知り合いが何人も病院送りにされたんだ……!
この世のモンじゃない! 悪魔のようなヤツだ!
周囲に何もなかったのに、気付いたら立ってたのは自分だけだった!
夢なのかって疑ったら、その瞬間には地面に突っ伏してた!
あいつこそトリニティの魔獣、キャスパリーグだ!
ーー怯える不良たちの証言
「おい! 上だっーーぎゃあああああ?!」
ビル壁の室外機を飛び渡って上空から急降下したカズサは、ヘルメット団の頭に着地して、ちょうどいい足場にした。
もう一人の歩哨の背中には、同じく落下してきたかぐやの、超加速したニードロップが突き刺さる。めしめしと背骨が嫌な音を立てて、ヘルメット団の歩哨たちは硬い地べたに這いつくばった。
まんまと戦場の裏取りに成功したカズサとかぐやは、短く指示を交わす。
「かぐやは右! 私が左! ザコは適当でいいから、リーダーの赤い奴だけ狙って!」
「オッケー! やっちゃうよー!!」
ライフルを腰溜めに構え、二人は中腰のまま戦線の中央へと素早く走り抜けていく。
予想もしていない方向からの急襲に、ヘルメット団はすぐに大混乱に陥った。
「撃て撃て! 近付けるな!」
「この距離で撃ったら味方に当たるだろバカ! イカれてるぞアイツら!」
ヘルメット団が不平を口に出している間にも、カズサたちは息を呑むほどの近さまで接近していた。カズサは前進しながら、愛銃のトリガーを引く。
突進しつつの銃撃なら、弾丸の横ブレは関係ない。それはさながら、装甲を貫くランスのように、敵の防衛網に穴を開けた。
「くそっ! なんでもいいから前のやつの足を止めろ! かき乱される!」
「やってる! ステップインの動きが早すぎて、全部かわされてるんだ!」
猫のように縦横無尽に飛び回るカズサが、戦場の注目を集めており、後ろを走るかぐやからはターゲットを選び放題だ。
彼女は初陣であったが、少なくともチャンスに引き金を引くことに躊躇はなかった。
二人の時間差攻撃に、射撃体制を取ろうと身体を起こしたヘルメット団たちが、次々に倒れ伏していく。
「かぐや! 後ろ来てるっ!」
「あわわわっ?!」
カズサの装弾の隙をかぐやが弾幕を張ってフォローし、かぐやの危なっかしいところをカズサが囮にして、敵兵たちを屠っていく。
急場の連携とは思えないほど、二人の呼吸は噛み合っていた。
「あの二人、息が合いすぎだろ! 突破されるぞ!」
「前からも来た! うわああぁ!! 助けてくれー!!」
銃弾、銃弾、銃弾。そして悲鳴。
カズサたちの横撃を目にしたアイリたちが、機を逃さず、さらに前に出たらしい。
ヘルメット団はすぐにスイーツ部の十字砲火を浴びる形となった。カズサたちは、倍以上の人数を個々の質と連携で圧倒している。
ヘルメット団たちの戦意はすでに、跡形もないほどに打ち崩されようとしていた。
「上からの奇襲……! この突撃……まさか!?」
「あいつ、キャスパリーグじゃないのか?! トリニティの狂った魔獣だ!! 勝てるわけない!!」
かぐやから見て、カズサが一瞬、動きを止めたように見えた。
敵の口から漏れ出たキャスパリーグという単語を耳にしたカズサは全身を総毛立たせ、禍々しい雰囲気を纏っていた。
「いま、キャスパリーグって言ったヤツは……?」
「ひいいっ!」
「殺される!? 逃げろぉっ!」
カズサは遮蔽物に逃げ隠れる敵集団に対して、クロース・クォーターズ・コンバットーーつまりCQCに移行した。
腰を抜かして怯える敵にライフルの銃口を向け、容赦なく胸元を撃ち抜いていく。
激痛に悶え苦しむ敵兵たちを蹴り飛ばし、目を細めて、一人ひとりヘルメットの奥の瞳を、記憶に刻み込むかのように睨み付けていた。
もはや、彼女にはかぐやの援護すら必要ない。
赤いヘルメットをつけたリーダー格の少女は、異常事態の到来に自身の危機が訪れたと悟ると、早々と逃げ去ってしまった。
