成長したミサキとの依存   作:暗未哲縁

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依存

お酒が脳内に回って正常な判断ができなくなった頃。

僕はなんとか残る理性で布団へと潜り込む。

一緒に飲んでいたミサキはどうしたのか。

その疑問の答え合わせをすることなく、僕は眠りに落ちていった。

 

朝、目が覚めてリビングに行くとそこには沢山の空き缶があった。

昨日、一緒に飲んでいたミサキの姿は見当たらない。

ただテーブルには一つの紙が置いてあった。

開いてみると

 

「先生、終電が無くなりそうなので私は帰ります」

ミサキ

 

そう端的に書かれてある。

きっと酔いつぶれてしまった僕に迷惑をかけないように書いてくれたのだろう。

二日酔いの頭痛を止めるために水を飲んでシャツを着替える。

今日も仕事があるので朝ご飯を食べていると、不意にインターホンが鳴った。

モニター越しに確認をすると、そこには昨日とは違う服を着たミサキがいた。

「おはよう先生。その...昨日、結構酔ってそうだったから様子を見に来たんだけど」

モニターを消して玄関を開けるとそこにはよそ行き風のミサキが佇んでいた。

少し目をしかめるのは、昨日より新しい包帯の数が増えていたからだ。

「ありがとう。置き手紙もあったから大丈夫だったよ」

「なら良かった」

「これから大学かい」

「そう、だから少し寄り道かな」

「僕は先生思いの生徒がいてくれて嬉しいよ」

「なに、まだ酔ってるの」

「いや、これがいつもだよ。昨日の方がちょっと特殊かな」

「確かに、昨日はいつもの先生じゃないみたいだった。私以上に虚無ってたし」

「あの面を見せたのはミサキが初めてだから、ある意味、特別な存在かもね」

「先生の悪い癖、出てるよ。まぁ、私はそんなのでつられたりはもうしないけど」

そう言ったミサキは一歩下がって後ろを向く。

「そろそろ大学に行く」

「わかった。それじゃ、またいつか会う日まで」

その言葉にミサキは進む足を一瞬止めたけれど、直ぐに意味を理解したのかため息をついて、再び歩み始める。

自分も早々に支度をしてシャーレへと向かわなければ、と思いながら食器を食洗機に入れた。

 

