蒼白にさせ、滝のように汗を流している。

 

 

肩で浅い息を繰り返し、短剣を握る細い腕は小刻みに震え、今にも手放してしまいそうだ。

 

 

足さばきも、重心の掛け方も、すべてが素人そのもの。その頼りない剣筋を見れば、戦闘スキルはおろか、これまでまともな喧嘩すら経験したことがないのは誰の目にも明らかだった。

 

 

(……王都の裏通りに住まう商家のぼんぼんと、良い勝負といったところか)

 

 

俺は心の中で重い溜め息を吐き出した。

 

 

あの青年が、魔王軍が跋扈する血みどろの最前線に出ればどうなるか。

 

 

一太刀で両断されるか、魔法の余波で吹き飛ばされるか、あるいは恐怖のあまり立ちすくんだところを魔獣に食い殺されるか。

 

 

いずれにせよ、数分と持たずに無惨な死を迎える。それは、歴戦の武人である俺から見れば、火を見るよりも明らかな事実だった。

 

 

「……忌まわしき儀式め」

 

誰にも聞こえないほどの小声で、俺は呪詛のように呟いた。

 

 

俺はもとより、神の託宣とされる『勇者召喚』の儀式に対して、強硬に反対する立場をとっていた。

 

 

何の罪もない、平穏な異界に住む若者たちを、こちらの都合だけで無理矢理喚び寄せ、彼らの意思を無視して人類の存亡を懸けた絶望的な戦いに巻き込む。

 

 

生涯を国に捧げ、弱きを守るという騎士道を重んじて生きてきた俺としては、そんな真似は度し難い外道の所業としか思えなかった。

 

 

ましてや、騎士団長という立場上、こうして彼らを戦場へ送り出すための訓練を施し、片棒を担がされることなど、腸が煮えくり返るような耐え難い精神的苦痛に他ならない。

 

だが、現実は無情だ。

 

 

結果として、儀式は執り行われ、そしてフジタのような『戦う力を持たない一般人』までもが、不当に巻き込まれてしまったのだ。

 

 

近年、圧倒的な武力と尽きることのない兵力で、着々と支配領域を拡大し続ける魔王軍。

 

 

彼らの苛烈な侵攻を前に、我が王国を含む人類側は連戦連敗を喫し、滅亡の足音はすぐそこまで迫っている。

 

 

建前や綺麗事だけで国を守ることはできない。対抗するためには、もはやなりふり構わず、手段を選んでいる場合ではないことは、騎士団長である俺自身が一番よく理解していた。

 

 

アルトリウス国王陛下もまた、これまで勇者召喚という禁忌を実行に移さずに済むよう、何とか自国の戦力だけで耐え忍ぼうと、長年身を粉にして政務と軍事に奔走されてきたのだ。

 

 

昨日の謁見の間。勇者たちの前では、彼らを鼓舞し、安心させるために、あえて尊大で自信に満ちた絶対君主としての振る舞いを演じておられた。

 

 

だが、玉座の隣で付き従っていた俺には、王が心の底でどれほどの罪悪感と苦慮に苛まれているか、痛いほどに伝わってきていた。

 

 

フジタの頼りない素振りを視界の端に納めながら、俺は踵を返した。

 

 

為政者として、そして軍のトップとして、決断を下さねばならない。

 

 

気付けば俺は、王城の奥深くにある王の執務室、その重厚な彫刻が施された扉の前に立っていた。

 

 

「……騎士団長ランヘルクです。陛下、お時間よろしいでしょうか」

 

 

扉越しに声を掛けると、少しの間を置いて、向こう側からひどくくぐもった、掠れた声が聞こえてきた。

 

 

「ランヘルクか。構わん、入りなさい」

 

一礼して、ゆっくりと扉を開く。

 

 

部屋の中には、山のように積み上げられた書類の塔と、羊皮紙の匂いが充満していた。その机の奥に座るアルトリウス王を見据え、俺は思わず息を呑んだ。

 

 

昨日、玉座で威厳を放っていた姿はそこにはない。

 

王の目の下にはくっきりと濃い隈が刻まれ、頬は痩せこけ、長時間の政務と絶望的な戦況による極度の疲労が、隠しきれないほど顔に滲み出ていた。

 

 

「陛下……顔色が優れません。少しでもお休みになられては……あまり、ご無理をなさらず」

 

