アオイロカグヤ!!   作:ゴータロー

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#1 『第一種接近遭遇』

 

 空から、女の子が落ちてきた。

 

 自由落下の速度でいずこからか飛来してきた少女は、学園の屋上でスタンドマイクを握っていた杏山カズサに、したたかに頭をぶつける。

 それはどちらかと言えば、控えめな言い方だったかもしれない。

 身構えることもできないまま天地で激突した二人は、もんどり打って硬い屋上の床に転がった。

 

「いっっっっ……たぁ〜〜〜っ!!? 何?! 何が起きたの??!!」

 

 カズサはずきずきと痛む頭を手で押さえた。

 もろに後頭部に衝撃を受けたらしい。

 カズサを囲んでいた三人の少女が、楽器を握る演奏の手を止める。

 彼女たちは放課後スイーツ部……同じ部活動のメンバーだった。

「……今日の天気は?」

「晴れだったと思うけど……」

「ふむ。キヴォトスでも、空から人が降ってくることは、あまり聞いたことがない現象だ」

 伊原木ヨシミ、栗村アイリ、柚鳥ナツの三人は、カズサに衝突し、大の字になって伸びている闖入者に視線を向けていた。

 歳は四人と同じくらいだろう。背丈からして、やはり高校生くらいだろうか。ロングの金髪にウサ耳。露出の多い百鬼夜行の着物のような、不思議な服装をしている。

 

「私も心配しろぉ!」

 

 カズサはようやく起き上がり、三人の方へ目をやった。

 生半な生徒ならまだ失神しているだろう。彼女は鍛えている方だったため、たんこぶができるくらいで済みそうだ。

「カズサちゃん、知り合い?」

「そっくりじゃん」

 アイリとヨシミの問いかけに、カズサは目を回している少女を見る。

 服装といい髪色といい、自分に似ている要素は見受けられない。

「いや、似てないでしょ。全然……」

「そうかな……おお、目を覚ましたようだ」

 んがっ、とウサ耳の少女は目を開けて、きょろきょろと辺りを見回した。

 すぐに彼女を囲んでいるスイーツ部の四人と目が合う。彼女はしかめ面をした。

 

「え、誰? ここどこ?」

 

 カズサたちは顔を見合わせる。

 起き抜けで混乱しているのだろうか。

 四人の中では物腰が柔らかなアイリが、彼女の目を見て伝える。

「えっと……ここは、トリニティ総合学園の屋上で、私たちは、放課後スイーツ部って部活動をしてる四人。あなたは、私たちがライブの練習をしてたら、空から降ってきたんだけど……」

 話しているうちにアイリは気付いた。

 彼女には、キヴォトスの生徒である証の、頭に浮かぶ光輪ーーヘイローがない。

 その登場、服装と、さらには出で立ち……その全てが、不可解な点ばかりだった。

 困惑するアイリたちをよそに、ウサ耳の少女ーーかぐやは、目を輝かせた。

 

「スイーツ!? ライブ?! 空から?! 何それ!! めちゃオモロ〜!!」

 

 かぐやは立ち上がり、服についた埃を払った。彼女にも、傷ひとつついていない。

 そして彼女は、満面の笑みを浮かべる。

 

「私はかぐや! えーっと、他は……忘れちゃった! よろしくぅ!」

 

 それが、記憶をなくした異邦人、かぐやとの出会いだった。

 

 

