超シュガラのセトリって公開されてる?
え、ライブ聞き行くの?
絶対行く! 杏山さん超推しだし!
ふーん……じゃあ私もって、うわチケ高ッ!?
この学校やっぱ金銭感覚おかしいよね?
謎のメンバー……?
こないだ屋上で練習してるの見たよ! 髪が超綺麗だった!
もう! 髪以外のことを教えてよ!!
ーートリニティの一般生徒
「ナツ、ちょっと走りすぎかも。私とヨシミの時と違うから、かぐやが慣れるまでもうちょっと緩めてこ」
かぐやも含めた、超シュガーラッシュのグループ練習が始まった。
放課後の学園の屋上なら、マイクも楽器も、音をどれだけ鳴らしても問題はない。今度は誰も降ってこないといいのだが。
ソロでは抜群に上手く歌えていたかぐやも、ライブとなれば話は別だ。
楽器を持たないリードボーカルなりの振り付けもあるし、何より、スイーツ部の他のメンバーと合わせなければならない。
「でもこれ……楽しい〜!!」
上手くいかないながらに、かぐやは全開の笑顔で笑っている。それを他の四人は、呆れたように眺めていた。
かぐやはいつも全力で歌ってしまうので、額や腕から大粒の汗を流していた。長い髪は練習の邪魔になるため、大雑把に括って横に流している。日光に晒されているかぐやのうなじが、白く光を反射していた。
「かぐや、いくらなんでも元気すぎでしょ……無限の体力?」
「ちょっと休憩にしない? 汗すっごいんだけど」
それでもかぐやが「もう一回!」とせがんだため、彼女たちは熱のこもった体に鞭を打って、曲の頭からサビまでを一度通した。
それが終わると、五人は階段棟の日陰に、早々に逃げこむように隠れる。
夕暮れにはまだ早い時間。
屋上には、夏色の爽やかな風が吹き抜けていく。
「ほら、水分補給しないと……ね!」
「うわ冷たっ! 何すんのよ!」
クーラーボックスに入った人数分のスポーツ飲料を次々に取り出したヨシミは、カズサの頰にわざと押し付けた。かぐやもそれを真似して、ナツとアイリに両手に持ったスポドリを顔に向ける。
結露でびっしりと汗をかいたスポーツドリンクの冷たさに、びくりと身を震わせたアイリは、眉根を寄せてそれを受け取り、キャップを開けて一息で半分近くを飲み干してしまった。
ごく、ごく、とアイリの細い喉が跳ねる。
それを見て、四人も手にしたペットボトルを、ぐいっと勢いよくあおった。凍りつくようにキンキンに冷えた液体が、身体の熱を奪って、クールダウンしていくようだ。
「ぷっはーっ!! うまい!!」
「かぐや、オヤジくさ」
「なにおう!」
かぐやとヨシミは視線を交わして、火花を散らしている。カズサはにやにや笑いながら、二人を見ていた。
ナツは自分のバッグからタオルを取り出し、Tシャツをめくり、体表に滲んだ汗を拭っている。裾を絞れば雫が垂れそうなほどだ。
ただ休憩し、ドリンクを口にするだけで、この騒ぎである。
女三人集まれば姦しいというが、女子高生が五人も集まれば、それはもう、やかましいを通り越して、大変な賑やかさなのだった。
かぐやたちは早速、録画していた練習動画を見返した。
残念ながら、傍目にも見てわかるくらい、歌と演奏がズレている。
「やっぱり、まだちょっと合ってないね。かぐやちゃん、勢いがつくとカズサちゃんたちを置いてっちゃってる」
「へへへ……歌ってると楽しくなっちゃって……」
かぐやは毛先の束を手で弄んでいた。その様子に、反省の色はあまり見えない。
ボーカルとオケを別撮りで録ったものを再生する。新曲の練習を始めたばかりにしては、まずまずと言ったところだろうか。
「かぐやの今の調子なら、少し抑えるくらいでちょうどいいんじゃないの?」
「え゛ー!! それはヤだ!! もっと歌いたいー!」
「……そしたら、私たちがかぐやに付き合えってことか。簡単に言うなあ」
不平や不満の言い合いではない。れっきとした、意見の擦り合わせである。
バンド演奏は、こうやってお互いの感覚を掴み、メンバー同士で遠慮のないフィードバックを行い、そしてまた合わせていく。
「ナツとアイリはどう?」
「はぁはぁ……私はまだ……いける……よ……」
「うーん……今後の練習次第、かな? でもやっぱり、かぐやちゃんの歌は、カズサちゃんと違うパワーがあって、自由に歌った方が、すごくいいと思うんだよね」