大将が逃げてしまえば、もはやあとはモラルをなくした、哀れなヘルメット団の殲滅戦だ。
傷痕だらけのぼろぼろの抵抗線は、五人の猛攻に呆気なく打ち破られていく。
それでもなお鬱憤を晴らすように暴れ回るカズサを、駆け寄ったアイリが押し留めた。
「か、カズサちゃん! そろそろ勘弁してあげようよ……!」
「……あ。ごめん。やりすぎたか」
カズサの周囲には、恐怖と痛みで泡を吹くか、精神的衝撃の大きさで、意識を遠くにやっている不良たちが転がっていた。
かぐやはその光景を見て若干引いている。
すでに戦闘が終了したのは明白だった。
「カズサ……途中までカッコよかったのに、急にキレてどしたん?」
「大方アイツらにキャスパリーグって言われたんでしょ。ねえカ・ズ・サ!」
ヨシミが茶化すと、カズサは猛然とした勢いで反論した。
「キャスパリーグって言うな! かぐやに無理させないように頑張っただけ!」
「いやいや、途中からの君は明らかにおかしかっただろう、キャスパリー、グッ……」
食い気味に、カズサはナツを羽交締めにして、チョークスリーパーで彼女の首を絞めた。
ギブ、ギブ、とナツは片手でカズサの二の腕をタップしてもがいている。
とうとうかぐやが聞いてしまった。
「キャスパリーグって何?」
「うああああぁ……消えたい……」
カズサはスリーパーホールドを解かないままうずくまった。ナツがぶくぶくと泡を吹いている。
「ねぇ〜カズサぁ……キャスパリーグって……何ぃ〜??」
「かぐや、あんまりそのネタでカズサをいじると、あんたもそこに転がるナツみたいになるわよ」
「まさか、かぐやに聞かれるハメになるとはね……」
カズサは大きくため息を吐いてようやく、痙攣するナツから手を離した。
「キャスパリーグってのはまあ……私が昔自称してた、格好付けた呼び名ーー黒歴史だよ。それ以上はあんまり聞かないで欲しいんだけど」
カズサは全員から視線を外して、ぼそりと呟いた。
「あー……そーいうヤツ? カッコいいじゃん! 私はそんなカズサもいいと思うよ!」
「はいはいありがと。はぁ……消えたい……」
カズサは手で顔を覆っている。かぐやはバンバンと彼女の背中を強めに叩いた。
「ほんとだって! カズサはどんなカズサもカッコいい! 先陣切って、ヘルメットの子たちをバシバシやっつけてくの、まるでーー!」
まるで、そう、かぐやの隣で戦っていたーー彼女。
カッコよくて、強い、私のーー!!
「……まるで?」
「ああ〜〜〜!!! もう!! ここまで出てきてるのに!! どうして思い出せないの!!」
訝しげな視線を送るカズサに、かぐやは地団駄を踏んだ。
ようやく騒ぎを聞きつけたのか、黒い制服に身を包んだトリニティの風紀組織ーー正義実現委員会がわらわらと押し寄せてきた。
「いつも通り遅いな……片付けは任せて、逃げよ、みんな」
「そうねカズサ。そこで倒れてるナツ、アンタが担いでいきなさいよ」
ヨシミが地面を示すと、ナツは安らかな顔で失神しているままだった。意識がない証拠に、ヘイローも消えている。
「えー? 手間かかるなぁ……」
「……結構ヤバいなカズサって」
かぐやは引きつった表情を浮かべて、ナツを荷物のように抱えて走るカズサの後を追った。
「結局、あいつらはどうして騒ぎを起こしたの?」
「食べ放題の開始時間が、席についてからなのか、最初の皿を取ってからなのか、店から事前の説明がなかったんだって」
「はー……くだらな……」
五人は学園内の広場まで戻ってきていた。
さすがにあんなことがあった後では、打ち上げのやり直しをする気にもならない。
ヘルメット団を終始優勢に圧倒したとは言え、戦いの後では疲労もあるし、制服もそこら中が火薬の匂いと埃にまみれている。
かぐやは腕を組んで考え事をしていた。
「かぐや? 大丈夫? どっか撃たれた?」