 状況説明。

 カズサはこめかみに指を当て、頭痛を抑えているようだった。

「かぐや、とりあえずかぐやって呼んでもいいのかな?」

「うんっ。私も、カズサたちのこと名前で呼ぶね!」

 かぐやは何が楽しいのか、けらけらと笑っている。状況が不明すぎて、彼女の中では愉快が勝っているらしい。

 頭を打った衝撃なのか、彼女の記憶は定かではないのだという。

「かぐや、ヘイローはないの?」

「へいろー?」

 ヨシミが当然の疑問を口にした。

 正確な高さはわからないが、高高度から落ちても無事であれば、当然生身の人間ではないだろう。かぐやが衝突したカズサがピンピンしているのがその証拠だ。

 シャーレの先生や、他の学校にいるというアンドロイドなら、ヘイローがないこともあり得るのかもしれないが……。

「あっ、これかあ! こんな感じ?」

「えらく器用なのね、アンタ……」

 かぐやの頭上に、ふっと光る輪が現れた。

 カズサたちは見慣れたものであったから、かぐやのヘイローを気に留めなかったが、見える人が見れば、それは満月と竹が組み合わさったような紋様に見えたことだろう。

「ふうむ。疑問は残るが、やはりかぐやは、どこかの学校の生徒なのだろうか。しかし、銃も持っていないようだが……」

「銃っ?! それってかぐやでも、持っていいやつ?」

「キヴォトスで銃持ってない奴なんていないよ。危ないし」

 わぁ〜……と、かぐやは目をキラキラと光らせている。彼女の視線は、カズサたちが携える、デコられた無骨な獲物に向けられていた。

 カズサはかぐやの視線を切って、アイリに耳打ちする。

「ねえアイリ、これ、どうしたほうがいいと思う?」

「うーん……先生に相談するか、ティーパーティーに報告するか、じゃないかな……」

 ティーパーティー、つまりトリニティの生徒会だ。雰囲気が堅いうえ、部として怒られた前科もあるため、あまり近寄りたくない組織ではある。

 しかし、その前者もまた、カズサにとってはペースを崩されやすく、あまりありがたくない相手だった。

 決して嫌いというわけではないのだが、大人の余裕で全てを見透かしてくるようで、相対すると非常にやりづらいのだ。

「なに話してるの?」

「アンタの処遇。記憶喪失の生徒なんて、助けてらんないよ、私たちじゃ……」

「うええっ?! 私捨てられちゃうの?!」

 かぐやは悲鳴を上げて、目の端に玉のような涙を浮かべる。

 う、とカズサは呻いた。

 かぐやはカズサと目を合わせたまま、彼女ににじり寄っていく。

 カズサはうろたえて視線を左右に向けるが、ナツとヨシミはにやにや笑って、何もしない。

「いいじゃんカズサ。似たもの同士、仲良くしなよ」

「ああ、君は似ていないと言ったが、やはりかぐやと君はそっくりだ。これも縁、というヤツじゃないかな」

「あんたら、好き勝手言って……!」

 じりじりと後退するカズサは、かぐやに屋上のフェンス際まで追い詰められてしまった。

 かぐやはうるうるとした上目遣いで、カズサを見上げる。

「ねぇ、カズサ。おねがぁ〜い♡ 私、この世界のこと、自分がここにいること、何もわかんないんだよ。だから、一緒に居させてよ……」

「近い近い近い、近いって……!」

 それにしても顔が良い女だ。カズサは柄にもなく、どぎまぎしてしまう。

 かぐや越しに、困り顔で眉を寄せるアイリと目が合った。アイリは微笑んでいる。

 どうやら逃げ場はないらしい。カズサは大きなため息を吐いた。

 

 どうして私はこう、変なやつにばかり懐かれてしまうんだろう。

 

「わかった、わかったから……アンタが目的思い出して帰るまで、それまでだからね!」

「ホントっ!? やったぁ! カズサ最高〜っ!!」

 かぐやは臆面もなく、カズサに両腕を回してぎゅっと抱き締める。強い力で引っ付いてくるかぐやを引き剥がそうとするカズサを、他の三人は大きな声でかしましく笑いながら眺めていた。

「改めてよろしくね、かぐやちゃん。ね、何はなくとも、みんなでお茶にしない?」

「それ賛成! かぐやの話も聞きたいし!」

 カズサ以外の三人からは、心が浮き立った雰囲気が伝わってくる。

 

 お茶と聞いたかぐやは、ぱぁっと目を輝かせた。

 

 

 

 

「それで、あなたたちはまず、かぐやさんを私のところに連れてきたと……賢明ですね」

 

 カズサたちはかぐやを連れて、トリニティの中でも厳重に警備された一角を訪れていた。

 ティーパーティーの生徒会室は、その強大な権力を表すかのように、広大で壮麗な作りをしている、このトリニティ総合学園においては、実際にその通りなのだ。

 カズサ、アイリの二人とかぐやは瀟洒なテーブルに招かれ、歓待を受けていた。

 ナツとヨシミの二人は話が面倒になりそうだったため、留守番だ。

 このような場で論点を茶化されてしまっては困る。

「ナギサ……さん。信じられないかもしれませんけど、当事者の私たちも信じられないくらいで……でも、かぐやが嘘を言っているようにも見えないんです」

「カズサの言う通り! 本当にかぐやは名前以外、何も覚えてない! これめちゃ旨ぁ〜!」

 かぐやはテーブルに並べられた焼き菓子を、遠慮なく口に放り込んでいた。

 カズサは不作法を咎めようとするが、いえ、美味しく食べていただくのが一番なのですと、この場のホストーー桐藤ナギサに諭された。

「それに、ナギサ? なんか私、カズサと一緒で、ナギサも他人のような気がしないんだよね? なんでだろう?」

「私とかぐやさんは、間違いなく初対面だと思いますが……」

 首を傾げるかぐやに、ナギサは困惑している。

 ナギサはホストを務めるに相応しい、聡明な頭で思案した。

 かぐやが空から降ってきた、それはまだ理解できる。この箱庭じみた学園世界、キヴォトスではたまに、そういうこともあるというから。

 一部の学校では変わった服装をすることがある。彼女の格好も、それに近いものなのかもしれない。

 記憶の混濁は、わからない。ただ、嘘や演技ではないように見える。

 理解できないのは、かぐやが銃を持っていなかったことだ。自身の身を守る気がない、もしくは、この世界の理を知らないということ。

 ナギサが知る限り、それこそが最も特異な一点に思えた。

「……かぐやさん、私の考えを伝えます。ティーパーティーとしては、この学校にあなたの席を設けるのは難しい。あなたの素性が知れないことと、他の学校のことで、私たちが処理すべき問題が山積していることが理由です」