「案ずるな。若き勇者たちが明日をも知れぬ戦いのために訓練に励んでおるのだ。この国の王である我が、ただふんぞり返って惰眠を貪っていては、彼らに対しても、散っていった兵たちに対しても示しがつかん」

 

「ですが、陛下の御身に万が一のことがあれば、この国は──────」

 

 

 

「して、ランヘルクよ。何用でここに参った」

 

王は俺の労いの言葉を静かに遮ると、羽ペンを置き、乾いた声で要件を促した。

 

 

俺は姿勢を正し、覚悟を決めて報告を口にする。

 

「……はっ。昨日召喚された勇者の中に、非戦闘職が混ざっておりました。ステータスも極端に低いようで、私の目から見ても、一般人程度か、あるいはそれ以下の体力の持ち主だと見受けられます」

 

 

「ほう……」

 

王は深く皺の刻まれた額を指で揉み、豊かに蓄えられた白い髭を撫でながら、重々しい息を長く吐き出した。

 

 

沈黙が室内に降り積もる。王は虚空を見つめ、何事かを計算しているようだった。

 

 

やがて、王の口から紡がれた言葉は、酷く冷徹で、現実的なものだった。

 

「その者は直ちに訓練から外しなさい。そして、ある程度の生活費を金貨で持たせ、身分を隠して街へ送り出すのだ」

 

 

それは、実質的な『追放』の宣告であった。

 

 

城から追い出し、平民として生きろという事実上のリストラ。

 

 

「陛下! それはいくらなんでもっ!────」

 

 

俺は思わず声を荒らげ、机に身を乗り出した。

 

 

彼らは我々の都合でこの世界に引きずり込まれたのだ。いくら戦力にならないからといって、見知らぬ異世界に金貨だけを持たせて放り出すなど、あまりにも無責任で残酷すぎる。

 

 

「では、どうしろと言うのだ」

 

 

王の低く、凄みの利いた声が俺の反論を遮った。

 

 

「このまま訓練を続けさせ、前線に立たせて、魔物の餌食にして無駄死にさせよと? それとも、戦いもせず、働きもせぬ者を、この血を流し続ける王城の一角で『穀潰し』として抱えろと言うのか?」

 

 

「それは……」

 

 

「彼が魔物に惨殺されれば、他の勇者たちの士気はどうなる? 逆に、王城で彼だけを安全な場所に半ば軟禁状態にして、彼本人が罪悪感に押し潰されず、正気でいられるとでも思うか? 死地に赴く他の勇者たちが、何もしないで庇護される彼を見て、何も不満を抱かないとでも言うのか?」

 

 

王から浴びせられた言葉は、一分の隙もない至極真っ当な『大人の正論』だった。

 

 

戦場に出せば確実に死ぬ。かといって、城で特別扱いして守り抜くことは、組織の和を乱し、戦う者たちの士気を決定的に崩壊させる。

 

 

反論の余地などなく、俺は奥歯を強く噛み締め、悔しさに口を閉じるしかなかった。

 

 

「……我も、本心では何とかしてやりたいとは思っている。彼とて、被害者なのだからな」

 

 

王はふと表情を和らげ、まるで自白するようにポツリとこぼした。

 

 

「ただ、今の王国には、一人の非力な青年を無条件で匿い続けるような『余裕』は、どこにも無いのだ。分かってくれ、ランヘルクよ……我々は、鬼にならねばならんのだ」

 

 

その言葉には、王としての責務と、人間としての良心の間で引き裂かれるような、悲痛な響きが込められていた。

 

 

「………はっ」

 

 

王の疲れ果てた顔、そしてその奥にある深い悲哀を視界に捉えつつも、俺は罪悪感から真っ直ぐに目を合わせることはできなかった。

 

 

深く頭を下げ、逃げるように執務室を後にする。

 

 

石造りの冷たい廊下を歩く俺の足取りは、鉛のように重かった。

 

 

自身の無力感と、王国の理不尽さに酷く苛まれる。

 

 

あの剣すらまともに振れない無力な青年は、金貨だけを頼りに、この過酷な世界でたった一人、生き抜くことができるのだろうか。

 

 

俺を、王を、そしてこの世界を、酷く恨むだろうか。

 

 

窓から差し込む夕日が、俺の長い影を床に落とす。

 

 

 

彼が背負うであろう過酷な運命を思い、俺はただ一人、薄暗い王城の廊下で重い溜め息を零すことしかできなかった。

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