「ううん、そう言うのじゃなくて。私、断片的に色々思い出してはきてるんだよね」
数分前に意識を取り戻したナツが、一度整理してみてはどうだい、とかぐやに話す。
かぐやは空を見上げながら、ぽつりぽつりとこぼした。
「ここに落ちて来た時、私はヘイローがなかったんだよね? 今は自由に出し入れできるけど……あんまりこれって、普通じゃないみたい」
「私たちが寝てる時とか、気を失ってると、消えるんだけどね。それ以上はあんまり気にしたことないかも」
アイリがかぐやの疑問に答える。もちろん普通の生徒に、ヘイローの出し入れなんて器用な真似はできない。
「歌が上手いのは才能だとして」
「結構図々しいな」
「なんか腹立つ」
カズサとヨシミは口を尖らせた。
事実だが、だからと言って何を口にしても許されるわけではない。
「キーボードは……触ったことあるんだよね。やっぱり、かぐやちゃんが音楽やってたのは間違いないんじゃない?」
「それがさ……たぶん、私じゃないんだよな〜。すっげえ人が、隣にいたの! なんでもできる無敵の子!」
「かぐやがそれほど言うんだ。ぜひ、会ってみたいものだね」
かぐやは遠くの空を見上げていた。
顔の見えない誰かを思い出そうとする。
「カズサと一緒に戦ってた時も、デジャヴって言うのかな。こんなことがあったなー、って身体が自然に動いたんだよ! 敵陣に殴り込んでる瞬間、最高に楽しかったし!!」
強敵を倒し、二人並んで駆け出して、ゴールへと向かって。
ーーが危なくなったら、私が助ける!
かぐやがミスったらーー私は置いてく。
かぐやは息を呑んだ。
もう、その面影まで思い出せている。
最後のキーワードさえ、あれば……。
「よーっし! 今はこれ以上考えるの、やめ!」
「かぐや……いいの?」
ヨシミがかぐやのことを、心配そうに見ていた。かぐやは表情をくしゃりと破顔させ、四人に笑いかける。
「悩むのは私らしくないって、その子なら言うと思う! だから、全力で今を楽しみたい! もっと大きなライブして、もっと美味しいスイーツ食べて、カズサたちと仲良ししたい!!」
「……そうね! かぐやの正体は気になるけど、私もかぐやに賛成! 難しいこと考えたって、お腹が減っちゃうだけだし!」
かぐやとヨシミは両手を合わせてハイタッチした。
歓声を上げ、きゃいきゃいとはしゃぐ二人の姿を見て、ナツとアイリは微笑んだ。
「かぐやが取り戻そうとしている記憶は、幸せなものなのかな。私は、そうであって欲しいと思うんだ」
「すっごくいい子だもんね、かぐやちゃん」
その一方で、カズサは彼女たちと少し異なる考えを持っていた。
夕暮れに翳る表情に、朱が差している。
「……友達になれたなら、別れたくはない、な」
「……カズサ?」
今が幸せであればあるほど、未来に訪れる喪失感への恐れは大きい。カズサは、本能的にそれを悟ってしまっていた。
かぐやはどんな時でも明るくて面白い、周囲を幸福に巻き込んでいく少女だ。そばにいたら、ずっと楽しい日々が続いていくのだろう。
「……私も、混ぜてよ!」
「うわっ?! なによ!」
意を決したカズサはかぐやとヨシミの両肩を抱いて、顔を寄せ合う。
だから今は。
それでも今は。
杏山カズサは、この日々を全力で、楽しむことに決めた。
後悔を恐れて立ち止まる時間なんて、もったいない。
ハッピーエンドは、自ら力を振り絞って目指さなければ、きっと辿り着けないものだから。
その頃、通知が鳴り止まない超シュガーラッシュのアカウントには、一通のダイレクトメッセージが届いていた。
大々的なフェスへの誘いーーステージ登壇数の少ないグループとしては、異例の招待状。
報道を使命とするクロノススクールが急遽すっぱ抜いたその情報は、瞬く間にキヴォトス中を流れ、この世界すべての生徒が、かぐやとカズサたちの存在を知ることになったのだった。