世界一悪い子と監視役   作:クリ坊

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初陣
再臨


トロスト区、壁上。

遮るもののない陽光が、石畳を白く焼き、兵士たちの項をじりじりと炙っていた。

 

「……はあ、かったりぃ。憲兵団に行きゃ、こんな油まみれの作業ともおさらばだってのによ」

 

ジャンが布切れで拭ったばかりの固定砲の横腹を、忌々しげに蹴飛ばした。その隣で、マルコが困ったような、けれど穏やかな苦笑いを浮かべている。

 

「そんなこと言うなよ。僕たちの兵科配属前の最後の仕事なんだ。それに、この大砲が僕たちの家族を守るかもしれないんだろ?」

 

「ケッ、真面目だねぇ。なあ、アルフレッド、お前もそう思うだろ?」

 

話を振られたアルフレッドは、無言で固定砲の車輪に油を差し続けていた。

成績五位。本来ならジャンと共に憲兵団を志願できるはずの男が、なぜか一言もその進路に触れず、黙々と作業に没頭している。

 

「……俺は、命じられたことをやるだけだ。それが一番、余計なことを考えなくて済む」

 

ぶっきらぼうな答え。アルフレッドの視線は、一瞬だけ数メートル先で清掃用具を片付けているヒストリアに向けられた。

昨夜の涙も、あの切実な約束も、今の彼女からは微塵も感じられない。彼女はいつもの「クリスタ・レンズ」として、アルミンが語る外の世界の話に、愛想良く耳を傾けていた。

 

「ねえ、アルミン。本当に、そんなに大きな塩の湖があるの?」

 

「うん! 氷の台地だって、砂の雪原だって……巨人から土地を奪還すれば、いつか……」

 

アルミンの瞳が希望に輝き、ヒストリアが微笑む。

平和そのものの光景。アルフレッドは、指先に付いた黒い油を、不快そうに服の端で拭った。

 

(……退屈だ。だが、この退屈のままでいい)

 

心の中でそう呟いた、その瞬間だった。

 

 ――ドォォォォン!!

 

世界が、底からひっくり返った。

落雷のような轟音。鼓膜が破れるかと思うほどの衝撃波が、壁の上を真っ向から薙ぎ払った。

凄まじい熱風。視界が真っ黄色な蒸気に包まれ、足元の巨大な石造りの壁が、まるで生き物のように激しく身震いする。

 

「な、なんだ!? 爆発か!?」

「あっちの区画だ! エレンたちがいる方から……!」

 

ジャンとマルコが、煙の上がる遠くの区画を指差して叫ぶ。

 

「……あ……。超大型、巨人……」

 

アルミンが、壊れた玩具のように、ただ呆然とそう呟いた。

アルフレッドもまた、眼前の地獄に息を呑んだ。だが、本当の「絶望」はその数秒後にやってきた。

超大型巨人が、その巨大な脚を振り抜き、トロスト区の外門を粉砕したのだ。

 

 ――ゴォォォォォォンッ!!!

 

壁全体が、まるで巨大な金槌で叩かれたかのように激しくのたうち回った。

あまりの衝撃に、重さ数トンの固定砲が台座から跳ね上がり、石畳が波打つ。

 

「クリスタ!」

 

爆風と振動で足元をすくわれ、壁の外へと投げ出されそうになった二つの「金髪の影」を目掛け、アルフレッドは跳弾のように地面を蹴った。

彼はもつれ合うように重なっていた二人をまとめて抱え込み、背後から覆いかぶさるようにして石畳へと強く押し倒した。

 

「……っ、痛い……! ちょ、ちょっと、アルフレッド!?」

「きゃっ……! アルフィ……?」

 

腕の中に収まっていたのは、驚きで目を丸くしているヒストリアと、その下敷きになって「うぐっ」と呻いているアルミンだった。

アルフレッドは無言で、アルミンの肩をがっしりと掴んでいた手を離すと、その上に重なっているヒストリアの手を引きに立たせる。

 

「……アルフレッド、なんで僕まで……。今、すごく強引に引きずり込まなかった……?」

 

アルミンが解せないといった表情でこちらを見る。

アルフレッドは、アルミンの不満げな視線を一秒で切り捨て、ヒストリアの肩を掴んで怪我がないか瞬時に確認した。

 

「……すまん。反射だ。一瞬見分けがつかなくてな。一纏めにした方がリスクが低いと判断しただけだ」

 

「酷いな……でも、ありがとう。助かったよ」

 

アルミンの文句を背中で受け流し、アルフレッドは冷徹な目で遠くの煙を見据えた。

 

「壁が、壊された……?」

 

アルミンの血の気の引いた声が、静寂を切り裂く。人類の誇りである壁にまたも穴を開けられてしまった。

 

「……うわあああ! 巨人だ! 巨人が入ってくるぞ!」

 

周囲の訓練兵たちが恐怖で叫び出す。パニックは伝染し、壁の上は一瞬にして混沌に包まれた。

 

「――おい! 何を突っ立っている、訓練兵!!」

 

壁の下から響く駐屯兵の怒号が、爆風の余韻を切り裂いた。

恐怖で腰を抜かしていたジャンやマルコが、弾かれたように顔を上げる。

 

「すでに超大型巨人出現時の作戦は開始されている! 各員、直ちに本部に集合し、ガスを補給後、予定の班配属に従って配置に付け!」

 

「……クソっ、クソが! なんで今日なんだよ……!