シャーレ業務に潰されそうになりながらも仕事をこなしていると、つけっぱなしだった休憩室の明かりを見て昨日の出来事を思い出す。

合コンでミサキと出会ってから抜け出して。

思い返せば長いようで短い一夜だった。

馬鹿の話をして、両方とも互いの存在に寄りかかって、比重で言えば自分の方が彼女に重さを与えているかもしれない。

お酒を飲んで、互いに酔って。

けれど僕も彼女も本当の意味で『酔った』という事はないのかもしれない。

酔えないからこそ今この歳まで『恋愛』というものに向き合わないでいる。

もっと深く言うのならば人の好意や、現実というものに。

思考を切り替えて、考え事で止まっていたその手を無理やり走らせる。

今日の業務を早く終わらせようと気持ちを一新した。

そして、夕方ぐらいになってようやく仕事を一通り片付けることができた。

最近は働き方改革によって前よりかは仕事量は減っている。それでもまだまだ常人の2倍ほどではあるが。

電源を切っていたタブレットには複数の通知が入っている。

一番上のものは「昨日の子とどこまでいった」、と書かれてある。

合コンに参加するために知り合いになった人物からのメッセージには、少しの嫌悪感と吐き気さえ覚えた。

自分の元生徒に対してそういう目で見られること自体が僕はあまり好きではない。

気分転換をしようとスマホの電源を落としてコーヒーを入れる。

入れたてのコーヒーは美味しい。けれど、何かが足りないと感じてしまう。

あと一人、もう一人、自分の隣に。同じ目線ではなくとも同じ方向を向いた仲間がほしいと。

これはきっと僕という人間の不甲斐なさなのだろう。

キヴォトス全体を眺めることが出来るほどに巨大な窓からは何十にも重なった雨雲が空を覆い、太陽と月から与えられる、人を導いた輝きを遮り、隠しているのが見えた。

その景色の中にはいくつかの学校が見える。

ふと、昨日の小指にあった温もりが感覚として蘇ってくる。

無理矢理にその感覚から解放されようと僕は自分の手で自分の首を絞める。

その腕にはミサキのつけていた包帯が巻かれているのが見えた。

呼吸器系の圧迫による酸素低下と純粋な痛みが脳に伝わる。それはいわば自分と現在からの逃避だった。

こうすれば昔を思い出せる。この脆い感情と関係は、不快な感覚として処理をする事ができる。

少なくとも、今まではそうだった。

 

 

 

私は今、大学が終わって自分の家に帰ってきていた。

玄関を開けると自分のものではない靴が二足置かれている。

アツコとヒヨリ、帰ってたんだ。

靴を脱いでリビングに行くとそこには、ノートパソコンに何かを打っているアツコと、ポテチを食べているヒヨリがいた。

「ただいま」

「おかえりなさいです」

「おかえり、今日は終電じゃないんだ」

「それは、昨日はたまたま」

昨日のことは二人には言っていない。ただそれなのに心には少しの罪悪感と優越感に襲われる。

それもこれも全て先生のせいだ。

責任を全て先生に押し付けて心を軽くする。ただ、昨日見せられた表情と考え方にまでには責任を押し付けることができなかった。

「いや~、こんな生活が出来るなんて。夢にも思いませんでしたよ」

「どうしたの急に」

「だって考えてみてください。あの人がいなかったら私も二人も、サオリ姉さんやアズサちゃんだって救われなかったかもしれないんですよ」

「それについては同意かも」

私がそう言うとヒヨリは「ですよね!」と言ってくる。アツコは静かに微笑んでいた。

自室に入って、持っていた鞄を置く。

机の上には昨日片付け忘れた包帯とナイフがある。ナイフに関していえば、それは昨日、先生が使って先生に傷を負わせたものだった。

それを使えば先生と同じ痛みを、見え方が味わえる。そう浅はかに思った私は帰ってきてすぐに身を削ったのだ。

そして、彼の言葉に振り回されもしていた。私も大学生なのだ。先生になら襲われてもいいと思っていた。

事実、告白のようなことをされたし。けれど、あれは違うと瞬時に理解はできたのだ。

ただ、理解と納得は違う。

いっそのこと、私が先生の事を襲ってしまおうかとも思った。

けれど、彼は嫌がることも喜ぶこともしなそうだった。

それに対して私は自身の劣情を覚えたのだ。結局、先生だけを酔わせて手を出すことはできなかった。

それは望まれた形ではなかったし、私自身が強い反感を覚えたから。

彼の中には消えない傷と後悔がある。我と理性が強すぎて、私と同じように酔えないのだ。

昨日、買ってもらったテディベアを抱きしめて、この捨てきれない恋心と自分への嫌悪を忘れる。

きっと、私の他にも卒業した中には先生の事を思っている生徒もいるだろう。

あの人は人たらしと呼べる天性の才がある。それに私も毒された。

先生に上げて覆い隠せなくなってしまった切り傷を指でなぞる。

今は特別な関係を築いているが、いつかそれも壊れてしまうだろうか。

これ以上、思考を放棄したかった私はスマホの画面を見る。

黒くてツルツルとした画面には少し寝不足気味で見るに耐えない私の顔が映し出されていた。

寝よう

思ったら昨日もちゃんと寝ていない。

寝たらこの思いも面倒くささも消え去っているだろうか。

...

考えても無駄なことを最後に私は虚構である世界と意識を同化した。

 

1週間後、モモトークには一件の通知が来ていた。

先生『ミサキ、今日、合コンをしないかい』

ミサキ『...いいよ、そういう約束だったしね』

 

合コン

 

それは二人の中でだけ意味を持つ、先生とミサキの関係を繋ぎ止める(互いに依存をして堕ちる)特別な言葉になっていた。

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