よほどの天才でもなければ、バンド練習はひたすらその地道な作業の繰り返しだ。故にこそ、共に過ごす練習時間の長さが重要なのだった。
「かぐやって、誰かと歌ってみたことはなかったの?」
「ん〜……あった、ような、なかった、ような……? 歌ってたのは、たぶん。こういう感じじゃなかった、とは思うんだけど」
どうにも煮え切らない返事だ。
かぐやは腕を組んで考え込んでしまった。
「それなら、楽器はどう?」
「わかんない! 弾いてみっか〜!!」
かぐやはカズサからベースを受け取ると、彼女の見様見真似で弦を押さえる。
かぐやの爪先からは、なんとも言えない不協和音が奏でられた。
「おお……」
ヨシミのギター、同じくダメ。
ナツのドラム。やっぱりダメ。
楽器演奏に悪戦苦闘するかぐやの姿を見て、ナツは神妙なため息を吐いた。
「かぐや、弾く姿は結構サマになってるのに、思ったよりひどいね……」
「それは仕方ないじゃん! 体が覚えてるわけでもないんだし!」
まだ試していないのは、アイリのキーボードだ。アイリはキーボードを始めたばかりではあるが、難度の上がるスタンディングでこの楽器を演奏する気概を持っていた。
「キーボード……」
「かぐやちゃん、どうしたの?」
かぐやは無言でキーボードを見つめている。
彼女はおそるおそる指を伸ばして、機械的に並んだ白鍵を叩いた。
キーボードは素っ頓狂な音を鳴らすが、かぐやは何かを考え込んだまま、爪弾くのを止めなかった。かぐやはカズサたちの注目を集めていることに気付かない。
しばらくそうしていた頃、彼女は体を反らして唐突に叫んだ。
「ある!! キーボードはたぶん、前にも弾いたことある!」
カズサたちは反応に窮した。
「……微妙な腕前すぎるし、かぐやが経験者、ってワケじゃなさそうだけど」
キーボードの経験者なら、タイピングを恐れる初心者のように、人差し指だけを伸ばして鍵盤を叩くことはしないだろう。
「近くに、キーボードを演奏してた人が居たとか?」
「なーんだ。やっぱり音楽やってたんじゃん」
ヨシミの言う通り、その方向は間違いなさそうだった。かぐやが真の意味で音楽未経験者でなかったことに、ヨシミは僅かながら安堵していた。
「なんか、すごく大事な記憶だと思うんだよな〜……誰かがキーボードを弾いてて……私は隣で歌ってて……」
かぐやは目を閉じて、その光景を思い出そうとする。いつか聞いたハミングが、フレーズが、するりとかぐやの頭を通り抜けていく。
それはとても、暖かく、懐かしい思い出だったような気がした。
「……ダメだぁ、わかんね」
がくーっ、とかぐやは肩を落とした。
そんな彼女を、アイリが慰める。
「まあまあ、少しずつでも思い出せてるんだもん。きっと、かぐやちゃんが色んなことを経験していくうちに、全部わかる時が来るんじゃないかな?」
「うう……アイリ、ありがと〜〜!!」
かぐやはアイリに縋り付いて、涙を流していた。他の三人は、どうやってここから練習を再開させたものかと話しあぐねていた。
何もかも、上手く行っても行かなくても、時間は無常に進み続ける。
ライブ当日。超シュガーラッシュの面々は、控え室で気合を入れていた。
完璧な練習が十分に積めたわけではない。
不安も緊張も、観衆に対する恐怖だって抱えている。彼女たちの表情には、拭い去れないネガティブな感情が、影のように滲んでいる。
それでも、全員が自分にできる最高のパフォーマンスを信じて、ステージから逃げずに立つことを選ぶ。
ほんの少しばかりの勇気と、仲間への信頼で、彼女たちは今日、この場所に立っていた。
一人調子が変わらないのは、かぐやだけだった。
「ここで最高のライブしたら、かぐやたちはめちゃくちゃ有名人じゃん? みんな、サインの練習ちゃんとしてきた?」
「どんだけ気が早いのよ……」
ヨシミはかぐやのおでこをコツンと叩いた。
ぐぇ、とかぐやが小さな悲鳴を上げる。
「ま、今日は学園祭に比べれば人数も少ないだろうし、気楽に行けばいいんじゃない?」
「それがだね、ヨシミ……」
ナツは自らのスマホを操作して、画面をヨシミに提示した。
どうやら、観客がSNSに上げた画像のようだ。講堂を使った屋内会場にも関わらず、ほとんどの席を聴衆が埋め尽くしている。