「うん。なんか大変そうだもんね、ナギサ」

 かぐやは平然としている。

 ナギサは目を伏せて申し訳なさそうにした。

「ですが、あなたが放課後スイーツ部の皆さんと、トリニティ内で行動するのは構いません。もとよりこの学園は大所帯で、全ての生徒に監視の目が行き届かない側面はあるのです……良くも悪くも、ですが。カズサさんたちは、それでよろしいでしょうか?」

 ナギサは暗に、何があっても自己責任で対応しろと言っている。カズサは頷いた。

「とりあえず、いきなり捕まって追い出されるってことは無さそうかな?」

 皮肉混じりに返すカズサに、ナギサは小さく笑った。

「学内の治安維持は本来、私たちの仕事ではありませんから。ただ……そうですね、銃がないのは無用なトラブルを招きかねません。かぐやさんには、私たちの銃をお貸ししておきましょう」

 刻印もなく無名のものですからご安心を、ナギサはそう言って、控えていた生徒を呼んだ。

 すぐに真新しく黒光りするアサルトライフルが一丁、その場に届けられる。

「うわっ! 本当に銃だ……こんなの、ゲームでしか見たことない」

 かぐやはずしりと重いそれを手に取った。銃把に取り付けられたストラップを肩にかけると、浮いた格好とは不釣り合いな見た目になってしまう。

 カズサはふと、かぐやの話に出てきた単語が気になった。

 ゲーム、そういう知識はあるのか。

「その服装も……トリニティでは目立つでしょう。かぐやさんさえよろしければ、制服をお貸ししましょうか?」

「うそっ制服! 着たい着たいっ! ありがとうナギサ!」

 かぐやは屋上でカズサにしたのと同じように、椅子を蹴り、ナギサにも勢いよく飛びついて抱擁する。

 その光景を見たティーパーティーの生徒たちが慌てて駆け寄ってくるのを、ナギサは穏やかな仕草で、手を上げて制した。

 ナギサはかぐやをしっかりと抱き留めてから、彼女を自らの前に立たせる。

「感謝されるほどのことはありません。大変なのはかぐやさんなのです。著名な一説によれば、汝、自らを愛すように隣人を愛せよ。とも言いますから」

 カズサたちはナギサの寛大な決定を受けて、意外な心持ちだった。

「もっと、ティーパーティーは規則なんかに厳しいのかと思ってたけど……」

 ナギサはカズサのストレートな物言いに苦笑する。図星を突かれた表情だった。

「時と場合によっては、そう言った側面もあります。しかし、少なくとも私は、かぐやさんを警戒すべき対象だと認識していませんから」

 ナギサは続ける。

「かぐやさんは迷子……もしくは、流れ星のように、偶然ここに来てしまったのではないかと思っています。しばらくはトリニティの暮らしを楽しまれてはどうでしょうか」

「うんっ! 満喫するぅ〜! トリニティ最高! ティーパーティー最高!!」

 オーバーに喜ぶかぐやの様子を見て、ナギサは満足げに微笑んだ。

「さあ、皆さんもせっかくですからお菓子を召し上がってください。放課後スイーツ部のご友人にもお持ち帰りいただけるよう、用意しておりますので」

 カズサとアイリは安堵した。

 自分たちだけこの場でいい目にあっていては、残してきた二人からどんな恨み言を言われたものか、わからない。

 ナギサは緊張がほぐれた様子のカズサたちを見て、一口、淹れられた紅茶に口をつけた。

 

 ほんのりと温かく香り高い琥珀色の液体を舌先で転がしながら、やはり、こう言ったケースにおいては、先生にも相談しておくべきなのでしょうね、と彼女はひとり考えていた。

 





ところで、物語のジャンルには、ガールミーツガール、というものがあるけれど。

でもこの場合は、ガールヒッツガールではないかな。

二人とも無事だから良かったものの。

いきなり物語が終わるところだった。

うん、無事なのがおかしい?

そうだね、確かにそれはそうだ。

まあ、私たちはこんな姿形でも、それなりに丈夫なんだよ。

ーー柚鳥ナツ
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