 

ジャンは、遠くの壁に空いた巨大な穴と瓦礫の山を見て恨み言のような台詞を吐く。頭が真っ白になる。憲兵団に行って、安全な内側でふんぞり返るはずだった未来が、砂の城のように崩れていく。

 

「固定砲整備第7班、聞け」

 

冷徹で、淀みのない声。それがパニックに陥りかけていたジャンたちの意識を強制的に繋ぎ止めた。

 

「壁が破られた。巨人が街へ雪崩れ込んでくる前に、本部まで最短経路で抜けるぞ。……ジャン、マルコ、アルミン、クリスタ。遅れるな。行くぞ」

 

淡々とした、けれど有無を言わせぬ指示。ジャンは唾を飲み込み、震える手でブレードを握り直した。

 

「……分かった。クソっ、お前の言う通りだ! 行くぞマルコ!、グズグズすんな!!」

 

アルフレッドは自ら先頭に立ち、壁を飛び降りワイヤーを発射する。すぐ後ろにヒストリアが続いていることを気配で感じながら、彼は鋭い視線で最短のルートを見定めた。

 

(……はぁ。なんで百年間起こらなかったことが、こうも立て続けに起こるんだ。呪われてんのかよ、俺たちの代は)

 

心の中で激しく毒づきながら、アルフレッドは彼女の気配を背に受け、次のワイヤーを発射した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

建物内は、ガスの充填を急ぐ兵士たちの怒号と、金属が擦れ合う不快な音に支配されていた。壁が破られてからわずか一時間足らず。あまりの展開の速さに、訓練を終えたばかりの少年少女たちの精神は、とうに限界を迎えようとしていた。

 

「……第41班、ガス充填完了! 配置に付け!」

 

駐屯兵の指示を受け、アルフレッドは無機質な手つきでブレードを鞘に収めた。

班の構成は、アルフレッド、コニー、ヒストリア、ユミル。

成績五位のアルフレッドに加え、コニーとヒストリアという上位十名のうち三人が固まったこの班に与えられた任務は、「中衛部隊前方」。文字通り、前衛が食い止められなかった巨人を最初に迎え撃つ、血生臭い防波堤の役割だった。

 

「……っ、なあ、アルフレッド。俺たち、死ぬのか? なあ、あのデカいのに、あんなふうに……」

 

コニーが震える指先でガスの管を弄りながら、力なく呟く。彼の顔は土色に変色し、視線は定まらずに泳いでいた。隣に立つヒストリアもまた、唇を強く噛み締め、小刻みに肩を震わせている。

 

アルフレッドは一度、大きく溜息をついた。

恐怖を煽っても意味はないが、かといって「大丈夫だ」と気休めを言うほど、彼は優しくもなければ能天気でもない。

 

「コニー、安心しろ」

 

アルフレッドは、自分の立体機動装置のベルトを締め直し、ぶっきらぼうに言葉を投げた。

 

「巨人が効率よく腹を満たしたいなら、先に食われるのはお前らみたいな『チビ』じゃない。……俺か、あるいはそこの背の高い女だ。安心したか?」

 

その言葉に、隣で自分の爪を弄っていたユミルが、可笑しそうに鼻で笑った。

 

「くっ……。おい、五位様。今の、冗談のつもりか? まぁ、確かにこいつらじゃ、巨人にとっては一口サイズのつまみにもなりゃしねぇな」

 

「……なんだよ、それ……」

 

コニーが呆気にとられたようにアルフレッドを見上げる。あまりにも無神経で、けれど事実に即したその言い草に、凍りついていた空気がわずかに緩んだ。

 

「……それ、全然安心できないよ、アルフィ……」

 

ヒストリアが、少しだけ困ったような笑みを浮かべて呟く。その瞳から、先ほどまで支配していた怯えが、わずかに退いていた。

 

「……だろうな。だが、お前らを食わせる前に、俺が巨人の胃袋を切り開いてやる。それまでは、その短い足を必死に動かしてろ」

 

アルフレッドは、どこか投げやりな、けれど逃げ場のないほど確かな口調でそう締めくくった。

 

「行くぞ。……クリスタ、十メートルだ。それ以上離れたら、俺の獲物をお前に譲ってやる」

 

「……そんなの、絶対にお断りだよ」

 

ヒストリアはブレードを握り直し、アルフレッドの背中に続いた。

中衛前方――巨人の群れが迫る最前線へと向けて。

 




ちょっとコメディ要素入れてみたんですがどうでしょう?
2話の分けようと思っていたのですがなんかどっちも薄味になっちゃいそうなので1話にまとめてみました
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