「うぇっ!? 人多くない?」
「だよね……なんか、私たちが思ってたより、かぐやちゃんが話題になっちゃったみたいで……」
「おおっ! 超やる気出る〜!!」
アイリの言葉をきっかけに、四人の視線がかぐやに向かう。
トリニティの一般生徒は、その学園の巨大な規模ゆえに、慢性的に刺激を求めている。
一時は他校が入り込んで作られた創作本が闇のように流通して出回ったこともあるし、他の部活がアイドル活動を始めた結果、熱狂的なファンが次々と生まれたこともある。
謎のボーカル登場と、分かりやすいアオリを付けたのが、逆に彼女たちの興味を惹いてしまったらしい。
「さっき見かけた噂によると、超シュガラのチケット、裏で高値で転売されてるとか……」
「えっ怖……」
いいとこのお嬢様たちが、いとも容易く己の欲望を剥き出しにするのが、このトリニティ総合学園なのだった。
ナギサたち、ティーパーティーの苦労も知れるというものである。
気にかかることは多いが、ライブ前にあれこれ考えて、パフォーマンスに影響を与えるわけにはいかない。
五人は、今はそれ以上の余計なことを追わないようにした。
スタッフから五分前の合図がかかる。本番はもうすぐだ。
「シュガラは、ライブ前の円陣とか、そういうのはないの?」
「別に、やってもいいけど……」
カズサたちは互いに顔を見合わせた。
もともと一度限りの予定のバンドだったから、こんなことになるとは予想しておらず、深く考えてこなかった。
「じゃあ、今やろうよ! みんなで肩組んでさ!」
かぐやの有無を言わさない強引な一言で、五人は輪になって顔を寄せ合う。
『超シュガーラッシュのファーストライブ! 頑張ろー!! おー!!』
「ははっ、全部自分で言ってるし……」
さすがにそれでは締まらなかったので、もう一度同じ流れを繰り返す。今度は五人の声がしっかりと揃った。
その顔には、先ほどまで覗いていた不安や緊張は、微塵もない。昂った感情だけが、蒸気のように立ち昇って発散していくかのようだ。
彼女たちのライブが始まる。
喝采、歓声、そしてまた喝采。
もともと放課後スイーツ部のシュガーラッシュは、トリニティでの学園祭をきっかけに、人気を急上昇させたグループだった。
物販をしていないにも関わらず、メンバーと同様のライブTを着ているオーディエンスも少なくない。
しかし今日は、その名の左肩に、一際輝くステッカーが貼られているのだった。
『みんな〜!! 来てくれてありがと〜!! 超シュガラ、最強のパフォーマンスで飛ばしてくよ〜!!』
一曲目の持ち歌、彩りキャンバスを終えて、会場のテンションは高く盛り上がっている。屋内ステージにも関わらず、その熱気は演者のかぐやたちをも興奮させていく。
息を整えるカズサとヨシミは、MCを務めるかぐやに対して、内心舌を巻いていた。
天真爛漫な性格。次に何が起きるか予想のつかない自由奔放さ。そして何よりも、人を思わず笑顔にさせる明るい表情と、自信に満ちた仕草。
かぐやは練習よりも、人前に立つライブでこそ、さらに輝くタイプだった。
カズサやヨシミでは、主にその性格の違いから、一朝一夕に到達できない境地だったと言える。その意味でかぐやは、シュガーラッシュを大きく勢い付かせる人材なのは間違いがない。
しかしかぐやの立ち回りのせいで、演奏する四人にかかる負担も大きい。彼女が曲の合間合間に、アドリブで絡んでくるためだ。
結果として部分部分の演奏は崩れるのだが、かぐやも観客も、むしろそれを楽しんですらいた。色んな意味で、とんでもない女だった。
『次の曲は〜……みんな知ってる! 初音ミクのあのカバー! イントロだけで当ててみやがれ〜!!』
かぐやはアイリに振り返り、にっと微笑んだ。それを合図にして、アイリの指が滑らかに動き出す。
会場は一瞬静まり返り、キーボードからイントロの数音が流れ出した瞬間、抑えられた反動を吹き飛ばすかのように、爆発的に沸いた。
もはや隠しようのないどよめきが大きな渦となって、会場の講堂を揺らしていく。
視聴サイトの合計再生数なんて、すでに数える方法すらない、それほどの人気曲。
記憶喪失のかぐやが、なぜか知っていた歌。
『行っくよ〜……メルト!!!』
かぐやは三文字の曲名を満員の観客に向け、叫んだ。